第24話 タウリス防衛戦 2

 第二の城壁を潜り抜けた帝国軍の兵士たちのうち半分が降り注ぐ砲弾から逃れた。

 彼らは黒い騎兵たちが逃れていった先に安全な場所があるのではないかと考えた。藁にもすがる思いで大通りから外れて、脇道、路地と路地の隙間を縫うように巡らされた小路こみちに足を踏み出した。

 城塞都市タウリスの路地は狭く暗く馬で駆けることには向いていない。三差路や五差路も多い。敵兵を迷い込ませるために造られた街並みだ。

 自分たちが今どこにいるのか分からない。

 いつの間にか袋小路に入り込んでいた。行き止まりだ。どこにも行けない。

『引き返すぞ』

 先頭を行く兵士がそう言った。

 次の時だ。

 液体の音がした。何か液状のものが空から降ってくる。

 路地に油の臭いが広がった。

 悲鳴が上がった。

『熱い! 熱い!!』

 頭上を見上げた。

 三階建ての住居の最上階、窓を開け、桶を持った美しいアルヤ娘たちが笑っている。

 桶を持っている。

 彼女たちはおそらく熱した油を撒いたのだ。

 自分たちは彼女らの手の内にいる。

「そぉれ、たーんとおあがりよ」

 このままだと焼き殺される。

『早く行け!』

『押すな! やめろ!』

 何とか狭い路地を出て大通りに戻った。

 ふたたび砲弾が降ってきた。タウリス城から狙い撃たれている。タウリス城にいる砲兵たちはタウリスの市街地を穴だらけにする気なのだ。

『壁伝いに進め! 第二の門まで戻れ!』

 兵士たちが壁にしがみつくような恰好で動き始めた。

 だが彼らは誰一人として城門に辿り着けなかった。

 タウリスの家々の窓が開いている。

 アルヤ人の少年たちが、銃を構えている。

 銃弾の雨が降り注いだ。

「ユングヴィからの命令だ」

 手前にいる少年たちはすぐ窓の奥に引っ込んだ。

 次の少年たちと交代した。

 間を置かず新たな銃口を向けてきた。

「武装している人間は一人残らず撃ち殺すこと」

了解バレ

 帝国兵がアルヤ語で「やめてくれ」と叫んだ。

 ある少年が答えた。

「ちゃんとできたらユングヴィが褒めてくれるんだ!」

 銃声はその後も断続的に響き続けた。


 第三の城壁の門に縋りつく男たちを、太陽の紋章を彫り込んだ蒼い甲冑の騎士たちがことごとく槍で突き刺していく。

 城門は開かない。帝国兵たちがどれだけ外に焦がれても城壁の外には逃げられない。

 大地は紅く濡れ、鉄錆の臭いが充満した。

 城壁の上には先ほどは見当たらなかった空色の三角旗がなびいている。そしてどこからともなく現れたアルヤ人の兵士たちが城壁の外に向けて大砲を放っている。これでは外に残っている味方の部隊が助けに来てくれる見込みはない。

 殲滅だ。アルヤ人たちはタウリスの城壁の内側で帝国兵を虐殺することにしたのだ。

 タウリスは血溜まりの都市と化した。

 ハシムはそれでも何とかアルヤの歩兵を斬った。やっとの思いで門まで進んだ。

 閉ざされた門を前に馬の歩みを止めた。

 さて、どうするか。

 こうして悩んでいる間にもアルヤ軍の兵士たちは迫り来ている。

『ハシムとやら』

 名前を呼ばれて顔を上げた。

 いつの間に戻ってきたのだろう。すぐそこに、黒い甲冑に黒い軍馬の男が現れた。

『確か最強の座が欲しいとのことでござったな。今ならお相手つかまつるぞ』

 言いながら男は闇色の剣を抜いた。

 黒将軍サヴァシュだ。

 目が合うだけで手が震えた。

 周囲から人が引いた。二人のためだけの空間が用意された。

 サヴァシュの後ろからひとりの騎士が進み出てきた。アルヤの王族が好んで使う蒼い外套マントに黄金の太陽の彫り込まれた甲冑をまとっている。かぶとの隙間から覗く端正な顔立ちはいかにもアルヤ人らしい美男だ。

「一騎討ちならばこの蒼将軍ナーヒドがしかと見届けよう。チュルカの戦士の心意気とやら、この目に焼き付けさせていただく」

 蒼将軍ナーヒド――アルヤの武家の名門の出という話の、この大軍の総大将だ。

 逃げられない。

 震える手で、腰の刀のつかを握った。

 ただで殺されてやるわけにはいかない。一太刀でも浴びせて、後続の者たちにつながなければならない。確かサヴァシュは先の会戦で傷を負っているはずだ。うまくいけば相討ちくらいには持ち込めるかもしれない。

 馬の腹を蹴った。

 咆哮。

 まっすぐ突進した。

 刀を振りかぶった。

 斜め上から振り下ろした。

 サヴァシュは斜め一歩前に出た。

 ハシムの刀は宙を斬った。

 馬と馬とが横に並んだ。

 闇色の剣が大地と水平になるように構えられた。

 そのままハシムに横から突き立てた。

 ハシムの兜とよろいの隙間、首を正確に刺し貫いた。

 首が飛んだ。血が噴き上がった。

 一瞬のことだった。


 馬から降り、首を拾い上げた。

「持って帰るか?」

 ナーヒドに向かって突き出す。ナーヒドがその黒い目をまたたかせる。

「何ゆえ俺が?」

「お前の采配がここまで追い詰めたんだろう、総大将。将軍級の戦士の首だ、お前の言うところの武門の誉れに足る手柄じゃないのか?」

 ナーヒドは眉根を寄せ、不機嫌そうに息を吐いた。

「俺の手柄は俺が獲る。貴様に譲ってもらってまでさずとも俺は俺一人でるのだ。それに個々の武将の首など小さいこと、この戦のすべてが俺の采配となれば無用だ」

「ああそうかよ、たまには狩った獲物を献上して感謝の気持ちを表現してやろうと思ったのにな」

「貴様もすでに俺を認めているのだろう。それで充分だ」

 「たまには可愛いことを言うじゃねーか」と笑った。

「貴様が持って帰れ。――よい土産になるだろう」

 馬の首を取って返す。

「そこまで言うのならばその手柄は俺からの結婚祝いということにする」

「なれば有難く頂戴致す」

「早くしろ。一刻も早く帰らねばならぬ」

 サヴァシュも馬に戻った。

「城で最後の決着をつけねば。かたをつけねばなるまい」

「ああ。……急ぐぞ」

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