第13話 アルヤ紳士による評価

「ユングヴィ!」

 突如後ろから名前を呼ばれた。怒鳴られたように感じて肩をすくめた。

 声のした方に顔を向けた。

 回廊の真ん中にアフサリーが立っていた。

 アフサリーは蒼ざめた顔で「早く!」と怒鳴っていた。ふだん冷静で物腰穏やかな紳士であるアフサリーがあんなに大きな声をと思うと、今がとんでもない非常事態であることを痛感した。

「止めなさい! 力ずくで! むりやりにでも!」

「はい!」

 だが逆に、ユングヴィは非常事態に駆け出すのは得意だ。

 二人の間に入るのは危険だ。自分が斬られかねない。さてどうするかと考えながら走った。

 まっすぐ突進した。サヴァシュに向かって、だ。

 サヴァシュを横に弾き飛ばした。銀細工が、じゃら、と今までには聞いたこともない音を立てた。

 突然サヴァシュが視界から消えてナーヒドも戸惑ったようだ。勢いよく突き進んでいた神剣ごと前につんのめった。すんでのところで立ち止まる。「は」と呟いて呆然とその場に立ちすくむ。

「テメエ何すんだよ!?」

 サヴァシュが怒鳴った。けれどユングヴィは今度こそためらわなかった。「だめ」と叫んでサヴァシュを地面に押さえつけた。

「いい加減にしなさい」

 アフサリーが駆け寄ってくる。ナーヒドとサヴァシュの今なおぶつかり合う視線の中間、庭の中央へ立つ。

「『蒼き太陽』の御前でこんな風に争うとは何事ですか。十神剣の務めを忘れたんですか。その神剣は何のためにあるのか思い出すのです」

 ユングヴィの下で、ユングヴィの腕をつかみながらサヴァシュが「冗談じゃない」と言う。

「何が十神剣だ、こんな風に侮辱されてもまだ黙ってろって言うのかよ」

 ナーヒドが神剣を構え直す。その目はひどく冷たい。

「俺もまだやれる、最後までやるぞ」

 しかし最終的に場を収めたのはフェイフューだ。

「興ざめです」

 言いながらフェイフューが歩み寄ってきた。

「やめにしましょう、ナーヒド」

 フェイフューに言われて、ナーヒドは戸惑ったのか一瞬視線をさまよわせた。けれどややして肩の力を抜き神剣を鞘に納めた。

 ナーヒドが地面に膝をつく。フェイフューに向かって「申し訳ござらぬ」とこうべを垂れる。フェイフューが当たり前のような顔をして「結構ですよ」と応じる。

「今度は十神剣をみなさんそろえてやりましょうね」

 そして、ソウェイルに向かって「ごきげんよう」と告げた。

「今日のところは仕切り直します。サヴァシュも、兄さまもユングヴィも。覚えておいてくださいよ」

 風を切って歩き出す。その後ろを、ナーヒドがついていく。二人とも一度も振り向かない。

 あっと言う間に姿が見えなくなってしまった。

 一同はそんな二人を唖然としたまま見送った。

「退け」

 低い声で言われて、ユングヴィは我に返った。サヴァシュの上から退く。

 表情こそいつもと変わらぬように見えたし、すぐに神剣を鞘に納めた辺りからして危険性もない気はしたが、いつになく冷たい目をしているのも確かだ。

「ごめん」

 何となく怖くなってそう言った。独り言のように小さな声だったが、サヴァシュには届いたようだ。彼は切り捨てるような声で「もういい」と答えた。

「俺も頭を冷やしてくる」

 そして、他の者の反応を待たずに「解散」と言って一人歩き始めた。

 この状態で離れられるのが不安で、ユングヴィはサヴァシュに向かって手を伸ばした。だが引き止める言葉は見当たらない。手を引っ込めて溜息をついた。

 サヴァシュの背中が遠くなっていく。

「らしくないですね」

 アフサリーが一人腕組みをして言う。

「サヴァシュに何かありましたか?」

「えっ、なんで?」

「ここまで怒るとなると、何かよっぽどのことがあったのではないかと。この何年かはすっかりおとなしくなっていたので、こんなことはもう二度とないものと思い込んでいました。どうせまたナーヒドが何か気に障るようなことを言ったのでしょうが、うーん」

 ソウェイルがアフサリーを見上げて、「昔はよくあったのか」と問い掛けた。アフサリーが目尻を垂れて「はい」と答える。

「十代の頃はしょっちゅう喧嘩をしては時の白将軍、テイムルのお父さんに諫めてもらっていたものです」

「どうして? 何かあったのか?」

「あったような、なかったような。いつからか口を利かないようになってしまっていて――ベルカナだったら何か知っているかもしれませんね、私はどうしても北に戻ってしまって傍にいられませんからね」

 言われてみれば、何がそんなに気に障ったのだろう。ナーヒドの言動のすべてと言われればそんな気もしてしまうが、強いて、どれが一番サヴァシュを刺激したのか、と言われると、ユングヴィにはよく分からない。

「何だったんだろう。私も知りたい」

 アフサリーが苦笑する。

「まあ、あまり考え込まなくても大丈夫ですよ。サヴァシュは本来はそこまで小さい男ではありませんからね」

「でも確かに、サヴァシュってふだんはすごい怒るとかしない人だよね。今日に限ってなんであんなに興奮してたんだろ」

「案外ユングヴィやソウェイル殿下の前でかっこつけたかったのかもしれませんよ」

「何それ面倒臭い」

「そう言わないでやってください、男なんてそんなものなんです」

 昨日の、ウマルと相対していた時を思い出す。意地の問題に国を賭けるような男だ。そういう点ではサヴァシュとナーヒドはよく似ている。二人とも実利より武人の誇りをとってしまうのである。競わずに済むならそれに越したことはないと思っているユングヴィには理解のできない行ないだ。

 それにしても、

「アフサリー」

「はい、何です?」

 アフサリーは自分よりはるかに長い時間あの二人を見てきたのだ。

「フェイフュー殿下はああ言ってたけど。アフサリーは、あのまま続けてたら、どっちが勝ってたと思う?」

 祈るような気持ちで訊ねた。

 アフサリーは即答した。

「ナーヒドでしょうね」

「えっ、ほんとに?」

「アルヤ一の剣豪と言えばナーヒドかなと思います」

 「でも」と続ける。

「これが剣術だからです。弓や槍での勝負ならまた結果が変わることでしょう。騎馬での一騎討ちだったらナーヒドが馬上から叩き落とされて終了でしょうね」

 目に浮かぶようだった。

 三年前のエスファーナ攻防戦を思い出す。サヴァシュは一人だけ敵将を討ち取るほどの活躍を見せたが、冷静に思い返すと彼は神剣をほとんど使っていなかった。より得意な得物で戦った結果かもしれない。

「もしも自分が戦場で孤立した時、どちらかしか呼べないとしたら、どちらに助けに来てほしいですか?」

 雑兵には目もくれずあっと言う間に駆けつけてくれるであろうサヴァシュだ。彼は確実に勝てる方法を選ぶはずだ。他方ナーヒドは真面目に一人一人の相手をしそうだ。ナーヒドを待っていたら日が暮れてしまう。

「どんな戦場を生き抜いてきたか、得意な戦法が戦場でどう活きるか――を総合的に考えたら、ねえ。そんな風に考えていって、最終的に、どちらが十神剣最強の名を冠するにふさわしいか、となると――ナーヒドにとっては残念ですが」

 ユングヴィは胸を撫で下ろした。

 そうして、サヴァシュに最強でいてほしいと思っている自分に気づくのだ。

「なあ、アフサリー」

 ソウェイルが頬を膨らませる。

「なんでアフサリーが止めてくれなかったんだ? なんであの時ユングヴィを呼んだんだ」

 アフサリーが笑いながら「申し訳ございません」と言う。

「私は荒事が苦手でしてねえ。こういう時はユングヴィの方がずっと機敏に動けるんですよ。ユングヴィの反射神経は十神剣一ですしねえ」

 口では「これだからアルヤ紳士は」と言いつつ、ユングヴィは嬉しかった。アフサリーがあてにしてくれている。これからも頑張ろうと思ってしまう。

 ソウェイルは面白くないらしい。

「ユングヴィがけがをしたりしたらどうするんだ。あぶないだろ」

 思わず、ユングヴィはソウェイルを抱き締めた。

「だあいじょうぶ! 私は頑丈なのだけが取り柄だからね!」

 ソウェイルが腕の中で首を横に振った。納得いっていないようだ。だがユングヴィはソウェイルが気にかけてくれているということが嬉しい。ついソウェイルの蒼い髪に頬を寄せた。ソウェイルが溜息をついた。

「さて、ユングヴィ。実は私はユングヴィを探していたのですが」

「はい、なになに? 何かあった?」

「この前言っていた飲み会の件です。来週の週末はどうですか? 再来週の頭にエルとバハルが西へ発つそうなので」

「わーい行く行くー! 誰が来る?」

「幹事が私で、バハル、エル、ベルカナ、テイムル、それからラームにも声を掛けましたよ」

「わーっ、本物の酒姫サーキイにお酒を注いでもらえるかもしれないんだ!? めっちゃ楽しみー!」

「問題はサヴァシュとナーヒドですね、あの二人を一緒にするとまた騒ぎになりかねないので」

「呼ばなくていいんじゃないかなあ、おいしく飲めないでしょ」

「はっはっは、ユングヴィも言いますねえ」

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