第86話 裏切りのランドルフ
アナトリーと別れた後――――
密かにランドルフは、一人ウェルデンベルグの過去を探り始めた。
一つは純粋な興味。もう一つは、隠されている事への不安感であった。
ウェルデンベルグと会ったのは30を過ぎた頃。その頃、ランドルフは魔術の深淵を探り続ける探求家だった。
「わからない事は気持ちの悪い事だ」
これはランドルフのモットーであり、齡70を超えた今でもそれは心の中にずっとあるものだ。
師である、ウェルデンベルグが、蒸気機関をそれとなく、それこそ――――なにも考えずに、西の大陸の旅行く先々で、教えていたことがある。
本人曰く――――
「機械でやった方が効率がいいこともあるもんさ。空いた時間で好きなことをすればいい」
そんなことを言って笑っていたのをランドルフは思い返していた。
しかし
「あんな知識を何処から得たのか」
ランドルフはそのことがずっと気になっていた。
ウェルデンベルグに聞いても教えてはくれない。 決まって
「言うても分からんじゃろし――――な」
と言うばかりだ。
その秘密にしようとする師の姿は
ランドルフの気持ち悪さを増すばかりであった。
だから――――ランドルフは、己の気持ち悪さを払拭するために、ウェルデンベルグの秘密裏に過去を探り始めた。
シシリーと雪乃はウェルデンベルグの過去などに興味がない。
ウェルデンベルグを一番古くから知っている筈のシシリーは、
「私も良くは知らないの。でも、知らなくても良い事なんじゃないかしら」
そんなことを言ったきり。
雪乃に至っては、
「下らないことを考えるものね」
とランドルフを明らかに馬鹿にして見せたくらいなのだ。
2
今、ランドルフはサンタリオーネの奥地にある古老の住みかに訪れていた。
大エルフの一人に、ウェルデンベルグの若い頃を知る者がいると噂で聞きやって来た。
(仮説が正しいことを証明出来るかもしれん)
ランドルフは興奮を止められずにいた。
彼には一つの仮説があった。
それは、『ウェルデンベルグはこの世界以外から来た存在なのではないか?』と言うことだ。
(仮説が、馬鹿げているのは分かっている。だが――――あの男の知識は、我々の許容範囲を越えている。只の湯気が歯車を動かし、火薬と言う粉が爆発し、魔術に匹敵する威力を持つなど我々の誰もが思ってもいなかった。明らかにあの知識は異質なのは間違いない)
ウェルデンベルグ自身がこの世界に起こった突然変異に見えて仕方がない。
自分の師匠ではあるが――――どうしようもなく『気持ち悪い』ランドルフの闇は一層大きくなっていった。
(確証はない。ないが、説明がつかん事が多すぎる。逆に考えれば、そこさえ解けてしまえば、全てが繋がってしまう)
そこまで考えて、たとえ、自分の師がひた隠しにしていた不都合な事を知ることになったとしても、やめる気はなかった。
3
「ウェルデンベルグが何処から来たかはこのワシでは分からん」
目の前にいるヨーダのようなしわくちゃの老人は口だけを動かし、結論を述べた。
「じゃが、やつの知識は異質なのは違いない。あの考えは魔術から派生したものではない。考えは魔術と考え方がまったくの逆なのだからな」
大エルフの老人は続ける。
「魔術は現実の事象へ心の中にある世界を外へと具現化させる。しかし、ウェルデンベルグの火薬や蒸気機関は事象の大きさを変えたものにすぎない」
起こしたい現象を魔素を通じて、現実の世界へ具現化しているわけではない。
「我々エルフの様に精霊に頼る訳でもない。あの考えは危険じゃ。力を求めれば際限がなくなる。魔術は術者の意志があり、発動には明確な意志がある。術者が決定をせんかぎり事象に変化はない。――――しかしウェルデンベルグの持ち込んだやり方は制限がない。只、爆発させ、只、湯気の量を増やすだけじゃ。そこに意思の決定と言う壁はない」
大エルフは喉が渇いたのか――――喉を潤すために水を流し込んだ。
「では、私の仮説は証明できませんなぁ」
ランドルフは肩透かしを食らった気持になった。
「まぁ――――そうなるかの。しかし、証明は出来んが考え込まんで良くなる方法ならあるぞ」
「?」
「分からんかね?元を無くしてしまえばよい。元が無くなれば――――思い悩む必要などない。ウェルデンベルグを消し、情報を隠匿し、ローデリアの蒸気機関関連の施設を破壊する」
「しかし、それでは―――――」
ランドルフは大エルフの言わんとする意味が分かっている。
ウェルデンベルグを殺してしまえと言っているのだ。
確かに情報の根源を絶ち、隠匿し、今ある施設を破壊し無かったことにしてしまえば蒸気機関の開発はまた最初からやり直しになる。
無論、それに関わったローデリアの技術院関係者も全員殺す羽目になる。
しかしそれでは仮説を立てたランドルフ本人が納得できるわけがない。
問題そのものを忘れてしまえと言っているのだから。これは暴挙と言っていい。
「ワシらエルフもな――――ウェルデンベルグの知識のおかげで困っておるのだ。
ワシらはただ、静謐こそを重んじる。それがゆえに、性急すぎる知識は劇薬にしかならん。火薬はすでに銃として扱われ――――戦の道具となり果てた。
蒸気機関とて一見平和に見えるが――――現に鉄の採掘がローデリアでは盛んになり始め、山を削り取っているとも聞く。山を削っていることで崩落も起きやすくなり、この間も、崩落の犠牲になったものが居る――――」
大エルフの独白は止まらない。
「もう、伝わってしまったものは仕方がない。が、物事というものは始めるより、終わらせる方が何倍も力を要す。――――今を置いて、ウェルデンベルグの知識を捨て去る時期はないと心得よ。――――話は以上じゃ」
大エルフはそういうとまた自室へと戻ってしまい――――あとはそれきり出てこなかった。
4
「困ったことになったな――――だが仕方ない」
ランドルフは頭を悩ませた末に――――仮説の件は一旦棚上げすることに決めた。
仮説の実証をするにはウェルデンベルグを問い詰め、本人の口から語らせるしかないのだから。それは時が来たら、本人に聞いてみよう。ランドルフはそう結論付けた。
(仮説の件はひとまず置いておくとしてだ――――問題は蒸気機関じゃな)
今ローデリアでは大陸横断列車などという計画が議題に乗せられ技術院の肝いりで開発が進められているという。
(思えば、40年前に止めておくべきだったのかもしれんな)
昔のことを悔いても遅いが――――あの時知識を何も考えずに教えていたウェルデンベルグを殴ってでも止めていれば、もっと世界はもっと緩やかに発展していっただろうに。とランドルフは思わざるを得ない。
(ローデリアの技術院をつぶすか?いや待て――――あれは王国との共同開発だったはずじゃ。技術を隠匿するには王国をも手に掛ける必要があるわけか)
ランドルフは頭を悩ませ続ける。
エルフの言葉通りにウェルデンベルグを打ち倒すべきか。それともこのままか。
エルフの甘言にのって動けば、王国を敵に回すことになるが……。
(それに――――教え子たちを裏切らねばならん。ことによっては殺す必要性も出てくる)
特に科機工科のエンリケやミライザ、スズノあたりは蒸気機関の開発にも関わっている――――
思案しながら、ため息をつき、ランドルフが空を見上げる。
外はまだ明るかった。
5
あくる日の朝――――
ランドルフはローデリア技術局へと行き先を決めた。
(やはり蒸気機関の開発を頓挫させねばならぬ)
ランドルフの出した答えは――――少しでもこの世界の技術発展をおくらせ、本来のあるべき姿で世界の平和を長引かせる――――と、いう所に落ち着いた。
しかし、いきなり王国の技術課を破壊しようとすれば、大勢、強者たちを打ち倒さなければならない。無論ランドルフ自身も、無尽蔵に戦える実力もないことは、分かり切っている。
だが――――ローデリアの技術院ならば、王国ほど強者がずらずらと居るわけではない。要するにランドルフは彼我の『戦力の少ない方』を選んだに過ぎなかった。
ローデリアの中心部に国家の運営に関する建物が並んで居る通りは通称―――――
『省庁通り』と呼ばれている。ここに居るのは官僚と技術院にかかわる者の大半が資金力のある商家上がりが多い。
そんな『省庁通り』で、爆発事故が起こったのは、朝方の霧に包まれた時間帯だった。
まだ時間が早く、当直の者も寝静まっているころにド―――――ォォンと爆音が轟く。爆発音の発生元はローデリア技術院に単身で忍び込んだ、ランドルフの魔術であった。
研究所内の蒸気機関関連施設は火が消し止められたころには――――無残な姿となり果てていた。なにもかもが、熱と爆風によって溶けた飴細工のように、ぐにゃぐにゃに折れ曲がり――――もとの原型をとどめていない。
特に一番損傷がひどかったのは鋳造で作った大型の特注カムとクランクだった。
「何てことだ…これじゃ今までの努力がすべて無駄じゃないか」
ローデリア技術院の主任責任者であるベルトラン ・オーバンは残骸となった元研究所を見て呆然と呟いた。
辺り一帯は封鎖され、すでに現場検証が始められておりロープが張られ区切りがされている。ロープにはローデリア語で『立ち入り禁止区域』と書かれた看板が釣り下がっていた。
6
翌朝の各国の新聞の一面はこぞってローデリア技術院で起きた、謎の爆発事故について書き立てた。各国によって書かれている内容は概ね事故説と謀略説の二通り。
ローデリアの国内では事故説が多く、一方、月狼国内では謀略説が多い。
「紗枝。ローデリアで爆発だそうよ? 面白いわねぇ」
不謹慎にも紙面を見ながら、そんなことを言ったのは雪花国の街長である雪乃だ。
「面白いですか?」
「ええ――――とっても。でも紗枝にとってはあまり面白い話ではないかしらね?」
「――――まぁそうですね」
紗枝はもともとローデリアから亡命してきた技術者であり研究員。
蒸気機関の研究にも関わってはいたのだ。すでに逃げてきた故国とはいえ、内心は複雑なものであった。
反して雪乃はニタリとしながら新聞を読進めていく。
「――――ふぅん。蒸気機関を快く思っていないものの仕業――――ねぇ」
紙面を読みながら雪乃は内容をポロリと口に出す。
「まだ、研究段階から実用化され始めたばかりの技術を壊して何のいみがあるのかしら――――ねぇ紗枝?」
雪乃は紗枝に問いかけた。
「どうでしょうか。利益を生む前にその術を断ってしまうのは有効ですから。しかし故意となると――――蒸気機関が利益を生むものだということを知っている…という事になりますが」
「そうねぇ――――案外、蒸気機関を知っている者の犯行かもしれませんよ」
クスクスと雪乃は笑って見せた。
7
「コイツをどう思うね?シシリーちゃん」
王国で発行された機関紙を広げながらウェルデンベルグはシシリー・マウセンに疑問を投げかけた。
「どう?――――とは」
「犯人が何を考えておるかじゃよ。この犯人どうも蒸気機関に詳しい様に思えてな」
「ローデリア技術員の誰か。もしくは王国の科機工の誰か――――と思っておいでですか?」
「この技術の概念を伝えたのはワシ本人じゃ。――――この紙面によれば、特に燃え方が酷かったのはボイラー部とカム、そしてクランクだそうな。どうも壊し方が要点を突きすぎているように思えんか?」
「ですわねぇ――――まるでそこを壊せば動かなくなることを知っているかの様にも見えます」
「ここまでの火力が出せるとすれば――――」
ウェルデンベルグは思考を続けようとしたが。そっと唇にシシリーの人差し指が触れた。
「?」
「先生――――それ以上先はいけませんわ」
シシリーはお茶目に―――しかし、真面目に頭を振って見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます