第23話 タウリス防衛戦 1

 タウリス城を攻めるため用意された野戦用の大砲が野原に並んでいる。

 砲手たちはその砲口に慌てて砲弾を詰めている。

 城壁が突如開門した。

 これから砲撃で打ち破り突き崩すはずだった門だ。まさかアルヤ軍が自ら開けるとは誰も予想していなかった。

 黒い騎兵の軍団が突撃してくる。

 蒼い軍旗が蒼い空にはためく。

『砲撃用意!!』

 だが間に合わない。速すぎる。弾道を計算する時間を与えてくれない。

 誰かが先走った。一門大きな音をとどろかせながら砲弾を吐き出した。

 軍馬の一団はその下を潜り抜けて迫ってくる。

 大砲は一門、また一門と弾を吐き出してゆく。しかしただの一騎も捉えられない。

 将校の鉄砲を求める声が聞こえてきた。だが伝令の速度も間に合わない。

 奥に控えていた鉄砲隊が最前に並ぼうとする。

 そこを騎馬隊の先陣が矢を射かけてくる。

 射手たちが次々と射殺されていく。隣に立っていた兵士が倒れると恐れをなした別の兵士が鉄砲を抱いたまま後方へ逃げ出した。

『どけこののろまども!!』

 控えていたハシムが手綱を引いた。猛る軍馬のいななきが蒼い空に響いた。

『突撃!!』

 ハシムのその号令が届く前に黒い騎馬軍団が槍で砲兵たちを刺し貫いた。

 紅い軍旗をはためかせた軍馬の一団がようやく駆け出す。やっとの思いで蒼い軍旗の騎馬軍団と衝突する。

 刀と刀、剣と剣、槍と槍とがぶつかり合う。

 金属音で人の声が掻き消される。

 先頭を率いてきた黒い甲冑の男と目が合った。

 男は笑っていた。

 槍に突き刺さっていたサータム兵の死体を投げ捨て、ハシムを真正面から見据える。

 その唇の動きが、来い、と言っているように見えた。

『望むところだ』

 ハシムは刀を抜いた。

『決着をつけるぞ黒将軍サヴァシュ!!』

 鉄砲隊が並んだ。けれど今撃てば帝国の騎馬隊をも一緒に撃ち殺すことになる。ひるむ。

 サータム砲兵たちの声はハシムたちチュルカ騎兵に届かない。

 一拍間があった。

 サヴァシュが片腕を上げ、槍を振り回しながら何事かを号令した。

 黒軍兵士たちは次々と同じ言葉を叫んでその号令を末端まで届けようとした。

 聞き取れたハシムは目を丸くした。

『退却!』

『退却!』

『退却!』

 次々と後ろを向いた。そのうち全員が背中を見せて走り出した。

 一気に攻め込み、一気に引く、これは騎馬遊牧民の間で一般的な戦法だ。

 だが、帝国の兵士たちはまだ鉄砲隊を残している。アルヤ軍の騎馬隊はその鉄砲隊を殲滅することもできそうな勢いだったはずだ。

 中途半端だ。

 奴らは途中で引き揚げようとしている。

 なぜだ。

『罠だ!』

 誰かが叫んだ。言われなくても分かっていた――つもりではあった。

 殿しんがりを務めるあの男が、片手を振っている。

 ハシムはそれを自分への合図だと確信した。

 呼んでいる。

 決着をつけなければならない。

 帝国軍はなおも前進を続けアルヤの騎馬隊に追いすがるチュルカ人部隊を見捨てた。

 背後から銃声が轟いた。

 味方の騎兵が幾人も倒れたが誰も振り向かなかった。

『前進! 前進!!』

 騎馬部隊が城壁に向かって突き進んだ。

 城壁の上で待機していたアルヤ兵たちが矢を射かけてきた。これは想定の範囲内だ。帝国軍の兵士を引きつけ待ち伏せする形で狙い撃ちをする――だがこの程度ですべてを射殺すことはできない。

 城壁の守りが甘い。

 ハシムは城門を突破した。タウリス市への突入を果たした。

 黒衣の騎馬隊はなおも後ろに向かって走り続けている。

 その行く先を見る。

 第二の城壁の内側にある市街地を見下ろすように、山裾の高いところに巨大な城が鎮座している。あれがかつては難攻不落と謳われていた今や裸になりつつあるタウリス城だ。

 タウリス城は三重の城壁に囲まれている。

 目の前に第二の城壁が見えてきた。その城門は開いていた。

 黒い軍馬は猛烈な勢いのまま城壁の中へ吸い込まれていった。

 タウリス城に戻ろうとしているのだ。

 タウリス城まで追い詰めればいいのか。

 無茶だ。そんな簡単に攻城できるわけがない。相手は数百年間難攻不落だったのだ。

 三年前自分たちがタウリスを攻略できたのは黒軍がいなかったからだ。今は、いる。

 何かを企んでいる。

 彼らはまだ余力を残している。

 ハシムはその場で止まった。

 その両脇を仲間の騎兵たちが駆け抜けていった。

『止まれ!!』

 だが一度動き出した軍団はそう簡単には止まれないのだ。

『よせ! やめろ!!』

 振り向いた。

 城門から次々と帝国軍の兵士たちが突っ込んでくる。

『タウリスだ! タウリスに入ったぞ!』

 サータム語の喜びの声がそこかしこから響く。

 何かある。このままではアルヤ軍の策略にはまる。

 しかしもう戻ることはできない。このまま進むしかないのだ。

 ひとけのない閑静な農地をゆく。道を外れて畑を踏み荒らしながら走る。

 この勢いのままタウリス城を攻め落とすしかない。

 第二の城壁の門が見える。

 門の向こう側に市街地が見えた。

 タウリス城はすぐそこだ。

 突然重い音が響いた。

 音の源は後ろの城門だった。

 門が閉ざされた。アルヤ兵が扉を落とす要領で閉めたのだ。数人の兵士が扉と地面の間で押し潰されて肉塊になった。

 城壁の外と内とで分断された。

 それを認識するか否かのところでまた別の大きな音が聞こえてきた。

 波のような音だった。何かたくさんのものがこちらに押し寄せてくる音だ。

 音は左右から同じくらいの大きさで聞こえてくる。

 嫌な予感がした。

 右を見た。

 蒼地に黄金の太陽が輝くアルヤ王国の紋章と、それを守るように掲げられた蒼い三角の旗が翻る。

 中央守護隊――アルヤ軍最大の部隊だ。選び抜かれた精鋭のアルヤ人騎士たちと太陽を守るためなら死をも恐れぬ歩兵軍団がこちらに向かってきている。

 左を見た。

 同じように、蒼い三角の旗がはためいていた。

「突撃!!」

 若い男の声が――アルヤ語の号令が響いた。

 帝国軍の兵士たちは第二の城壁と第三の城壁の間で細く長くつながっていて展開できそうにない。

 挟撃された。

 ハシムがそうと認識する前に蒼軍は両側から帝国軍の兵士たちをすりつぶした。


 タウリス城の屋上でバハルはその様子を眺めていた。

 まるっきり予想外の展開だった。

 これではまるで黒軍が帝国兵を引きつけて誘い込んだかのようだ。そしてその手柄を蒼軍に譲ったかのようだ。

 そんなはずはない。サヴァシュがナーヒドの都合の良いように戦士たちを動かすはずがないのだ。誇りを踏みにじるアルヤ人たちに対してチュルカの戦士たちは必ず背を向ける。こんなことがありえるはずがない。

 このままでは帝国の騎兵たちがタウリスの城壁の中で殲滅される。

 どうにかしなければならない。

 タウリス城を出るしかない。

 そう思って空に背を向けた、その時だ。

「撃ち方用意!」

 女の声が響いた。

 背筋に冷たいものが流れるのを感じながら振り向いた。

 待機を命じていたはずの赤軍兵士たちが、一糸乱れぬ動きで城の屋上の砲台に取り付けられた大砲に弾を詰めている。

 確かに赤軍は火薬の扱いに長けている。鉄砲などは蒼軍や地方四部隊も用意しているが基本的には市街地で敵を待ち伏せして狙い撃つことの多い赤軍の十八番おはこだ。だが大砲となれば話は別のはずだった。高度な数学的判断を要する大砲を学のない赤軍兵士たちに扱えるわけがない。

 蒼い空に、山へ吹き抜ける風に、ユングヴィの長く伸びた赤毛がなびいている。

 彼女はただ城の中でおとなしく男たちの帰りを待つだけのはずだった。なぜここにいるのだろう。

 左手で最近出っ張ってきた腹をさすりつつ、右手を挙げた。

 笑顔だった。

 まるで何の恐れもないかのような、

「もう少し! もう少しだよ!」

 バハルは目を丸くした。

 第二の城壁を突破した黒軍兵士たちが、そしてその後ろを追い掛けてきている帝国の騎兵たちが、第一の城壁を目指して、市街地を駆け抜けようとしている。

「あとちょっと」

 赤軍兵士たちが、砲口を、市街地に向けた。

「三数えろ!」

「――おい、ユングヴィ」

「三!」

「お前何し――」

「二!」

 黒軍兵士たちの前半部分が第一の城壁の門を潜り抜けた。

 同じく後半部分が、突如反転して第二の城壁の門へ向かって走り出した。

 大通りの真ん中で帝国兵たちが立ち往生した。

「一!」

 残った黒軍兵士たちも、左右の細い通りに、消えた。

 大通りに帝国軍の兵士たちだけが残された。

「今だ!」

「待て!」

 ユングヴィの右手が、真正面へ勢いよく振られた。

「撃つな!!」

「撃て!!」

 赤軍兵士たちはバハルの声を無視してユングヴィの号令に従った。

 砲弾が一斉に吐き出された。

 地面をえぐる音がした。

 手すり壁に駆け寄って下を見た。

 建物にも地面にも無数の穴が空いていた。

 その穴の中で、帝国の紅い月の旗が、ことごとくに押し潰された状態で土を飾っていた。

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