第6話 酒姫《サーキイ》ってなあに?

 蒼宮殿に隣接した蒼軍の駐屯施設の中央、将軍の執務室の前にて、象徴的な隊長である将軍と実務的な隊長である副長が立ち話をしている。

 そこに、走る足音と怒鳴る声が割って入ってくる。

「――か! 殿下!」

 風紀が乱れることのない蒼軍では珍しいことだ。廊下を行きう武官らが立ち止まり駆け抜ける一行を眺める。

 将軍と副長も顔を上げ、音の源の方を見た。

「ナーヒド!」

 フェイフューが脇目も振らずに駆け寄ってくる。その後ろを、護衛の兵士たちが慌てた様子で追い掛けている。

 そのうち、フェイフューがナーヒドに手を伸ばした。

「ナーヒド、あの、」

 直後、傍らに立つ副長に目を留め、その場で動きを止めた。

 何かを察したらしい副長が、「自分はこれにて失礼つかまつる」と言って一礼した。ナーヒドは「かたじけない」と返して副長を見送った。

「殿下、どうなさ――」

 ナーヒドが言い終わるか否かのところで、フェイフューがナーヒドに飛びついた。腰にしがみつくような格好で腕を回した。

「殿下っ?」

 驚いたのか声を躍らせるナーヒドに、フェイフューが何の前置きもなく唐突に「いやです」と訴えてくる。「何が」と問うても明確な答えは返ってこない。

「教えてほしいことがあります」

 ナーヒドの腹に顔を埋めたまま言う。

「教えてくれますか? 教えてくれますよね?」

 ナーヒドは戸惑った様子だったが、それでも「自分でお答えできることであれば何なりと」と答えた。

 次の時だった。

「サーキイとはどんな仕事ですか!?」

「誰だ殿下の前でそういう破廉恥な言葉を口にしたのは!?」

 また、蒼軍の時の流れが一瞬止まった。

 多くの武官らの視線を集めていることに気がついたのだろう、ナーヒドは辺りを見回すと「失礼」と言ってフェイフューの肩を抱き寄せた。

 フェイフューを抱えたまま強引に執務室へと入る。フェイフューがナーヒドにしがみついたまま唸り声を上げた。

「ハレンチなのですか」

 「ろうかでは話せないくらいハレンチなのですか」と詰め寄るフェイフューに対して、ナーヒドは言葉を詰まらせた。

「でも、そういう仕事をしていらっしゃる方々がいるのですよね? この国にも――ぼくが知らないだけで――でもナーヒドは知っているのですよね?」

 フェイフューがナーヒドから離れる。ナーヒドを見上げる蒼い瞳には強い意志と感情が燈されている。ナーヒドが一歩退く。

「答えられないのですか?」

「いや、その――」

「ぼくには教えてくれない、と」

「ま、まだ早いのでは……それに、別にそのようなものなどご存知にならぬともよいことでは――」

「まだ? ではいつならばよいのです? いくつになったら? その時が来たら本当に教えてくださるのですか? それとも今だけの言いのがれですか?」

「殿下」

「ぼくはサーキイの方々のことを知らないままでいなければならないのですか? この国にいる方々のことなのに? 自分の国のこともわからない! ナーヒドの思うぼくというものはそのていどでいいということなのですね?」

 まくしたてるフェイフューを前にして、ナーヒドはとうとう屈した。

「殿下のおおせのとおりかもしれぬな。殿下ももう何も分からないこどもではないのだし」

「何よりサーキイをしている方々に失礼です! その方々はそれをすることで生活をしているのでしょう? ぼくはよく知りもしないものをハレンチだとかいうよくわからない理由で遠ざけたくありません!」

「承知した。自分も覚悟を決める」

 フェイフューをまっすぐ見つめ返したナーヒドヘと、フェイフューが宣言するかのごとく高らかに訊ねた。

「改めてききますよ。どんな仕事なのですか」

 ナーヒドが大きく頷いた。

「基本的には、食事の――特に宴の席で酒の給仕をする少年のことにござる」

「しょうねん」

 予想外の言葉だったのか蒼い瞳が瞬く。

ちまたでは十代の見目良い少年がやるものとされていて――」

「すがたかたちが大事なのです?」

「酒を注ぐだけでなく、他にも、いろいろと、その、言いにくいやり方で奉仕をするものであるから」

 自らの黒髪を掻きつつ、ナーヒドは溜息をついた。

「昔は町の酒場で体を売るものだったのが、いつしか貴人の家に買い取られる――猫のように飼われるものになった」

「ねこ」

「そうだな、猫と一緒だ」

 フェイフューが黙った。

「主人の気分で好きに戯れられる。あらぬところを撫でたり、一緒に寝たり、そういうようなことを」

 フェイフューはしばしの間斜め下を見て沈黙していた。ナーヒドはそんなフェイフューを急かさなかった。一人腕組みをしたままフェイフューの次の反応を待った。

 どれくらいの時が過ぎた頃だろう、

「すごくいやな仕事です。ハレンチできたならしいです」

 結局、フェイフューはそう断じた。

「ぼくならばぜったいにやりません」

 言いながら顔を上げたフェイフューの幼い肩を、ナーヒドが強くつかむ。

「やらせない」

 ナーヒドの手に、力が込もる。

「このナーヒドが、命に代えてでも」

 そしてひざまずく。目線の高さが近づく。

 フェイフューは確かに頷いた。そんなフェイフューの様子を見て、ナーヒドは大きく息を吐いて手を離した。

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