第72話 再始動と忍び寄る不安

『案外早いお戻りだわね』

笑うような声に、ふっ――――と目が覚めた。

ふわふわした空間。頭の中に聞こえるかのような声。

「ああ――――また、死んじまったのか」

『正確にはまだ死んでいないけれど、貴方の身体は貴方の先生が蘇生させてくれているから―――――ほら』

目の前に自分の置かれている状況が目に入る。

蛇の王国の看護室にあるベッドの上に寝かされて器具を沢山つけられた自分の身体。周りには医療課の先生と、シシリーの姿が見えた。

「なんか――――ドラマでも見てる感じだな」

『どう?楽しかった?』

「ああ…夢みたいだった。知ってるか?俺、魔術使えてたんだぜ?」

『知ってる』

「学校でもさ、そんなにちやほやされたわけじゃないけど――――すごく楽しかった」

『知ってるわ』

「あと…都市間交流戦でさ。大活躍だったんだぜ?」

『見てたわ』

「雪女みたいな奴とも会ってさ・・・・スゲー怖かった」

そこまで呟いて――――声が鳴き声に代わり始めているのが分かった。

『知ってる』

頷く声は――――優し気に頷いてくるだけだ。

「ごめんなぁ・・・・シシリー先生。」

シシリーのすっかりしょげた姿に凍太は謝ることしかできなかった。

『あら・・・・あの犬ッコロと猫ちゃんも見たみたい』

「ああ・・・・皐月とミライザだ。ふふ・・・・みんななんて顔してんだよ。全く。そんなに泣くなよ。見てたら悲しくなるじゃんか・・・・」

涙が止まらなかった。



『落ち着いた?』

「ああ――――ごめん」

『でさ――――これからの事なんだけど、どうする?」

声は訪ねてきたが――――凍太は

「どうする?って何が」

『このまま終わるか――――帰るか』

「え?――――選べるの?」

間抜けな声を凍太は上げた。

『ふふっ、なんて声上げてんの?平気よ―――体は幸い生きてる状態だし』

「異常ないの?」

『無いみたいね。魔術って出鱈目よねぇ。壊れた個所は全て元通り。脳みそにも異常なしだわ――――で?どうする?』

「決まってる。帰るさ。俺はあのジジイを今度こそぶっ倒す」

凍太の決意は固かった。

『あのジジイって―――ああファン・ローのこと?アイツならシシリーさんがサクっと倒したわよ?』

「え?倒したの?」

『うん――――相当頭に来たんでしょうね。相手の気が緩んだのもあると思うけど、背後から心臓を一突きにされて、最後は首ちょんぱされたわ。見たい?』

「いや――――いいや」

スプラッタな映像は苦手だった。まして、首ちょんぱなどと聞いたら見たくなどない。


『で?帰るんでしょう?』

「ああ。帰るよ。あのジジイが居なくなっても、王国はヤバいし――――おばあちゃんの泣いてる姿は見たくないしね」

凍太には、到底ここで現状を投げ出すことなどできなかった。

何よりシシリーが鳴いている姿は見たくなかったし、このまま、終わるのはなにより悔しかった。

『じゃあ、頑張んなさい。この世界は完全に死んでしまったら終わりよ。気を付けてね―――――それと、アタシを退屈させないような物語を紡いでちょうだいね。楽しみにしてるわよ?』

「ああ。頑張るさ。見ててくれ」

『行ってらっしゃい』

ここで――――凍太の意識は途切れたのだった。



ぴくん―――と指先が動くのが感じた。

「!」

シシリーは凍太の手を握りながら確かに微かだったが、指先が動くのを感じていた。

ぎゅう―――と手を握り返すと今度は力強く――――凍太の手が動くのを感じて、顔を見ると――――うっすら凍太が目を開いたところだった。

「!――――ああ―――――神様」

凍太はシシリーに抱きしめられて――――「痛い」と言葉を漏らしていた。

「先生!―――――凍太クンが目を覚ましました!」

「何だって!」

医療課のウェンブリン教諭が驚いて近くによって間違いではないことを確認し

「信じられん。奇跡だ」

と漏らした。

それから――――魔術による精密検査、魔素の補充等を受け、ようやく個室病棟へ移されることが決まった。

「シシリー導師。そろそろ閉館なのですが」

医療課の生徒が部屋の見回りの最中に、シシリーの姿を見つけ「閉館だから帰ってくれ」といくら言っても

「いいえ。私はこの子の家族なんです。今日もここに泊まります」

と言って聞かなかった。

「おばあちゃん。もう大丈夫だからさ。お家に一回帰って――――」

「いやです」

「シシリー様。そんなこと言わずに・・・・」

「いやです。今日も絶対凍太ちゃんと一緒に居ます。誰が何と言おうと離れませんよ?」

ニッコリと笑うその笑顔は、医療課の生徒を威圧するのに十分すぎる効果があったようで――――

「分かりました。私はなにも見ませんでしたし、ここには誰もいませんでした」

医療課の生徒はわざとらしく声に出して扉を閉めてしまった。



次の日の朝になって

朝一番に病院の個室を開けたのはヴェロニカだった。

「―――――遅くなりました!」

ヴェロニカはここ数日、怪我人の治療で忙しく飛び回っていた。

ようやく、治療を終え業務から解放されたその足で、急いで意識が戻ったという凍太の病室まで来たのである。

目の下にはくっきりと――――寝不足のためだろう――――隈ができていた。

「―――――良かった」

ヴェロニカは凍太に抱き着くと、暫く感触を確かめる様におしりを撫でまわし始めた。

「―――――!!お尻さわんないでよ」

凍太が抗議したが

「ああ―――この声、この感触たまりません」

とヴェロニカはそのまま、暫く凍太をホールドしたまま、おしりを撫でまわし続けた。

(良かった。本当に・・・・神よ感謝します)

ヴェロニカはこのときばかりは神に感謝した。

「あらあら、ヴェロったら――――さぁてみんなでご飯食べに行きましょう」

うふふといつもの調子で笑うシシリー。

「ヴェロ。凍太ちゃんを抱っこして食堂へ行くわよ」

「はい」

「ひとりで歩けるよ」

「駄目よぉ。怪我人なんだから。うふふ――――それにヴェロが離すわけないわ」

「その通りです」

ぎゅううとより一層凍太を抱きしめるヴェロニカ。

「ホントに――――心配いたしました」

その声は、朝の病室に静かに溶けて行った。





「良かった。助かったんじゃな」

食堂に向かう途中で、会ったのは総長のウェルデンベルグだった。

「痛いところはないか?」

「もう平気―――」

「いいえ。まだ安心出来ません」

ヴェロニカは凍太を抱く腕にいっそう力を込めた。

「まぁ、焦るな。当分ゆっくり休んでおれ。それが親孝行にも繋がろう」

ウェルデンベルグは言いながら、詭弁だなと考えていた。

なぜなら、すでに「海老事変」の事は各国に伝わり、ローデリア、月狼国共に、生徒の一時的に帰国要請が出始めているのだから。

理由は「海老事変」での死傷者の数にある。

王国史上、出兵したほぼ全員が全滅した「海老事変」は王国に子供たちを留学させている親にとって凄まじいインパクトを与えた。

それに輪を掛けるようにして、世論を煽ったのは、この世界のマスメディア達だった。

特にローデリアは王国にいい感情を抱いていないために、ここぞとばかりにマスメディアを後押しした。

もちろん、裏には王国の力を削ぐために、王国の貴重な防衛力でもある生徒を引き揚げさせる策が透けて見えるのだが、王国としては失態を犯した負い目から、要請をはね除ける事はできずにいた。

王国に非がない場合であれば、帰国要請のはね付けも出来る。が―――しかし、こと今回に限っていえばそれは世論が許さなかった。

今はまだ、ウェルデンベルグの一存で生徒には伝えていない。が、そう長くは持たないのもわかっていた。

ゆっくり休んでおれ。と言うのは気休めに過ぎないのだ。

「凍太殿?」

後ろからそう声がかけられて首だけで振り向くと、皐月の姿があった。

「――――!本物でござるか?」

「なんとか生きてるよ」

「よがったー!よがったーぁ!」

皐月は泣きながら凍太に抱きついた。

皐月の髪から甘い香りがして、少しどきりとした。が、続けて皐月が言った言葉に凍太はもっとドキリとさせられることになった。

「拙者、凍太殿が、死んだら追腹をするつもりで御座った」

「え?追腹って・・・・」

「まぁ簡単に言えば後追いで腹をスパッと・・・・」

右手で横に線を書くように動かして見せる皐月。

「ダメだよ!そんなこと!」

「わかってござる。敵が残っておれば、勿論、仇をうつでござるが、敵はシシリー様が倒された故・・・・」

「違うって!敵がいてもいなくても死んだら駄目だ」

凍太の声が強くなった。

「でも・・・・」

「死んだら駄目だ。約束してくれないなら、皐月の事嫌いになる」

「え・・・・そんな」

「約束できる?出来ないなら・・・・」

「する。約束するでござる!」

凍太の出した要求に、皐月は即決せざるを得なかった。


「死んでしまえば良かったのにゃ」

ぺちん と凍太がミライザを叩いた。勿論、軽くではあるが。

「そういうこと冗談でも言っちゃ駄目だよ」

「むう。ゴメンニャ」

「ミライザさんは、素直でいい子だね」

なでなで。

自分よりも大きいミライザを凍太は撫でて見せた。

「むー!拙者も!」

「拙者も撫でて欲しいでござる!」

むすっとした顔で皐月は要求して頭を差し出してきた。凍太が撫でるまで皐月は体制を変えないつもりなのだろう、同じ姿勢のまま動かないでいる。

「はいはい」

皐月の金髪を両手で包むようにして撫でてやると、皐月は花が咲いたように笑って見せた。

食堂で朝食を食べながら、その後の顛末を聞くうちに、王国も対応に追われていることが分かってきた。

各国への対応に、親族への返答と詫び。十人委員会と教師たちが総動員でローデリアと月狼国へ足をはこんでいるらしく、ここ一か月程は授業は愚か、ろくな予定も建てられていないのだそうだ。

シシリーも凍太が目覚めたのであれば、ローデリアへと赴いて、謝罪を行うことになっていた。

「死なせてしまったのは事実よ。それだけはどんなに攻められても弁解のしようがないわ」

シシリーもさすがに落ち込んでいるようだった。

「僕も――――」

「だめよ。凍太ちゃんはここでおとなしくしている事。いいわね?」

行くよと言いかけて、その言葉を消すようにシシリーは言葉を強めに言った。

「でも――――」

「ここは大人の出るべきところよ。子供はおとなしくしていなさい」

おまえの出る幕ではない。おまえが責任をとれる問題ではない。

シシリーの顔はいつにもまして厳しいものだった。


5


「それじゃあしばらく留守にするけど、ちゃんと練習はするんですよ。さぼったらダメですからね?」

シシリーは玄関で再度振り向いて念押しをして来た

「皐月、ミライザ、ヴェロニカ 三人とも凍太ちゃんがサボらないように見て居てちょうだい」

「畏まった」

「任せるにゃ」

「もちろんです」

と3人3様の答え方で、シシリーに頷いた。

シシリーはこれからローデリア共和国に赴き、親たちに謝罪をしなければならない。

月狼国にはウェルデンベルグ自体が向かうことになっていた。

喪に服す意味もあるのだろう。今日のシシリーの格好は上から下まで黒一色だった。

「辛いだろうけど、頑張ってきてね」

凍太はシシリーを懸命に励ました。

これが、子供の凍太には、現地に赴く人たちに行える精いっぱいの行為だった。

(まだやっぱり子供なんだ)

同時に心の中で自分の力のなさに落ち込む凍太だった。


シシリーが出かけた後。

4人は3階の応接間で向き合って、話し合いを行っていた。

「学舎は教師の皆様の謝罪が終わるまで、暫くの間自習となります。その間は教室を使ってもよいですし、自分たちの部屋で学習するのも構いません。皐月とミライザはどうしますか?」

ヴェロニカが3階のソファーに腰掛けて対面の二人――――皐月、ミライザ―――――に問いを投げた。

「どういう事でござるか?」

「あたしはここに泊めさせてもらうつもりで居るにゃ」

皐月もミライザもヴェロニカの問いに不思議そうに返す。それはそうだろう。

シシリーから凍太をサボらないように見張っててくれとお願いされたばかりなのだから。

「凍太様を見張っておくのは、この私一人で良いのでは?と言っているのですよ」

ヴェロニカの言い分に対して

「反対にござる」

「アタシは絶対下りにゃいぞ」

2人は断固反対の意見を崩さない。

「貴方たちは貴方たちの勉強と修練がある筈ですよ。ここはこの私に任せて――――」

「そんなこと言って凍太殿と二人っきりになるつもりで御座ろう?」

「上級補佐官だからって職権乱用だとアタシは思うニャ」

皐月とミライザは不満の声を上げた。

そんなときだ。

「――――僕は三人一緒でいいと思うよ。おばあちゃんの言う通りにしといた方がいいと僕は思うけどな」

ヴェロニカの横に無言で座り事の成り行きを見守っていた凍太がポツリとつぶやいた。

「だって、考えても見てよ?おばあちゃんが返ってきてさ――――自分の指示したとおりになってなかったら、きっとヴェロはおばあちゃんに怒られると思うんだ」

「う――――」

ヴェロニカは黙らざる負えなくなった。このまま押し通せば、きっとシシリーになぜ指示通りにしなかったのかを問い詰められるに違いない。

その光景をイメージしヴェロニカは

「わかりました。3人一緒でようございます」

やっとのことで要求を取り下げたのだった。が―――凍太は一人別の事に頭を悩ませていた。

(あんまりにも人員が減り過ぎてる――――これじゃ、攻めてこられたら太刀打ちできないぞ・・・)

いま王国はウェルデンベルグをはじめとした首脳部が一斉に外に出ている状況なのだ。もし、こんな時に海賊たちが攻めてきたりでもしたら―――――そう思うと本気で背筋が寒くなるのを凍太は感じていた。

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