第9話 成人式 3
テイムルが振り向き、十神剣の面々を見て「待って」と制した。
「みんな、分かっているよね。まずは落ち着いて話し合った方がいい、そうだよね?」
十神剣の他の八人は、すぐには反応しなかった。ある者は双子の方を、ある者はイブラヒムの方を、ある者はフォルザーニー卿の方を、ある者は床、ある者は天井とみんなばらばらのところを見て沈黙していた。見ようによっては全員おとなしくしていて立ち上がって語りかけるテイムルだけが興奮しているようにも見えた。
彼らが、自分たちのどちらかを、選ぶ。
はっきりと、敵と味方に分かれるのか。
どくりと、心の臓が鳴った。
選ばれたい。ソウェイルよりフェイフューの方がいいと言われたい。
けれどそれで本当にいいのか。『蒼き太陽』ではない自分が選ばれることは本当に正しいことか。
いずれにしてもここでどちらかを選ぶことは国の分裂になりはしないか。
サータム帝国やノーヴァヤ・ロジーナ帝国がどうこうと言う前に、アルヤ王国の内部が混乱するのではないか。
それに幼稚だ。誰かより自分が選ばれたいと思うのは自己が出来上がっていない証拠ではないのか。そう感じたことを知られてはいけないのではないか。
どんな顔をして待てばいいのだろう。
何が正解なのだろう。
「そもそもこんなこと――」
「ごめんテイムル」
そう言って立ち上がった者があった。
ユングヴィだった。
彼女は肩掛けで口元を押さえながらこちらへ歩み寄ってきた。
フェイフューの目にはその動きがやけにゆっくりに見えた。
彼女の足取りに迷いはなかった。まっすぐ向かってきた。
座った。
ソウェイルの後ろに、だ。
ソウェイルが振り向いた。
ユングヴィとソウェイルの目が合った。
ユングヴィが、口元から肩掛けを離して、蒼白い顔で微笑んだ。
ソウェイルの顔や肩のこわばりが解けた。
フェイフューは悟った。
ソウェイルとユングヴィの間には、自分には分からない強いきずなのようなものがあって、自分には入れないのだ。
ユングヴィは敵だ。
ほどなくして、ユングヴィの隣に座った者があった。
銀細工の音が、しゃらん、と鳴った。
サヴァシュだ。
サヴァシュは確かにユングヴィの隣、ソウェイルの後ろに座った。
彼はソウェイルに向かって微笑みかけるようなことはせず、険しい表情で床を睨みつけていたが、それでも間違いなくソウェイルを選ぶという意思表示をした。
ソウェイルの側は、これで二人だ。
また、十神剣の方を見た。
テイムルが唖然とした顔でユングヴィとサヴァシュを見ている。
だがフェイフューには分かる。もし今すぐ座らなければならないなら、テイムルはサヴァシュの隣、つまりソウェイルの後ろに座るだろう。
三人だ。
フェイフューは自分の後ろを見てしまった。
誰もいない。
誰もフェイフューを選ばない。
そう思った。
けれど――そのすぐ後のことだった。
ほのかな薔薇の香りがした。
視界に入ってきたのは、ラームテインだった。
彼はその美しい顔で苦笑していた。少し困った様子だった。しかしそれでもフェイフューの顔を見て、フェイフューに会釈をして、フェイフュー側の席に座った。
フェイフューの後ろに一番初めに座ったのは、ラームテインだったのだ。
叫んで抱き締めたい衝動に駆られた。衆目の場なのでこらえたがラームテインの存在のすべてを愛しいと思った。
ラームテインはフェイフューを選んでくれたのだ。
ところがそこで不意に胸中に暗い影が落ちた。
ユングヴィはためらうことなくソウェイルを選んだのに、ナーヒドはラームテインほど強い気持ちでフェイフューを支持しようとは思わないのか。
再度十神剣の方を見た。
ナーヒドは険しい表情で椅子に座っていた。うつむき、両手で自分の額を押さえていた。
フェイフューの方は見ていなかった。
なぜ、立ち上がらないのだろう。この前はソウェイルを批判していたのに、それでも『蒼き太陽』は『蒼き太陽』ということなのだろうか。
「あくまで現時点ではの話でしょう」
ラームテインが話し出した。
「これからまだ三百六十四日かけて話し合うんですよね。今どちらかを選んだからといって必ずしもそのどちらかに決まるわけではない――そうおっしゃいましたよね」
その言葉は滑らかだ。
イブラヒムはすぐに「そのとおりだ」と答えた。
「多数決が正しいかどうかは別として、もし僕ら十神剣が王を選定するのであれば、僕はとりあえず議論のたたき台として現時点での自分の立場を表明しておくべきだと判断しました」
ラームテインの言葉を聞いたからだろうか。
ナーヒドが、重い腰を上げた。
そして、こちらへ歩み寄ってきた。
フェイフューの後ろ、ラームテインの隣に腰を下ろした。
フェイフューはひとまず胸を撫で下ろした。心の中に生まれたしこりについては目を伏せることにした。
「議論をする相手を明らかにするのは必要なことだと思う」
ナーヒドが言う。けれどその声はいつもと違いあまり力強くはなかった。フェイフューの顔を見ようともしなかった。床を見ていた。何か思うところがあるらしい。分かりやすい。それもナーヒドの美徳だ、彼は正直者なのだ――そう思うことにした。
これで見た目は二対二、実質的には三対二といったところか。
そう思うと自分は必ずしも分が悪いわけではないのではないのかもしれない。今のところ僅差だ。
そこから先十神剣は誰も立ち上がらなかった。ベルカナ、カノ、アフサリー、エルナーズの四人は椅子に座ったまま無言を貫いた。テイムルもこちらへ近づいてくることはなかった。彼は何とも言えない顔で辺りを見回して溜息をついていた。
イブラヒムが言う。
「ソウェイル、フェイフュー」
ソウェイルとフェイフューがイブラヒムを見る。
彼は、相変わらず、笑っている。
「何か言うことはないかね」
珍しくソウェイルの方が先に口を開いた。
「何か、って?」
「他の十神剣を説得するような演説をしたまえ。あるいはフェイフューと議論を。どちらがより優れていて王にふさわしいか主張をぶつけ合いたまえ」
「やめておく」
ソウェイルははっきりとそう言った。
「みんな嫌がってる」
イブラヒムが「ふむ」と呟いて自分のあごひげを撫でる。
「三百六十四日」
ソウェイルが、うつむきつつも、ひとに聞こえる声で続けた。
「時間をかけて、話し合う」
そこでイブラヒムに名前を呼ばれた。
「フェイフュー」
肩が震えてしまったのが分かられていないといい。
「君からは何かないかね」
言葉が出なかった。
ソウェイルは喋ったというのに自分が喋れないのはおかしいと思った。
でも何も出てこない。
「フェイフュー」
今度はソウェイルに名前を呼ばれた。
ソウェイルの顔を見た。
彼は、少し困ったような、でもフェイフューよりははるかに落ち着いた表情で、フェイフューを見つめていた。
「俺が王になる」
その言葉を聞いた時――
「お前は何もしなくていい」
フェイフューは、悟った。
ソウェイルは、敵なのだ。
「僕から話すことは何もありません」
ソウェイルとは、もう二度と、ともに過ごすことはないだろう。
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