第15話 男と男の約束
回廊の奥から、ソウェイルが勢いよく駆け出した。
サヴァシュは一瞬だけ振り向いたが、気づかなかったふりをすることにしたらしくすぐにソウェイルに背を向けた。
ソウェイルが勢いを殺すことなく全力でサヴァシュの背中に体当たりをする。サヴァシュは微動だにしない。
「サヴァシュ!」
サヴァシュの背を押す。サヴァシュが涼しい顔で「何だよ」と答える。
「サヴァシュやっぱりユングヴィに何かしただろ!?」
「した」
ソウェイルは息を詰まらせた。蒼い瞳をまん丸にしてサヴァシュを見上げた。そんなソウェイルを見下ろしてサヴァシュがふと笑った。
「って、答えたら、お前、どうする?」
サヴァシュの服の背中を握り締めて二度三度と首を横に振る。
「どうしよう……考えてなかった……」
「どうするんだよ。俺、ユングヴィに、何かした。ほら、どうにかしてみろよ」
「うう……うう、サヴァシュのいじわる……サヴァシュのそういうところすごいいやだ……」
ソウェイルが辺りを見回して、「今日はユングヴィ来ないのか?」とサヴァシュに問い掛けた。サヴァシュが「なんで俺に訊くんだ?」と問い返した。サヴァシュから手を離して、自分の服の裾を握り締めてサヴァシュを睨む。
「だって、最近、ユングヴィ、サヴァシュにはいろいろしゃべっているみたいだから。ユングヴィ、サヴァシュのこと、すごく、何というか……、うまく説明できないけど、すごく、何かなんだ」
「お前、本当は分かってるんじゃないのか?」
「何がだよ」
「お前のその蒼い真ん丸のおめめを見ていると本当は全部お見通しなんだって気がしてくる」
「わかるわけないだろ。ユングヴィは何だってそうだ、こっちからきかないと自分から説明しようとはしないんだ、おれがうまくきけなかったら何にもわからないまんまなんだ。それに、おれ、こんな頭だけど、べつに、まほーが使えるわけじゃないし」
「それもそうだな、悪かった」
サヴァシュはその場で膝をついた。目線がソウェイルに近づいた。
「今日は仕事が休みらしい。朝から中央市場に買い物に出掛けた。午後手が空いたら宮殿に来ると言っていた」
ソウェイルは一度「そうか」と頷いてから、眉根を寄せて「やっぱり知ってるんじゃないか」と怒り出した。サヴァシュはまた笑った。
「今日は
「ほんと!? 食べたい! テイムルにユングヴィの家に行ってもいいかきかないと――」
一人でまた首を横に振る。
「なんで知ってるんだよ」
「なんでだろうな、なんでだと思う?」
「やっぱり何かしたんだな」
「した。で、どうする?」
唇を引き結んだ。
「……別に、どうもしない」
「本当にか? お前がどうしても知りたいって言うんなら何したか教えてやるぞ」
「おれ、ユングヴィのことネホリハホリしないんだ。ユングヴィが言いたくないんならおれもつっこんできかない。おれが知りたがってるって、心配してるって知ったら、おれがどう思うかばっかり気にして、ユングヴィ、自分のこと、ぜんぜんちゃんとしないから」
一度唇を引き結ぶ。少し間を置いてからふたたび喋り出す。
「ユングヴィにはおれのことよりもっと自分の心配をしてほしい。だから、おれは、ユングヴィにはユングヴィの事情っていうのがある、っていうことでいい」
「おお、さすがだな」
「というか、ユングヴィがわざわざおれにナイショにしてることをユングヴィのゆるしなしに勝手にしゃべろうとするなよ」
「ハイ。ゴメンナサイ」
そして、うつむく。
「本当は、本当に、すごい心配なんだ。ユングヴィ、本当にあぶなっかしくて、ほっといたらすぐ何かよくないことやりそうで、おれ、本当にすごくいやなんだ」
服の裾をつかむ手が、白くなる。
「サヴァシュは知らないと思うけど。ユングヴィの体、すごい傷だらけなんだ」
「知ってるけど」
「なんでだよ」
「また後でな。まずはお前の話を続けろ」
「うん……、えーっと。ユングヴィはすぐけがをするんだ、仕事であぶないことばっかりしているから。赤軍はあぶないことばっかり、アルヤ軍で火薬を使うのも赤軍だけだし、エスファーナの治安の悪いところをうろうろするのも赤軍だし、何かあったらすぐ出てかなきゃいけないし、この前おれがサータム人にやられた時だって、あんなふうに人を――」
手が、震える。
「ユングヴィに守ってくれなんて言わなきゃよかった。ユングヴィにはもうあぶないことしてほしくないのに、ユングヴィ、ひょっとして、おれがあぶない目にあうたびにああやってあぶないことするんじゃないのか?」
「そんなこと考えてたのか」
「おれがサヴァシュみたいに強かったらよかったんだけど……、おれが強くなったらユングヴィがあぶないことするの減るんじゃないかと思ったけど、なんかぜんぜん強くなれる気がしなくて……。サヴァシュくらい強かったら……、サヴァシュ、だったら」
服の裾をつかんでいた手が自分の服から離れた。そうして、サヴァシュの服の袖をつかんだ。
「お願いだ。何してもいい、けど、ユングヴィにあぶないことはさせないでくれ。できれば……、もしもユングヴィがあぶない目にあいそうになったら、ユングヴィのことを助けてほしい。おれの分まで……、今のおれじゃあ何にもできないから……」
「ああ」
サヴァシュは笑ったまま、頷いた。
「分かった。約束する」
そうして、ソウェイルの頭を撫でた。
「俺がお前もユングヴィも守ってやる」
ソウェイルが手から力を抜いた。初めて表情を緩めた。
「あいつがお前のために何かと戦わなきゃいけない時が来たら俺が代わりに戦う。この俺が、全力で、お前たちを守る」
「ほんとか!?」
「その代わり、お前、俺があいつに何をしようと絶対文句は言うなよ」
「うん! 約束!」
「あと、だからと言って強くなろうと思ったことは忘れるなよ。今はいい、俺がここにいる。でも、いつかは俺より強くなるつもりでいろよ」
「わかった。いつか……いつか、なんかすごい遠ぉい先の話の気がするけど」
「当たり前だ、この俺がそう簡単に負けるわけがないだろ。二十年早いな」
「二十年かあ。そのころにはサヴァシュもおじさんになってるはずだからいけるかもしれない……」
「純粋に自分の力で勝とうと考えるようにしろ、ひとが老けるのを待つんじゃない」
「はあい……」
付け足すように、「あ、あと、もう一個」とソウェイルが言う。
「ユングヴィがいない今のうちに、おれからサヴァシュにもう一個」
「何だ?」
「まだ、本当にできるかどうかわからないから、言わないようにしようと思ってたけど――」
ソウェイルは一人で頷いた。
「おれ、王さまになったら、将軍を辞められるようにしようと思ってる」
サヴァシュが目を丸く見開いた。
「将軍って一回なったら辞められないんだろ? 王さまになったらそこのところ変えたい」
ソウェイルの手は、なおもサヴァシュをつかんでいた。
「将軍になって、チュルカ平原に自由に帰れなくてきゅうくつな思いしてない? おれはサヴァシュにずっとこの国にいてもらっておれやユングヴィのために戦ってくれたら安心するけど、じゃあ、サヴァシュはどこで安心するんだろう。おうち帰りたくないか? おれは毎日ユングヴィの家に帰りたいって思ってるけど、サヴァシュはそうじゃない?」
「お前……、本当は本当に何もかも分かってるんじゃないだろうな」
「ううん、何にもわからないけど、でもずっと考えてたんだ、この国がどんな風になったらサヴァシュにとっていごこちが良くなるかな、って」
「そうか」
「あんまりきゅうくつだったら、むりして将軍をしてもらわなくてもいいな、って思った。おれは別に将軍だからサヴァシュが好きなわけじゃあない」
「そうか……」
「サヴァシュが好きな時に好きなところへ行けるようなアルヤ王国だったらいい。帝国に行ってもいい、平原に帰ってもいい。ただ、アルヤ王国に戻ってきたいと思ってほしい。おれはずっと王国でサヴァシュが王国を選んでくれるのを待つ」
腕が伸びた。強い力で抱き締められた。
「王になれソウェイル。お前を王にするためだったら俺は本気で戦える」
ソウェイルは驚いたようだった。だが、次の時には満足した顔で頷いていた。
「あ、でも、約束は約束だからな。将軍は辞めてもいいけど、ユングヴィの世話はやめたら怒るからな」
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