第13話 ラームテイン少年の推理

 アルヤの底抜けに蒼い空を鷹が舞う。

 空は今日も蒼く晴れ渡っていた。まるで何事もないかのようだ。日常が当たり前に続いていて争いなどどこにもないかのようだ。

 鷹が降下を始めた。緩やかに旋回したのち、革の手袋をつけたラームテインの左腕におりてきた。

 鷹の鋭い爪がラームテインの華奢な手首をつかんだ。

「よしよし、いい子だね」

 右手でつまんでいたうさぎの肉を与える。鷹が肉を咥えたのを確認してから、腰の手拭いで手を拭く。

 鷹が肉を食べているうちに、ラームテインは右手だけで器用に鷹の足にとりつけられている金属の筒を外した。中から紙片が出てきた。やはり片手で紙片を広げる。

 秀麗な顔に憂いを浮かべ、溜息をついた。

 壁の扉が開いた。出てきたのはバハルだ。

「中央の鷹か」

 「はい」と言って頷く。

「残り三日の道のりに相成あいなそうろう。黒軍先んじて出立す、よろしくお頼み申し上げそうろう。以上です」

「何だ? また喧嘩したのか?」

「仔細は書いていないですね」

「サヴァシュが早まったんじゃなければいいけど。あいついっつも独断で単独行動だからなあ」

「ありえます、戦いたいのかもしれません。都でもずっといらいらかりかりしていました」

「それはラームが強引に裏方をさせたからでは……」

 紙片をふたたび丸めて、バハルの方へ向かって差し出した。バハルが腕を伸ばして受け取った。

「いずれにせよ、蒼軍であと三日の距離なら、黒軍は一日二日で来るでしょう」

 ラームテインの瞳が輝く。

「黒軍の戦力があれば帝国軍を迎撃できます。到着し次第すぐウルミーヤ近郊で陣を張っていつでも展開できるように支度をします」

 「帝国軍は今やすぐそこですからね」と、遠く山地の方を見やった。ウルミーヤはその山の手前、タウリスから見ると湖を挟んですぐ西にある町だ。ラームテインの作戦どおりに事が進んでいれば今頃赤軍によって廃墟になっている。

「いよいよです」

 バハルは苦笑した。

「よかったな、サヴァシュが来てくれたらラームもちょっとは安心だろ」

「ええ、この調子でいけばウルミーヤで僕の計算どおりに両軍が激突します。荒ぶるチュルカの戦士たちの牙がサータムの軍勢をばったばったと薙ぎ倒しつわものどもをほふる、血沸き肉躍る合戦の始まりです。準備をしたかいがありそうです、ひと安心ですね」

「そういうんじゃなくてな……ラームテインさんもうちょっと可愛いこと言ってもいいのよ……」

「ただ、ユングヴィが少し心配です」

 鷹を腕に留めたまま、バハルの方――城内へ通ずる扉の方に向かって歩み寄ってくる。バハルは受け止めるようにそのままの体勢でラームテインを見つめる。

「赤軍が城を発ってもう何日です? この間一度も連絡がない」

「そうだな、心配だな、ユングヴィ、最近あんまり顔色良くなかったもんな」

「はい、ユングヴィを動かせなくなったら困ります。赤軍が想定の八割以上をこなすことを前提に作戦を組んでいますからね。赤軍は空軍と違って命令系統がよく分かりません、軽率に代理を立てられません」

「もう一回言うけど、ラームテインさんさ、もうちょっと可愛いこと言ってもいいんだぜ?」

「難しいところです。僕は良い軍隊とは頭をすげかえても作戦を遂行できる規律の整った集団であると認識しているのですが、誰か人気者が率先して戦うことで士気が上がり不利な戦いにも臨めるのも確かです。まして将軍とはそういうものではありませんか、いることに意味が、価値がある」

 「ユングヴィがいなくなった時赤将軍の代わりはいない」と呟く。

「こんなこと、他国の軍隊ではありえないと思うんですけどね……」

 そこでバハルは顔をしかめた。

「ラーム、ひょっとして何かユングヴィに頼み事してる?」

「どうしてそう思うんです?」

「なんか心配の仕方が引っ掛かる。よっぽど危ないことさせようとしてんのかな、って。ユングヴィ今そんなすごい危ない橋渡ってる? ユングヴィに何かあった時――ユングヴィがラームの計算どおりに動けなかった時、何か致命的にヤバいことでもあんの?」

 ラームテインの、鷹のいない方の腕を、バハルがつかんだ。

「俺の知らないところでユングヴィに何か言った?」

 バハルの瞳は真剣そのものだ。

「やめてくれ」

 ラームテインは変わらぬ涼しい顔でバハルを見ている。

「何でも俺に話してくれ。何してもいいけど、勝手に動くことはすんな」

「なぜです?」

 「お前らのことは守ってやりたいんだよ」と吐き出す声は苦しい。

「お前ら――ラームと、ユンと、エルの三人。お前ら三人は、まだ、十代だろ。何とかしてやりたいんだ。だからみんな何してんのか分かる状態でいてくれよ」

 ラームテインがひとつ息をついた。

「十代が何も考えていないと思ったら大間違いですよ」

「それは、そうだけど――」

「あなたが信じているほど僕らは純粋ではありません。僕もユングヴィもエルも、あなたに言っていないこと――あえて言わずにいること、たくさんあるでしょうよ」

 そして、唇の端を持ち上げた。その様子は妖艶でさえある。

「少なくとも僕は、あなたのことも信頼しているわけではありませんので」

 「かと言ってユングヴィやエルを信じているわけでもありません」と続ける。

「でも、少し、お話ししましょうか」

「ラーム?」

「今回僕はユングヴィを試すことにしました。それにユングヴィが気づいているかは分かりません。彼女は察しのいいところがあるのでもしかしたら分かっているのかもしれませんが、少なくとも僕には何も言わずに行きました」

「どういう――」

「この件について僕はユングヴィには――いえ、誰にも言っていません。バハル、あなたが初めてです」

「何を――」

「身内に裏切り者がいます」

 ラームテインはそれでもやはり涼しい顔をしていた。

「僕は都の中枢にウルミーヤで迎撃したいとは言っていません。今赤軍がウルミーヤに集合しているであろうことは西部にいる僕らしか知りません。それでもし、帝国軍がウルミーヤに先回りをしていたら、西部にいる僕らの中に帝国の内通者がいることになります」

 しかしその目は笑っていない。

「僕が帝国軍の人間だったら湖の争奪戦に勝ちたい。まして西方守護隊から離れた少人数の部隊があるならどこかの部隊と集結する前に殲滅したい」

「ラーム――」

「赤軍の動きの情報があれば――赤将軍がどこにいるか分かれば。帝国軍は三年前空将軍と橙将軍を殺して将軍を減らすとアルヤ軍の士気に打撃を与えることができると学習している。今が好機です。殺すなり捕虜にするなり――」

 バハルが絶句した。

「逆に、ユングヴィが、無事に帰ってきたら。ユングヴィが無傷だったら、帝国軍に寝返ったのは、ユングヴィ、ということです」

 その場に膝を折った。

「お前、いつからそんなこと考えてたんだ」

「エルが怪我をしたと聞いた時からです」

 ラームテインがバハルの腕を振り払う。

「もし爆発が空将軍を狙ったものであったとしたら、犯人はあの日程でエルが西部に帰ることを知っている人間でなければなりません。十神剣の身内か空軍の人間に限られてきます。火薬の扱いに長けているとなればまず疑うべきは赤軍ですよね」

 城の中へ向かって歩き出す。

「誰かが帝国に情報を流している――そう考えれば、ソウェイル殿下暗殺未遂も。帝国は、ソウェイル殿下がお一人になる時間、白軍の警備の隙をつくことができる時間帯を知っていた。ソウェイル殿下のお傍近くにいられる人間が怪しいとは思いませんか。ユングヴィか、テイムルか、サヴァシュか――あるいはその辺と親しい――十神剣の誰かです」

 「ウマル総督だって」と語る声も滑らかだ。

「アルヤとサータムを戦争にするため。今のアルヤではサータムに勝てない、サータムにとって都合の良い今戦争を仕掛けたい、何か攻め込む口実になるような言いがかりをつけなければならない――そうだ、ウマル総督がエスファーナで死ねばアルヤが殺したことにできる。ウマル総督が嫌いなアルヤ人なんていくらでもいるんですから――」

 バハルのすぐ横をすれ違うように抜けた。

「ま、僕が考えているだけです。的はずれかもしれませんよ」

「お前本当にユングヴィが怪しいと思ってんのか」

 ラームテインは振り向いたが、バハルの背中しか見えなかった。バハルがどんな表情でその言葉を口にしているのかは分からない。

「ユングヴィが、エルやソウェイル殿下を売ったりすると思ってんのか」

「分からないので試しているんです」

「そうじゃない、ユングヴィがそういう人間だと思ってんのか、っていう――」

「分からないと言っているじゃないですか」

 また、前を向いた。

「案外犯人はエルかもしれませんよ。疑いの目を逸らすために自爆したのかもしれません。そもそも刻限どおりに爆発するものを作る技術なんて聞いたことがありませんしね、自分で火をつけたのかもしれない。今だって、ユングヴィと一緒に出掛けているわけですから、隙を見てユングヴィを売り渡すことは可能です」

 ラームテインの手が、扉を開けた。

「もうひとつ、いいことを教えてさしあげましょう」

 バハルの息が、止まった。

「もし、今日明日中に赤軍が叩かれたら。黒軍がもうすぐ到着することを知っている僕かあなたが裏切り者です」

 バハルはしばらくの間そのままの体勢で空を見上げていた。

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