第15話 王になるための条件

「私の言葉は皇帝の言葉であると思って聞いていただきたい」


 ウマルは何らおくすることなく「何度でも言おう」と言う。


「サータム人とアルヤ人がこれ以上相争えば双方とも不利益をこうむる」


 テイムルが促すように「双方とは?」と問い掛ける。


「我々サータム人はアルヤ人が憎くてこのようなことをしているわけではない。むしろ逆だ。我々が欲しているのはアルヤ王国の豊かさだ。物質的な財産のことではない、金銀の富ならばサータム帝国も、いや帝国の方がずっと世界中から掻き集めた宝物を貯め込んでいる――そうではない。我々はアルヤ民族の積み重ねてきた長い歴史とその中で生まれてきた潤沢な知識と知恵こそ金銀財宝に勝る富だと考えているのだ。おそらく君たちが思っている以上にアルヤ王国を高く評価している。ぜひとも帝国に迎え入れたい。だが、余計なことをされるのは困る――我々は君たちがするであろう余計なことをとても恐れている」


 滔々とうとうと語る言葉には淀みがない。


「君たちにとっても損することばかりではない。アルヤ国はサータム帝国という強力な後ろ盾を得るだろう。西洋諸国やラクータ帝国、大華たいか帝国とも伍することのできる保護者だ。今までよりももっと楽な商売ができるようになる。この先どこかからまたむしり取られる心配をすることもなくなる。帝都にはアルヤ系の血を引くサータム人など掃いて捨てるほどいるが、彼らが特別に不自由な暮らしをしていることはない――むしろその出自を利用してうまい商売をしてすらいる。君たちの忠誠を確かめることができれば、帝国の中枢、皇帝の傍近くに席を設けることさえ約束できよう。いつ果てるとも知れぬ戦争を繰り返すよりはずっと得策と言えるのではないかね」


 ユングヴィにはウマルの言葉がただ甘いだけのように聞こえた。内容まではなかなか頭に入ってこないが、とにかく胡散臭いことだけは分かる。


「何が言いたいの」


 呟いたユングヴィへとウマルが苦笑してみせた。


「君たちがサータム帝国の言うことを聞いてくれるのであれば、帝国はどこまでも君たちの味方をしよう、という話だ。商売も戦争も政治も何だって君たちが不安になることは除いてみせよう、と」


 何か釈然としない。

 テイムルもナーヒドも、ベルカナすら何も言わない。頭のいい人たちには何か分かるのだろうか。だが今度ばかりは難しそうだからと言って逃げるわけにはいかない。ソウェイルの将来がかかっている。


「でも、結局、属国なんでしょ?」


 いただく王すら選べない。


「サータム人が選んだ王様のために戦わされることになる」


 ウマルは大胆にも片目を閉じて微笑んだ。


「心配はご無用だ、お嬢さん」


 ユングヴィが顔をしかめたのに気づいているのかいないのか、彼は陽気な態度で両手を伸ばした。


「おいで、おチビちゃんたち」


 ユングヴィの後ろで、ソウェイルとフェイフューが息を潜めた。そんな双子を見て、ウマルが「おじさんは怖い人ではないよ」と笑った。


「そのためのこの子たちだ」

「どういうことだ」

「我々は君たちの王に譲歩する。約束はけしてたがえない。二人が成人した暁には、どちらかがアルヤ王を名乗れるように手配しよう。サータム帝国はその時に改めてアルヤ王国に姉妹国として同盟を締結するよう要求する」


 場が一瞬ざわめいた。


「君たちの王は君たちの自治の象徴なのだね。君たちとともにあれるのであれば我々は君たちにある程度の自由も認めよう。もちろん、余計なことをしでかさない範囲に限らせていただくが」


 けれどウマルはまったく意に介さない様子だ。


「私がこの子たちの後見人となろう」


 ナーヒドが再度剣の柄に手をかけたのが見えた。ウマルがそちらに手を振って「誤解はしないでいただきたい」と訴えた。


「君たちが君たちの王をいかに尊んでいるかは今日痛いほど味わわせていただいた。しかし子供には親が必要だ、まして王になる子ならばそれなりの教育が要るだろう」

「貴様にそれを担えるというのか」


 低い声で言ったナーヒドに対して、ウマルが「少々力不足かもしれないがね」と答える。


「蒼宮殿で面倒を見させていただく。だが君たちにとってとても不都合なことを――たとえば帝国に対して極端に有利なことを言うようにしつけるつもりはない。まあ、多少のお喋りくらいは許してほしいが」

「フェイフュー殿下にこのような恰好をさせておきながらよくもぬけぬけと」

「そこまで心配なら君たちも引き続きこの子たちの世話役を続けるといい、王家に関する重大な決定がなされる時は必ず君たちも立ち会えるよう取り図ろう」


 ウマルの「想定外に一人増えてしまったがむしろ面白くなってきたというものだ」と言う声は楽しそうですらあった。


「王子がたの身柄を拘束する――わけではなく?」


 訊ねたテイムルへと、「そんなことをしたら国を揺るがしかねない反発を招くということは学んだ」と手を振る。


 後ろから小さな声が聞こえてきた。


「いいの……?」


 ユングヴィは思わず振り向いた。

 ソウェイルが大きな蒼い瞳を丸くしてウマルの方を見ている。


「ユングヴィといっしょにいられる?」

「ああ、いいとも」

「王さまにもなれる?」

「もちろん――と言ってあげたいところだが、二人もいるからね」


 そこで彼は人差し指を立てて「一つ条件がある」と言った。


「人の上に立つ者は人より強く賢くなければならない。人より愛されるたちもあった方がいい。何より神のご加護があると思える人物でなければならない」


 何を言われるのか分かっていたかのように、ソウェイルとフェイフューがまた小さなその身を寄せ合った。


「サータム帝国の皇帝のやり方を、君たちにも実践してもらうことにする」


 誰かが「なんてことを」と漏らした。


「って、どういう――」

「簡単なことだ」


 次の時、ユングヴィも絶句した。


「殺し合っていただく。より強く、より賢く、よりうまく兄弟を出し抜けた方が勝者であり王者だ。二人とも成人する前に。生き残った方――もう片方の命をほふって血肉とできた方。その王子を、帝国は次のアルヤ王として受け入れることにする」









 ソウェイルは布団から敷布を引き剥がして頭にかぶった。そして裸の布団に涙で濡れた顔を押しつけた。


 顔を上げ、敷布の端から蒼宮殿の窓を見上げる。

 月だけがソウェイルを見ている。


「おうち帰りたい……」


 そううめいた、その直後だった。


「起きていらっしゃいますか……?」


 廊下から声が聞こえてきた。

 布団で顔を拭った。振り返った。

 月明かりに、小さな人影が見えた。

 どこか不安げな顔をしたフェイフューだった。


「兄さま……」

「フェイフュー?」

「そちらに行ってもいいですか……?」


 フェイフューが「ねむれなくて」と、呟くように言う。


「今まで、ずっと、兄さまがいなくて不安だったものですから。このまま離れ離れでねていると、ねている間に兄さまがいなくなってしまう気がして」


 ソウェイルは少し笑って「だいじょうぶだ」と答えた。


「おれは、ずーっと……、ずーっと、ユングヴィとねてたから、なあ。なんだか、おちつかない。……けど」


 フェイフューが部屋の中へと小走りで入ってきた。ソウェイルはフェイフューに向かって両手を伸ばした。ソウェイルとフェイフューが固く抱き合った。


「もうだいじょうぶ。ずっとフェイフューといっしょにいる。ちっちゃい頃みたいにいっしょにねよう」

「はい……!」


 今度はフェイフューが「大丈夫」と言う。


「兄さまと一緒でしたら、ぼくは何もこわくないです」


 ソウェイルが「おれも」と答える。


「もう、ずっと、いっしょだから。何にも、こわいことなんか何にもないから」


 夜の闇の中、二人の声だけが響いた。


「大丈夫。だいじょうぶ……」








 静まり返った部屋の中、ユングヴィは床に膝をついた。

 この部屋はこんなに広くて寒くて静かだっただろうか。


「ソウェイル……」


 ――殺し合っていただく。


 その一言が頭の中を回り続けている。


 外の世界に出たところで、結局ソウェイルに自由などないのだ。


 自分が間違えたのだろうか。何を間違えたのだろうか。いつどこで間違えたのだろうか。


 部屋が静か過ぎる。


 どうするのが正解だったのだろう。

 けれどそれを問い掛けられる相手は、ユングヴィには、もう、いなかった。

 ナーヒドにもテイムルにもさんざん叱られたが――そしてユングヴィ自身もそんなことはないと思い込んでいたのだが、自分は、本当は、本当に、誰も信じていなかったのかもしれない。

 唯一、ソウェイルだけだったのかもしれない。


 考えれば考えるほど泥沼にはまる気がした。もう寝てしまおうと思った。

 もはや何も考えたくなかった。






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