第82話  あたしの男に手を出すな


 町医者の所についた時には院内からは叫び声が聞こえていた。

「いだぃぃ―――――!――――」

「痛い」という言葉とそれに抗するかのように

「そっちをもっと強く抑えてくれ!これじゃ治療にならんぞ!」

「そんなこと言ったって――――ひゃあ!」

 医師の傍らでケンタウロス族の女を抑えていた女性は暴れるケンタウロス族の大きな体で弾き飛ばされた。

「イリス。眠りの妖精に中の全員を眠らせるように言ってちょうだい」

 扉の隙間からのぞいていたヴェロニカはイリスに術式の行使を要請した。

「分かった」

 イリスも事が急を要することはわかっているのだろう。うなずき返して即座に詠唱行動へと入る。

「眠らせたら、突入いたします」

 ヴェロニカは医療室の中が全員動かなくなるのをまって――――扉をやっと開けた。



 医療室とはいっても10畳ほどの広さがある部屋に町医者の老人が一人とその補助が一人だけで、そして部屋の中央にはケンタウロス族の女性が一人倒れている。

 床はケンタウロスから出た血でまみれて真っ赤な絨毯のようにも見えた。

「うぷ――――」

 イリスは必死に口を押えて現場を見ないようにしていた。—――――えずいてはいたが。

 反して、

「酷ぅござるな。右前足みぎまえあしは膝下がない。おまけに後ろ前足は肉がかじり取られてござる―――――おそらく、人魚の仕業で間違いないかと」

 皐月はざっと傷口の見聞を初めてヴェロニカに報告した。

(皐月は慣れてるんだ―――――動揺がない)

 その光景をみながら凍太は、皐月とヴェロニカとサーシャにぶれがないことを見て取った。

「凍太様、皐月の小刀に魔術で切れ味を増してください。それと神経を寒さで鈍化させてください――――サーシャ。後ろ足の肉の欠損を治癒で修復しなさい。イリスは眠りが覚めないように再度精霊に呼びかけを」

 そこまで一口に言ってヴェロニカは皐月をちらりと見た。

「右前足はひざ下からはなくなって要を為してはいないわ。こうなったら義足をはめるためになるべく切り口を『平ら』に切る―――――出来るわね?」

「お任せあれ」

 皐月は力強く頷いた。

「では――――これから右前足切除に入ります。ひざには絶対に傷をつけずに脛をなるべく残して切り口は水平に」

 皐月が頷くのと同時――――凍太は小刀の切れ味を魔術で増した。

 皐月の小刀が少し明るく光ったのち風が刃の周りに沿うようにして「かまいたち」を構成する。

「では―――――いざ」

 小刀を脛の欠損部ギリギリに当て――――少しだけ引く――――とストンと綺麗に脛のボロボロに砕かれた部分が最小限で切り落とされた瞬間。

「リカブル」

 ヴェロニカが治癒の魔術で一瞬で傷口をふさいで見せた。

「サーシャ。後ろ足の欠損の状態は?」

「骨と筋繊維は修復した。あとは表面の皮だけよ」

 サーシャは魔力を持続しながらケンタウロスの後ろ足を直していく。その光景はビデオの逆再生でも見るかのように傷口は見る見るうちに消えていった。

「終わり」

「ええ。さすが特務員です。頼りになりますね」ヴェロニカはサーシャを抱きしめた。

「先輩ほどじゃないですよ。血も出なかったじゃないですか」

 脛を切った断面からは血は出る前にヴェロニカの魔術によって一瞬でふさがれてしまった。

「あのくらいできなくては、上級治療師は名乗れませんし、なによりランドルフ様の拳骨をもらってしまいます」

 サーシャを抱きしめた後、ヴェロニカは凍太と皐月、そしてイリスにも頭を下げた。

「凍太様、皐月お見事でしたよ」

「そしてイリスさん。あなたの精霊魔術無くてはこの一連の術式は成り立ちませんでした。ありがとう」

 そういってヴェロニカはイリスを抱きしめた。

「ば―――――何やってんのよ!あんなのなんともないんだってば!精霊さんたちもケンタウロスが無事だって言ってるわ――――よかったわね!」

 恥ずかしかったのだろうか―――――イリスは少し大きめに言い訳をし、ヴェロニカを押しのけて部屋をさっさと出て行ってしまったのだった。


 ケンタウロスの彼女の名前はシュティーナ と言った。

 外科手術から丸二日ののち彼女は目を覚まし—――――生きていることに感謝し、そして自分の前足がなくなっていることに愕然とし、呆然とした。

(なんで生きているの?—――――人魚にかじりつかれて、みな底へ引きずり込まれたはずなのに)

 すでに無くなった右前脚にはまだがあるような感覚さえある。

 幻ではあるが。

(でも一体ここはどこかしら?)

 床には清潔な布が敷かれ、その上に自分はのせられており、体には冷えないようにだろう。毛皮が何枚かかけられている

 疑問符を浮かべながらぐったりとまた床に寝そべると彼女はゆっくりと目を閉じた。


2


「混乱をさせぬこと。これが重要じゃな」

 医師のレナルド ・ウッドはヴェロニカを前にして、言葉を発した。

「難しいのではないですか?ほかに仲間がいれば説得も可能でしょうが」

「とにかく、静養が第一じゃよ。体は直してやれても心まではそうはいかん。まずはワシに任せてもらおうか」

 レナルド医師は引く気はないことを、ヴェロニカに暗に伝えて見せる。

「分かりました。落着き次第、面会をお願いします—―――」

(あのケンタウロスを、同盟国交渉の足がかりにしなくては)

 ヴェロニカは非情ともいえる決断をしていた。

 この街にとどまって早半月が過ぎた。海峡はなお、人魚たちの巣窟で船は出せる状況にない—―――おそらくあのケンタウロスは通常ではないルートでこちら側にわたってきたのだろう。

(絶望的な気持ちでしょうね。きっと。でも—―――時間がないの。悪く思わないで頂戴)

 ヴェロニカは決心を曲げるつもりはない。

 相手がどのような状況であれ、最大限利用するのは、自分達の存在する場所を守るために仕方がない。相手のことを考え、チャンスを逃すのは下策だとヴェロニカは考えていたし、また—――――そんなことを言っていられる状態ではない。

(一刻も早く、南の大陸に渡り—―――一つでも多く同盟を取り付けなければ)

 誰もが現状焦っている。



 一方で—―――

(前右足のがないとか不便なんだろうな)

 マーケットに買い物に出ながら、とうたがふと考えたのはケンタウロスのことだった。

 ケンタウロスは下半身が馬の形態。相当に動きが制限されるのが目に見えていた。

(自分は片足で移動することはできるけど—―――あのスタイルは習得に時間がかかるしなぁ)

 凍太は荷物を背中に背負うと—―――試しに片足を上げ、上げた片足を上げたまま後ろ足だけで移動を開始した。

『フラミンゴスタイル』や『片足立ち』となどとも呼ばれ、テコンドーにおいては足を上げたまま攻撃することもテクニックの一つである。

 不安定ながら、上半身を振り子のように使って早い蹴りを2、3発連続で出せることもこのスタイルにおいては利点といっていい。

 腰を前に出す感覚で、片足は腰の位置まで膝を上げ、軸足は踵を進行方向に向け、軸足のふくらはぎに力を込めたまま進む。そのまま上半身でバランスを取り4、5歩進んでから

(ケンタウロスには難しいかなあ)

 そう思う。

(高性能な義足のほうがよっぽどいいかも)

 義足であればバランスはとりやすいだろうし—―――やはり、自分のスタイルを他人に押し付けるわけにはいかない—―――とも思いなおした。




「これを付けろっていうのね」

 ケンタウロスは悲しそうに—―――しかし、仕方ないといった感じで嘆息した。

 彼女の目の前に置かれた一本の鋼鉄製の義足。

「後ろ足は直せたがの。前足はその…もうなくなっておってな」

 レナルド 医師 は申し訳なさそうにいった。

「いいのよ。仲間はみんな水の底だもの。命があるだけでもいいわ」

「しかしなぜこの時期に海を渡ろうとした?—―――そのもうしばらく待てんかったのか?」

「無理よ—―――私の部族は、帝国領から来た黒騎士どもに追われて、命からがら、海を泳いで渡るしか方法がなかったのよ。」

「泳いできおったのか?!」

「船なんかあるわけないじゃない。何人も必死で逃げて—―――助かるために海に飛び込んだわ。あのままあそこに留まったとして—―――殺されるかもっと酷ければ、馬車馬のように使いつぶされるわ」

 ケンタウロスは涙をこらえようとはせず、泣きはらしたままの目でレナルド を見る。

「たとえ人魚に食われることになっても—―――私たちは生きる可能性があるほうにかけたのよ—―――敵を討つために」

「仇討ちなぞ流行らんぞ。生きることに意識を向けんか」

「嫌よ。どうしてもこれだけは譲れない。黒騎士共を必ず最後まで殺しつくすまであたしは死ねない。死んでしまったみんなの分まで仇を取らなくちゃいけないのよ」


3


「事情は聴きました。その件、王国が引き受けましょう」

 2日後、ヴェロニカはシュティーナの目の前でうなづいていた。

「本当ね?—―――王国は帝国に喧嘩を売ることになるわよ」

「もとより帝国がローデリアについているのは知っています。そのうえで黒騎士共の相手をするといっているのです」

「ありがたい話だけれど—―――あんたたちに何の得があるの?」

「あなたには南の大陸に私たちと一緒に回り、他の部族に同盟の口添えをしてもらいます。もちろん、ケンタウロス族に生き残りがいれば、その口添えもですが」

「そういうことね—―――いいわよ。仇討ちに協力してくれるなら口添えしてあげる。ただし、もし仲間を見かけたら助けて。この条件をのんでくれないなら—―――

 やらないわ」

 ケンタウロスの目がぎらついた。

「分かった。もし同族の生き残りを見つけたら保護すると約束しましょう」

 ヴェロニカはそれに臆することなくうなづきを返しいったんこの場は解散となった。




「まだ子供ばっかりじゃないの」

 シュティーナは部屋に入ってきた、3名を見てあきれ顔になった。

 このままでは仇を討つことなどできないではないか。と今にも怒鳴りそうな顔つきをしている。

「侮るでないぞ。馬公」

 ぎりぃと歯を軋めて、皐月が言葉を吐き出した。

「やめなさい。皐月—―――あなたもです。シュティーナ」

 ヴェロニカがそれを仲裁した。

「この子達が王国からの正式に派遣されていいます。右から

 イリス、皐月、凍太です。イリスは雪花国魔術教道院の上から10指に入るレベルです。皐月は王国の騎士課の序列3位—―――そこらの騎士ならば敵ではありませんよ。最後に凍太ですが—―――彼はこの年で特務員を拝命しています」

「なんだって—―――?本当なの?坊や?」

 坊やと呼ばれた凍太は

「うん。ウェルデンベルグ様の命令を受けて特務員をやってます」

 ヴェロニカの言葉を肯定しながら、指にはめられた特務員の指輪を見せた。

「ううむ—―――確かにこれだけの実力持っていれば仇討ちも可能かもしれないわ」

 シュティーナは黙り込む。

 確かに、少数とはいえ多くを相手取ることにかけてはこの世界においては魔術師は群の抜く実力を持つといっていい。それも王国の特務員と騎士課の3位というのはあたりを引いたといっていい。もう一人のダークエルフはよくわからないが。

「そういえば、あなたはどうなの?」

 シュティーナはヴェロニカを見て問うた。

「私でございますか?一応上級治療師の任にあり、また、少し前まで特務員をしておりましたが」

 しれっとヴェロニカは何のことはないと付け加えた。

(当たりだわ―――――完全に当たり。この人たちを逃したりしたら仇を討つ手掛かりがなくなってしまう。何としても利用して見せる。みんなの仇を取らなくちゃ)

 シュティーナの口が嬉しそうに歪み、歯が見えた。そして――――

「いいわ。このシュティーナ。あなた達の仲間になることをここに誓うわ」

 破足のケンタウロスは強くそう宣言をした。



 翌日、ヴェロニカと凍太はシュティーナの元で、義足を作るために採寸を行っていた。

 長さは左前脚脛下とほぼ同じ長さにする。

 材質は今のところは鉄を選んではいるが、採寸さえ終えてしまえば、王国の科機工課へ特別製の義足を発注することになっていた。

「こんなもんだね」

 ロープにしるしをつけ脛下から蹄の先までを簡易的に図る。

 ヴェロニカもそれを見てうなずいていた。

「とりあえずあなたの義足が完成するまで20日前後。その間、代わりの義足で歩く訓練をしていただきましょう」

「分かったわ。仲間のためだもの。何でもするわ」


 しかし――――リハビリは簡単ではない。

 病院の外に出て地面から立ち上がるだけでも難しい。3脚でバランスを取るのは4脚でなれたケンタウロスの彼女には難しい。

「きゃあ!」

 倒れるシュティーナの横には凍太がいて、彼女が怪我をしない様に、地面の上に空気の層をクッションのように――――半径1メートルほどに――――作ってやっていた。

「もう一回だよ。がんばって」

 凍太に促されるように立ち上がろうとシュティーナは後ろ足に力を籠め、左足をつき一瞬立ち上がるが――――右足の義足がうまく立ち上がらず、馬胴を下に打ち付けるようにして倒れた。

「惜しかったよ。あと少しだ。今の義足で立てれば、特別製の義足が来たときにきっと早く慣れる。頑張ろう?」

 と――――汗を拭いてやりながら凍太は励ました。

「優しいのね。それに煽てるのが上手いわ」

「慣れてるだけさ」

 そう言って凍太は笑うだけだった。


 そんな光景を遠目から見守るしかない、二つの視線が合った。

 皐月とイリスである。

「あ――――!いま汗拭いてもらってたわよ!?いいなぁ!」

「見えてござる。悔しさが増すゆえ、叫ぶでない」

 皐月とイリスは木陰の下で涼みながら、惚れた男子の行動をつぶさにそれとなく見ていた。

「むぅ――――!凍太ちゃんたら水くらい自分で飲ませればいいじゃない。もう!」

「しかし、面白くないのも確かでござるな」

 皐月も静かにしかし、眉間に深いしわができ――――相当に我慢をしているのがわかる。

「―――――走ってくる」

 すくと皐月は立つと反対方向へと向いて走り出した。

「ちょっと!どこ行くのよ?」

「町を一周するだけでござるよ!心配するな!」

「ちゃんと帰ってきなさいよー?」

「相分かったぁ!」

 イリスの呼びかけに振り向く様子もなく―――――嫌なことを吹っ切るかのように

 皐月は町中へと駆け出して行った。



(イリスちゃんも皐月もどうしたのかな)

 いつもは夕飯を4人で一緒に食べるのに。と考えながら凍太はぼんやりと天井を見上げた。

「どうしたの?ぼんやりしちゃって?」

 シュティーナが隣から声をかけてくる。相手の座高が高いため――――目線がかち合う形になった。

「いや――――なんでもない」

「食べることに集中なさってください。そうしないとコレしますからね?」

 対面で座っているヴェロは中指と人差し指をくねくねと動かして見せた。

 ――――まるで何かをほじるような動作も加えて。

 それを見た凍太はぞっとしたような表情を浮かべて静かに食事を再開する。

 シュティーナはそれが何を意味しているのかは分からなかったが――――

 同時になにかがあるのだと感じてはいた。



「お主は自分の部屋で食べればよかろう」

「いいじゃない。まだモヤモヤがとれないんでしょ?」

 イリスは皐月の隣に腰掛けつぶやいた。

「なぜわかる?」

 図星をつかれて、皐月は半眼になった。

「なんでって――――精霊さんたちが騒いでる。いつも明るいあんたが今日に限っては暗いって心配してる」

 イリスは精霊の騒ぎ具合がおかしいことから、皐月に事情を言われなくても察することができていた。

「エルフやダークエルフは便利でござるな」

「まぁ――――あのケンタウロスには一言牽制が必要かもね。凍太ちゃんはあたし達が先に目ぇ付けてたんだから」

「うむ――――しかし、色恋沙汰には先も後もないという言葉もあるくらいじゃし…」

「じゃぁこのままイチャイチャされてみなさいよ?あたしはあのケンタウロスを許せる自信はないわ――――皐月は我慢できるてぇの?」

「拙者もまぁ――――我慢は出来ぬでござろうな」

「でしょう?だったら一時同盟を組みましょうよ。あの馬公にひとの男に手ぇ出したら痛い目に合うってことを思い知らせてやらなくちゃ」

「是非もなし――――か」


 こうして宿屋の二階でひっそりと密約が結ばれたのである。



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