第10話 ちょっと仲良くなった
結局朝食を食べた後に再会した。
蒼宮殿の北の裏庭、回廊の縁にサヴァシュと並んで腰掛けて、ユングヴィはひとつ大きな溜息をついた。
「ねえ……一個恥ずかしいこと言ってもいい……?」
「何だ」
「私さ、ああいう経験したらもっと劇的に価値観とか見える世界が変わるんじゃないかと思っていたんだ……。でもぜんぜんそんなことなくてさ、今ここでこうしてサヴァシュと会っても別に何とも思わないことに気がついてしまって……これが大人になるってことなのかな……」
こんなことなら朝食ぐらい作って食べさせてやればよかったと思うくらいだ。
「お前、それ、俺にどんな反応を求めてるんだ」
「別に何にも……。私気づいちゃったんだ、友達がいないからこんな話をできる相手もサヴァシュくらいしかいないということに……。強いて言えばベルカナかなーと思ったけど、迂闊にこんなこと言ったらサヴァシュがビンタされる展開が見える……」
「その予言当たりそうだな」
「私はそんなの望んじゃあいないので余計なことは言わないに限るなあと思ったんだ」
サヴァシュの反応が気になって彼の方を向いた。彼はしばらく黙ってユングヴィの顔を眺めていた。
少し間を開けてからのことだ。
「お前の場合はお前にとっての友達の条件が厳しいだけだろ」
突然の言葉に、ユングヴィは目を丸くした。
「お前のことを友達だと思ってる奴はいっぱいいるのに、お前がそれに応えてない」
「え、えっ? なに急に」
「いや、友達がいないとか言い出すから、つい」
サヴァシュが踏み込んだことを言ったのに驚いた。彼はそんな風に誰かと絡む人間ではないと思っていたのだ。
面白くなって「なんでそう思うの?」と掘り下げた。サヴァシュが自分の腰の銀細工を指先でもてあそびながら「ん」と呟く。
「ベルカナやバハルと喋ってるところを見ていて、ずっと、あーこいつ根本的にひとを信頼してないんだな、と。信じる、というよりは、頼るとか、甘えるとか、そういうことはしない。自分の弱い部分をさらけ出せない、ひとに任せられない」
自分では気がついていなかった。けれど言われてみればそうかもしれない。サヴァシュは案外見ているのだ。
「でも、それ、サヴァシュに言われたくないかも」
「俺はいい、自分で意識してアルヤ人には頼らないようにしていたから。お前は無意識だろ」
いろんなことに合点がいって、ユングヴィは大きく頷いた。
「十神剣を兄弟だとか言うおつむの幸せな連中がお前に求めているのは、妹として兄や姉を頼る姿勢。俺は逆にいい加減オニイチャンになれと言われている立場だ」
「ヤバい……サヴァシュ先生のお言葉が胸に突き刺さる……」
「結局ソウェイルの件だってテイムルとかがああでもないこうでもないと言うのはそこだろ。もっと早く言っていれば周りはいくらでもやりようがあったのに」
ふと、新しい気配が紛れ込んできた。
「おれのこと、ああでもないこうでもないと言われている?」
ソウェイルがサヴァシュとユングヴィの間にしゃがみ込んでユングヴィの顔を見上げていた。
「わっ、ソウェイル」
いつからいたのだろう。気がつかなかった。サヴァシュの言葉に夢中になっていたらしい。
慌てて辺りを見回す。背後に白軍の兵士が二人立っている。ユングヴィと目が合って敬礼する。
「テイムルが、絶対に一人になるな、って言うから、ここまでついてきてもらった。けど、もう、いいよな?」
ソウェイルがそう説明する。サヴァシュが「ああ、もういいな」と答える。ソウェイルが振り向いて「だって、だいじょうぶ」と告げる。
「サヴァシュとユングヴィがいるから。だから、二人とも、えっと、下がって……?」
うつむいて、「こういうのほんとにいやだ」と呟く。
「だいじょうぶだから、テイムルにそう言ってほしい。その……、サヴァシュとユングヴィがいるところで、こういうの、すごい、気をつかうから……だから、おねがいだ」
ソウェイルに代わって、サヴァシュが平然とした顔で「下がれ」と言った。兵士二人は、一度顔を見合わせた後礼をして、回廊の奥へ向かって歩き出した。と言っても距離を置いただけで完全に姿を消すことはない。持ち場を離れるつもりはないらしい。ソウェイルの護衛をしてほしいユングヴィとしてはこれぐらいがちょうどいい。
「命令しろ、命令。お前、一応王子様で偉いんだろ」
「むりだ、はずかしい。フェイフューは平気でするけど……。おれからしたら信じられない、絶対まねできない」
「フェイフューの方は図太いな。どうやったらあのふてぶてしさが身につくんだろうな?」
「どの口が言ってんだよ、今この国で一番図太くてふてぶてしいのはあんただよ」
そこで、ソウェイルが不意に笑った。
「なんか、ユングヴィとサヴァシュ、ちょっと仲良くなった?」
瞬間、ユングヴィは顔が真っ赤に染まったのを感じた。指摘されて初めて自分が何をしでかしたのか突きつけられたように感じたのだ。他の誰を騙せてもソウェイルの目だけはごまかせないのだ。
サヴァシュは変わらず平気な顔をしていた。
「そりゃ、昨日あれだけの事件に一緒に巻き込まれていたらいろいろと話すこともある」
それだけの説明だったが、ソウェイルは納得して「そっか」と頷いた。
「あの後大変だった……?」
「いや、特には。こいつがお前の心配をしてぎゃあぎゃあ騒いだだけだ」
「おれのせいで大さわぎになっちゃったんだな。ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃないだろ」
「でも……、」
羞恥心を振り切り、ユングヴィはソウェイルの肩を抱き締めた。ソウェイルの蒼い髪に頬を寄せて「いいんだ、もう」と囁いた。
「ソウェイルの顔を見れて安心した!」
「ユングヴィ……」
「今日、会えないかも、って思ってた。出てきてくれて、ありがとう。本当に、よかった」
ソウェイルはユングヴィから顔を背けた。しばし間を置いてから少しずつ話し始めた。
「いろいろ考えたけど……、おれが強かったら、って。おれが強くなったら、こういうこと、減るのかな、って思ったから……、やっぱり、サヴァシュにもっといろんなことを教えてもらおう、って思ったんだ」
「そうか」
サヴァシュの大きな手が、ソウェイルの蒼い頭を撫でた。
「そうか、そうか」
ソウェイルがまた、少しだけ笑った。
「でも、テイムルにサヴァシュから剣を習っていることバレちゃった。せっかくナイショにしていたのにな」
「それは、仕方がないな」
サヴァシュが「何か言ってたか?」と問い掛けると、ソウェイルは首を横に振りながら答えた。
「テイムル、サヴァシュを選んだことには何にも言わなかったけど、テイムルを選ばなかったことは悲しい、って言ってた」
次の時、ユングヴィは驚いた。
「ははっ」
サヴァシュがこんな風に屈託なく笑うところを見られるとは思ってもみなかったのだ。いったい何が彼をそんなに喜ばせたのだろう、ユングヴィには見当もつかない。
思いを巡らせているユングヴィをよそに、サヴァシュが「よし」と言って立ち上がった。
「じゃあ、始めるか」
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