第2章:紫の猫と日輪の御子

第1話 紫の剣が好みにうるさいという話

 数多あまたある小窓から天上の恵みたる日の光が差し入り、幾人もの乙女たちが息を合わせ祈りを込めて織り上げた国内最大の絨毯を照らし出す。絨毯に使われている糸は金、銀、白、青、碧、そして蒼――広大な宇宙とその支配者たる太陽を描いていた。アルヤ王家の印だ。

 その王家を象徴するはずの宮殿を、今は異邦人が占拠している。

 この国は戦に負け王は首を刎ねられた。

 王家はついえた――かのように見えた。

 たった一人だけ、人々の希望として戦火を生き延びた王子がいた。

 この国の民としては珍しい、日の光を紡いだようなまばゆい金の髪の少年が、蒼い絨毯の真ん中に立っている。職人たちが精魂を傾けて組み上げた石片タイルの壁、その壁に組み込まれている繊細な彫刻の施された木製の祭壇を、口を開けて見上げている。

 傍らに立つのは、少年の――王家の唯一の生き残りである王子の、保護者となった青年だ。

 青年は蒼い鞘の大剣を腰にいていた。今や異邦人の手に落ちたこの都の守護神の証であった。

「きれいですね」

 王子が感嘆の息を漏らした。

「ナーヒドの蒼い神剣もテイムルの白い神剣もとてもきれいですが、この紫の神剣もすごくきれいですね。とても不思議な色です。どのような染料を使えばこんな色が出るのでしょうか」

 頭の後ろで束ねた黒髪を尾のように揺らして、青年が王子を見下ろす。

「染物についての知識はござらぬゆえ確かなことは申し上げられぬが。自分が父から神剣を受け継ぐ前に聞いたところによれば、神剣とは身も鞘もすべて初代国王ソウェイル陛下がこの地に住まう女神にたまわったもの、人知の及ばぬ、超自然的な力で生み出されたものであるからして、いかなる職人でも同じものは造り出せぬとか」

 王子が「ふうん」と曖昧な返事をする。

「女神さまが神剣をお持ちになって宮殿にいらしたのでしょうか。それとも、ご先祖さまがどちらかで神剣をいただいて、十本を抱えて宮殿に戻られたのでしょうか」

 青年は首を横に振った。

「当時から今でいうところの十神剣に当たる十人の武人がソウェイル王のお傍にはべっていたとお聞きした。元からいた十人の武人ひとりひとりが神剣を授けられたことで軍神となったのだと」

「神剣たちより将軍たちの方が先だったのですね」

「そう……、最初は、十神剣は十人揃っていたのだ」

 青年が顎を持ち上げ、祭壇の上を見る。

「十神剣は、十人揃ってこそ、だ。一人でも欠けていればその本来の力は発揮されぬ」

 祭壇の上の壁には、二十個の金具が取り付けられている。うち十八個は飾りのようにただそこにあるだけだが、うち二つ――一組だけ、紫色の鞘に納まった華奢な剣を抱えている。

「紫将軍のおらぬ今の十神剣は国を守るには力不足だ」

「ナーヒドもとても強くてかっこいいですのに」

「そうおっしゃっていただけるのはありがたいが――三年前、あの紫の御剣みつるぎの主がいたならば」

 目を細めて、主を持たぬ最後の神剣を見つめる。

「紫将軍がいたならば。父君も、兄君も。守り切れたかもしれぬ」

 王子が口を尖らせた。

「紫の剣はどうして主を選ばないのでしょうか。もう二十年くらいいないのでしょう?」

「紫はり好みをする、とベルカナが言っていたな」

「えりごのみ?」

「よほど智謀に長けた者でないと受け入れられないらしい。先の紫将軍は誰よりも博識で古今東西の戦術に明るい老獪な切れ者であったと聞く。紫の神剣はその紫将軍に匹敵するか超越できるほどの知恵者を求めているのだとか」

「神剣にも好みがあるのですね」

「蒼や白は先代の跡取り息子ならば誰でもいいようだし、東西南北も比較的扱いやすいそうだが、赤などもなかなか後継者を選びたがらず、ユングヴィが現れるまで何年か空白がござった。神剣はおそらく、それぞれの神剣、それぞれの将軍に合った資質というものを感じているのだろう。それぞれ、選ばれる理由があるのではないか」

「神剣はわがままです」

 青年が珍しく相好を崩した。同僚たちが見たら驚くであろう穏やかな表情で頷いた。

「紫に合う方が現れるといいですね」

「ああ、一刻も早く。十人揃えばこそ、フェイフュー殿下のこともお守りできるのであるから」

 どうやら満足したらしい、「帰りましょう」と言って王子がきびすを返した。

「ユングヴィは本当にすごいのですね。わがままな赤い神剣が選んだ特別な方なのですね。それも、女性ですのにね」

「あいつもふだんはああだが、きっと性別を乗り越える何かを赤の剣に感じさせたのだろうな」

「いいですねえ、今度赤い神剣もゆっくり見てみたいですねえ。ナーヒドからもお願いしてみてくれませんか?」

「今度お会いになった時に直接本人におっしゃってみればいかがか」

「どうでしょう。ぼく、ユングヴィにさけられているような気がするのです。きらわれているのかもしれません」

「ご心配召されるな。奴は素直で一本気な性格ゆえ、御年九つの殿下に対して無体なことをする人間ではないからして――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます