第70話 仲間を救うために

「たかが大トカゲの分際で、ワシの生徒をようも食ってくれたのう・・・・!」

 ウェルデンベルグは憤っていた。

 相手の考えを読めずに裏をかかれ、あまつさえ預かっている大切な生徒を飛竜なんぞの餌にしてしまったことを。そして自分の不甲斐なさに。

 彼は、飛竜をもう一回りほど大きくした竜に乗り、猛然と飛竜の飛び交う中へ突っ込んでいく。

 飛竜と交差するように位置を入れ替えながら、魔術で飛竜の羽を打ち抜いて見せ、

 またほかの飛竜は乗っていた竜の火の吐息によって黒焦げにして見せた。

 飛竜が1,2匹落ち始めたことで、他の飛竜は危険を察したのだろう、今度は間合いを取って飛ぶようになった。

「お前ら、一匹も逃がさぬぞ。覚悟せい」

 ウェルデンベルグは持っていた杖を高々と掲げ―――― 叫ぶ。「落ちよ」と。

 すると晴天だった空が一転、曇天へと変わり、雲からは幾つもの雷が飛竜を襲い始めたではないか。

 必死に雷を避けようとする飛竜だったが、どんなに機敏に動いても上からは幾条もの紫電が降り注ぎ、行く先を遮った。

「ギャアアアア―――――」

 動きを緩めてしまえば、もう後は紫電に焼かれ墜落してゆくのみで、一匹、また一匹と下へ墜落していった。



「あらあら・・・・先生ったらよっぽど悔しかったのねぇ」

 遥か上で戦うウェルデンベルグの戦いを見上げて、シシリーは困ったように呟いた。

(まぁ、無理もないことだわ。もしも凍太ちゃんやヴェロに同じことをされたら、私だって同じこと――――いいえ。それ以上の事をしてしまうに違いないわ)

 自分の後ろをついてくる弟子がもし、敵に打ち倒されるようなことがあれば、シシリーはきっと相手を消し炭にするまで止めないに違いない。

 ウェルデンベルグの怒りはシシリーは痛いほどにわかる。自分の手を掛けて育てて来た子供たちが敵の策略に嵌ったとはいえ、飛竜に食われて死んでいくなどウェルデンベルグにとっては我慢できなかったハズだ。


「高度を下げるわよ」

「了解」

 シシリーの号令に従って三人は杖を下に向ける。

 下には燃え盛り、今にも沈みそうな船が見えている。

 黒煙が天へと昇る根元に焦点を合わせる様にして、加速を強めるとぐんぐんと船の全体像が見えて来た。

「――――っ」

 息をのんだのはハンナだった。

 それはそうだろう。船は火に飲み込まれ、動いている人影は上から見る限り確認ができないのだから。

「予想以上にやってくれたわね・・・・・」

 悔しそうにうめき声をあげたのはアリシアだった。

「急ぎますよ!」

 シシリーも一掃加速を強め、船の間近まで急行した。



「降下準備」

 号令がかかると3人――――シシリー、ハンナ、アリシア――――は一斉に杖から自分の身体を下ろして杖にぶら下がるような格好になりそこから、一気に手を放し、フリーフォールの要領で落下を始めた。

(おおお・・・・・おっかねぇ・・・・)

 とはいえ凍太はまだ杖にぶら下がったままで手を放そうとはしない

「何やってるの!早くおりてっらっしゃ―い」

 シシリーが下に落ちながら凍太を手招きして見せた。

(あああ。もうしょうがない!)

 パッと手をはなすと体が下へ下へと落ちていくのが分かる

(ちびりそう・・・!!)

 降下訓練は何度かやったのだが、やはりなれるまでは、まだ時間がかかりそうだった。

 やがて魔術を真下へ展開し、衝撃を和らげたが、そのままドスンと尻から落下してしまった。

「イテテ・・・」

「早くなさい。もうハンナもアリシアも救出を始めているわ」

 シシリーはまじめな顔で凍太を急かした。

「うん。がんばらないとね」

 こうして4人はそれぞれ倒れている生徒を救出に向かったのだが――――

「――――死んでる?のか」

 倒れている生徒は、ほとんど息をしていないように見えた。

 近寄って観察すると喉を割かれて絶命している死体や顔そのものが潰され元の顔が分からなくなっているものも数多い。

(これじゃ・・・・治す以前の問題だ)

 治療魔術士は怪我や裂傷、内臓破裂に至る傷であっても、本人が息をしてさえいる状況であれば、快癒させることができるのだが、いったん死んでしまっては、生き返らせは出来ないことを凍太は授業で学んでいた。

 確かに外傷の類は治せるが――――命を戻すことまでは出来はしない。

 死んだ者は生き返りはしないのだ。

 なんとか生きているものを探して回っていると――――やがて先の方から

「生存者在り!」

 ハンナの叫ぶ声が聞こえた。


 2


「大丈夫よ!しっかりなさい!」

 船体が傾き始めた甲板の上でハンナは必死になって傷ついた男子生徒に治療魔術を施していった。

(せめて止血だけでも!)

 一人に時間は割いていられない。となれば、目に見える傷だけでも治そうとハンナは考えて最大の威力で治療を施していった。

(だいぶ痛みが薄れて来たみたいね‥‥顔がゆがまなくなった)

 一旦、目に見えた外傷がなくなると、男子生徒は平静さを取り戻した。

「ありがとうございます・・・・助かりました」

 か細くだが、礼を言うその姿に、ハンナは

「礼なんていらないわ。それより一刻もはやく船から脱出を。体が動くようならランドルフ先生に合流して」

「わかりました」

 男子生徒はよろよろと立ち上がると杖に乗りどうにか王国の見える方角へと飛びたっていった。

(まず一人)

 まだまだ負傷者を探さねばならない。一人でも多くをこの惨状から救い上げて見せる。

 ハンナの心は燃えていた。


 3


 一方その頃、アリシアは船の鎮火に手を焼いていた。

 後方が一番火の手が強く、舳先の方でも海賊船からは火矢が射かけられ、火の手が小さく上がり始めていた。

「水よ―――凍れ!」

 目の前の火をまずは水をぶちまけた後で、凍らせる。そうやって自分が火に飲まれないようにしながらアリシアは火元へと一歩一歩前進をしていった。

 やがて――――火元だろう―――――一番燃え盛っているところに出たところで、

 火に飲まれている死体を発見し、

「水よ!」

 ひと際大きく叫びながら死体を鎮火した。

 黒焦げになった死体を見やると、腰に付けた大剣装備から騎士課の生徒であったことが読み取れた。

「熱かったでしょうね―――――今凍らせてあげるわ」

 アリシアは寂しそうにつぶやくと死体もろともに火元を鎮火して見せた。



「―――――おい!煙が消えてやがるぞ!」

 いち早く異変に気づいたのはファンの手下達だった。

「クソが!魔術士がまだ居やがったのか!おい!油と火矢持ってこい」

 指示を飛ばす――――が、返事は帰ってこなかった。

 変わりに――――

「敵だ!魔術師どもだ!」

 聞こえて来たのはマストの上からの警報だった。

 沈む船の煙の中から一直線に飛んでくる魔術師の群れ。

 そしてどんどんと海賊船に近づくと――――そのまま上空を通り抜けようとしたところで何かを落としていった。

 ゴトン――――と空から降ってきたその物体は、甲板に振れてからすぐに爆発四散し周りの海賊共を巻き込んだ。



「新型兵器の味はどうだ?沢山食らうとイイ」

 海賊船に落された兵器は「衝撃手榴弾」であった。

 火をつけるバネが打ち付けられる衝撃で信管に点火。その後、爆発する。

 手を離せば解放されて信管に打ち付けられ、信管の遅延火薬が点火する仕組みだ。

 海賊船の上空を通りすぎる様にして飛んできたのは――――エンリケ・グロッソが率いる科機工課の面々だった。

「全員、攻撃の用意を」

 Uターンをしながら、自分の後ろに続く魔術師の面々に攻撃命令を出した。

 ピタリと上空で杖に腰掛けた状態で静止すると、背中に担いでいた小銃を構えそのまま斜め下で混乱している海賊達に銃口を定めた。

「打て!!」

 号令がかかると一斉に上空から魔術弾が海賊たちを襲う。

 斜め上から降り注ぐ魔術弾の弾雨に海賊達は体のいたるところから血をまき散らせて倒れるしか術はなかった。

 一撃目で倒れなかった海賊も、第二射によってほぼ全員が掃討された。

「残敵の掃討を確認。甲板上に動くものはありません」

 双眼鏡を持った女の魔術師がエンリケに報告すると

(こんなことをしても・・・・死んだ奴らは帰っちゃ来ないんだがな)

 エンリケは殺された仲間の事を思い浮かべた。

「良し。ならば、次は救援だ。ランドルフ先生に合流する」

「はい」

 科機工課の面々の声は、戦果を誇るわけでもなく、ただ、静かだった。



「?!」

 傾き始めた船の上で『海老』は自分が率いていた海賊船から音がしなくなったことに

 眉をしかめた。

(まさか・・・・潰されたか?)

 精強な自分の率いていた海賊団が潰された可能性をファンは思考する。

 仲間の事は少しだけ不憫だろうかと、考えたりもしたが―――すぐにやめた。

(まぁ――――戦場で死ぬるは本望じゃろ)

 と―――目の前に小さな子供が怪我人に手当を施しているのが見える。

(戦場で手当てじゃと?タダでさえいらついておると言うのに、本当にどこまでもイラつかせてくれるのう!)

 ファンにとっては死んでいく者は自分の倒した「戦果」であり、己の強さを証明する物だ。それをどこの誰ともわからないただのガキが、自分の大事な証を誰に断るというわけでもなく勝手に、奪いに来ている。

(―――――我慢ならんな。殺すか)

 ファンが、子供を蹴り殺そうと、動き出したその時だった。

「動かないでね。おじいちゃん。そこから近寄って来たら――――僕は容赦しない」

 子供がこちらを向くこともなく、言ってくる。

「気づいておったか。なら話が早い。クソ餓鬼よ。さっさと治療する手を止めよ」

 ファンの口調は苛立っていた。が、子供は言い返してきた。

「出来ないよ。それは無理だ。この人たちは僕の大事な仲間だ――――それをおじいちゃんは――――いいや――――あんたは、殺そうとした」

「ふん。弱いから殺されるのだ。殺されたくなければ、自分の身は自分で守れぃ」

 まるで自分は悪くないというようにファンは言ってのけた。

 ぎし―――と音を立てて一歩ファンは子供に近づこうとした。その時、わずかに子供の手元が動き何かを払ったような動きを見せた。

「!」

 ファンは異変を感じ咄嗟に後方へと下がる。

 自分の寸前までいた所には何かで裂かれたような傷跡があった。

(魔術?――――だが、詠唱は聞いておらん)

「何をした?小僧?」

 ファンは腕組みをしたまま、子供を睨みつける。

「言ったでしょ。それ以上入ってくるなら攻撃するだけ。もう、大人しく自分の船に帰ってよ。アンタの部下も多分、傷ついてる。今ならまだ間に合う。手当てして上げた方がいい」

「抜かせぃ。戦場にいる以上、死ぬのは当たり前じゃ。ついてこれん方が不出来なだけよ。ワシの仲間とてそれは変わらんわ」

「そっか――――やっぱり海賊。それも五大海賊の一人の言うことは違うね。――――あんたは本物だ。やっぱり、『ジャック・スパ○ウ』みたいのは居ないんだな」

 どこかでまだ海賊に夢を持っていたのかもしれない。

 ディ○ニーに出てくるようなキャプテン・○ックやパイレーツ○ブカリビアンのジャックのような愛嬌のある海賊を心の中では連想していた。

 だが――――仲間が瀕死の状態や死んでいる惨状を見せられては、そんな夢や幻想はどこかに吹き飛んでしまった。

「何を言うておる?」

 ファンは相当にイラついている。それは目にも、とんとんと甲板をタップするつま先にも表れていた。

「なんでも――――ない。僕の仕事は「仲間を救うため」にアンタを押しとどめることだからね」

「ふん。餓鬼が。お前ごときがこの『海老』ファン・ローに敵うわけなかろうが」

「だね。でも、僕に武術を教えてくれた人はこう言ったんだ。『戦うってのはどんなに怖くても、そこから逃げへんことやって』」

「甘いのう。戦いとは相手をいかに倒すかにつきるわぃ。お前も『武』を知るものならば――――かかってくるがよい」

「ああ――――少しでも長く付き合ってもらうよ」

 子供――――凍太――――はローブを脱ぎ、たった今治療を終えた魔術師に掛け、杖を棒術のように水平に構え、ファンに向き直った。

「名乗れぃ。小僧」

「僕は凍太。蛇の王国魔術課の凍太だ」

「凍太――――ほっ。お前がシシリー・マウセンの弟子『氷の』凍太か!」

 ファンの顔が面白いものを見つけたように歪む。とても悪い笑顔だった。

『氷の』そんな、仇名までついているとは知らなかった。『氷帝』『雪ん子』

 は知っていたが。

「いくよ。ファン・ロー」

「来い。小僧」

 2人は同時に構えを取った。



 最初に動いたのはファンからだった。

 一足飛びで間合いを詰め、そこから、身体を半身に開いて後ろと前への掌底を真っすぐ凍太の顔面掛けて打ち込む。

 凍太はそれを、横に避ける様にして回り込み、後ろ回し蹴りパンテ・トリュリョチャギをファンの後頭部へ叩き込もうとして―――逆の手で防がれた。

 が、凍太は上げた足でそのまま、相手の腕を蹴って間合いを取った。

「ほう?」

 腕の付け根を蹴られたファンは不思議そうに腕を擦り、にやついて見せた。

「なかなかに珍しい技よ。単なる小僧ではないようだ。誰に習った?」

「教えてやんないよ」

 言えるわけがない。異世界の武術だなどと。

「そうか」

 今度はファンが二本の指でつつくような構えを見せた。

(螳螂拳?)

 カマキリの戦う勇壮さを模した中国武術を凍太は思い出した。

 体制は低い。腰を低く落とし―――両の腕を前に構える。

(やりずらいな――――なら)

 凍太はカウンターを得意とする戦い方を得意としている。

 相手に待たれると、隙は自分から作るしかない。

 今度は凍太は戦い方を変えることにした。

「炎よ!」

 小さく叫ぶと―――火球が三つ。それもファンの横2つと後ろに1つ現れた。

「!」

 ファンは火球に気づいた瞬間――――前に跳んだ。

(もろうた!)

 前に飛ぶ勢いそのままで上から凍太の身体の鳩尾と首筋目がけて腕を振り下ろした。

 が。

 ガツンッ

 ファンの攻撃は一方は片手受けでもう一方は、足で下から外に向かって弾かれていた。

 まだファンの攻撃は止まらない。

 今度は足だった。

 身体がいったん浮いたかと思うと、前後の足を入れ替える様にして二段前蹴りを放ってくる。

(くそ!)

 一撃は腹。そしてもう一発は顎にヒットしそうになったが――――幸いなことに足先が顎を掠めただけになった。

「くくく。お前ら魔術師は接近してしまえば対応が遅れるからのぅ。まぁワシの攻撃を2度、3度防いだことは見事じゃが――――次で終いよ」

 ファンは再度同じ構えに戻った。

(頭がくらくらする――――)

 恐らく頭を揺らされたせいだろう。顎を引っかけただけだったが、凍太の脳は揺らされダメージを受けていたということだ。

(だけど、ここで負けたら―――)

 確実に死が待っているだろう。自分が殺されれば―――あとはハンナ、アリシア、シシリーが危険にさらされてしまう。

(駄目だ!逃げるな!)

 一瞬、恐怖の感情が巻き起こるが―――必死にそれを打ち消して、凍太は動く。

「炎よ!」

 また短く叫び火球を今度はファンの前と後ろに出現させた。

(甘いわ!)

 ファンは見越していた様に一歩横に飛ぶと、着地した足で方向転換し凍太の右斜め前から飛び蹴りを放ってきた。

(今だ!)

 ファンが前に出る一瞬を凍太は狙っていた。突進力を逆手にとって相手を迎撃する。

 そして凍太が出した結論は―――「逆さつらら」で在った。

(――――!)

 ザクリ、と斜め前下から一瞬にして生えた鋭い「氷の槍」にファンは空中で制動を掛けることが出来ずに一撃を食らった。が

「ぬん!」

 傷ついた足を震脚し、拳で氷柱を折って見せる。

「これが奥の手か?」

 ボゴンッ、バゴンッと複数の氷柱の戦端を殴って折ると通り道を作る、ファン。

 だがその間に凍太は足裏に風を起こして今度は上へと飛んだ。

 そして、腰から鉄扇を引き抜くと――――

「風よ!」

 空中から、ファン目がけて鉄扇で起こした「鎌鼬」を打ち込んだ。

 鉄扇が薙がれ―――その軌道で鎌鼬が巻き起こり、甲板へ降り注ぐ。が―――

 ファンはまるでそれが見えているかのようにスイスイと避けて見せた。



(何やってるの!?)

 シシリー・マウセンは怪我人を解放している間に上空から甲板へ向けて魔術を放つ凍太を見て唖然とした。

 魔術の降り注ぐ先を見ると――――人影が見えて――――シシリーはまた愕然とした。

(『海老』ファン・ロー!?)

 五大海賊団の古老。まだこの船に残っていたなんて、シシリーは思ってもいなかった。

(あのファン相手では凍太ちゃんは分が悪いわ)

 シシリーは、横に転がっていた死体の鞘から剣を引き抜くと

「ごめんさいね。少し借りるわ」

 寂しそうに笑った。

 やがて剣を5本ほど集めたところで魔力経路を剣とつなぎ――――一斉に魔力と命令を流し込む。

「我が意に従い、動きなさい」

 整列するように剣がシシリーの前に居並ぶ。

 そして

「1番、2番!突撃!」

 そう命じると―――端にあった剣二本が空中を飛び、ファンの元へ突進していった。

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