第95話 ぶつかり合う「転生者」達


「街中で襲撃です!」

「―――よぉし。来たね」

「黒剣」グレイス・ミュラーはこの時を待っていた。警邏を強化し、わざと奴隷市をここだけで開催させ、早三日。やっと、獲物が網にかかった事を、グレイスは柄にもなくこの世界に転生させた不思議な存在に存分に感謝した。

「あたしを楽しませてくれる、活きのいい獲物を用意してくれてありがとう」と。

「お前ら!緊急出動だ!行くぞ!」

グレイスは黒剣を背負って、ドアを威勢よく、蹴り開け、仲間を引き連れて屯所を歩く。

前に進むにつれ、後ろには黒鎧の軍団総勢50名ほどが後ろについて歩いていた。




 奴隷市場が開かれる当日、中央広場の周りの店はどこも客が来ることを見越して準備を始めていた。

今日の市は野外で開催される一等大きな競りだ。奴隷商人達や客も来る。

売り上げを伸ばそうとどこも期待していた。

警備の黒騎士は広場の隅のあたりにある檻の周りに立っていて、一般の人間はちかづけない。

そこに姿を表したのが、二人の人影であった。


姿消しの魔術を解いて、二人の人物が檻に迫る。

二人とはもちろん、皐月とトウタであった。

「皐月!存分に暴れろ!」

「相分かった!」

皐月は嬉しそうに笑い、命令を受諾した。

中央広場の隅にいた、護衛の黒騎士達はたった二人の闖入者に慌てふためいた。

「敵襲!敵襲!」

黒騎士の内の一人は騒ぎ立て、残りの5名ほどは皆、剣を抜いて二人の敵を囲むように相対する。

「膂力増加!反射速度倍増!」

トウタの隣では、皐月が自分の身体に膂力増加と反応速度増加の術をかけ始める。

対してトウタは黒騎士を見て、後ろへ一歩、右足を引き、左手を前に手刀で―――

右手も手刀にして、こちらは手のひらを上に向け、自分の心臓を守る様に胸の前へと置く。

重心を後ろ足に掛けて、足を大きく開き体重を乗せ――――前足はいつでも蹴れる準備をしておく。

上から見ると、足の形がまるでL の字を描いている。護りから反撃を想定した

L字立ち手刀構え受けニウンチャ-ソ・ソンカル・テビマッキ」の構えで有った。


ガシャガシャと黒鎧の一団が中央広場へ駆けつけ、先頭を走るグレイスは叫んだ。

「よぉし。いたぜえ! 総員抜けえ。突っ込むぞ!」

「おおおお――――!」

突撃する黒騎士の一団。突出したのはやはり隊長のグレイス。一人だけ陣から抜け出した形で切りかかったのは、先ずはトウタだった。

Yea!イエア!

肩に担いだ板のような剣をまるで重さを感じさせずにグレイスは降り下ろした。


(早い)

先ず思ったのは異様に速いスピードで何かが体のすぐ横を通り抜けたということ。

黒剣の刃だったと気づいたのはそのあとだ。

トウタはその刃を避けながら、直ぐ相手にミドルキックを叩き込んで、そのまま横に移動し距離を取った。

「残念だったね。肉に食い込ませるにはもうちょい上を蹴らなくちゃ」

グレイスは黒剣を担ぎ直し、黒鎧を自慢するように撫でた。

確かに、空いている部位は脇の下、そして股の下、首から上の三ヶ所と間接から鎖帷子が覗いていた。

あとは分厚い鎧が胴を覆っている。

「兜は?」

「あんなもん要らねぇよ。アタシの顔に入れられるもんならやってみな」

グレイスは余裕だった。


「ぐっ。一人なのになんて強さだ」

皐月は押し寄せる黒鎧をまるで苦もなく、相手にしていた。

「かかかか。帝国の黒騎士とはこんなもんか?」

黒騎士たちは皐月の動きを捕らえ切れておらず、足が止まっていた。が、

「動かねえヤツはアタシが殺すぞ!」

脅しがグレイスの口から発せられると、黒騎士たちは、また動き出し始めた。

「皐月!無理するな!吹き飛ばせ!」

トウタは、叫んだ。

騎士課は、剣を主な戦い方として撰んでしまう伝統というか、悪癖があった。

魔術は、膂力や切れ味を増す方へ回され、真正面から相手の土俵で、勝つことを叩き込まれる。

魔術で吹き飛ばし、燃やし、相手の嫌がることも出来はするが、余程の事がない限り彼らは使うことを善しとしない。

しかし、今回は相手の数が多いのだ。

魔術を使わないのは、不利を招くに違いないとトウタは考えていた。

しかし、皐月は従おうとはしなかった。

「いいや。相手に不足なし!」

ますます、皐月の剣が相手を切り伏せる速度が上がる。

「トウタ殿も油断なさるな!そちらは任せまする!」

皐月はそういうと、黒騎士たちを一旦遠ざけ――――そして檻のカギを破壊した。

「!」

カギが壊れ、中にいた奴隷たちは、死んでいた目に再び光を取り戻し始めた。

「まだ出るな!今はこの檻の中に居れ!すぐにお前らの仇を取ってやるでな。そして奥のケンタウロス二人!シュティーナがすぐそこまで来ておる。勝手に逃げるでないぞ?!」

皐月は檻の扉を背にして、大声で叫ぶ。

檻の中からは歓声が上がった。


「けっ!ずいぶん吠えるじゃねぇか」

グレイスは不満そうに口をゆがめて見せた。そして、トウタに

「退けよ。ガキ。あっちの方が面白そうだ」

といって踵を返そうとした。が。

突然、足が動かなくなり、グレイスは横目でトウタを睨みつけた。

「コイツぁ何の冗談だ?」

「相手にならないのはお前だよ。黒騎士。お前の相手は僕だ。かかってこい!」

くい――――と指で掛かって来いと仕草をすると――――グレイスの顔は怒りで見る見るうちに歪んでいった。

「いいだろう。ガキが。もうお遊びじゃ済まさねぇからな.

覚悟しろよ?!」

グレイスの足がゆっくりと前進を始める。

制御魔術で、体自体を重くさせているにもかかわらず、目の前の黒騎士は大きく刃を振りかぶって――――ぶんと振って見せる。

速度はやや落ちていたが、それでもまだまだ速い。

「ぎゃあ!」

黒剣が黒騎士のうちの一人を薙いだが、グレイスは気にしなかった。

「…仲間が巻き込まれても、お構い無しか?」

トウタの目付きが厳しくなる。

「巻き込まれる方が悪いのさ。さぁ、次はお前の番だぜ?」

「ああ、やっと分かった。お前は倒すだけじゃ駄目だ。全力で潰してやる」

ゾワ…

この時グレイスは、何か背筋が凍りつくのを感じた。が、熱くなった血がそれを凌駕したために彼女は、一瞬にしてそのことを忘れ去ったのである。


2


 フリッカージャブを二度、1度めは、顔の下へ。2度目は指を伸ばし目を狙う。『目打ち』という反則技だが、今回トウタは自分の持つ全てで勝つことを決めた。

(相手は仲間を仲間とも思わない屑だ。なら、容赦は要らない)

よって反則技も使うことにためらいはなかった。

だが、そうしても、尚、グレイスは倒れない。目からは目打ちで裂けたのか、血が出ていた。

「ハッハー。目つぶしか。上等だ!」

目を確かに強かに打ち抜いた筈であるのに、「黒剣」を振る速度は下がりそうもない。

ぶぅんと、風切り音が通り過ぎていくたびに肝が冷えた。

まるで、相手の剣はMLBの全力フルスイングのよう。

当たれば、トウタは吹き飛ばされて、一発で終わり。そんな速さである。

(魔術は創意と工夫なのよ)

トウタは、シシリーの言葉を思い出し、アプローチを変えることにした。

グレイスが倒れないなら、黒剣をまずは無効化する。空気で逆風を黒剣へ纏わりつかせ、

黒剣の抵抗を増したうえで、今度は自分の体の重みを倍に増やし、当り負けをしない様に工夫した。

そうすることで、グレイスの鎧は徐々にだが、蹴られたところを凹ませて行く。

「ああ!?」

グレイスも蹴られる内、衝撃の具合が大きくなっていることに気が付いたのか、2,3度顔をゆがめて見せる。

(効き始めた。仕掛け時だ)

相手の顔が「歪み始める」のをトウタは見逃さない。

 相手の弱っているときに、一番嫌がる攻撃をするのが最も効率がいい。これは試合勘で得た特技であったし、大体の事柄において通用する。

 

 ともあれ、トウタは攻撃のギアを一段上げ、蹴り足を降ろさず、蹴撃を頭、肩にあてつづけた。

横に横にと移動しながら当てて、相手の攻撃を少しずつずらし、タイミングをずらす。

相手の前にはなるべく立たない様に、ポジションに気を掛ける。

相手も相当にやり難いのだろう。イライラしているのが手に取るようにわかる。

「うざったい脚だね!」

グレイスは足を開いている手でつかもうと手を伸ばしたが、べしり――――と

指先を蹴られて腕を引っ込めた。

「よくそんなにクネクネと足が動くもんだ」

黒騎士グレイスは黒剣を担ぎなおし、一段と腰を深く落とした。

(組みついてくる気か)

トウタには相手の出方が読めた。

 焦れて、なかなか捕まらないコチラを組み伏せて、グラウンドで仕留めようと考えているに違いない。

(組みついてきた瞬間に極める)

トウタにも対組技用の技がある。

「いいよ。来なよ。相手になってやる」

トウタにしては珍しく、相手を挑発した。



 トウタの意図している技は相手の突進を止め、サイドチョークを極め、その後、足裏や踵を相手にめり込ませると言うものだ。

上手く決まれば相手は逃げられないうえに鼻っ柱を折られて潰れ、同時に喉を締められる。

しかし、とんでもないパワーの相手だと、そのまま背筋だけで持ち上げられ「投げ」をうたれてしまう。

そう成らないためにも、鼻を確実に打ち砕き、魔術で足のアキレス腱を切り、無効化しなければならない。

失敗すれば、組み付かれてパワーで押し切られるのは目に見えていた。

 トウタは、足を入れ替え《スイッチ》し、片足を腰まで上げて、フラミンゴスタイルで相手を誘う。

そして、相手が一瞬に体制を一気に沈めて、腕を伸ばしてきた。

(いまだ)

相手の指がかかる寸前で、トウタは脚をさらに上にあげ、相手の延髄に落とす。

そしてそのまま、相手の伸び切った首に左腕を絡ませた。

「がっちりとロックした」感触が腕に伝わる。

「―――ふっ!」

そしてそのまま、息を吐き、軸足とは反対の開いている右踵を相手の顔面にめり込ませた。

ゴスンと、確かに顔を打ち抜く踵。

「ぎゃぶ!」

黒騎士から、無様な悲鳴が上がる。

しかし、そこでトウタは止まらない。

投げを打たせないために、右手の手刀に風をまとわせ、アキレス腱を切断しようとしたところで、

「はなじやがれぇ!」

相手が暴れ初めて狙いがずれ、結局、アキレス腱ではなく膝裏を大きく裂く事になった。

「ぐぁぁぁ!」

相手が悲鳴を上げて、のたうつのを、トウタは堪えようとする。

持ち上げられるのだけは避けなければならない。

相手を止めるためにはどうすればいいか。

(やりたかないが―――――グラウンドで落とす!)

こうなったら仕方がない。

テコンドー使いとしては立ち業で仕留められない事は、最悪のシュチュエーションではあったが、この時トウタの頭には相手をグラウンド締め上げ、失神させることしか思い浮かばなかった。

そうしなければ、負けてしまう。

そして、負けることが出来ない以上、他に選択肢は残されていなかった。



トウタは一瞬で判断を決すると、

相手の腕を開いている手で捻り、後ろに倒れこむようにして尻もちをつく――――相手の首をそのまま伸ばすようにして締め上げた。

「がっ―――ぁ!」

相手は脚に力が入らないのか、そのままトウタを押しつぶすようにして倒れて、しばらく暴れる。しかし、トウタの細く引き締まった腕はグレイスが暴れれば、暴れるほど喉に食い込んでいく。

「落ちろ!」

「はなぜぇ!」

お互いにグラウンドでせめぎ会い。そして

やがてグレイスの動きが止まり、力が抜ける。

(クッソ!アタシは無敵のグレイス様だ…負ける…わけが…)

グレイスの思いとは逆に、意識が遠のいて行き、やがて目が完全に白目を見せて、口からは舌が出たまま――――彼女は失神していた。

(勝った…のか?)

トウタもまた、首をサイドチョークで締め上げたままのかっこうで半信半疑の状態だった。

(立ち業で勝てなかった…まだまだって訳か)

立ち業で勝てなかったことが心に重くのしかかる。

「今回は僕の負けだな」

トウタは黒騎士の首を絞めたままの姿勢でポツリとつぶやいた。


脱力した人間はことのほか重い。

首を離して這いずり出ると、黒剣を遠くへ蹴り飛ばし、制御魔術で相手の自由を奪った。

施錠の魔術の応用で、魔術で関節をロックするのだが、術式が複雑で多少の時間を要してしまうために相手が動いていないときにしか使用できないのが難点だ。

しかし、これで相手は動くことができない。

トウタは次の黒騎士へと襲い掛かった。




「ぉぉぉぉぉ!」

グレイスが動かなくなるのを檻の中で見ていた奴隷達は一斉に歓声を上げた。

檻の前で必死に切り結んでいた皐月はニタリと笑ってこう叫んだ。

「お前たちの頭は、どうやら負けたようだ」

と。

黒騎士たちは一斉に振り向く。

自分たちの隊長がぐったりとしているのを見ると、負けを悟ったのか逃げようとするものが出始めた。

しかしトウタがそれを邪魔をする。

ここで、一人も逃がすつもりはなかった。

「助けてくれぇ!」

「奴隷たちは何度もその言葉を言ったはずだ。お前らはそれを無視したんだ!」

跳び前蹴りティミョ・アプチャプシギから掛蹴りコロチャギで吹き抜けた足が相手の後方から、戻り後頭部にヒットする。

「俺らはグレイスに命じられて仕方なくやっていただけなんだぞ!」

「仕方なく?そんなウソ誰が信じる!」

サイドに回り込んで横蹴り上げヨプチャ・オルリギで顎の下から踵を跳ね上げ。

「ガキが!切り殺してや――――」

「アタァ!」

突っ込んできた相手に飛び蹴りで粉砕した。


「さぁ逃げるぞ」

檻から奴隷達を逃がし、中にいたケンタウロス2人を連れ出し、皐月は二人に姿消しのローブを渡そうとした。

「東側に門がある。姿消しのローブがあれば脱出できようぞ。早くいけ」

「乗ってください」

ケンタウロスの一人。そばかすの方がが申し出た。

「体が弱っておろう。無理をするな」

しかし、皐月はその申し出を良しとしない。

「弱っていてもケンタウロスです。貴方たちを載せること位はできます」

「載せてもらおう?」

トウタは申し出に従うことにした。

このままここに残っているわけにもいかない。

黒騎士たちの掃討はすませたが辺り一帯は、騒ぎでごった返している。駆け抜けられるなら、その方がいい。

「ここから東門までゆっくりでいい進んでくれ。もし邪魔が入れば、僕らが手を打つ」

「ええ」

トウタと皐月は一人づつが分かれてケンタウロスの背中に乗ると、

姿消しのローブをケンタウロスへ被せる。

ローブを被らされたケンタウロスの姿は見えなくなった。

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