第16話 十神剣の愉快な仲間たち

「わー、べっぴんさん! 十神剣にまたとんでもねーべっぴんさんが来たぞー!」


 そんな能天気な声を上げたのは、ユングヴィが紹介すると言って連れてきた男だ。

 明るい茶色を基調として、何で色を抜いたのかところどころ金色の房のある、手入れされた感じのない髪の男である。だらしなく着崩された服装と言い、まばらに生えた無精ひげと言い、全体的に汚らしい。笑顔だけは人懐こいのが逆に胡散臭く見えた。


「べっぴんさんべっぴんさん! きれーな人がふえてカノうれしいー!」


 続いて明るく甲高い声を上げたのは、その男の左手に小さな右手を握り締められている少女だ。

 年の頃はまだ十歳に満たないくらいであろうか、マグナエをつけておらず、短めに整えられた黒い癖毛の髪を晒している。肌の色が浅黒い。ひょっとしたらアルヤ人ではないのかもしれない。


「紹介するよ。こっちが将軍バハル」

「ちーっす! 東方守護隊隊長、黄将軍バハルでーっす! 三十歳独身! 可愛い子大好き! よろしくな!」

「こんな感じだから、適当にあしらっといていいよ」

「なんだよユングヴィ冷てーじゃねーか!」

「こっちは橙将軍カノ」

「やほーカノちゃんだよー! カノはね、王子さまたちとおんなじ九才だよ! やさしくしてね!」

「一応南方守護隊隊長。まあ実際に橙軍を仕切ってるのは橙軍の副長だけどね」

「カノはきれいなお兄さんだぁいすきだけどおとなになったらフェイフューとケッコンするからダメだよ」

「何がダメなのかよく分かんないけどそういうことらしいから、適当に優しくしてあげてね」


 ラームテインは目眩を覚えて自分のこめかみを押さえた。話には聞いていたが、まさかアルヤ王国の軍神たる十神剣の面々が本当にこのような調子だと思っていなかったのだ。せめてもう少し格好つけたものだと思い込んでいた――否、信じていたかったのである。


「あーっ! 今なんでこんなんが将軍なんだって思っただろー!?」


 まさかそうだとはさすがに言えなかった。


「しょうがないだろ神剣が抜けちゃったんだから! 俺が将軍やってんの俺が一番びっくりしてるわ! なんだかんだ言って黄色の神剣を抜いてからもうかれこれ八年も将軍やってんのよ、いつの間にか古株になっちゃってたわ」

「八年……ですか」

「しかももともとは西部の百姓出身で食うに困って西方守護隊の空軍に入隊したのよ。なんで西部生まれ西部育ちで東方守護隊隊長なのって思うじゃん? 俺が一番分かってないから」


 カノが「カノも、カノも」と無邪気に笑う。


「カノはねえ、お父さんが橙将軍だったの! でね、お父さんが三年前の戦争で死んじゃったから、何となぁく神剣の声が聞こえたカノがついだの。そのお父さんもね、もともとはラクータ人で、アルヤ王国にはなぁんにも関係のない出稼ぎ料理人だったんだって! おもしろくない?」


 バハルが「ちょー面白い! さいこー!」と笑った。カノが「いえーい! さいこー!」と両手を挙げる。カノとバハルが手を叩き合う。

 ユングヴィが「ラームが呆れてるよ」と囁くと、二人は「おっと」「あらごめんなさい」と言って口を閉ざした。


「――とまあ、こんな感じだから、十神剣と一緒にいる時は気を遣わない方がいいよ。もうほんと、みんな基本的にこんなノリだと思ってくれれば」


 ナーヒドが怒鳴り散らすのにも合点がいくというものだ。


 ラームテインは吹き出した。


「十神剣にはいろいろな方がいらっしゃるんですね」

「そりゃあね、私ももともとは路上生活のみなしごだったし、最初から軍人として教育を受けてたのってナーヒドとテイムルだけだから」

「よかった。元酒姫サーキイの僕が浮いてしまうのではないかと心配していました」

「上等じゃないの」


 後ろから声が聞こえてきた。

 振り向いた。


 そこに、美しい少年が立っていた。


 彫りの深い二重まぶたに、通った鼻筋、薄紅色の唇をしている。ざんばらに切られた明るい色の髪もまっすぐで艶やかだ。裾広がりの袴の上に丈の長い胴着ベストを着て、大きな肩掛けを羽織るようにかけている。男性とも女性ともいえない変わった服装だった。

 大きな耳飾りが、日の光を弾いて輝いている。


「わっ、エルだ! お久ー!」

「やっとこれたんだ! おかえり! 長い旅路だったねー」

「もー、ほんとよまったく。一週間で来いとかいう手紙急に送ってくるし、冷静に読み返したら二日後の話だったし、本気でどうしようかと思ったわ。俺の苦労もちょっとは考えてほしいわね」


 近づいてくる。


「どうも、お待たせ。俺は西方守護隊隊長、空将軍エルナーズ。十七歳。よろしくね」


 みだらな花の甘い香りが漂う。


「俺からしたら初めての弟だわねえ。あんたが来るまでは俺が末っ子だったのにさ」


 そして、その唇の端を妖艶に持ち上げる。


酒姫サーキイなんて俺からしたら貴族みたいなもんよ、自慢していい経歴よ。酒姫サーキイやったらエスファーナの表舞台でできる仕事の大抵はこなせそうじゃない?」


 丁寧に磨かれた爪のついている白く細い指先が、彼自身の顎を撫でた。


「俺はもともと西部の州都で陰間かげまやってたの。今は将軍になっちゃって休業中だけどね」


 同じ身を売る職業でも、酒姫サーキイはひたすら目の前の主人だけに仕える仕事だ。金で客を取り毎度相手を変える男娼とはまったく違う。

 エルナーズが身にまとう色香は、貴族と同じ生活をしている酒姫サーキイたちよりずっと不健康で艶めいていた。


「笑っちゃうわよね。昔は俺を抱いていた男たちが今はみんな俺の部下なの。俺を軍神だ何だと言ってみんなひざまずいてる。愉快だわ」


 ユングヴィが「エルは性格悪いなー」と言った。エルナーズは涼しい顔で「俺はユングヴィもなかなかのツワモノだと思うけど」と受け流した。


「将軍になっちゃえばこっちのもんってことよ。酒姫サーキイだろうが陰間だろうが関係ない。神剣を抜くっていうのはねえ、この国ではそういうことなのよ」


 大きく息を吐いた。


 元酒姫サーキイという身の上にこだわっていた自分が馬鹿みたいだ。ここにはもっと苛酷な運命に翻弄されながらしたたかに生きてきた人がいる。自分の過去にこれ以上拘泥することはない。


 自分はここで、一からやり直すのだ。

 新しい自分になる。


 エルナーズが「ところで、北は?」と訊ねてきた。ユングヴィが「昨日向こうを出発したっていう手紙が届いたってテイムルが言ってた」と答えた。


「あと二、三日かなあ。地方部隊で一番近場の北が一番時間かかってるってなんだかなあだよね」

「サヴァシュは?」

「サヴァシュは……、えっと、サヴァシュ……どこに行ったんだろうね……?」

「……いないの?」

「うん……なんか……消えたの……」

「…………」


 一瞬、全員が沈黙して顔を見合わせた。


「怒り狂うナーヒドとテイムルが目に浮かぶんですけど……」

「安心と信頼のサヴァシュ大先生。ひどいいいぞもっとやれ」


 ユングヴィが咳払いをする。


「こんな感じでみんな適当にやってるから、ラームも適当でいいんだからね」

「……はい……」




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