第5話 十神剣はすぐには集合しない
旧蒼宮殿の南の一角に神剣のための部屋がある。蒼宮殿最大の部屋である大講堂の東側、大講堂の東の壁に沿って作られたような細長い部屋だ。壁は白い幾何学模様が浮き出るように金箔が貼られていて神々しく眩しい。東側には大きな窓があり時間帯によっては太陽の光が差し込むようになっていた。
南側に開いている出入り口から見て正面、北側の壁に小さな祭壇が設けられている。その祭壇の上方の壁には十対で合計二十個の突起がついており、この突起が刀剣掛けとして使われていた。主のいない神剣は次の主を見つけるまでの間そこに置かれることになっている。今安置されているのは一本だけで、残り九対は主がいるためここでは空席だった。
この部屋は十神剣が自由に使っていいことになっている。
といっても普段から使い込んでいる人間はいない。ここは神に賜った神剣のための聖なる空間であり、同じく神秘的な存在であると言われている生きた軍神の十神剣自身も遠慮してしまうためだ。少なくともユングヴィは近寄りがたく感じており、毎月一回行なわれている十神剣会議の他に立ち入ることはない。
今日はその毎月一回の十神剣会議の日だ。
「遅れてごめんなさいっ! 赤将軍ユングヴィ、ただいま到着しました!」
部屋に駆け込んで第一声、ユングヴィはそう叫んだ。
誰も返事をしなかった。
怒鳴られる――そう覚悟して一度かたく閉ざしたまぶたを、おそるおそる持ち上げる。
部屋の中、絨毯の上に座って待っていたのは、同僚三名だった。
「……あれ? もう解散した?」
一番奥に座って泣きそうな顔をしている青年――近衛隊兼憲兵隊白軍の長にして十神剣の代表者でもあるテイムルが、「いや」と唸りながら首を横に振った。
「そもそも来てくれないんだけど……、これは……」
「あああ!? ごめんテイムル! 悪気はなかったの悪気はっ」
部屋の中央へ走った。そしてすぐさまテイムルの目の前に両膝をついた。テイムルが「いやいいんだ知っていたよ」と両手で顔を覆う。
「ユングヴィとサヴァシュは僕をナメているんだよね?」
「違う違う私とサヴァシュを一緒にしないで」
「そうだよね、ユングヴィとサヴァシュは、ではなくて、十神剣は基本的に僕をナメているんだよね」
「ああああーっごめんなさいごめんなさいごめんなさいーっ! 謝るからそんなこと言わないでっ!」
テイムルから見て右側、ユングヴィから見て左側で眉間に皺を寄せている青年――エスファーナを中心とした中部守護隊蒼軍の長であるナーヒドが大きな溜息をつく。
「騒々しい! 貴様はいつになったら将軍らしい落ち着いた立ち振る舞いを身につけるんだ!」
「今日はそういう角度?」
「どういう意味だ貴様」
「ごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい」
テイムルが微笑みつつ、「今度から十神剣で用事がある時は僕ではなくてナーヒドの名前で招集をかけようね」と言う。ナーヒドの「俺は構わんが」と答える声とユングヴィの「より足が遠退くと思うんだけど」と答える声が重なった。
「何だと!?」
「やっちゃった失言だ撤回します撤回しますーっ」
「やめたげなさいな」
涼しげだがどこか鋭い声が割り入ってきた。
声の主は、テイムルから見て左側、ユングヴィから見て右側に座る、豪快に巻かれた長い髪と踊り子の衣装の上に上着を羽織った姿が印象的な女――女人のみで構成された部隊である
「あんまりユングヴィをいじめないであげてちょうだい。このコには本当に悪意はないわよ」
「俺はいじめてなど――」
「悪意があるのはどちらかと言えばサヴァシュの方でしょ。とっちめるのならあのコの方にしたら? 捕まえられたらだけどね」
テイムルが「ですよねー」と頷き、ナーヒドが「あの野郎」と唸った。ユングヴィはサヴァシュの不在を喜ぶべきか悲しむべきか分からずただただ苦笑した。サヴァシュのせいで怒られずに済んだと言えばそうかもしれないが、また彼がよってたかって説教されるのを見るのも気分のいいことではない――とはいえ彼はきっとまた馬耳東風でひやひやするのはおそらくユングヴィ一人だ。
十神剣はその名の示すとおり全部で十人いる。ただし、東西南北の守護隊の将軍は普段は各地方に散っているため、首都に常駐していていつでも集まれるのはそのうち六人だ。しかも、参謀および情報統括部隊である
「これ以上サヴァシュを待つのはやめよう。ユングヴィは忘れているだけで待っていればそのうち来るような気もしないでもないけど、サヴァシュは、その――無理……」
テイムルがぼやくと、ベルカナが一人腕組みをして「賢明な判断ね」と肯定した。
「で、今日は何の話をする?」
早く自分の話題から離れてほしい。ユングヴィは多少強引にでも話を進めるために笑顔を作って問い掛けた。
テイムルが「ちょっとややこしい話だから間違って伝わる前にちゃんとみんなに説明しておきたいことが」と、奥歯に何か詰まっているかのような物言いをした。
テイムルの配慮を裏切り、隣からナーヒドが「ちゃんと説明しておかないと後からどういうことだと文句をつけにくる奴が出ることが予測される話だ」と言った。
「そういうことを言い出すのはだいたい頭に何が詰まっているのか分からないユングヴィと人の話を聞いていないサヴァシュなのだが、そういう奴らに限って呼んでも来ない」
ユングヴィは「まだ言ってるよ」と肩をすくめた。
テイムルとナーヒドが話し始める前に、廊下からまだあどけない少年の声が聞こえてきた。
「すみません、まだ盛り上がっているところですか? まだまだかかりそうです?」
全員が出入り口の方を見た。
ナーヒドが立ち上がった。大股で出入り口に向かった。
設置されていた衝立をつかむ。衝立を部屋の中に移動させ、出入り口を大きく開ける。
顔を見せて「失礼致します」と言った蒼軍兵士に、ナーヒドが「構わん、お通ししろ」と告げた。
ひとりの少年が蒼軍兵士の後ろから顔を出した。日輪を思わせるまばゆい金の髪と太陽を思わせる尊い蒼の瞳をもったこどもだ。
ユングヴィは心臓が跳ね上がるのを感じた。
金の髪と蒼い瞳の子――先王の第二子フェイフューだ。
ソウェイルの双子の弟だった。
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