第13話 少年兵への教育 1

 はかりで分量を測って配合した火薬を、油紙で包む。

 ユングヴィにとってはとうに慣れた作業だ。何年もやってきたことなので何も考えなくても流れを繰り返せる。

 新米兵士の少年たちは魔術を見ているかのような顔でユングヴィの指先を眺めている。

 新鮮な様子だ。微笑ましい。

 ふだんの彼らはもっと落ち着きがない。ある者は路上で、またある者は奴隷同然の生活をしてきたため、勉強する機会や意欲を奪われてきたからだ。喧嘩慣れした者はあっても真剣に兵術を学ぶ気がある者はいない。

 だが学ぶ能力のすべてが失われている者も少ない。

 自分の興味のあることには素直だ。殴ること、蹴ること、斬ること、撃つこと――自分の攻撃力を表現することに対して、真面目で貪欲な態度を見せる。

 ユングヴィはそういう子たちに銃を持たせる。これは確実に人間を殺すことのできる道具だと言って撃ち方を教える。だいたいの子は喜んで受け取る――そして後から諸刃の剣であることを知り使い方を勉強しようとする。

 少年たちの顔はまだあどけない。さすがにみんなソウェイルよりは大きいが、ラームテインより幼い子もいる。

 こんなこどもにもユングヴィは銃を持たせる。

 自分自身が十四歳で初めて銃を持った時は自分の年齢について考えたことはなかった。だが、母親になろうとしている今は気になってしまう。

 世の中にはこんなやり方でしか生きていけないこどもがたくさんいる。

「火薬の量が足りないと弾が出ないから気をつけてね。あと――あとそれから、何かある?」

 ひとりの少年が手を挙げた。

「火薬が足りなくて弾が出なかったらどうなるんだ?」

「詰まって銃が使い物にならなくなる。解体して弾取り出すのその場では無理でしょ。強引に次を突っ込むと暴発するのでやめてください」

 「もし銃が使えなくなったら」と言いつつ、拳を握って上下に振った。

「至近距離に敵兵がいるなら、銃床で敵を殴りな」

「げえ。壊れない?」

「わりとイケる、だいじょーぶ、どうせ掃除しなきゃ使えないんだから鈍器と一緒だよ。そんなことよりみんなが怪我する方がたいへん!」

 少年たちが神妙な顔をして頷いた。

「いい? 怪我をするのが一番だめ。薬とか布とか、手当てできるところまで運ぶための時間と人手、治るまでにかかる日数とか、もうほんと、すごい膨大な損になるから。何より周りがビビるの、これほんとに厄介。隣にいる子が、俺も怪我したらどうしよう、なんて動けなくなっちゃった時には、その小隊は全滅するものだと思ってね。一人でもそんなことになったら終わりだよ」

 誰かは素直に「はい」と返事をしたが、また誰かは「ほっとけばいいんじゃね?」と言い出した。

「怪我する奴が悪いんだろ。ほっといて、死なせれば?」

 ユングヴィは「絶対にだめ」と言い切った。

「死体の片づけはたいへん。ものすごく、たいへん。重いし臭いし汚いし、誰もしたくない。けど、邪魔だからしなきゃいけない。最悪。死ぬのはほんとにやめて」

 「逃げる方がまだマシ」と告げる。

「動けなくならないこと、周りの仕事を増やさないこと。ぶっちゃけ役に立たなくてもいいから足手まといにはならないようにしな」

 今度こそみんなが頷いた。

「まあ、そんな乱戦の中で銃を撃つことなんてそうそうないと思うけど。そんなことになったら弾込めする時間もヤバいと思うし、剣を抜いて斬りかかった方が早いよ。もしくは逃げる! 逃げるのちょーオススメ。逃げてもお給料が出なくなるだけだから死ぬよりずっといい」

「何を教えているんだ貴様は」

 慌てて振り向いた。

 天幕テントの出入り口の布を持ち上げて、ナーヒドとバハルが中に入ってこようとしていた。

 ユングヴィは体ごと振り向いて、机の上に広げた鉛や火薬を隠すように立った。けして見られてはいけないものではないが――砲術部隊は蒼軍のような大隊にもあるのだからむしろ見せて知識を共有するべきだが、何となく、ナーヒドに仕事を見られると怒られる気がする、という根拠のない緊張があるのだ。

 ナーヒドが近づいてきた。

 床に膝立ちになって様子を窺っている少年たちを見下ろしつつ、吐き捨てるように言った。

「逃げるな。潔く戦って死ね。アルヤ民族の栄光のために死んだ者には死後の楽園での安寧が約束される」

 少年たちの顔を見た。ある者は何を言われたのか分からないという顔できょとんとしており、またある者は不愉快そうに顔をしかめていた。

 ユングヴィは、いけない、と思った。彼ら同様貧しい家庭に生まれ育ち路上で生活していたユングヴィには分かる。彼らにナーヒドの論理は通用しない。要らぬ反発を招くだけだ。

「うちの子たちのことはほっといてよ」

 ナーヒドが「そういうわけにはいかん」と答える。

えある太陽の軍隊の軍人であることを理解した上で行動を選択できるようにならねば、規律ある軍隊とは言えないからな。統一感があり指示命令系統の明瞭である軍隊こそ窮地にその本領を発揮するのだ」

「んん……ごめん、私にも分かる言葉で説明して。何言ってんのか分かんない」

 少年たちのうち誰かが笑った。ユングヴィは自分の無教養ぶりを笑われた気がして恥ずかしくなった。

 だが、次の時、ナーヒドが「今笑ったのは誰だ」と唸るように言った。

 胸の奥が冷えた。ここで赤軍兵士がナーヒドに吊るし上げられるとどんなおおごとに発展するか分からない。

「い……今の、誰。ちょっと、謝んなさい」

 口先ではそう言ったが、誰も名乗り出ないであろうことは分かっていた。むしろ本音を言えばもう誰にも何も言わないでほしかった。ユングヴィが笑われただけで済むならいいのだ。

「これだから赤軍は」

 ナーヒドが一人腕組みをする。

「再教育が必要だ。徹底的にしごき上げて一人前にせねばならん。アルヤの軍人としてどこに出しても恥ずかしくない人間に矯正しなければ」

 ユングヴィは首を横に振った。

「いいよ、うちのことはほんと、ナーヒドの仕事を増やすわけにはいかないし、うちにはうちのやり方でちょっとずつ育てていくから、気にしないで」

「そういうわけにはいかん。これからは俺の下について動いてもらわねばならんからな」

 思わず「は?」と言ってしまった。

 バハルが貼り付けたような笑顔で間に入ってきた。

「体のことを一番に考えて赤軍とは距離を置いた方がいいんじゃねーかな、ユンちゃんの代わりは俺とナーヒドでやるから戦争が終わるまで城の奥でゆっくり待機しててくれねーかな、っていう話」

 バハルの言い方は柔らかいが、ようはユングヴィから赤軍を取り上げてナーヒドとバハルでどうにかしようという話になっているのだ。ユングヴィは「ほう」と呟き、眉間にしわを寄せてナーヒドと同じように腕組みをした。

「ちなみに、体のこと、とかぼかさなくても大丈夫だよ。赤軍はみんな知ってるから。こいつら気を使うっていう能力がないから平気でこのボテ腹女がーとかサヴァシュ将軍の愛人のくせにーとか言ってくるし私にはもう知られたくないことなんて何もないよ」

 苦笑して「おいおい、そんな――」と何かを言い掛けたバハルを遮り、ナーヒドが「将軍と一般兵士の距離が近すぎる」と怒る。

「無礼な。将軍を何だと思っている? その辺がだらしないから足並みが揃わんのだろう。徹底的な指導が必要であると見たな」

 何を言っても同じの気がして少し恐ろしいが、だからと言って負けてはいられない。ここでユングヴィが折れたら赤軍がナーヒドに潰されてしまいかねない。

「うちは、これで、いいの。私がいいって言ってる、私をネタにして冗談言ってられるうちはいい。赤軍は赤軍のやり方でやってくから、ナーヒドは気にしないで」

 ナーヒドがその程度の言葉で折れてくれるはずがない。

「冒涜だ。粛正を行なう」

 ユングヴィにはその言葉の意味するところもよく分からない。自分が無教養だからいけないような気がしてきてしまう。けれどとにかく何か恐ろしいことを言われているのは分かる。

「いいって、言ってるでしょ」

 声が震える。

 ナーヒドは止まらない。

「お前が女だから馬鹿にされているのではないか」

 胸に突き刺さる。長年抱えてきた問題を明るいところに引きずり出される。

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