2 カナタとカナタ

 フェルム王立騎士団は、正規の王国軍からは独立した部隊である。階級が定められ、分隊からの組織が編成されている王国軍とは異なり、騎士団は統一王国誕生時に、ヒョウ・カ王自らが選び出した人員で構成された。当時、国王が自分と歳の近い少年少女を中心に国や身分にこだわる事無く拾い上げたので、王と同年代の騎士は多い。

 とはいえ、設立から二十年近く。任務中に死者が出た事は無いが、正規軍の士官に引き抜かれたり、申請して引退した者もそれなりにおり、人数が減ったので、毎年新しい団員を補充しなくてはならない。その為に将来有望な若者を見習いとして召し上げるのだが、カナタは一年前、その一員となった。

 騎士といえばきらびやかな印象もあるだろうが、その実態はなかなかに過酷なものである。正規軍の兵と変わらぬ量の訓練が課され、午後は座学で大陸史や政治、語学を叩き込まれ、少しでも居眠りしようものなら教師の白墨が容赦無く飛んでくる。騎士としての心得や、他国との交流で恥をかかないだけの作法をみっちり学び、時には実践として王の傍につき、護衛の任にあたるのだ。

 将来の展望もはっきりせず、惰性で城下の学校に通って漫然と日々を過ごしていた息子を見かねた父に、

『お前、やりたい事ねえならこっち側に来てみろ』

 と引きずり込まれた道だが、この境遇に不満がある訳ではない。

 ただ、ひとつを除いては。


 一日の務めを終えて家路につこうと廊下を行くカナタの視界に、向こうからやってくる、黒い騎士服に黒髪の青年の姿が映った。この人物と顔を合わせるとひどくざわついた気分になる。それはお互い様らしく、青年もカナタの前で足を止めると、心中複雑そうな感情を含めた翠眼で見下ろしてきた。

「……別にいいんだけど」

 カナタがしぶしぶ敬礼をすると、太い眉の根を寄せて青年はそう返す。その表情はカナタが不機嫌な時と全く同じだ。

 何故なら、カナタとこの青年は、ある意味では同一人物なのだから。

 両親が話してくれない分まで、周囲の人々は昔話をカナタ達に教えてくれる。その中には、西方の騎馬民族が帝国を興して統一王国を滅ぼし、誰もが死んでいった未来の話が必ず出てくる。そんな悲劇を変える為、アルテアで時空を移動してやってきた、インシオンとエレの子供達。その双子の片割れの現在の姿が、今目の前に立つ青年なのだ。

 エレが大好きで、エレに執着して、エレだけを救う為に色々と周囲に迷惑をかけまくった話は何度も聞いた。具体的にどんな迷惑をかけたかまでは、『わざわざ今のお前に話す事じゃない』と皆が苦笑いして、教えてもらえなかったが。

 今は騎士団の同期と結婚して城下に住み、十歳になる娘までいるが、折につけてエレはエレがと言い続け、エレと共に住んでいる子供達を「ずるい」と臆面も無く言い放つのだ。

 幼い頃は、自分と同じ顔をした、たまに遊んでくれるお兄ちゃん、としか認識していなかったが、カナタが成長して相手の人となりを把握してくるにつれ、この男が将来の自分の姿だと思うと、「絶対にこうはなるまい」と決意して、結果、カナタは母に対して一線を引く性格になってしまったのだ。

 だからカナタは、もう一人の自分に対しても、そっけなく対応する。

「何か御用ですか、団長」

 我ながら冷めた子供だとは思うが、エレ、エレと甘ったれるこの男の二の轍を踏みたくはないという意地があって、自然、態度は硬くなる。

「別に用ってほどのものじゃないんだけど」

 王立騎士団の中でも最古参でヒョウ・カ王の信頼も厚く、今や筆頭を務めている大きいカナタは、がりがりと頭をかき、溜息をついた。

「本当、君って可愛げ無いよね。本当に僕なの?」

 疑いたいのはお互い様だ。カナタは腰に手を当て「だって」と砕けた口調で返す。

「おれはあにいみたいに、結婚して子供もいるのにエレエレ言って母親離れできない大人子供じゃないから」

「うっわ、本当に生意気」

 大きいカナタが顔をしかめて大げさにのけぞってみせた。

 悲劇に向かった未来で、彼が幼くして両親を失った事は聞いている。エレへの執着心はそこに起因しているだろう事も。だからと言って、いやだからこそ、自分までいつまでも母にべったりでは、「やっぱりカナタは母親離れできない乳臭い奴だ」と笑われかねない。こいつとは違う、と強調する為にも、カナタは母を名前ではなくきちんと「母さん」と呼ぶ事で、大きいカナタとの違いを見せた。

「まあ、いいや」

 もう一人の自分が頭から手を離し、腕組みをして見下ろしてくる。

「インシオンから聞いてるかもしれないけど」

 と前置きして彼は続けた。

「西方の有力者ユーカートの娘、ユスティニア姫が来週いらっしゃる。騎士団も護衛にあたるよ」

 それはカナタも聞き及んでいる。

 こことは異なる歴史で、西方は一大帝国となり統一王国を攻め滅ぼした。それがゆくゆくはエレを悲惨な死に追いやったとも。その帝国の頂点に君臨したのが、皇帝ユーカートだった。

 しかし、大きいカナタと双子の姉ミライが過去未来を行き来して干渉した事で事態は変わり、未来は異なる様相を呈した。西方に帝国が興る事は無く、王国とは友好関係を保っている。その裏に、両親や目の前の自分ともう一人の姉、そしてかつて父の遊撃隊に所属していた人間達の行動が大きな意味を持っていた事は、広くは知られていない。もしもの歴史を多くの人が知る必要は無いと、叔父のヒョウ・カ王が判断したのだ。

 それでも、ユーカートは西方の騎馬民族の旗頭としておさまった。その娘が来訪するとなれば、国賓として大歓迎する事になるだろう。父の率いる国防軍が総力を挙げて護衛にあたり、騎士団も警護を務める手はずになっている。

「見習いと言っても、戦力として扱うからな」

 大きいカナタが、腕組みしたままカナタに告げる。その険しい表情は、父インシオンが不機嫌に睨みつけてくる時にそっくりなのだが、母親似である事が矜持の大きいカナタにとって、「父と同じ」という文言は顔をかきむしりたくなるほどの禁句であるらしい。実際以前、姉のミライが、『兄さんって、たまに父さんと同じ顔するわよね』と何気なく言い放ったところ、呪いのような叫びをあげながら本当に顔面に爪を立てたので、以後、四きょうだいの中で大きいカナタの表情に触れる事は禁忌タブーとなった。

 なのでカナタは、いま一人の自分の面について決して深く言及する事は無く、

「わかった」

 と端的に応えて敬礼をすると、そのまま立ち去ったのである。

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