第8話 こちらはこちらでいろいろあるのだ

「ベルカナ!」

 夜も更けてきた頃の桜軍の宿舎に、太陽の光が燈った。煌々こうこうと辺りを照らす燈し火を弾いて、金の髪はまばゆく輝いた。

 ベルカナは素肌の上に上着だけをまとった状態で太陽の光を迎えた。

「ベルカナ、ごめんなさい。もうねるところでしたよね」

 乱れた長い髪を手櫛で掻き上げつつ、ベルカナが「いーええ」と微笑む。

「どうなすったんですの? フェイフュー殿下。ナーヒドにいじめられまして?」

 フェイフューが勢いよく首を横に振った。頬を濡らしていた雫が宙に飛び散った。

 フェイフューを伴ってきたナーヒドが、ベルカナから目を背けながら「その、すまなかった」と呟くように言った。

「もう寝間着――か?」

「あたしいつも布団に入る時は薔薇水しか身につけない主義なの。でもいいわよ気にしなくて。それにすっぴんも綺麗でしょ?」

「布団に入っていたのか……」

「今夜は一人でね」

「今夜は、とは、……、いや、その、そうではなくて、だな。布団に入っていたということは、もう寝るつもりだったのだろう」

「まあね。でも、あたしも一応腐っても将軍だもの。昔の最高指導者のご子息様がこぉんなに泣いてるのにお相手しないわけいかないでしょ。そうでなくても、人間として、九歳の子をこんなに悲しませたままにしておくっていうのは胸が痛むじゃない?」

 ナーヒドの「サヴァシュに聞かせてやりたい」と嘆く声とフェイフューの「ナーヒドは悪くないです」と訴える声が重なった。

「でも、でも、ぼくはいやなのです。ぼくのわがままかもしれませんが、絶対にいやなのです」

 ベルカナはその場で膝を折り、フェイフューの顔を間近で覗き込んだ。

「何がですの?」

 フェイフューが手を伸ばしてベルカナの手首をつかんだ。ベルカナは一瞬笑みを消したが、次の時には腕を伸ばした。フェイフューを抱き寄せ、「よしよし」と言いながら後頭部を撫でる。フェイフューがベルカナの長い髪に顔を埋める。

「兄さまは生きています……! ぼくは兄さまが生きておいでだと信じているのです! だから、兄さまから王位をサンダツしなければならないなど、そんなの、ぼくはいやなのです」

「殿下は難しい言葉をご存知ですのね、えらいえらい」

「ベルカナ、お願いです」

 「兄さまをさがしてください」と言う涙声が夜の空に響いた。

「ベルカナは何でも知っているのでしょう? ねえ、ベルカナ、兄さまを知りませんか? ベルカナならば兄さまを見つけられませんか」

 ベルカナは溜息をついた。そして、そのままの体勢でナーヒドを見上げた。目と目が合う。またもやすぐにナーヒドの方から視線を逸らした。

「あんたが殿下にそんなことお教えしたの?」

「すまん。俺では、どうしたものか、こう……、うまく、お話しすることができず」

「あんたのことだから頭ごなしにソウェイル殿下はお亡くなりになったんだから諦めろって申し上げたんでしょ」

 ナーヒドが押し黙った。ベルカナがまた深く息を吐いた。

「いや……、俺にはゆくえが分からないから――」

「あたしには分かるかもしれない、って? いい度胸じゃない」

 そこで、フェイフューが弾かれたように顔を上げて「ナーヒドを怒らないでください」と言った。ベルカナが「怒ってなどおりませんよ」と囁く。フェイフューはなおも首を横に振る。

「ナーヒドもテイムルもふだんからベルカナは何でも知っていると言っているのです。だから、ぼくが、ベルカナに、直接会ってお願いしようと思って、ナーヒドに連れてきてもらいました」

「あらら。ずいぶん頼りにされていること」

「その……、すまん」

 ふたたびそう言ってこうべを深く垂れたナーヒドに対して、ベルカナは目を細めた。

「ま、結婚するあてもないあんたが一人でできる育児なんてたかが知れてるわよ。むしろよく持ちこたえてるわね」

 今度ばかりは、ナーヒドは言い返さなかった。フェイフューの方が不思議そうな目で「ベルカナはケッコンしているのですか」と訊ねてきたが、ベルカナは「女にはいろいろあるのですよ」と意味深長に微笑んでごまかした。

「いいでしょう。そのご依頼、承りますわ」

 フェイフューが表情を明るくした。

「さがしてくれるのです?」

「ええ。すぐにお連れすることは叶わないかもしれませんが、フェイフュー殿下がソウェイル殿下にお会いできるよう力添えさせていただきます」

「とても心強いです!」

 おそるおそるといった調子でナーヒドが「大丈夫か」と声をかけてくる。

「テイムルが丸三年かけて捜したのに、髪の一筋も見つからなかったわけだが」

 ベルカナは「おバカ」と返した。

「相手は『蒼き太陽』よ? 髪の一筋こそ見せたくないに決まってるじゃないの。例えにしてももっとあるでしょ」

「それは、そうだが……」

「テイムルはぬるい。あたしに言わせてもらえばあんなのは捜したうちには入らないわ」

 戸惑った顔をするナーヒドに対しても不敵な笑みを見せる。

「心当たりがないわけじゃないの」

「何だと? そうならばなぜそれを皆の前で言わない?」

「女にはいろいろあるのよ」

「どういう――」

 「まあ待ってなさい」と言って黙らせた。

「いずれにせよそろそろ潮時だと思ってたところなの。あんまり気乗りはしないんだけど、ね」

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