第6話 双子はまだ知らない

 南の大講堂はすでに人でごった返していた。ざっと数百人ほどの人が詰めかけている。午前中の儀式とは違って異教徒や身分がさほど高くない人間でも入れるので、全体的に統一感がなく目にも耳にも騒がしく感じられた。

 白軍兵士たちとサータム人兵士たちが口論かと思うほど厳しい口調で警備の調整をしている。それぞれ双子の護衛と総督の護衛だろう。これが講堂の標準的な光景だった。

 講堂の真ん中よりやや前方辺り、玉座の周囲三方を囲むように縄が張られている。

 護衛の兵士たちは縄より手前側に一般参加者の貴族たちや武官たちを座らせていた。各国からの来賓は玉座を挟んで左右の縄の外だ。

 縄の内側にはすでにイブラヒムがいて、本来アルヤ王が座すべき中央の玉座に座っていた。その表情は相変わらず読めない。神経質そうにこけた頬、丁寧に手入れされたあごひげ、しかし黒い瞳には何も映さない――鉄面皮の政治家として完成されている。

 白軍兵士たちが縄の内側に双子を案内した。

 縄の内側をよく観察した。

 玉座より三段下、床の絨毯の上に礼拝用に似た小さな一人用の絨毯が二枚敷かれていた。玉座から見て左右に配置されるような恰好で、二枚の間は少し距離が開けられている。

「王子がたはそれぞれ、あちらかあちら、お好きな方に座られよとのことだ」

 出迎えたサータム人の官吏が言った。

 フェイフューはソウェイルと顔を見合わせた。

 大講堂で式典が行なわれる時はいつも双子は壇上でイブラヒムの左右に座るよう言われていた。未成年の二人に発言権はなかったが、アルヤ王家の直系男子として最大限尊重された扱いであると思える配置であった。

 それが、今日に限って壇の下に座らされる。

 フェイフューはイブラヒムを睨みつけた。

「今日から僕たちにも発言が認められるはずです。さらに上へ行くならまだしも下に行かされるというのはどのような意図が?」

 イブラヒムは平然とした顔で「落ち着きたまえ」と言ってから答えた。

「君たちを私より格下として扱うための配置ではない。あくまで君たちに向かい合って座ってほしいのだ。壇上では空間が狭くどうしても私が間に挟まってしまう。やむを得ない措置としてご容赦いただきたい」

「向かい合って?」

 ソウェイルが呟くように問う。

「何をするんだ?」

「具体的なことは君たちに任せよう。とりあえず別々に口頭で挨拶をしてもらおうかと思っている」

 「本当にそれだけですか?」といぶかしんだフェイフューを眺めながら、イブラヒムはもたれていた背を起こした。

「式典が始まってから君たちにあるお題を与えるつもりだ。君たちにはそれについて意見を述べ合っていただきたい。そしてそれを聴衆に聞かせるのだ。そろそろ君たちが独立して話せることを各自で示してもらう必要がある」

 イブラヒムの唇の端が片方だけ持ち上がった。

「できればだが、議論をしていただきたい。――フェイフューはともかく、ソウェイルにできるかね」

 ソウェイルがうつむいた。

 イブラヒムはさらにたたみかけた。

「我々サータム人は君を『蒼き太陽』ではなくただのアルヤ王国王位継承権保持者としてしか見ていない――それを忘れないことだ」

 フェイフューは心の中で密かに笑った。イブラヒムはおとなしく従ってしまいがちのソウェイルに時々こうして嫌味を言う。同時に、事あるごとに意見するフェイフューをよしとしてくれているように感じる。異民族に『蒼き太陽』をいじられるのは面白いことではないとはいえ、その分フェイフューの印象が良くなるのだと思うと、フェイフューはちょっとだけ嬉しくなってしまうのだ。

「この一年間はここで式典をする際にはこの配置で行こうと思っている。君たち自身が議論をした結果配置を変えることを決めるのであればそれに従っても構わないが、何も決まらないうちはこの状態だ」

 フェイフューは頷いて「分かりました」と答えた。

 イブラヒムから見て右側、入り口から見て左側に座った。絨毯の上、柔らかい座布団に腰を下ろして、衣装の裾を正して向かい側の絨毯の上を見据えた。

 ソウェイルはフェイフューとイブラヒムを交互に見た。表情の変化に乏しいので顔だけ見ていると冷静そうにも見えるが、フェイフューにはソウェイルが戸惑っていることが分かった。座りたくないのだろうか。

 それはつまり、議論をする自信がないことの表れではないのか。

 フェイフューは唇を引き結んで笑うのをこらえた。

 殴り返してやる。

 だがフェイフューは拳で殴るなどと野蛮なことはしない。言葉で打ちのめすのだ。

「どうした、ソウェイル。座りたくないのかね」

 イブラヒムが言うと、観念したらしい。ソウェイルは黙ってフェイフューの向かいに座った。正面に座るフェイフューと目を合わせようとしなかった。斜め下、何もない床を見つめていた。

 この勝負はすでに勝ったも同然だ。

 ソウェイルの方を見ていて気づいた。

 ソウェイルの後ろ、王子が座るための絨毯の向こう側で各国来賓の手前に当たる辺りにも、小さな絨毯が敷かれている。王子の後ろに誰かが座る手筈になっているらしい。全部で六人分、王子の後ろで横に並ぶ形になっているようだ。

 自分の後ろを見た。自分の後ろにもやはり六枚横に座るための絨毯と座布団が並べられている。誰か、六人、選ばれた人間が座ることになっている。

 誰が、だろう。何に選ばれた人々が縄の内側に来て王子の後ろにつくのだろう。

 辺りを見回した。

 縄の内側にもう一ヵ所、人が座るための場所が用意されていた。玉座と相対する形、王子たちとは直角で横に位置している、横一列に並べられた九個の座椅子である。

 その九個が誰のために用意されているのかはすぐに分かった。緑の軍服のアフサリーと黒いチャードルのベルカナ、女学校の決まりである灰色のマグナエをつけたカノが座って何やら楽しそうに世間話らしい会話をしていたからだ。十神剣の九人のための場所なのだ。

 なぜ十神剣なのだろう。

 十神剣が縄の内側にいる――それはいったい何を意味しているのだろう。

 サータム人の兵士に案内されて、サヴァシュとユングヴィが現れた。この二人が定刻前に現れるのは珍しい。ソウェイルの成人式だと思っているからだろうか。

 サヴァシュが相変わらず上着デールに裾を絞った筒袴、銀細工に毛皮の帽子なのが気に食わない。アルヤ王国の人間として式典に列席するのに、彼は相変わらずチュルカ人の民族衣装を着ている。だが直接そうと言うのも馬鹿らしいので無視する。

 九個のうち、一番端にサヴァシュが腰掛けた。

 その隣に、当たり前のようにユングヴィも座った。

 今日のユングヴィは臙脂のマグナエにやはり臙脂の丈の長い女性服を着ていて、上に分厚い朱色の肩掛けを羽織っている。どこにでもいる主婦の恰好だった。

 何となく、面白くない。

 顔を背けた。

 さて、イブラヒムは何を繰り出してくる気だろう。ソウェイルに対して何を言ってやろう――そんなことを考えるのに集中した。

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