第8話 作戦会議みたいな難しい話はちょっとね

「サヴァシュで思い出した」


 バハルが言った。


「なんでユンちゃんとラームが西部に派遣されたの? 俺、サヴァシュか中央よこしてくれって言ったはずだけど」


 ユングヴィが「私じゃ頼りない?」と顔をしかめる。バハルが少し強い声音で「しょうがないだろ」と答える。


「ユンちゃんが頑張ってるのは知ってる。けど、こんな荒れ放題の中だぜ? それこそユンちゃんに何かあったら俺じゃあ責任取れないぞ」

「いいよ、私は私で勝手に仕事をするから。バハルはバハルでやってて、私のことは気にしないで」

「僕が赤軍の方がいいと言ったんです」


 話題が移ろったのでエルナーズは途端に興味を失った。軍隊の難しい話題には触れないに限る。


「タウリスの街中で展開するなら赤軍がいいと思ったんです。身軽ですぐ動かせましたしね」

「まあ……、そう言われれば、蒼軍とか黒軍が急に動くといろいろかかるけど……」

「蒼軍や黒軍は会戦になるまでとっておくべきです。蒼軍はアルヤ軍一の大所帯です、そんな簡単には移動できません。黒軍はチュルカ人軍人奴隷ゴラーム部隊で反乱でも起こされたら大問題になる両刃の剣、いざという時までエスファーナの外に出ないでくれた方がいい」


 バハルは頷いた。


「それに今蒼軍はエスファーナの治安維持のために動員されています。エスファーナも不穏で人員を割く必要がありました、とても忙しそうですよ」

「そっか……まああの中央がエスファーナのことを全部白軍に投げてすぐ動くってことはしないか。で、黒軍の方は何してる? 野放しか?」

「いえ、蒼軍の活動のために食料や物資の運搬をしてもらっています」

「マジで!? 黒軍戦ってないの!? 黒軍が裏方やってんの!?」

「僕がサヴァシュに頼みました」


 平然とした顔で「馬で物資を輸送できれば早いので」と述べる。


「それ、サヴァシュ了承した?」

「してもらいました。最初のうちは嫌そうな顔をしていましたが、エスファーナではチュルカ人のお家芸である略奪はできませんからね」


 ユングヴィが意地悪そうな顔で「今ナーヒドとサヴァシュが共同でエスファーナ防衛にあたってるんだと思うと面白くない?」と笑った。バハルは「なんかラームがすごい頼もしいわ」と漏らした。


「大隊を動かしてむやみやたらに帝国を刺激するのは避けましょう。極力内密にできることをこなしていきましょう。大隊である蒼軍や黒軍ではなく、専門家集団である赤軍の技術と経験を活かしましょう」


 ラームテインの夜色の瞳が炎で揺らめく。


「いいですか、帝国との全面戦争に発展した場合今のアルヤ国では絶対に勝てません。人員も軍備も敵いません、正面衝突をすれば必ず負けます。ですが地の利だけはあります、負けないように工夫することはできます」


 力強い声で「準備をしましょう」と言う。


「最終的に帝国が宣戦布告をしてきたら、蒼軍、いえ緑軍や橙軍をも巻き込んだ大兵団を組織してもらいます。ですが今はまだそこまでは至っていない。今のうちに、そこまで至った時に備えて工作をします」


 手振りを加えて、「まずはタウリスの完全掌握」という説明をする。


「今の荒れたタウリスをひとまとめにして、タウリス城で籠城戦を行なえるようにします。タウリス城で迎撃します。タウリス城の設備の確認と拡充、あわせて城下町の人々の完全な退避。食糧の備蓄も大切です、できる限り乾き物を集めましょう」


 そこで「分かった」と答えたのはユングヴィだ。


「それから、もし帝国が来るとなれば砂漠や高山地帯を超えての進軍となります。この近辺で補給をさせないようにしなければなりません」

「つまり?」

「近郊の村を焼き払います」


 バハルが口を開きかけた。けれどラームテインは発言を許さなかった。


「元からあった建物を宿営地にさせてはなりません。食べ物や金銀などの動産をタウリス城に集めて、残りはまとめて破壊します」

「そんなこと、誰が納得――」

「させます。抵抗する者には死ぬのとどちらがいいか詰め寄りましょう。サータム人が攻め込んできたらアルヤ人なんて男は殺されて女は犯されて子供は奴隷として連れていかれると言えばいい。同時に退避すれば太陽の加護があると言いましょう、これは太陽を守るための聖戦になるだろうし、太陽が昇る限り後々の賠償は必ずある、と」

「誰がやるんだよ」

「赤軍がやる」


 すぐさまユングヴィが声を上げた。


「赤軍はそういう汚れ仕事をするために存在するんだ。他のどこにもできないことは、全部、赤軍が引き受ける」


 エルナーズは目を細めてユングヴィを見つめた。

 彼女は赤将軍としての確かな自信と矜持をもって言っているのだ。彼女は本当に強くなったのだ。


「でも、赤軍は基本的にみんなバカなんだと思ってね。土木工事もやるし火の扱いも得意だけど、みんな自分の仕事のことしか考えてなくて、先の見通し、大きな展望ってやつはないから。決まり事があるなら最初に教えて、私が徹底させる」


 これが、組織を率いるということなのだ。


 ラームテインは大きく頷いた。

 その、次の時、だ。


「ま、ここまで全部僕が考えたことで、実際にやるかどうかはまた別の話ですけど」


 バハルとユングヴィが固まった。


「……ん、んっ?」

「んんっ? ラームたん、今、何だって?」

「あ、いえ。全部僕の考えたことなので、参考までにこういう考え方もありますが、という感じで」

「いやいやいやいや! ここまで言っておいてここでそりゃねーだろ!」

「私今ちょーやる気満々だったよ!? この熱どうしてくれんの!?」

「冷静に考えてくださいよ、どうして軍に所属してまだ四ヶ月の、たかだか十四歳の若造である僕が、そんな、アルヤ軍全体のことなんて。うまくいけば数万を動員するんですよ? やだなあ、僕一人でそんなの。皆さんからしたら、昨日まで酒姫サーキイだったみたいな子供の言うことを、真に受けて。ほら。ね?」

「待って! 待って紫将軍様! お願い最後まで考えて!」

「じゃあラームたんここまではるばる何しに来たの?」

「エスファーナにいても何もすることがないかな、と思いまして。紫軍の本隊はエスファーナで情報収集にあたっていますし、テイムルとナーヒドは将軍になってからはまだ三年と言っても軍に身を置いてからはとても長い方々ですし、僕みたいな経験値の少ない子供がいても邪魔かな、と。それなら、最前線に行って、小間使いをしつつ勉強させていただこうかと……エルも怪我したと聞いていましたからね、看護する人間がいれば楽かな、とか」


 ラームテインが肩をすくめた。その肩をつかんでユングヴィが揺さぶった。


「ラーム、あんた、もっと自覚をもって。この面子じゃあ頭使うことってラームにしかできない仕事だから」

「いえ、僕に甘えていないでユングヴィも頭を使ってくださいよ。五年、いえ、六年目なのでは?」

「言ったなこいつ!」

「ご期待に応えられず申し訳ありませんが、僕は、実戦経験はゼロですから。最終的に責任をもつのは十神剣代表のテイムルですしね」

「あーっ、あっ、あーっ! テイムルが! テイムルが!」


 だが、こういう空気は悪くない。

 エルナーズは笑った。

 どうせ大人数が集まるのなら、賑やかな方がいいのだ。




 バハルとユングヴィ、ラームテインの三人が話し込んでいるうちに疲労が噴出したらしく、エルナーズはいつの間にか布団に沈んでいた。肩は一定の拍を刻んで穏やかに上下している。その表情は安らかだ。


「――なあ、ユンちゃん」


 部屋を出て解散したあと、バハルはユングヴィを追い掛けた。ユングヴィを呼び止め、廊下で二人向き合った。


「ユンちゃんにお願いがあるんだ」

「なに? 聞くよ」

「エルのことなんだけどな」


 バハルが苦笑する。


「ユンちゃん、傍にいてやってくれない? もちろんユンちゃんはユンちゃんで仕事があるのも分かってる。けど、できるなら、エルを連れ歩いてやってくれないか?」


 うつむいて「エルをひとりにしたくない」と呟いたバハルに対して、ユングヴィが笑みを見せる。


「荒々しいところばっかり見せることになっちゃいそうだけどね」

「それは、しょうがねーな。でも、一人でいる時におかしなことをするくらいだったら、さ」

「うん、それも、そうだ。ひとりでいるよりは、たぶん、マシだよね」


 大きく頷く。


「分かった。私、できる限りエルと一緒に行動するよ。エルが多少嫌がっても連れていくことにする」

「助かる」

「大丈夫、心配しないで。エルは絶対私が守るから」




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