第71話 勝利の代償
剣二本が甲板の上でファンに迫って飛ぶ。
上からは魔術による攻撃、そして今は横と斜めから、自在に動く剣がファンに襲い掛かっていた。
(――――面妖な技よ)
ファンはただ甲板を逃げるだけでなく、マストを盾にし、時折、足元に転がっていた杖なども使って飛来する剣を、防いでいた。
まずは術者を見つけるところからだが――――そう考え、目だけを使って甲板上を見回す―――と、子供の他に3人ほどの人影が動いているのが確認できた。
一人は髪の長い金髪の女。
もう一人は短めの髪で、船内の火を消して回るヤツ。
そしてもう一人は2番マストのふもとに立つ老婆。
その老婆は本を手に持ち、視線をファンへと向けていて――――目と目が合った。
(あやつか!)
ファンには確信があった。
(術者であれば、殺して、この忌々しい術を解かせねばなるまい)
老婆に向かって進もうとするが、どうにも剣が邪魔をする。
(ええい!)
業を煮やしたのか――――ファンは正面から突いてくる剣に対して拳と掌で迎え撃つ事にした。
剣がファンの喉元に届こうと迫った瞬間にファンは左手の掌と右手の拳で剣を挟み込み
バキンッ――――と、其れを叩き折って見せた。
後ろから来た剣に背中を少し切られはしたが――――まずは1本剣を無効化した。筈だった。
「甘いわねぇ」
折られた剣がふわりと浮くと―――――剣は折られた持ち手側と刃先側の二つが飛んでくる等になった。
「ぬぅ!」
ファンはうめき声を上げた。
2
甲板上でファンが剣に襲われる様を見ていた凍太だが――――その矛先がシシリーであると知った途端に思考を乱れさせた。
(おばあちゃん!なんで!?)
シシリーはあまり運動神経は良くないことを凍太は知っている。
肉体は雪乃のように鍛えられているわけでもない。普通の老人の身体だ。そんなシシリーがあのファンの攻撃を一発でもまともにもらえば、骨は愚か、一撃で死んでしまう様な気さえした。
(助けないと!)
凍太は大急ぎで足元の浮遊の術式を解いて、落下しながら―――甲板へ降り立つとファンの後ろから火球を連続で飛ばした。
火球がファンに当たり、小爆発が起こる。ファンは背中から当てられた火球を放った術者――――凍太――――に向けて向きなおった。
その間も剣はファンの周りを飛びかい、攻撃を加えていたがファンは攻撃事態に目が慣れ始めたのか最小の動きで弾き、避け、躱して見せた。
「逃げるのに飽きたかの?」
ファンは剣を躱してそれを掴むとドスンと甲板に突き刺して見せた。
「これで簡単には抜けんはずじゃ」
甲板の硬い所を狙って刺したため、恐らくあの一本は抜けないだろう。
折れた刃はまだ残って飛来しているが決定打にはなりえない。
「さて――――第2戦といこうかの。小僧」
ファンの目が凍太を捉え、ファンは一目散に凍太へと間合いを詰めた。
(いけない!)
シシリーがそう思った時にはもう遅かった。ファンはあっという間に間合いを詰めて格闘乱打戦へともつれこんでしまったのだ。
これでは、剣を飛ばして攻撃しようにも凍太に当たる可能性がある。
(やはりな。あの老婆、この小僧の知り合いか――――ならなんとしてもこの状況を利用せねばならん)
あの、厄介な剣を封じるには、術者を殺して止めるか、出させない、出せない状況を作るしかないとファンは考えた。
凍太が空から降りて来るとは考えていなかったが、――――
(他人が傷つくのは我慢が出来なかった・・・とかそんなとこじゃろうな)
先ほどのように間をあけることはしない。
クリンチのようにくっ付き、腕で凍太の背中を押さえ前から、膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐぁ・・・・!!」
11歳の身体に大人の頑丈な膝がめり込む。相当な苦痛だったが――――それでも凍太は諦めなかった。
「オラぁ!」
凍太は足をいっぱいまで開脚し、ファンの割腹目がけて自分も横から膝を垂直に叩き込んだ。
膝回し蹴りという技だ。仕合などではあまり使うことはない技だが、こと接近戦については有効だった。
「ぬっ」
ファンにも効いているのだろう――――眉根にしわが寄っていた。
(こっからは痩せ我慢しかない)
凍太の心はすでに決まっていた。
3
「ああ・・・っ」
シシリーは目の前で歯を食いしばって戦い続ける凍太を見ながら、悔しさを我慢していた。――――雪乃のように接近し戦えれば、助けに入ってやれるのに――――と。
剣を後ろから飛ばして突き刺すこともできる。出来はするが、もし避けられ凍太に当たろうものなら取り返しがつかなくなってしまう。
シシリーは決心できずにいた。
そんなときだ。
「そんなにあの老いぼれが心配か?」
ファンがそうつぶやき、凍太のホールドを解いた。
ズル―――――凍太を引きはがすと、今度はくるりと反転しファンはシシリーを狙う様に背を見せ、足に力を込めた。
(行かせない!)
凍太は必死に後を追いはじめた瞬間だった。
「かかったな――――阿呆が」
ファンがつぶやく。
(やばい!)
凍太は咄嗟に身体を止めようとブレーキを掛けたが体は止まらなかった。
ファンが目の前でもう一度くるりと背を向けたかと思った瞬間―――
凍太に向かってファンは鋭い横蹴りを出していた。
めり込む蹴り。
足を中心にして「く」の字に折れ曲がり吹き飛ばされる凍太の身体。
(ああ――――やっぱり人って蹴られて飛ぶんだな)
薄れゆく意識の中で凍太は道場で師範と対峙し同じ手で吹き飛ばされ道場の天井を見上げたのを思い出した。
やがて――――ズドンと甲板に凍太の身体が着地する。今まで動いていた身体は今度はピクリとも動かず、沈黙したままだった。
「良いのがはいったのう――――くく」
勝ちを確信したようにファンが笑った。その時――――ストン――――とファンの身体を何かが触れたような気がした。
「?」
ファンは直後に体に温かさを感じ、自分の身体を見おろす。
目に入ったのは一本の剣だった。直後に背中から刺し貫かれたのだと分かった。
「ぐぶっ・・・・!」
口から血があふれ出て、膝をつく寸前で―――
「ぬぅん!」
歯を食いしばり踏みとどまり、横目でぎろりと剣を飛ばしてきたシシリーを見て
「かかかか!悔しいか?――――そうかぁ悔しかろうな」
またも笑った。
視線の先には涙でぐしゃぐしゃになった老婆の顔があった。
その顔を見て、ファンの心はたまらなく高ぶる。
「かかかか!ワシの勝ちじゃ!お前は何も守れんかった!ワシの勝ち――――」
「黙れ!」
スパリ――――と何処からか飛んできた一本の剣がファンの首を薙ぎ、切れ口から鮮血を吹きあがらせた。
4
「凍太!目を開けなさい!凍太!」
甲板の上でシシリーは凍太に駆け寄り、必死に治療魔術を施していた。
隣にはハンナとアリシアがおり、ハンナは必死に心臓マッサージを繰り返していた。
小さな体の横に座る様にして、上から腕を必死に押し込む。
アリシアは酸素と魔術を口から直接吹き込んでいた。
(戻って来て!戻ってきなさい!)
ハンナは念を送る様に必死に動き続けた。
心臓に直接魔力を送り込みながら動かしてはいるが――――意識は戻っていない。
血と魔素は体内を循環し始めているのを確認してはいるが、目覚める反応はなかった。
「シシリーちゃん。もう止めるんじゃ」
すぐ近くでウェルデンベルグがシシリーを止めようと肩に手を置いたがシシリーは治療魔術をいっこうに止めようとはしない。
「まだ!まだよ!」
なおも、魔力出力を上げようとするシシリーをウェルデンベルグは
ぱん―――と頬を張った。
呆けたようにシシリーはウェルデンベルグを見る。目は「なぜ?」と言っているように見えた。
「お前らも止めよ。もうこれ以上は無理じゃ」
ウェルデンベルグが命令を下す。
「辛うじて体は生きておる―――――生きてはおるが、それだけじゃ」
ウェルデンベルグは凍太の身体を抱き上げて抱きしめた。
「軽い―――軽いのう――――お前さんこんなに軽かったのか」
ウェルデンベルグの言葉に嗚咽が混じった。
「シシリー。すまんかった――――すまんかった――――お前の大事な弟子を――――守ってやれんですまんかった」
「先生――――凍太ちゃんを抱かせてください」
シシリーはウェルデンベルグに両手を差し出すように前に出した。
「ああ―――」
ぎゅう―――とシシリーは凍太の身体を抱きしめる。と。
「ごめんねぇ―――――無理させて、痛かったよね」
何度も頭を擦った。
「お家に帰ろうね――――凍太ちゃん」
「皆、王国へ引き揚げよ」
ウェルデンベルグの指示だけが、冷たく風に消えていった。
こうして――――後にこの事件は『海老事変』として語られることになる。
そして、この事はこの先に起こる、『王国崩壊』の序章に過ぎないことはまだこの時には誰も予想していなかったのである。
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