第8話 成人式 2
「今から三百六十四日後の
イブラヒムもまた立ち上がった。
壇上から降りてきた。
ソウェイルとフェイフューの間に立った。
ソウェイルの顔を見て、それから、フェイフューの顔を見た。
笑っている。
「ありとあらゆる手段を使いたまえ。自分の思うやり方で一人でも多くの将軍を味方につけるのだ。何をしても構わない」
両腕を広げる。
「十人いなくてよかった。奇数ならば決着がつくだろう」
場が静まり返った。
イブラヒムだけが朗々と話し続けている。
「夏至、秋分、冬至――アルヤの季節の祭りのたびに多数決をとって意思を確認する。だが大晦日までの三回はあくまで途中経過であり最終的な決定は大晦日の採決だ。だから途中で翻意しても構わない。気軽に好きな方を選ぶといい」
そして、また、ソウェイルとフェイフューの顔を交互に見る。
「いいかね、双子。君たちは努力をして、将軍たちに説得工作をするのだ。剣を取り合って無駄な血を流さなくてもよい。なんと素晴らしい案であろう!」
さもいいことを言ったかのような顔でイブラヒムはそう言うのだ。
「さあ、十神剣。それぞれ支持する王子の後ろに座りたまえ。君たちのための席を用意してある。自らの意思をもって座るのだ」
思わず自分の後ろを見た。
六人分の席が用意されている。
ここに座るべきは十神剣だったのだ。イブラヒムはそれぞれの王子の支持者を座らせる気なのだ。
何も言えなかった。
吐き気がする。
それは事実上の殺し合いではないのか。身内同士を睨み合わせる、最悪の手段なのではないか。
だが二人を比べた上で王を決める確実な手段というものは思いつかない。代替案が浮かばない。反論できない。
誰にも何も言えない。
ややして、沈黙を破る勇者が現れた。
「総督」
声の主を見た。
縄の向こう側、十神剣のすぐ後ろに立つ男だった。白髪交じりの蜜色の髪に堂々とした体躯の壮年の男性だ。
アルヤ王国貴族院議長、フォルザーニー卿である。王国議会の長、貴族の中の貴族にしてアルヤ王国随一の富豪だ。
彼もまたイブラヒムに負けず劣らずの面の皮の厚さで穏やかな笑みを浮かべていた。
「みっつほど質問をさせていただきたいのですが」
言葉はへりくだっているが態度は尊大だった。いつものフォルザーニー卿だ。
イブラヒムは拒まなかった。
「何でもお受けしよう」
「ありがたく存じます」
親指を立てる。
「まずひとつ。来年の
フェイフューは驚愕した。フォルザーニー卿はいとも簡単に単刀直入な質問を投げかけた。
イブラヒムは即答した。
「私の手で決めないことにした」
「というと、つまり?」
「新しいアルヤ王の一番初めの仕事をきょうだいの処遇の決定にしようと思ったのだ。アルヤ王のお裁きならば皆が従うだろう。皇帝陛下も何もおっしゃらないだろう」
「なるほど」
胸の奥に氷を落とされた気分だ。
どうであれ最後は王になった方に王にならなかった方を殺す方法を決めさせる気なのだ。
「いろいろと提案はさせていただく。首を刎ねる、縛り首にする、幽閉する、去勢する、目を潰す――まあいろいろと手はある。そういうことを考える手伝いはしたいところだ、何せ皇家にとってはお家芸で私も今上帝のご兄弟の処理に携わったことがある」
「ふむ」
「だが最終決定権はアルヤ王に託す。アルヤ王が即位した時私は総督としての権限を縮小され帝国から派遣されただけのただのお目付け役になるのだ、邪魔はするまい」
「承知しましたよ」
人差し指を立てる。
「次にふたつめ。我々は『蒼き太陽』を神とみなしています。生ける神、
イブラヒムが鼻で笑った。
「逆に問おう」
「何をです?」
「君たちは本気で『蒼き太陽』を神だと思っているのかね」
何かがこじ開けられる言葉だ。
「私はサータム人だ。『蒼き太陽』が誰かにとっての神であろうがなかろうがどうでもいい、片割れの髪の色が蒼い、ただそれだけのことだと思っている。だから双子のフェイフューにも平等に機会を与える」
「だが多くのアルヤ人は神だと信じているのです。多数決ではフェイフュー殿下は不利だ」
「やむをえまい、運も実力の内だ。そういう迷信に勝てないのであればフェイフューにはその程度の力しかなかったということだろう。ソウェイルもそれを正しいと思うのであれば蒼い髪を振りかざして将軍たちに迫るといい、それが成功するならば私はそれでも構わない」
頭が殴られたような衝撃だった。
平等に機会を与える。
その言葉が、頭の中にこだました。
「もう一度問おう」
イブラヒムが、繰り返す。
「君たちは本気で『蒼き太陽』を神だと思っているのかね」
フォルザーニー卿は答えなかった。意味深長に笑ってごまかした。
「最後にみっつめ」
中指を立てた。
「席が六つずつあるようですね。十神剣の過半数というと五つだと思いますが?」
イブラヒムはソウェイルの背後を指した。
「十神剣の九人に、私と君を加えよう」
「何ですって?」
「つまり、王国議会の票と、サータム帝国の票だ」
また、場がざわついた。
「十神剣の動向を見て我々も決めるのだ。ただし我々はあくまで彼らの補助に過ぎない――まあ十神剣四人と私と君の六人になってしまうこともありえるが――私は双子の彼らへのはたらきかけ方を見て皇帝陛下にどちらを選ぶか奏上する、君も双子の様子を見てからいずれが王にふさわしいか議会にかけたまえ」
「最終的に議会へもはたらきかけるのであれば、なぜ最初から議会に王を決めさせないのです? 議会の意思は王国の意思とみなすとおっしゃってくださったではございませんか。なぜ議会ではなくて十神剣を中心に据えようとなさるのですか」
イブラヒムの指が、今度はフォルザーニー卿を指した。
「貴族院議員が皆中央貴族だからだ。エスファーナという都市に住む、官職と金をもったアルヤ人だけが王を選ぶことになる。私はそれを平等でないと思う。十神剣ならば身分にとらわれない。地方住まいもいる――つまり、アフサリーに北部州の意見を、エルナーズに西部州の意見を、カノに南部州の意見をまとめさせる。東部州はやむをえまい、東部州の代官か
「なるほどね。それは道理にかなっている」
そこまで聞くと、フォルザーニー卿は黙った。
「さて、どうする? アルヤ貴族の長よ」
即答しなかった。何事かを考えているようだ。だがその髪と同じ蜜色の瞳には感情が映らない。何を考えているのか分からない。
心臓が破裂しそうだ。
ややして――フォルザーニー卿は、頷いた。
「承知しましたよ」
議会が、この多数決を認めたのだ。
「議会も、大晦日に多数決をとりましょう。十神剣の動向を見てから、どちらの王子を選ぶか採決をしましょう」
「よろしい」
イブラヒムも満足げに頷いた。
周囲にいたアルヤ人貴族たちが一斉にフォルザーニー卿へ話し掛けた。一度に大勢が喋り出したので誰が何を言っているのかは分からない。言ったとしてもフェイフューの頭には入ってこなかっただろう。
議会が、多数決を認めた。
何を感じればいいのか分からなかった。
ソウェイルと十神剣を奪い合わなければならないことが確定した。
だがそれは平等な機会を与えられたということでもある。
喜ぶべきか、悲しむべきか、フェイフューには、分からなかった。
何も分からなかった。
「では、よろしいかね」
十神剣を見渡す。
「好きな王子を選びたまえ」
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