第2話 忠臣たちの暗中模索

 何も言えなくなって総督の執務室を出た。

 ナーヒドもテイムルも無言で廊下を歩き始めた。

 目指すは先ほどまで十神剣会議を行なっていた部屋だ。先ほどと状況が変わっていなければ、ユングヴィ、サヴァシュ、ラームテイン、そしてベルカナが待っているはずである。


 興奮して部屋を飛び出したのはナーヒドだけだった。

 ユングヴィは姿を現さない。


 彼女の様子を思い返す。

 比較的落ち着いていたように思う。誰かに食って掛かることもなく、極端に落胆しているようでもなかった。


 イブラヒムは図星を突いていたのかもしれない。


 ユングヴィにはソウェイルをアルヤ王にする自信がある。

 ナーヒドにはフェイフューをアルヤ王にする自信がない。


 テイムルにはナーヒドにかける言葉が見当たらない。

 安易な気休めは彼の神経を逆撫でするだろう。

 自分も嘘はつきたくない。冗談でもソウェイルがアルヤ王にならない可能性を口にしたくなかった。

 かと言ってフェイフューが犠牲になっていいとも思ってはいない。二人がアルヤ王国でともに暮らす道を選択したい。しかしその道は見えない――ならばフェイフューを切り捨てていくしかない。


「――俺もフェイフュー殿下をアルヤ王にしたいとまでは思っていない」


 テイムルの心を読んだかのように、ナーヒドが口を開いた。


「だが、歴代の『蒼き太陽』は王になると必ず男きょうだいを処刑してきた」


 横を向いた。隣を歩くナーヒドの横顔が見えた。眉間にしわを寄せ、床を見つめている。その表情には疲れが滲んでいる気がする。


「理屈は分かる。道理だ。王になれない王子は火種となる。現に先王陛下は兄である先々代を――」

「それは宮殿の中では言わない約束だよ」


 制したテイムルに文句は言わなかった。ただ歩き続けた。

 テイムルもふたたび前を向いた。歩く速度を落とさずに言葉を選んだ。


「史書が伝えるには、『蒼き太陽』はどうも苛烈な性格の方が多かったようだから。ソウェイル殿下は罪のない人間を処刑するお方ではないよ。ましてたった一人の弟君を」

「それはそれで問題ではあるまいか。いざという時に身内を切り捨てられない王とは」


 ナーヒドの言うとおりだ。ナーヒドも本当に理屈の上では理解しているのだ。それはそれで不幸な男だと思う。分かっていても、割り切れない。分からない方が楽な時もある――ユングヴィのように、だ。


「サータムの皇帝はソウェイル殿下をおとなしくて御しやすいと思っているそうではないか。侮辱だとは思わないか」

「思うよ。悔しい。でもソウェイル殿下の方がご気性が穏やかなのは確かだね」


 テイムルは苦笑した。


「何が正解なんだろうね」


 はあ、と少し大袈裟なくらいに息を吐く。


「ソウェイル殿下は帝国から独立するとはおおせにならないかもしれない。かりそめとはいえ平和と言えば平和だ」

「栄光のアルヤ民族がサータム人どもに支配されていてもいいと言うのか」

「分からない。けれど僕にはいつ何をきっかけに帝国へ弓を引くか分からないフェイフュー殿下をどこまで制御できるんだろうという不安はある。急に明日から戦争してくれと言われた時、王国臣民はどうしたらいい?」


 これこそ、テイムルの嘘偽りなき本音だった。


「まあ、しろ将軍の僕は前線には出ないんだけどね。どちらかと言えばそう将軍であるナーヒドの仕事だ。……やる?」


 その問いには、ナーヒドは答えなかった。

 テイムルはたたみかけた。


「アルヤ王にならなかったとしても。良くも悪くも、王族としての力を持ち続ける。アルヤ王国にいる限り――ソウェイル王の治世に口を出せる状況である限り。そういう危険性はある」

「まるでフェイフュー殿下が危険思想の持ち主であるとでも言いたげだな」

「ソウェイル殿下とフェイフュー殿下のどちらが正しいかじゃない、王になった方とならなかった方が意見をたがえるのが問題なんだ」


 ナーヒドが自嘲的に笑った。彼は本来こんな惨めな笑い方をする男ではない。心に大きな打撃を受けたに違いない。テイムルは焦って次の言葉を探した。


「ソウェイル王のために死ねと言いたいわけじゃない。僕も王家に仕える身だ、王子が殺されるのを黙って見ているのは悔しい。できることならお二人ともに末永くご健康でご活躍していただきたい、僕にできることがあるなら何でもする」


 だがそのできることというのが思いつかないのだ、とまでは言わなかった。


「――外で暮らすのも悪くはないかもしれないよ」


 テイムルもうつむいた。


「王国の外には広い世界が広がっているよ。フェイフュー殿下は生命力に満ち溢れているお方だ。きっと新しいご自分を見つけられる」

「追い出すのか」

「悪いように考えないで、前向きにとらえてほしい。アルヤ王国で飼い殺すよりサータム帝国で活躍する道を模索する」

「イブラヒムの言ったとおりに婿へやるということか」

「生まれ故郷の王国で首を刎ねるよりずっといいでしょう。うまく事が運べば帝国で血筋を残せるんだし」


 ナーヒドが深く息を吐いた。


「まだ十四歳だぞ」


 不承不承ではあるが、結婚について考え始めたと見える。テイムルはもっと具体的に検討するよう仕向けることにした。


「世間ではふつう十七、八で花嫁を迎えるものだよ。あと二ヶ月で十五歳、それから婿入り先を探して婚姻の儀の支度をして送り出すところまでやればあっと言う間に十六歳。早すぎるということはないでしょう」


 そこまで言ってはっとした。

 三十一歳のナーヒドが独身だった。

 言ってはならないことを言ってしまったかもしれない。


「しかし殿下はまだ女性に興味がおありでないようだ」


 テイムルの杞憂だったらしい、ナーヒドは純粋にフェイフューに関することだけを心配しているようだ。


「まあ――」


 確かに、フェイフューにはまだ浮いた話がない。というより、女嫌いが年々悪化している気がする。だいたいはナーヒドのせいの気がする――けれどここでそれを言ってはまた話がこじれる。


「まだ十四歳だからね。男友達と遊んでいる方が楽しい年頃なんだ。でも意識し始めたら変わるよ、きっかけさえあれば」

「そういうものか?」


 何も答えられなかった。まさか、十四歳のフェイフューより先に三十一歳のナーヒドをどうにかすべきだ、などとは口が裂けても言えない。テイムルは押し黙った。

 これは早急に手を打たねばならないだろう。何とかナーヒドを避けて、ナーヒドの頭を飛び越えてテイムルが手配せねばならない。頭の痛い話だが、間接的にアルヤ王国の平穏につながるはずだ。やりがいのある仕事だと思い込むほかない。






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