第2話 チュルカ人ってなあに?

 そうして、自分を呆然と眺めているソウェイルに対して、「ぼけっとしてるな、こいつ」と言い出した。

「ちょっと、アフサリー、なんでアフサリーがこのひと連れてるの」

 アフサリーが立ち上がりつつ「実はですね」と答える。

「北で回収したんですよ」

「かいしゅう?」

「テイムル宛の手紙にも書きましたが、北部で、チュルカ人同士の喧嘩が始まりましてね。いつもの部族間の小競り合いでしたが、アルヤ領内のことですので、一応裁定に行ったんですよ。そうしたらなぜかサヴァシュがいたものですから」

「なんで!?」

 サヴァシュはいけしゃあしゃあと「実家に帰ってた」と言った。

「ヒマだったから、妹の子供たちの顔でも見ようかと思って、何となくぶらっと」

「ヒマだったからって何だよ!? あんたがいない間に私たちがどんだけ苦労したか知ってる!? せめてもうちょっと申し訳なさそうにしたら!?」

 アフサリーが手で押さえつけるような仕草をしながら「どうどう」と苦笑した。

「それでもチュルカ人たちの間で仲立ちをしてくれたのもサヴァシュなんですよ。チュルカ人同士の事情は私にはよく分かりませんからね。ましてチュルカ語ともなればお手上げです、サヴァシュが通訳をしてくれて本当に助かりました」

 サヴァシュが「ほら見ろ」と言って得意げな顔をした。ユングヴィは舌打ちした。

「いやでも、会えてよかった。帰ってきてまずソウェイル殿下にご挨拶申し上げねばと思ってお探ししていたんです」

 そこで、ユングヴィはソウェイルを見下ろした。

 ソウェイルの蒼い瞳はまっすぐサヴァシュを見ていた。

 サヴァシュも見つめられていることに気がついたらしい、ソウェイルの方へ目をやる。首飾りがまたしゃらんと鳴る。

「何だよ」

 ソウェイルがおそるおそるといった調子で口を開いた。

「チュルカ人って……なに……?」

 サヴァシュがまた鼻で笑った。

「チュルカ人も分からないのか? フェイフューの方には特に説明なしでも通じたのにな」

 ソウェイルが目を丸くして黙った。

 ユングヴィが焦って「ちょっと」と止めようとしたがその程度のことで黙るサヴァシュではない。今度はユングヴィの方を見て「過保護にすると馬鹿になるぞ」と言ってくる。ユングヴィが拳を握り締めたのに気がついたのかアフサリーが「まあまあ、まあまあ」と手を振った。

「北方の騎馬民族のことです。騎馬というのは、馬に乗って移動する、ということです。元はアルヤの北にあるチュルカ大平原、砂と草でできたそれはそれは広い平原に住んでいた人々で、一部がアルヤの中に居ついているんですよ」

「馬に乗って移動……?」

「我々アルヤ人は煉瓦や土でできた家に住んでいますが、彼らチュルカ人はいつでも引っ越せるように革でできた折りたたみ式の家に住んでいるんです。我々アルヤ人は何年でも、何十年でも、人によっては死ぬまで固い家の中で暮らしますが、彼らチュルカ人は季節によって馬であちこちに移住してひとところにとどまることなく生活しています」

「へえ……」

「あのね、ソウェイル、チュルカ人がみんなこんななんだと思わないでよ、チュルカ人にあんまりにも失礼だ」

「そうだな、チュルカの戦士がどいつもこいつも俺みたいないい男というわけじゃない」

「サヴァシュはちょっと黙っててくれる?」

 話題を変えようと思ったのか、アフサリーが半ばむりやりに「そうだ」と手を叩いた。

「そう言えばラームにも会いましたよ」

 思わず「いつ?」と訊ねてしまった。

「サヴァシュも連れて?」

「サヴァシュも連れて、です。つい先ほど、二人に会う直前のことですよ。フェイフュー殿下と一緒にいるのを見掛けて声をかけたんです」

 明るい声で、「この子だ! と思って」と言う。

「テイムルから絶世の美少年だと聞いていましたからね」

「テイムルも言ってたの?」

「彼はあれでいてなかなか情緒を解する男ですよ」

「でもそうだよね、ラームくらいの美少年だったら話題になるよね。私も一目見て分かったもん。可愛いよね、超好き、十神剣がきらきらし出した」

 そこに、サヴァシュが割って入ってきた。

「いくら顔が良くても男だろうが。俺はちやほやしないぞ」

 アフサリーが首を横に振る。

「美少年と見たらまず褒めそやすのはアルヤ紳士のたしなみですよ。少年愛はアルヤ浪漫ですからね」

「アルヤ人にはなれそうにないな」

 話題が移ろったことで興味を失ったのだろうか、サヴァシュは「用が済んだ」と言い出した。

「じゃ、帰る」

 ユングヴィは「おうよ、帰れ帰れ!」とはやし立てた。アフサリーも「お疲れ様でした」と言って止めなかった。

 サヴァシュが悠々と歩き始める。また、銀細工のしゃらんしゃらんという音が鳴る。あっと言う間に背中が遠くなっていく。ユングヴィはその背に向かって舌を出した。

「アフサリーはこの後どうするの?」

「とりあえず今夜は自宅に帰りますよ。たまには妻と娘たちと過ごします」

「しばらくエスファーナにいる?」

「実は妻から三女の縁談がまとまりそうだという手紙を受け取りましてね、この話がひと段落するまではエスファーナにいようかと」

 アフサリーは何のこともなく語ったが、ユングヴィは衝撃のあまり黙った。アフサリーの三女はユングヴィより二つ年下の十七歳のはずだ。ついこの間同じくユングヴィと同い年の次女が嫁いだばかりだと思っていたのに――とまで思って、冷静になる。そもそもアフサリー自身が十九歳で結婚して二十歳の時に長女を授かったと言っていた。

 アフサリーが苦笑した。

「まあ、ひとにはそれぞれ時機があるものです。ユングヴィはユングヴィの速度でいいんですよ」

 お見通しだったらしい。ユングヴィはますます沈黙せざるを得なくなった。

 アフサリーは「ではまた」と告げて歩き出した。

「近々ベルカナやバハルと飲み会をしようと思っているんです、ユングヴィにも声をかけますからね」

「……うん……楽しみにしてる……」

 アフサリーの背中も、遠ざかっていく。

 肩の力を抜いて溜息をついた。

「……なんだかすごいひとだな」

 隣でソウェイルが呟いた。「誰が?」と問い掛けると、ソウェイルから「サヴァシュ」という返事が返ってきた。ユングヴィは「あー」と呻いて自分の頭を掻いた。

「ごめんねソウェイル。あいついつもあんななんだ、まともに相手しなくていいからね」

 しかし、ソウェイルは首を横に振った。

「キライじゃない。かみが蒼いとかいってちやほやされるよりはずっとずっとマシだから」

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