第14話 一触即発

 大広間が静まり返った。

 その場にいる全員の視線が自分たちに集中するのを感じた。視線が矢のように降り注いで全身に突き刺さる。

 それでも、ユングヴィはたじろがなかった。ソウェイルの手を強く握り締めて仁王立ちになった。

 サータム兵たちが槍の切っ先を向ける。

 左手でソウェイルの手を握ったまま、右手を神剣のつかにかけた。

 危険も承知の上だった。さすがのユングヴィにも分かっていた。サータム人にとっては髪の色などどうでもいいことだ。危険因子のひとつとして排除すべきと考えることもありえる。

 だが、ユングヴィは今度こそ負ける気がしなかった。ソウェイルを守るためなら何でもできると思った。ソウェイルが傍にいれば強くいられると思った。

 ましてここにいるのは敵だけではない。アルヤ人はみんな蒼い色が神聖な色だと知っている。

 壇上でウマルが目を丸くした。深く腰掛けていた玉座から上体を持ち上げ、こちらに身を乗り出した。

 その隙をついて、フェイフューがウマルから離れた。

 こちらへ向かって一直線に走り出した。

「兄さま!!」

 サータム兵たちもフェイフューの突然の行動に驚いたらしく身を引いて道を開けた。フェイフューがその間をくぐって広間の中心に躍り出た。

 ユングヴィはソウェイルの手を離した。ソウェイルもまたフェイフューに腕を伸ばそうとしたのが分かったからだ。

 フェイフューが腕を伸ばして跳びついた。

「兄さま」

「フェイフュー」

 ソウェイルとフェイフューが固く抱き合う。

「だから言ったでしょう」

 フェイフューが涙声で叫ぶ。

「絶対絶対兄さまはどこかにいらっしゃると言ったでしょう、兄さまは生きておいでだとずっと言っていたでしょう」

「本当に? フェイフュー、おれのこと、わすれてなかった?」

「もちろんです!」

 「お会いしたかったです」と言ったフェイフューにソウェイルも「おれも」と返した。

「会いたかった……! ずっとずっと、会いたかった」

「やっと会えました……! やっと、やっと会えました。やっと」

 サータム兵たちが動き出した。ユングヴィもソウェイルとフェイフューを庇って一歩前に出た。ふたたび柄に手を伸ばした。フェイフューもソウェイルを抱き締めてサータム兵たちを睨みつけている。それを横目で見たユングヴィは心の中でフェイフューは頼りになると頷いた。

 ユングヴィから見て奥の方、壇に程近いところにいるサータム兵の間から声が上がった。

 何者かがサータム兵たちを薙ぎ倒している。

 クーフィーヤの向こう側で黒髪の頭が動いている。徐々に近づいてくる。

 サータム兵たちの輪の中、ユングヴィの目の前まで来た途端、神の刃の放つ蒼い光が宙に散った。

 ナーヒドが神剣を抜いていた。

「あとでたっぷり絞ってやるから覚悟しておけ」

 不思議と怖くなかった。ユングヴィは笑って「楽しみにしてる」と答えた。

 直後、二人の間に滑り込んできた者があった。「ナーヒドばっかりいい格好して!」と怒鳴ったのはテイムルだ。

 彼もユングヴィの前でナーヒドの隣に立つとためらいなく神剣を抜いた。白銀の刃が薄暗い広間の中明るくきらめいた。

「太陽のために生き太陽のために死ぬのは白将軍の仕事なんだからね。僕から仕事を奪わないでくれるかな」

 最後、どこからともなく忍び寄ってきた影がやはりユングヴィの隣に立った。神剣の柄に手をかけ、薄紅色の刃をわずかに覗かせる。

「言わんこっちゃない」

「ベルカナ」

「もっとあたしたちを信用しなさいって言ったのに――何の相談もなくこんなこと、まったく、あんたって子は」

 サータム兵たちが槍を構え直そうとした。

 しかしもはや止められなかった。

 周囲を固めていたアルヤ兵たちがそれぞれ剣を抜いた。文官たちまでもが短剣を抜きながら詰め寄ってきた。

「『蒼き太陽』だ」

「『蒼き太陽』を帝国のいぬどもに渡すな」

「我らが『蒼き太陽』の御為に」

 みんな分かっているのだ。

 人の波が押し寄せてくる。サータム兵たちが外に向かって槍を掲げる。

 金属と金属のぶつかる鈍い音が響く。

 もう止められない。

 蒼宮殿の中だけの話ではない。アルヤにおける太陽とは、アルヤ全体を揺り動かす大きな力をもった存在なのだ。

 このままサータム帝国を押し流し突き進める。

 ユングヴィも神剣を抜こうとした。

 しかし、

「やめないか」

 止めたのは、ウマルだった。

「待ちなさい。双方とも引きなさい」

 玉座から下りたウマルが、こちらに歩み寄りながら大きな声を張り上げた。

「双方とも武器を下ろしなさい。この場で争うことはこの私が断じて許さない」

 サータム兵たちが槍を下ろした。すかさず剣を持ち上げたアルヤ兵たちをテイムルが「待て」と制した。

 一同がふたたび静まった。

 サータム兵たちがかしまって引く。そうしてできた花道の真ん中をウマルが歩いてくる。

「ふむ、本当に蒼い髪の子供がいたのだね」

 距離を保ちながらも、ナーヒドとテイムルが剣を構え直した。そんな二人に向かって、ウマルは手の平を見せた。

「少し、話をしないか」

 ウマルは、短剣ジャンビーヤを腰にいてはいるものの、その柄に手をかけるような真似はしなかった。両の手の平を見せたまま、穏やかな笑みと足取りで近づいてきていた。

 サータム兵が数人ウマルに駆け寄る。先頭を行った青年がウマルに何事かを話し掛ける。サータム語らしくユングヴィには聞き取れない。けれど彼らが真剣な表情で何らかを訴えていることとそれを遮るようにウマルが何事かを怒鳴ったことは分かった。兵士たちはウマルの傍らにひざまずいてこうべを垂れた。

 それが皮切りだった。

 周辺にいた他のサータム兵たちも次々と武具の類を納め始めた。

 ある者は槍の尻を床につき、またある者は刀を鞘に納めて、空いた手を腰の後ろにもっていって戦闘の構えを解き始めた。

 ウマルが告げた。

「これ以上相争うことは私の本意ではない」

 こちら側で初めに剣を下ろしたのはテイムルであった。鞘に納めこそしなかったが、柄から片手を離して、切っ先を床に向けた状態で一歩前に歩み出た。

「そのお言葉は確かですか」

「もちろん」

 「どういうつもりだ」と凄んだナーヒドヘも、テイムルが毅然とした態度で「やめよう」と投げかける。

「明らかな敵意のない相手に暴力をもって食ってかかるのは善良なアルヤ人の振る舞いではない」

 ウマルが「君こそ本物のアルヤ紳士だ」と微笑む。ナーヒドがあからさまな舌打ちをする。切っ先は下ろしたが柄から手を離すことはしない。いつでもふたたび振りかぶれる構えだ。

 今度ばかりはユングヴィもナーヒドの味方だ。肩の力は抜かない。

 ここにはソウェイルがいる。いざその時になれば自分が率先してウマルを斬らねばならない。

「どのようなお話ですか。このとおり、我々には我らが太陽に剣を向ける者と対話する用意はございません。僕にはアルヤ軍の代表者として総督とお話しする覚悟がございますが、王子たちに何かあれば部下たちが事を構えることについてとやかく言わないつもりです」

「ご安心されたい。繰り返すが、私はこれ以上アルヤ人とサータム人が相争うところを見たくない。もしもこの場で君たちの王子様たちに危害を加える者があればただちにその者とその者の上官の首を刎ねよう」

 「信じられるか」と唸ったナーヒドに向かって、ウマルが真剣な顔つきをした。

「我々サータム人の神は常に善良な言葉のみを口にするよう説いている。神の代理人たるサータム帝国皇帝より全権を委任された私が神に背くことはない」

「貴様らの神を――」

「文明国アルヤの誉れ高き軍神がよそで仰がれる神を侮辱するのかね?」

 とうとう、ナーヒドが神剣を柄に納めた。ウマルが「ありがたいことだ」と目を細めた。

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