第12話 最強の戦士VS最強の剣士

 声の方を振り向いた。

 回廊の奥から、二人分の影が歩み寄ってきていた。一人は日輪のような金の髪の少年だ。丈の短い動きやすそうな服装をしている。もう一人は夜空のような黒い髪の青年だ。神の軍隊の蒼い制服をその身にまとっていた。

「どうしてぼくに声をかけてくださらなかったのです? いくらでもお付き合いしますと申し上げましたのに」

 金の髪の少年――フェイフューが言った。いつもの、自信に満ち満ちた、底抜けに明るい笑顔で、だ。

「まあ、ぼくは手加減しませんけどね!」

 ソウェイルが極限まで嫌そうな顔をした。

「暇そうだな。女相手にいい気なものだ」

 黒い髪の青年――ナーヒドが言った。いつもの、冷たい目つきに吐き捨てるような声音で、だ。

「自分の本来の職務を顧みずにこんなところで油を売って。アルヤの軍人として恥ずかしいとは思わんのか」

 サヴァシュが極限まで嫌そうな顔をした。

 サヴァシュの手が再度ユングヴィの肩をつかんだ。その手のあまりの強さにおののいたユングヴィは慌ててサヴァシュの上から退いた。

 サヴァシュが立ち上がる。ナーヒドがさらに一歩近づいてくる。二人が至近距離で向き合う。

 睨み合う。

「そっちこそ、昼間から王子サマとお散歩のようだが」

「ああ、昨日の事件を受けて今日は一日宮殿の中にいることにした。仕事をしない奴がいるせいで宮殿は人手不足も同然の様子だからな」

「ご苦労なことだ、こっちは俺がソウェイルを見ているから出しゃばってこなくていいぞ」

「貴様には分からないようだがアルヤの事情は繊細だ、気を抜いていると何が起こるか分からない、俺くらいはソウェイル殿下もフェイフュー殿下もしっかり見ていなければならん」

「アルヤの軍神様は大変だな、自由と平等を愛する俺には真似できないな」

 ソウェイルが駆け寄ってきた。ユングヴィの耳元で囁き声を出した。

「なあ、ユングヴィ、ひょっとしてサヴァシュとナーヒドって、仲――」

「悪い」

 ユングヴィは冷や汗をかいた。

「めっちゃくちゃ、超絶、テイムルがこの人たちを二人きりにするなっていうおふれを出すくらい、仲悪い」

 ナーヒドが持参して携えていた木刀を構えた。

「俺もお相手願おうか。貴様のその驕り高ぶったところを叩き直してやる」

 サヴァシュもまた、地面に放り出していた木刀を拾って握り締めた。

「ああ、相手をしてやろう。ヒマだからな」

 二人の間に火花が散ったような気がした。

 ソウェイルとユングヴィは肩を寄せ合って震えた。

「決着を、つけてやる」

「望むところだ」

 サヴァシュはいつもどおり片足を一歩引き木刀を斜めに構えた。けれど目つきがいつもとは違う。その鋭い眼光を見てユングヴィは今まで本当に手加減されていたのだと感じた。

 ナーヒドは正面で木刀を構えた。かつてユングヴィが習ったものと同じもの、アルヤ軍に代々伝わる伝統の構えだった。次の一手が想像できそうなほどの正統派ぶりだ。だがやはり目つきが見慣れたものと違う。ナーヒドは普段からきつい目つきをしているが、今は視線だけでひとを射殺せるのではないかと思うほどだ。

 フェイフューが手を叩いた。

「用意!」

 ユングヴィは驚いた。フェイフューの声が楽しそうだったからだ。

 フェイフューを見る。笑っている。この王子にこんな好戦的な面があるとは思っていなかった。もっと穏やかで物分かりの良い子だと思っていたのだ。

 自分のすぐ傍でくっつくように立つソウェイルの顔を見下ろした。不安そうな目でサヴァシュとナーヒドを見つめていた。ユングヴィはそんなソウェイルの肩を抱いた。

「はじめ!」

 直後、サヴァシュもナーヒドも一足飛びで大きく互いの間合いに踏み込んだ。

 サヴァシュの木刀が風を横に薙いだ。ナーヒドの木刀が空気を縦に押し潰した。

 銀細工が、しゃん、と鳴る。

 二人の刃が重なった。かん、という木の音が響いた。これが真剣だったら辺りに甲高い金属音が響き渡っていただろう。

 しばらくの間二人とも動かなかった。力が拮抗している。両方とも力ずくで相手を押さえ込もうとしているのが分かる。腕力に自信があるのだ。

 どちらからともなく離れた。どちらからだったのかはユングヴィには見えなかった。

 二人とも間を置かず次を打ち込んだ。また木刀の鳴る音と銀細工のぶつかる音が響いた。

 ナーヒドの木刀が上からサヴァシュの木刀を押さえつけようとした。サヴァシュの木刀はそれを下から押し退けようとしているように見える。

「貴様のそのがらくたうるさいぞ、じゃらじゃらじゃらじゃら音を立てて、何だか知らんが鬱陶しいことこの上ない」

 ナーヒドが唸るように言う。サヴァシュが口元だけで笑って答える。

「いい音色だろ、お気に入りだ、姉貴が魔除けにって言ってくれてな」

「なんだ貴様その年になっても自分の姉が恋しいのか、チュルカ人というのはいくつになっても乳臭いものが好きなものなのか?」

「殺す」

 サヴァシュがナーヒドの刃を薙ぎ払った。刃が離れた途端手首を返してナーヒドの手首を狙った。ナーヒドが手首を引いて本来なら鍔のある辺りでそれを防ぐ。すぐに押し退けてサヴァシュに刃を引かせる。

 ナーヒドはサヴァシュに休む隙を与えない。刃を押しつけるように攻める。サヴァシュはけしてかわさずそれを受け止めるように木刀を運ぶ。そして腕力で強引にナーヒドを押し退ける。

 銀細工がしゃんしゃんと騒ぐ。

 二人の刃が噛み合う。金属だったら刃こぼれを起こしそうだ。衝撃が空気を伝って辺りに響いているように感じる。重い。

 ナーヒドが木刀を地面と水平にしてサヴァシュの胸に突き立てようとした。サヴァシュがそれを薙ぎ払った。

 サヴァシュは遠心力を使ってナーヒドの体を断とうとしている。対するナーヒドは最短距離でぶつかっているように見える。二人のやり方がまったく違う。それでも噛み合う。同時に、けして刃以外の部分には触れさせない。まるではかったかのように打ち込み合う。力が釣り合っている。

 ユングヴィは息を呑んだ。

 思いの外ナーヒドが強い。かと言ってサヴァシュが押されているとも思わなかったが、ナーヒドを攻め落とすことも簡単にはできない気がしてきた。単純に十神剣最強はサヴァシュだと思い込んでいた自分を恥じる。

 ナーヒドは刺すように剣を振るう。まっすぐ前にしか突進できないようなので避けられてしまっては終わりだが、もしも当たれば一撃で相手を貫くことだろう。

 サヴァシュは一振り一振りが大きい。今はサヴァシュの方が速度で上回っているため間に合っているがそのうちナーヒドがサヴァシュの動きの隙を突くのではないか。

 胸の奥が冷える。

 いくら模造刀といえど怪我をしないわけではないのだ。むしろ、あの勢いでぶつかっていれば、

「ユングヴィ」

 ソウェイルの手がユングヴィの服の脇腹をつかんだ。

「止めてくれ。あぶない」

 ソウェイルに声を掛けられても、ユングヴィにはソウェイルの顔を見ることすらできない。二人から目を離すことができないのだ。自分がそうした途端にどちらかがどちらかを討ち取ってしまう気がする。そんなことがあるはずはない、二人ともアルヤ軍の人間だ、仲間同士で傷つけ合うわけがない――そう信じていたかったが自信はない。

 サヴァシュの木刀がナーヒドの木刀を弾き飛ばした。

 これで終わりだと安堵したのも束の間だ。

 ナーヒドは咄嗟に腰の剣を抜いた。蒼い燐光が辺りに走った。神剣だ。

 蒼い神剣の聖なる刃がサヴァシュの木刀をへし切った。

 サヴァシュが短くなった木刀を捨てた。そして背に負っていた黒い神剣の柄をつかんだ。闇色の刃がその物々しい姿を見せた。

 二人とも神剣を抜いた。

 その神剣は太陽を守るためにあるものだ。仲間を斬るためのものではない。

「だめだ!」

 ソウェイルが叫ぶ。

 黒い神剣と蒼い神剣の刃がかち合う。辺りに金属音が響く。

「二本も本気だ! 早く止めないとどっちかがどっちかをきってしまう」

 黒い神剣がナーヒドの頬をかすめる。ナーヒドの黒髪が一筋風に散る。

 蒼い神剣がサヴァシュの腕をかすめる。サヴァシュの服の袖が裂けて下の肌を覗かせた。

 もう笑って済ませられる範疇を超えた。

「ちょっと、サヴァシュ!」

 急いで声を上げる。

「フェイフュー殿下が見てる! 子供の目の前で親をぶちのめすのはサヴァシュの主義に反するんじゃなかったの!?」

 直後、ユングヴィは血の気が引くのを覚えた。

「いいえやめないでください!」

 フェイフューが力強い声で叫んだ。

「ぼくは、ナーヒド、あなたが十神剣最強なのだと信じています! サヴァシュに勝ちなさい!」

 思わずフェイフューの顔を見てしまった。

 フェイフューはまっすぐナーヒドを見つめていた。その顔に恐れなどはまったく見当たらなかった。ユングヴィは初めてフェイフューを恐ろしいと思った。

 ナーヒドが両目を見開いた。

 蒼い神剣に込められた力が強くなるのが、傍から見ていても感じ取れた。

 蒼い神剣が黒い神剣を振り切った。サヴァシュの顔面に向かって繰り出され、突き出された。

 サヴァシュが目を丸くした。

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