第9話 ウマルおじさんと双子ちゃん

 蒼宮殿の回廊を、白いクーフィーヤと貫頭衣カンドゥーラの男たちが行く。


 柱と柱の間を、一筋の風が吹き抜ける。エスファーナの外を流れる奇跡の川ザーヤンドから渡ってきた風だ。湿っていて涼しい。


 中央を行く男が、「エスファーナはいいねえ」と目を細めた。


「我らが帝国の都の風とは違うね。風など吹いたら砂だらけになってしまうよ」


 付き従う男たちも皆それぞれに頷いた。


「これだからアルヤ王国に住むと離れられなくなるのだ」

「ウマルそうとく」


 中央の男――ウマルが振り向いた。


「やあ、おチビちゃんたち」


 ウマルの数歩後ろで、似通った顔立ちのまだ幼い少年二人が、ウマルをまっすぐ見据えている。


「珍しいではないか、君たちの方から声を掛けてくれるとは」


 ウマルが微笑んで手を伸ばした。前に立っていたフェイフューが嫌そうな顔をしてよけるように一歩後ろに下がった。代わりにと言わんばかりにソウェイルが一歩分前に出た。


「そうとく」

「そんな堅苦しい呼び名はやめたまえ。気軽におじさんと呼びなさいと教えてあっただろう」


 フェイフューは頑なに「そうとくにお話が」と貫こうとしたが、ソウェイルはいとも簡単に「おじさん」と呼んでみせた。


「おじさんに相談があるんだけど」

「そう。聞いてあげるからもうちょっとこちらに寄りなさい」


 フェイフューは動かなかったが、ソウェイルはもう三歩分ウマルに歩み寄った。

 ウマルの腕が伸びてソウェイルの肩を抱く。フェイフューは「だめです」と言ったが当のソウェイルはまったく平気そうだ。子猫のようにウマルの胸に額を寄せた。

 フェイフューが慌てた顔と声で「兄さまいけません」と手を伸ばした。兄の着ている着物の背中をつかむ。だがウマルも離さないし兄の方も強いて離れようとはしない。


 ウマルが嬉しそうに「何があったのかな?」と訊ねた。


「遠慮はしなくていい、何でも話してごらん」

「――だって、フェイフュー」


 ソウェイルがフェイフューを振り向いた。

 フェイフューは最初のうちこそ黙ってウマルを睨みつけていたが、ややして口を開いた。


「助けてほしい人がいます」

「ほう、私にかい?」

「ぼくの大事な友達がサータム帝国に売られてしまいそうなのです。そうとくのお力で何とかなりませんか」


 ウマルが腕の中のソウェイルを見下ろした。ソウェイルはフェイフューの顔を見ていた。


「サータム帝国のことならおじさんに言ったらいいんじゃないかっておれが言ったんだ」


 フェイフューがばつが悪そうに目を逸らした。


「フェイフューもソウェイルのように可愛く甘えてきたら考えてあげよう」

「えっ」

「冗談だよ、そんなことを強いたと知れたらナーヒドに斬られてしまう」


 ソウェイルを優しい手つきで押し出しつつ、「お兄ちゃんを返してあげよう」と言う。フェイフューが急いでソウェイルを抱き締めた。


「難しい相談だが少し話を聞こうかな」


 身を屈め、双子に目線を近づける。


「確認したいのだが、サータム『帝国』に売られそうなのかい? サータム『人』に売られそうなのかい?」


 なおも警戒しながらも、「帝国にです」とフェイフューが答えた。ウマルが自らのあごひげを撫でる。


「アルヤ国の外に行ってしまうのだね」

「はい」

「もしもそのお友達の主人がサータム帝国の客と正式な契約書を交わしていたとしたら、客のもとからお友達を連れ戻すのは容易なことではない。アルヤ国にいるサータム人のもとへ行くのならば上官の立場を悪用して私に譲るよう迫れたかもしれないが、帝国の中の話になってしまうとね、私であっても裁判所に引っ立てられて法官カーディーに叱られてしまうよ。残念だ」


 フェイフューが「帝国に行く前までならばいいのですか」と呟いた。ウマルが「フェイフューは聡いね」と片目を閉じてみせた。それから、口笛を吹いて「だが職権の乱用はよろしくない」とうそぶく。フェイフューが「わかりました」と答える。


「ちなみに、そうとくは酒姫サーキイというものを知っていますか」

「もちろんだ、アルヤ浪漫の最たるものではないか。旨い酒、柔らかい果物、美しい少年――アルヤ文化は最高だよ。せっかくアルヤ国に来たからには一度でいいから美しい酒姫サーキイに酔ってみたいものだ――君たちも可愛い顔をしてはいるがさすがに世論が許すまい」


 表情をひきつらせたフェイフューを眺めて意地悪く笑いつつ、「どんな子なのかね」と問うた。


「きれいで物知りな十四才のお兄さんです」

「ふむ、ふむ。十四歳のアルヤ産美少年ね」

「とてもきれいなお兄さんですよ。どうですか」

「私には何にも言えないよ。いいね? フェイフュー。君は賢いから分かるだろう? 私は何にも言っていない。いやあ、会える日が実に楽しみだなあ」



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