第81話 三役揃えば

 アナトリーとランドルフ、ミライザ、エンリケは辺境府の開放という形で、同盟勢力を拡充を行うべく、ローデリアの各地方へ飛んだ。

 アナトリーとランドルフはローデリアの西の樹海を通ってサンタリオーネ王国へ。

 ミライザはローデリアの北西の半島でもあり鉄鋼の街とも呼ばれる――――

 故郷「ヒュプトゥナ」へ。そしてエンリケは、ローデリアの手より、リヴェリを守るために、ローデリア辺境府へと急いだ。


「蛇の王国、科機工課のエンリケ・グロッソだ。――――で。あんたが代表者さんかい?」

 エンリケはソファ―に座るリヴェリ辺境候――――マデリーネにではなく、その後ろに控える騎士を半眼で見据えた。

「なぜ、私を見る?辺境候は目の前に居られるぞ」

「別に。首がのっかってるデュラハンが珍しいだけさ――――それにマデリーネ殿に話をするよりあんたの方が早そうなんでな」

 エンリケが言う通り、マデリーネはさっきからエンリケを前にして縮こまってしまっていて何も話そうとはしない。

「仕方あるまい?我が主は人見知りでな。女や子供ならともかく、貴殿のような成人の男には慣れておらん――――何、しばらくすれば、普通に話してくれる」

 騎士――――マリーはさも普通の事のように笑っていたが――――エンリケにはもう一つ気になることがあった。

「さっきから、ドアの辺りでちらちら除いてるガキんちょどもは如何にかならねぇか?――――視線が気になるんだが」

 ジロリとドアの方に目を向ける。と子供の視線とエンリケの視線が交差した。

「ターニャ。そんなとこに居らんで、中に入れ――――この御仁はハンナ殿のお仲間だ」

 マリーが子供に聞こえる様に大きめに呟くと、扉の陰から5、6才の女児が姿を見せそのまま、ソファーの空いているところへと座った。

「ハンナおね―ちゃんは居ないの?」

「ああ――――ハンナは別件対応中だ」

「凍太ちゃんは?」

「凍太の奴は故郷に帰ってるはずだ。特務で今リベェリの近辺にいるのは俺だけだ。悪いナ――――嬢ちゃん」

 エンリケはさして悪くも思っていなさそうにターニャと呼ばれた女児に言い訳した。

「なにせ、事情が事情だ。ローデリアの奴らもこの機に乗じて、ここを取り返そうと動くかもしれない」

「――――分かっています」

 小さくだが、しかししっかりとした声で返事をしたのは領主のマデリーネだった。

(――――いい返事だ。流石だぜ。領主さん)

 その返事を聞いて、エンリケは目を細めてみせた。



「でな。勝手なんたが一時的にここの兵をひかなかきゃならん」

「そんな!話が違うではないですか」

 マデリーネは少しヒステリック気味な声を上げた。

「そうヒスるなよ―—――あんたらにとっちゃ話と違うよな。だが、王国もローデリア出身、月狼国出身の学生を親元に一時帰国させなきゃいけない。」

「あなた一人でこのまち全てを守ると言うんですか?」

「安心しなよ。補充人員が来る。人数は減るが――――荒事には慣れたやつらが来る」

「何名です?」

「約10名。なにせで無くちゃいけないし、それなりにないといけないんでな」

「随分少なくないか?」

「足りない分は銃と人形ゴーレムでカバーするさ」

「人形は分かるが、銃は高い。そう簡単に揃えられるとは思わんがな」

「俺が買うなんて言ったかい?一から作るさ」

「お前は、鍛冶屋ではなく、魔術師だろう?作れるのか?」

「こいつがなにか分かるか?」

 エンリケはぽんと、椅子の横に寝かせてあった長い棒状のものを撫でた。

「槍ではないのか?」

「見せてやるよ。」

 エンリケは棒状のものに、巻き付けてあった布地をスルリと剥ぎ、中身を見せた。



「銃――――なのか?」

 マリーは、眉根を寄せて見せる。

「ああ、銃だ。それも特別のな。それと」

 ゴトリ。

「こいつもある」

 エンリケは棒状のさきに鉄で作られたがついたものを机においた。

「こいつは新兵器さ。柄の尻についたピンを引き抜けば爆発する」

 エンリケが置いたのは初期型の手榴弾だった。



「へぇ――――お前らも来てたのか」

 エンリケは同じ科機工の仲間を見つけて声を掛けた。

「エンリケさんじゃないですか。大丈夫なんですか?王国を開けたりして」

 仲間の一人が聞いてきた。

「今は平気さ。だがな――――ローデリア出身のやつには一時的に国元に帰ってもらわなきゃなんねぇ。悪いがこいつは『政治的』に必要なことだ」

「分かってますよ――――でもただ帰る前に準備はしておきたいんです。それはできるんでしょう?」

「ああ――――もちろんさ。科機工と騎士課の奴らを集めてくれ。大急ぎでこの街を少ない人数で守れるようにしなきゃなんねぇ。ローデリアに帰る前にな」

「へへ――――ローデリアの馬鹿ども戦力を削いだ気でいるだろうが、その考えが間違えだってことを教えてやろうぜ?」

「おおー!」

 科機工課と騎士課の声が上がる。

 その光景を見たリヴェリの街の住人は

「何が始まるんだろうねぇ…」

 と不安げな顔をするのみであった。



「まずはの建設からだ。詳細はローラがするぜ」

 5日後――――エンリケは街の酒場の一角に陣取り、会議を始めた。

 科機工課から代表者が2人。騎士課の代表者が3人だった。

 紹介された、科機工課のローラ ・ムニスが紙をテーブルの上に広げ、説明を行い始める。

「どうも。科機工課のローラ ・ムニスです。今回のリヴェリの街の大規模改修にあたり骨子を説明します。――――ちなみに工事の期間は6か月。そのあとは後任をエンリケ殿に引き継ぎます」

 ちらりとエンリケを見ると――――うなずきが返ってきたのをみてローラは先を進めた。

「それから――――リヴェリの街の少し離れたところに硫黄があるようです。街の住民からの証言でして――――なんでも『黄色く臭い』とのこと。もし硫黄なら大きな収穫です。あとはアポトリアの商会を経由し、硝石を買い付け、木炭も同時に購入します」

 科機工課のもう一人がにやりとした。

「アレを作るんだな」

「ええ――――アレは強大な力になります。ですが、そのためには硫黄、硝石、木炭の三役が欠かせない」

 ひどく意地悪い笑みがローラの顔に張り付く。

 ちなみに――――あれとは勿論『黒色火薬』のことであった。



 アポトリア商会の代表アードルフ ・ エアハルトは羊皮紙に書かれた注文書を見て頭を悩ませた。

 注文書に書いてあるのは木炭と硝石それと―――――大量の粘土であった。

(木炭はいいとしても――――硝石と粘土が問題だな)


 風通しのいい小屋に窒素を含む木の葉や石灰石・糞尿・塵芥を土と混ぜて積み上げ、定期的に尿をかけて硝石を析出させる「硝石丘法」がこの世界での採取方法だったが、その手間ゆえに、どうしても単価は割高であった。

(しかし王国が金を出すならば――――割高な単価に何かと理由をつける、理由は何でもいい。――――― その上、更に『手間賃』と称して、儲け率を上乗せしてしまえば、案外と儲けられるかもしれん・・・・)

 アードルフは自室のデスクに座ったまま頭の中で計算を組み立て始めていた。



 2



 『リヴェリの街が何やら騒がしくなっている』

 ローデリアの町中にそんな噂が流れ始めたのはリヴェリの街の大規模改修が始まってから1ヶ月程が経過してからだった。

 まず最初に感づき始めたのは、アポトリア商会とやり取りのあるローデリアの商人たちだった。

「随分と羽振りがいいみたいだな。アードルフの奴」

「ああ――――この間も木炭を大量に仕入れていたみたいだな」

 アードルフがローデリア経由で仕入れているのは『木炭』。これは国土の西側一帯を覆う深い森林地帯を持つローデリアであれば格安で手に入る。他に月狼国と王国経由からは硝石を輸入し、硫黄は、ここ数日の調査でリヴェリ近郊から取れることが判明した為に、人形ゴーレムを使って採掘の真っ最中だった。

「アードルフの奴が、なにをやってるか聞いてるかい?フレッリさん」

「いいや。木炭なんかを集めて何をするんだか――――さっぱりさ」

 フレッリと呼ばれたローデリア商会の番頭の一人は豆茶を飲みこみながら商会の天井をみつめる。

「まぁ、うちらはこの間のリヴェリの国債の件で大分痛手を被ったからな――――

 そろそろ取り戻しておきたいところだ」

「ああ――――そうだな。いい商売のタネはないもんかね?」

「大きな戦争でも始まれば乗ってやるんだが―――時期はもう少し先だろうさ」



 3



 ローデリアの北西の半島でもあり古くから鉄鋼の街とも呼ばれる――――「ヒュプトゥナ」はミライザが里帰りをした時にはすっかり冬景色だった。

「むぅ―――――相変わらず鉄臭いにゃぁ」

 トンカントンカン――――と街中の至る処で槌を振るう音が木霊こだましている。鉄臭いにおいはミライザが小さいときから何も変わってはいない。

 作るものは時代が進むにつれて――――剣から銃へとシフトし始めてはいるが。


 近くには鉄の採掘場もあり、親からきた手紙には最新設備である蒸気機関で動く汲み上げポンプによって鉄採掘の際に出る水の掻き出し効率が上がり、1.5倍ほど採掘量が上がっているのだと手紙に書いてあったのをミライザは思い出した。

(魔術があれば便利にゃのに。一般の住人はそうはいかにゃいから・・・・)

 この街の一般の住民は魔術師になるための絶対素養とされる「構成把握」などは

 全く知らない者も多い。

 ミライザも小さなころに魔石をいじって遊んでいた所、いつの間にか術士が使おうとする「構成」がなんとなく見えたのが始まりで、ここヒュプトゥナでは数少ない魔術師の素養を開花させた一人だった。

(学費は高いけど――――アタシが頑張ればほぼ免除で済むしにゃあ)

 王国の制度として、また強力な魔術師を育てるために設けられているのが

 各課トップ10位までの学費の2/3の免除制度。

 ミライザは科機工課で4位。この制度を利用している一人なのだ。


 そんなことをつらつら考えながら、歩き――――やがて一軒の武器工房の前で止まる。

 がちゃりと店の扉を開けると――――奥にあるカウンターで新聞を読んでいる眼鏡姿の猫族の中年がふと――――顔を上げ、扉を一瞥した。

「今帰ったよ――――父さん」

「おお―――ミライザ」

 ミライザは外套のフードを外し、耳を露出させる。となかからは中年男性と似た耳がぴょこんと飛び出していた。

「随分早かったじゃないか。王国は大丈夫なのかい?」

「平気。王国は今必死に耐えて力を貯めてるところにゃ。あたしも帰って来たのには訳があるんだ」

 そう言ってミライザはごとり――――と自分の持っていた銃をカウンターを置いた。

「これは?」

「新式の銃だよ。これに改良を加えておまけに量産をしたいんだ」

 ミライザは銃を父親に渡して言う。

「改良ったって――――こりゃあ随分と筒が長いな。それにこの上に乗っかってるこの器具はなんだい?」

「そいつは望遠レンズ。王国の新兵器だよ」

「そんなもん持ってきちまって平気なのかい?」

 やれやれと――――娘を見る父の顔はどこか嬉しそうでもあり、そして同時に不安そうな顔をしていた。


「しっかし・・・・こりゃあ一体どうにゃってんだ?」

 ミライザの父親―――――エルモは、銃口を除きながら眉根を寄せて唸っていた。

 銃はどうにか分解できたが、自分たちが作っている銃とは違うところが多く、悩まずには居られそうもなかった。

「ミライザは王国で偉い物を触ってるんだなぁ。父さんの作ってる銃よりは大分違うぞ」

「まぁ――――最新型だからにゃぁ。ところで、その銃の先から螺旋状に溝を掘ることは出来るかにゃあ?」

「溝を掘るだって?そんなことして何になるって――――」

「溝があることで弾に食い込むにゃ。溝は弾を削りながら弾自体に回転を生むらしいにゃ――――回転することで貫通力と飛距離が伸びるのにゃ」

「―――――なるほどにゃぁ」

 エルモは顎を撫でながら銃筒をごとりと置いた。

(確かに、火薬が爆発して弾を押し出す。その際に溝が螺旋状に筒内に彫られていれば弾は回転しながら進むことになる)

「しかし――――ミライザ。父さんの技術では無理だよ。第一、溝を彫る道具がなけりゃ駄目だしにゃぁ。ところでそんなことを考えたのは王国の導師様かい?」

「いや――――出所は凍太っていう生徒の一人にゃ」

「大した子だね。そんなことを考える子が居るとは、驚きだよ」

 ミライザはそういった父親の顔を見ながらすこしだけ誇らしくなったのだった。


 4


「へっくし!」

「あらあら・・・・平気でございますか?」

 暖炉の火にあたりながら――――凍太はくしゃみをした。

(噂でもしてるな――――)

 爺臭いことを考えながら、毛布を被る。

 ここフィレルの漁港は海峡からの風が吹きつけているために年中が寒い。

 加えて寒気かんきが迫っているために海には冷たい風がビョウビョウと吹き付け

 時化の日を多く作り出す。

 トウタ達はそんな寒気の間に現状を踏まえてもう一度これからの経路を確認し

 またヴェロニカの手によって授業が行われる日々が続いていた。

「皐月もあくびをしていないで、よく聞いておくのですよ」

「ふぁい」

 夕方薄暗くなってからのヴェロニカの授業はほとんどが口伝によるものであった。

 本は王国から持ってきているのが一冊。今は皐月とトウタが肩を寄せ合い黙読をしながらヴェロニカの講義内容を追っている所。イリスは眠いと言って今日は寝てしまっていた。

「――――すなわち、人魚は産卵期に入ると船の上の人めがけて水面を飛び跳ね――――人を、ことさら男を攫い、水底へと引き込むのです。攫われた男は骨も残らないそうですよ――――ふふ」

 いま行われているのが「種族学」というジャンルの勉学である。

 この先、南の大陸には多種、多様な種族が住んでいることもあり――――予習を兼ねてこうして二月の間こうして講義をされている。

「次にケンタウロス族ですが――――人間の上半身と馬の首から下の全身を有している。二本腕と四本脚の六肢を有する生き物です。勇敢であり、義理堅く、弓術に長じた種族だとされています。」

 ヴェロニカはさらに続ける。

「次が、ドラゴニュートですが、こちらは「竜の尾」と「角」、「皮翼」を有しております。性格はほかの種族に肩入れせず、やや偏屈ともいえます」

「老狐さんはって 言ってたよね」

「ええ。そうではございますが――――ウェルデンベルグ様は今回は王国を離れるわけには参りませんし、果たして話を聞いてくれるかどうか、甚だ疑問ではありますけれど」

 ヴェロニカは困ったように窓の外を何とはなしに見て――――ふぅ――――とため息をついて見せた。

 そんな時だった。

 ドンドンと扉がノックされ――――つづいて

「ヴェロニカ――――私だ。サーシャだ」

 と声がかけられた。

「開いているわ。入って」

 ヴェロニカは扉を見もせず、窓に向き直ったままであった。

「ああ―――講義の最中だったか」

 サーシャは部屋にはいり、様子をみて事を察したらしい。そして――――

「ヴェロ。すまないが港にケンタウロスが流れ着いたらしい。人魚のえさになったらしく、足が二本欠損してる―――――治療魔術は使えるだろう?この町の医者では傷が大きすぎて何ともならんと言っていてな―――――せめて血止めだけでもなんとか…」

「――――わかりました。皐月。凍太様、これから現場に向かいます。二人も着いて来るように。サーシャ。悪いのだけれど、道案内をして。一刻を争うわ」

 ヴェロニカは沈痛な面持ちで指示を飛ばしていった。

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