第69話 慢心と後悔

「いきなり博打に出たもんだな。ファン爺」

「ほっ―――博打なものか。この手が一番効果的じゃ」

海老ファンは海賊船内にある玉座に座ったままで手下を見て笑った。

手下はみな彼のことをファン大老とよぶが、特に古参の手下はファン爺と呼んでいた。

「相手の退路を絶ち、上から飛竜を攻めかけられては、いかな王国の魔術師とはいえど、逃げ場なぞありはせん。周りは海じゃ。いつまでも浮かんでおればこれまた飛竜の餌じゃ」

くくくとファンは笑って見せた。

「今回もいつもの手で行くのかい?」

「左様。ワシはいつもの通り、乗り込み打ち倒す」

「ファン爺。今回はやつらの船を燃やせばいいだけだ。それでも乗り込むのか?」

手下は心配をして見せるが

「当たり前じゃ。いついかなる時でもあいてを戦って打ち倒してこそのワシじゃからな」

ファンは嬉々としてそれを否定した。


ウェルデンベルグの指示に従って王国では各課から10名ずつの編成が急がれていた。

今回は特務員の編成はなく、かわりに十人委員会から2名の導師職が指揮官として付き添うことになっている。

経路は海を横断し、南吠の町へ海側からの強襲を行う。

山側からは月狼国の軍勢が、海からは王国の魔術師が挟み撃ちというわけである。

「各自、装備を点検。特に科機工課は銃の点検を怠らないように」

集められた魔術師達を前に、十人委員会のマティアス・ヘルズは、装備品の点検を命じた。

長く伸ばした黒髪を頭の真ん中で左右に分け、髪の下から覗く目はいつも冷ややかで冷静。50代を過ぎたあたりで顔には皴が目立ち始めたのを最近は気にしているが

それ以外は特にこれと言って、あまり欠点の見当たらない姿をした男。

それが王国の生徒の大まかな意見だった。

陰では「根暗な陰険野郎」などと陰口を叩かれたりしていたが、おおむね生徒の間では、いい導師として評価もされて居た。

「点検をしながらでいいから聞きなさい。今回は月狼国から奪還の要請がかかり次第、南吠を海側から強襲、その後、南吠を防衛する。また、今回は急を要するため、海路を使用する。各自、奮闘するように。以上」

導師の訓とうが終わると、騎士課の生徒が

「装備確認完了であります」

と報告した。続けて

「魔術課完了」

「医療課完了」

「科機工課完了」

と 声が上がった。

「よし。指示があるまで解散。夜には船内に移動する。指示がありしだい出港だ」

「了解」

こうして、一同は一時解散することになった。


「船は出てきたか?」

「いや、まだ動きはねぇな」

海老ファンの問いかけに、手下の一人は望遠鏡を覗きながら答えた。

「ふむ。まぁ良いわ。動きが有れば知らせよ。それと、分かっておると思うが位置は悟られることがないようにな」

「ああ、任せてくれ。この船の周りには岩礁があるし、念のため幻術も掛けさせたんだ。魔術士と言えど、そう簡単には見つけられねぇよ」

「ならばよい」

ファン・ローは納得したように頷くとそのまま、下の船室へと降りて行った。



王国から一隻のフリゲート船が出航したのは明け方になってからの事だった。

「おーおー。やつら旗に細工してるみてぇだな。が、帆を黒く染めただけじゃ俺たちの目はごまかせねぇぜ」

帆は黒く染められ、当目から見るにはあたかも海賊船のように見えるが――――

その偽装は王国の出方をずっとうかがっていた海老の手下を欺く事は出来なかった。

「すぐにあの船の後を付けろ」

たちまちのうちに、海賊船は速度を上げて動き出す。朝もやの中を王国の船目がけて接近していった。

「――――動きおったか」

隣に『海老』ファンが音もなく現れ、呟くが、慣れたことなのか手下は何も返さなかった。

「このまま前進し相手の船尾に付けよ。ワシが乗り込み奇襲を掛ける。お前らは火矢で船を燃やせ。岸からも見える様に盛大にな」

ファンの指示が下るとすぐに、男は操舵主に指示を伝えて進路を右へと取った。

ギィと船がきしむ音と波が掛け分けられる音が聞こえて船が右へ傾くのが感じられた。



「敵襲――――!敵襲―――!」

朝靄の中、王国の船に近づいてくる一隻の船が海賊船だと知れて、マストの上から見張りの魔術士は風に乗せて自分の声を最大音量にして船上に響かせた。

「敵は一隻!魔術班は最大出力で迎撃態勢をとれ!騎士課は甲板に展開せよ!」

敵襲の報告がなされてすぐに、十人委員会のマティアス・ヘルズ導師は魔術課10人を船尾に居る海賊船に向けて配置を命じた。

が―――それよりも先に船尾からは火の手が上がりだし、黒煙が空へ伸びていくのが見えた。

(――――しまった!)

「魔術課はすぐに消火活動に当たれ!」

マティアスは自分も船尾へ向かおうと移動を始めたが、すでに魔術課のうち半数ほどが甲板上に倒れているのが見えた。

「大丈夫か!?」

魔術課の生徒を抱き起すが声はない。よくみれば、首がへし折られたようにあらぬ方向へと向いていた。

「貴様がやったのか?」

マティアスは目の前にいる一人の小柄な白髪頭の老人へ問いかけた。

「いかにも」

「貴様がやったことは王国反逆罪だ。分かっているな?」

「いかにも」

「名を名乗れ。この私、マティアス・ヘルズ、自らが罰してくれる」

マティアスはローブの下からまるで、タクトのような――― 一本の短い杖を取り出した。

「マティアス・ヘルズ――――十人委員会の一人か。戦果としては十分かの」

白髪頭の老人――――ファン・ロー―――――は「ごきり」と首を鳴らすと、足をわずかに後ろに下げて体重を後ろに掛け、手の甲を相手側に向ける様にして構えを取って見せた。

「ワシの名はファン・ロー。五大海賊の一人よ。さて―――マティアスとやら、手合わせ願おうか?」




マティアスは魔術課出身の魔術師で、特に風を操ることにかけては王国内でもトップ10にはいる実力の持ち主でもあった。

今は得意の風魔術を使って相手であるファン・ローの攻撃を寸前で横にそらし続けている。

(ふん。当たりそうで当たらぬか)

ファンは二、三発攻撃が当たらないのを確認してから、少し距離をとって、足元にあった魔術師の死体を足だけで浮かし、手に持ち変え、横からマティアスに向けて薙いで死体を叩きつけた

「!」

マティアスの周りには風の魔術によって防壁が張られているため、死体はマティアスに振れることはないが、風の防壁に衝突するたびに死体はだんだんと損傷していった。

「貴様。死者を冒涜するのか!」

(怒れ怒れ)

死体を叩きつけながらファンはただ黙々と、マティアスの冷静さが失われるのを待った。

マティアスは、死体が崩れていく様に耐えきれず一転、魔術構成を防壁から攻撃へ切り替えを行おうとした。その時である。

スルリとファンの手が下から伸びて、一瞬、マティアスの股に振れたかと思うと、そのまま持ち上げる様にして、頭に下に、股を上にして―――甲板の上へと突き刺した。

ゴギンッと妙に鈍い音がしてマティアスの身体は頭から甲板へ着地し――――

そのまま仰向けになって動かなくなる。

時間にしてほんの数瞬のできごとだった。

「甘いわ。お前ら魔術師の弱点なぞ。とうに知っておるわい」

ファンはそのまま足を顔に乗せ――――

「ふん!」

そのまま、ぐしゃりと踏みつぶして見せた。

魔術士の弱点とは魔術の切り替えの際に起きる一瞬の『間』と、発現のためのキーとなる発声である。

魔術士は魔術の切り変えを行うさいに高速詠唱などを使って間を短くするように訓練をされるし、接近戦での簡単な徒手での格闘術もカリキュラムには入っている。

通常の魔術師で2秒あるかどうかの隙でも、今回のように至近戦闘でありさえすれば、戦士や格闘の手練れにとっては十分すぎる隙といって良いだろう。

特にファンは長年の経験によって、魔術師の弱点を熟知しているため、其処に容易に付け込むことができたのだ。


そのまま――――ファンの蹂躙は続く。燃える炎を消そうと躍起になっている生徒を裏拳の一撃で海へ放りだし。またある生徒は呪文を叫ぶ間もなく喉を手刀で裂かれた。

やがて―――くずれにくずれた船上から一人、また一人と飛んで逃げる者が出始めたところで――――空に飛竜の姿が見えて、そのまま、空に飛んで逃げた生徒は飛竜に丸のみにされた。

「エディルめ。やりおるわい」

ファンは次々と飛来する飛竜の群れを見て――――ニタリと笑って見せた。


「おーおー。勢いよく飛んでやがるぜ」

エディルは港の一角でにやつきながら、飛竜の飛んでいく様を見ていた。

煙が上がってからすぐに檻から全ての飛竜を飛び立たせ、

腹の減った飛竜は今、空中で朝食の真っ最中だ。

「たーんと食えよ。お前ら」

エディルのにやつきは未だに泊まってはいない。


船上はすでに統制が取れていない状態だった。

海に逃げ込む者。必死になって上空の飛竜を撃墜しようと魔術を放つ者とてんでばらばらの行動で、魔術の高射砲も一人ではやすやすと避けられあたりもしない。

「勝ったかのう」

そんな惨状を見ながら、悠々と自分の海賊船へ戻ろうとしていると、目の前に怪我人の治療に当たっている魔術師が見えた。

まだ傷が浅い魔術士の傷を癒しているその姿は、ひどくファンの心をイラつかせた。

無言のまま、一足飛びで近寄ると――――横合いから思い切り蹴りを叩き込み、怪我人もろともに吹き飛ばした。

「ワシの戦果を減らすつもりか。阿呆が」

叩きつけられた怪我人は、一撃を受けて、死体になった。

「げぶっ―――――なんてことをするんだ・・・まだ・・・生きていたのに」

よろよろと立ち上がるその男は内臓でも潰れたのか口から血のあぶくを吐いているが――――必死に自分の身体に治癒魔術を施しているのが見える。

「人の生死を遅らせようなど、無駄じゃというに――――それが魔術士おまえらには分からんようじゃ」

ファンはイラつきが増しているのか、足元に転がっていた剣を拾い上げると、刃を指でつかんでそのまま、魔術士へと槍のように投擲して突き刺した。



「船が・・・・!沖で船が燃えている!」

今日の朝の鐘を鳴らそうと、王国の鐘つき台へ上がった所で、魔術教員のヴォン・ベネットは沖で船が炎上するのを目撃し、大急ぎで教員室へと取って返した。

「早く!早く救援隊を!」

叫ぶベネットの声に、ただ事ではないと感じたのか、すぐさま教員たちは外に出て空へと浮かび――――状況を確認し、愕然となった。

「なんてこと・・・・これじゃ迂闊にうごけないじゃない」

遠見の魔術を使って沖の状況をみれば、其処には飛竜が飛び交い、逃げ惑う生徒たちを片端から食っているではないか。

海面に浮かぶ生徒も、すでにこと切れているのか、海面にうつ伏せに浮いたままうごかない。

(どうしよう・・・・どうしよう)

医療課の教師の一人は混乱した頭を静めようと必死になったが――――鎮めようとすればするほど頭は混乱するばかりだった。

「鎮まれぃ!」

おたおたと空中でもがく彼女にむかって、下から大きな怒声が響いた。

ビックリして、下を見るとそこには、ランドルフの姿があった。

「ランドルフ導師!」

「動ける教師と生徒は、すぐに飛び立つ準備をせい。それとそこの生徒!すぐにハンナと凍太とタチアナ――――それと、総長様を呼んで来い!」

「わ―――――わかりましたぁ!」

ランドルフの指示で場が一斉に動き出す。

皆、手には杖をもって沖を見据えると――――

「浮かべ!」

一斉に自分が持っていた杖に命令を下し始めた。

すると、杖は、まるで意志があるかのようにふわりと宙に浮いて横になって静止する。

「全員!乗れ!」

ランドルフから掛け声がかかると生徒や教師たちは一斉に自分の得物に腰掛け――――

「飛べ!」

命令を下すと、一気に上空へ舞い上がって見せた。

「いいか!お前たち!相手は飛竜じゃ。遠方からの攻撃を行い一度こちらへ引き付けるぞ。仲間を助けるためじゃ!恐ろしかろうが、腹をくくれ!」

ランドルフが後方からふわりと杖に乗ったままで号令を掛けると、生徒や教師は皆一斉に頷いて見せた。

「あいかわらず、暑苦しいのう。お前は」

が――――わずかにそれに賛同しない者がいた。

ウェルデンベルグ総長と

「皆こういうときこそ冷静によ?分かったわね」

シシリー・マウセンの二人である。

「暑苦しいって当たり前でしょう!?」

「分かっておる。じゃからこうしてわしが出張ってきたんじゃろが」

ウェルデンベルグはドラゴンの首元に座っていた。

「飛竜の注意はワシが引き受ける、お前は皆を率いて生徒の救援に行ってくれ。頼む」

「先生・・・・」

ランドルフは呟きはしたが、ウェルデンベルグの指示に大人しく従うことにし、海面に浮かぶ生徒と炎上する船の上から救う手筈を次々と指示していった。

「私たちは?」

ウェルデンベルグにシシリーが指示を求めた。

「すまんが、船の消火に行ってくれんか。一人でも多く助けねばならぬ。敵がまだいるかもしれんから気をつけるんじゃぞ?」

「分かりました」

シシリーはそう言うと、三人をひきつれ船に向かって行った。

「すまぬ・・・・全てはワシの慢心であったのう」

ウェルデンベルグはドラゴンの背に乗りながら歯がみするしかなかった。

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