第2話 それは日輪に似た輝きの

 長い回廊を抜けた。かつては王とその家族である王族が暮らしていた、今は総督が一人で占有している北の塔を出て、正堂の中央、大広間へ入った。

「――それに、諦めるにはまだ早い」

 ナーヒドが力強い声音で言う。

「この国の太陽はまた昇る」

 大広間には蒼い武官の制服を着た青年たちが数人輪を描くようにして立っていた。いずれも外を向いていて互いのことは見ていない。彼らはあくまで自分たちの輪の中心に立つその存在を守るためにいるのだ。

「今日我々が何のためにわざわざウマルの下へ膝を折りにやってきたのかを思い出せ」

 軍神とあおぐ隊長が戻ってきたことに気づくと、青年たちは一斉に二人の方を向き、静かにひざまずいた。

 彼らがひざまずいたことで、彼らの中心にあったその存在が姿を現した。その体躯は兵士たちに埋もれてしまうほど小柄――というより幼かったが、影から出た途端その存在感を大広間にいる全員に見せつけた。

 柔らかで滑らかなまっすぐの髪は、アルヤ人では珍しい黄金をしている。まるで輝いているかのようだ。太陽から放たれる光をその身に宿した結果体現したかのようだ。

 大きな瞳がナーヒドを捉えた。

 その瞳は、神聖な蒼い色をしていた。アルヤの太陽の色だった。見る者にこの瞳の放つ光が日輪となって彼の金の髪を紡いだのかと思わせるほど、深くも淡い、しかし、揺らぎのない蒼い色だった。

「ナーヒド!」

 兵士たちを乗り越え、彼が小走りで寄ってくる。ナーヒドもまた歩み寄る。

 互いに、手を、伸ばし合う。小さな手がナーヒドの肩をつかみ、大きな手が日輪の子の背と腿の裏へ回る。

 ナーヒドが日輪の子を抱き上げた。日輪の子が嬉しそうに笑った。

「お待たせ致した、フェイフュー殿下」

 フェイフューは、ナーヒドの首に腕を回しながら、「おかえりなさい、おかえりなさい」と繰り返した。

 蒼い瞳は、王族の証だ。

 テイムルは、細く長く息を吐いた。

 『蒼き太陽』ソウェイル第一王子は失ったが、太陽の血を引く者として、第二王子フェイフューが、まだ、生きてここにいる。

「ナーヒドがウマルのきげんを損ねていたらどうしましょうと、たくさんたくさん心配していました」

「なんと。そのようなこと、殿下がご心配召されることではない」

 フェイフューが明るい声で笑った。

「ナーヒドが守ってくれるからぼくはここにいるのですよ。あまり軽はずみなことはしないでください」

 まだ九つの王子に言われて、ナーヒドが言葉を詰まらせる。テイムルが「フェイフュー殿下は何もかもお見通しだ」と苦笑する。

 フェイフューは、たった一人の、王族の生き残りだ。

 三年前のあの時――太陽の首級が挙がり誰もが絶望したその時、蒼軍と白軍が総力をかけて探し出した最後の太陽の御子だ。先王の五人いた子供たちの中でたった一人だけ救出に成功した、そして、ナーヒドの父親が自身の首と引き換えに命乞いした、今やもはや唯一となったアルヤ王国の王子なのだ。

「フェイフュー殿下」

 テイムルがフェイフューに呼びかける。フェイフューが明るく「はい」と応じる。

「不自由はございませんか? ここにいて、帝国の誰かに声を掛けられたりはしませんでしたか」

「大丈夫です、蒼軍のみなさんがずっと見ていてくださいましたから」

「ここにいらっしゃるまでは? ナーヒドはうるさくありませんでしたか。今日宮殿に上がるに際して、いろいろ申し上げたでしょう」

 フェイフューはなおも明るい声で「はい」と答えた。ナーヒドが眉間に皺を寄せた。

「でも仕方がないですね、ナーヒドの心配性が直らないですもの。今のぼくのお仕事は、ナーヒドの話を聞いて安心させることなのです」

 テイムルが笑った。ナーヒドが「笑うところではない」と威嚇するような声を捻り出した。

 フェイフューを床に下ろす。フェイフューが立ったのを見てから、ナーヒドが膝を屈する。テイムルもまたナーヒドに続いてひざまずく。

 サータム人相手にと思うと屈辱的だが、アルヤ王家の蒼い瞳のフェイフューに対しては、何のためらいもなく膝を折ることができる。

「ウマルと話をしてまいった」

 フェイフューが「どうでしたか?」と問うてきた。ナーヒドは声の調子を一切落とさず、広間にいる誰もが聞こえるような声音で言った。

「王家の再興を約束致した」

 フェイフューがその蒼い瞳に強い輝きを燈した。幼い顔に笑みが浮かんだ。

 しかし、

「フェイフュー殿下がご成人のあかつきには、殿下がアルヤ王として即位なさることを、ウマルが了承致した。アルヤの民をふたたびまとめるためには、太陽は必要なものである、ということを、ウマル自身が申した」

 それを聞いた途端、

「そうですか」

 フェイフューの顔から笑みが失われた。声の調子も落ちた。

「ぼくが、ですか」

 ナーヒドとテイムルは顔を見合わせた。

「兄さまではなく」

 フェイフューが続ける。

「『蒼き太陽』がいますのに。ソウェイル兄さまがいますのに、ぼくが王になるなど、おかしいと思うのですが」

 テイムルは足を伸ばしてフェイフューの肩をつかんだ。

「殿下……、ソウェイル殿下は、もう――」

「テイムル、白将軍のあなたがそれを言うのですか? ソウェイル兄さまはあなたの太陽なのではないですか。他のだれが何と言おうとも白将軍であるあなたがそれを言ってはなりません」

 誰よりも強い語調で、しかし顔だけは年相応の聞き分けのないこどものまま、首を横に振る。

「あきらめることはありませんよ」

「ですが――」

「兄さまは生きておいでです。絶対。兄さまに何かあったら、ぼくには分かるはずですもの」

 その声には、一切の迷いも疑いもない。

「だってぼくらは、双子の兄弟なのですから」

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