第13話 史上最高の蒼き太陽伝説の始まり
小屋のような我が家が見えてきた。
すぐさま戸を開けて大きな声を上げた。
「ソウェイル!」
ソウェイルが奥の戸から顔を出した。
髪が蒼い。空を染める偉大な太陽の色だ。
『蒼き太陽』が地上に遣わされた時、アルヤ王国は太陽に繁栄を約される。『蒼き太陽』がある限りアルヤ王国は滅びない。
玉座に座るべきなのはこの子だ。国に希望の光を燈すのはこの子だ。
自分が戦い続ける理由はこの子だ。
腕を伸ばした。
強く抱き締めた。
「ユングヴィ?」
腕の中でソウェイルが首を傾げる。
「どうしたんだ? 今日は大事な式典があるんじゃなかったのか?」
ソウェイルが、温かい。
今のアルヤ王国に必要なのはこの温もりだ。
その場で膝を折った。目線がソウェイルの目線の高さになった。
ソウェイルと正面から向き合った。
右手でソウェイルの左頬を、左でソウェイルの右頬を、それぞれ包んだ。
この子以外の何かのために戦いたくない。
「ソウェイル、よく聞いて」
ソウェイルが神妙な面持ちをする。
「ソウェイルにお願いがあるんだ」
「なに?」
「アルヤ王国の王様になって」
蒼い瞳が真ん丸になった。
「お願いソウェイル。今すぐ一緒に大講堂へ行こう。みんなが待ってる。みんながソウェイルのこと待ってる」
彼の「言ったの」と訊ねてくる声が震えている。
「ユングヴィ、みんなにおれのこと話したのか」
ユングヴィは首を横に振った。
「でもみんな一目ソウェイルを見れば分かるよ。アルヤ人はみんな『蒼き太陽』のためなら戦える――『蒼き太陽』があるって思えれば頑張れる。『蒼き太陽』が王様になればアルヤ王国が豊かになるって信じてるんだから」
次の時、ユングヴィは胸の奥が冷えるのを覚えた。
「それ、本気で言ってるのか」
いつの間にか、ソウェイルの蒼い瞳が凍りついていた。
「ユングヴィだけはちがうと思っていたのに」
「ソウェイル?」
「おれのかみが蒼いから、何なんだ? かみの色ってそんなに大事なことなのか?」
うつむきながら、「父上も母上も言ってた」と呟いた。
「この色に生まれただけなのに。おれ、フェイフューよりよくできること、何っにも、本当に何っにもないのに。なのになんでみんなおれにぜったい王さまになってって言うんだ」
「それは――」
「『蒼き太陽』って何? アルヤ王国の王さまって何? おれが王さまになったら何か変わるんだ?」
ソウェイルの大きな目から一斉に涙がこぼれ落ちた。
「おれはきゅうでんにもどりたくないのに――ずっとユングヴィといたいのに」
言葉が出てこなくなった。
「おれはどれくらいがまんすればいいんだ? おれが何をして国がどうなったらみんなまんぞくするんだ? どうしたらみんなもういいよって言ってくれるんだ……?」
ソウェイルを抱き締め直した。その顔を自分の胸に押し付けさせた。
「おれ、他のことなら何でも言うこと聞く。ずっとおるすばんでもいい。ご飯も作るしせんたくもする」
血反吐を吐くかのような声で「けどここから出てくのはいやだ」と言う。
「ずっとユングヴィといっしょに暮らしてたい。王さまになんかなりたくない……!」
普通の子供だ。まだ九歳の、ようやく自分というものをもち始めたばかりの子供だ。髪が蒼いだけで魔法使いでも何でもなかった。
誰よりもユングヴィがそれを知っているはずだった。
自分はこの子にとんでもないことをさせようとしている。
「フェイフューがいるんだろ」
ソウェイルがしゃくり上げる。
「フェイフューにやらせればいいだろ。おれはいやだ。おれはずっとここにいる」
ようやく分かった。
ソウェイルにとっては蒼宮殿で暮らしていた六歳までの方が我慢の連続だったのだ。この狭い家の中に閉じ込められている今より、蒼宮殿で『蒼き太陽』として暮らしていた三年前の方が、ずっと、窮屈で苦痛だったのだ。ソウェイルはここに来てから自由を感じているのだ。
それならなおのことよくないと思った。ソウェイルをここから出して本物の自由というものを感じさせてやりたいと思った。
しかし今出すのか。どこに出すと言うのか。
ソウェイルを『蒼き太陽』としてしか見ることのできない人々の前に出すのか。
ソウェイル自身が泣いて嫌がっているというのに、他ならぬ自分が、ソウェイルを『蒼き太陽』として扱うのか。
「でも……、」
ウマルの得意げな顔を思い出す。
ウマルが蒼宮殿の玉座に座って待っているはずだ。
ユングヴィは何が何でも嫌だった。
あの玉座はソウェイルのものだ。今すぐ取り戻したい。ソウェイル以外の何者にも渡したくない。
今なら国の重鎮たちが蒼宮殿の大講堂に集っている。ウマルを初めとしてアルヤ国を治めるサータム帝国の要人たちも全員揃っている。
今が『蒼き太陽』はここにいると名乗りを上げる絶好の機会だ。
「ごめん、ソウェイル」
ユングヴィの腕の中で、ソウェイルが首を横に振った。
「私は――私が、ソウェイルのために戦いたい。アルヤ王国はソウェイルのものだと思ってる、ソウェイル以外の人が好き勝手してる今のアルヤ国は私たちのアルヤ王国じゃない、私は今のアルヤ国のためには頑張れない。この国はソウェイルのものだと思えれば私は頑張れる」
嗚咽が聞こえる。
「この国は私のソウェイルのものなんだ」
この三年間養い育ててきた
「私のために」
華奢な肩を強く抱き締める。
「私のために王様になって」
ソウェイルの声がいっそう大きくなった。
けれど、ソウェイルは頷いた。
ユングヴィの腕の中で確かに首を縦に振った。
「わかった」
嗚咽と嗚咽の狭間で苦しげに言う。
「おれ、ユングヴィのために王さまになる」
ソウェイルが「ユングヴィがそう言うなら」と応える。
「三年間、ずっとずっと、おれを守ってくれた。かみの毛の色なんて忘れるくらいに、ずっとずっと、そばにいてくれた。だから――ユングヴィがどうしてもおれに王さまになってほしいって言うんなら、」
濡れた蒼い瞳が、ユングヴィの目を見る。
「おれ、王さまになる」
愛しく尊い色だ。かけがえのない色だ。
「ほんとはいやだけど。ユングヴィのためなら。おれ、がんばる」
これから先、ユングヴィにとってだけでなく、すべてのアルヤ人にとって愛すべき存在となる色だ。
この国に生きるすべてのひとがソウェイルを愛してくれるに違いないのだ。
「かみの毛が蒼いから王さまになるんじゃない。ユングヴィがどうしてもって言うから王さまになるんだ」
そうして、最後に、
「でもひとつ、約束して」
「なに?」
「これからも、ずっとずっと、そばにいて。ずっとずっと、おれを守ってて。おれがまた自分のかみの毛の色がいやになっても、ユングヴィだけは、ずっとずっと、おれの味方でいる、って。約束してくれ」
ユングヴィは即答した。
「約束する」
そしてまた、抱き締めた。
「私は一生ソウェイルのためだけに戦い続ける」
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