第94話 ケンタウロス奪還作戦


最近、彩花の耳によくはいる情報がある。

それは、東へ進めと、いう合言葉であった。

合言葉は、日雇い労働者や、奴隷達の間でよく流れているらしい噂だということも分かってきた。

(噂は噂だが…)

噂の出所が限定されているように感じて彩花は首を捻る。

(妙に他意を感じるねぇ――――情報操作って奴かねぇ)

あまり人の事には関心を持たない彩花だが、そのくらいは知っている。人が自分の思う方向へと、他人を誘うやり方だという事も。


トウタ達は、南の大陸の拠点で、奴隷市をいくつか潰し、売られる奴隷達を助ける事に成功していた。

代わりに、逃げる先で噂を流すことを奴隷達に最近は条件を付けてもいた。


「噂を流せって言うんだ。それくらいなら簡単なもんさ。みんな了承したよ」


彩花の前に居る、元奴隷だという少年は、酒を飲みながら、視線を合わせずに語った。

(うまく考えたもんだ。奴隷のなかには噂を流す位なら喜んでするやつだっている。奴隷市から解放されたら、奴等はきっと黒騎士どもに仕返しをするだろうね)

今は、起こっていない様だが、そのうち黒騎士隊の誰かが奴隷に殺される。

サイカはそう予測し、そして、その予測は当たる事になった。



 ミライザは故郷のヒュプトゥナで交渉を行い、成功して――――サンタリオーネへ行き先を変えた。アナトリーからランドルフが消えたとの連絡を受けた為でもある。


「ここで合流するはずなんだけど――――もう五日も会ってない。何かあったのかも。探さないと」

 サンタリーネの入り口にある大きな木の根元で、ミライザとアナトリーは横並びに座りながら話をしていた。


「南の大陸で、奴隷たちが解放されてる?」

 ミライザはこうして、ランドルフを探すことになって、手当たり次第に情報を聞いていくうちに、元奴隷だという男から、話を聞くことができた。

「ああ…俺も売られる一歩手前まで行ったんだ。だがな、おかしな奴らが奴隷市に突貫してきてよ。あっという間に檻をぶち壊して、奴隷商は顎を蹴られて、ぶっ倒れちまった。で――――そいつらは、去り際にこの紙を残していったんだ」

男は

「起きたことが信じられなかった」

と始終言っていたが、ミライザとアナトリーには犯人が誰だか目星がついた。

恐らく、トウタ達に違いない。

目の前に置かれた紙には

「奴隷たちよ!東へすすめ!」

と書かれている。

散発的に奴隷市が潰され、黒騎士たちも監視を強めているらしいが――――それでも「謎の奴隷市つぶし」は捕まっていない。

それどころか、黒騎士団の中でけが人が出ているというのだ。

「帝国は、国境警備に忙しいってのにな。余分な人員を割かなくちゃ行けねぇ。おかげで、俺はこうして逃げ出すことができたってわけさ」

戦線が伸び切り――――団員に限りがあるために、国境の警備は、相当に手薄になっていると男は語った。



その頃、ランドルフも、南の大陸の国境の町に身を潜めていた。

「誰だかわからんが、いい頃合いで事件を起こしてくれた」

ランドルフはローデリアの蒸気機関を爆破した後、南の大陸へと逃げほとぼりが冷めるのを待った。

だが、ローデリアの技術院が新たな蒸気機関を作っていないことを、彼は確かめたくて気が逸っていた。

今、蒸気機関を復活させられては困るのだ。もし、しぶとく復活をしようとしているなら――――今度は技術員も殺さなくては。とランドルフは考えていた。

(世界をあるべき姿に、もどさなくてはならん)

老人は黙って部屋の天井をにらみつけていた。




「ケンタウロスが居るのを発見しました」

ドーラが放った言葉は、シュティーナを震わせた。

「どこだ!」

ガシャリと王国製の特注義足が音を立てる。

「「フォッサ」の奴隷市です。内ケンタウロスは二人。黒髪と茶髪でした」

「黒髪と茶髪――――顔は?茶髪にはそばかすが、なかったか?」

シュティーナには思い出す顔が二つあった。

(ステフとユエインだ。海峡を渡るまで一緒にいた。逃げられなかったのか。しかし、生きていてくれた)

シュティーナにはそれが一番の吉報だった。

「「フォッサ」へ行こう」

「あそこは特に岩盤が固くてなあ」

ノームはまいったと、肩をすくめて見せた。

「地中からはいけないってこと?」

「いつもみたいにはいかんよ。やわらかいトコにでにゃあいかん」

「降下するしかないでしょう」

「――――ええ。またヤルの?」

トウタは高所からの降下訓練だけは苦手だった。これだけは何度やっても慣れない。

「音を立てないように、地面を一瞬柔らかくして着地。上空までは、私とドーラが運びます」

「人員は?」

「降下には、体重が軽いこと、近距離戦が得意なことが絶対条件ですので、皐月、トウタ様です」

「シュティーナは?」

「追手を、防いでもらいます。できますね?」

「ああ!仲間の為だ。無論だとも」

「無茶だよ。シュティーナだけじゃ足りない。」

「もちろん。バックアップにイリスとノームを付けます。あとは私も。皐月とトウタ様は降下後、敵を殲滅し、ケンタウロスを街の外へ。皐月――――何としてもトウタ様を守りなさい」

「承知した」


こうして、「ケンタウロス奪還作戦」は始まろうとしていた。



「いいぜ。あたしが出てやる」

「黒剣」グレイス・ミュラーはニヤニヤしながら、さも面白げに言った。

「隊長!?」

「ああん?」

「「フォッサ」には必ず、「奴隷市つぶし」が来ます。それでも行かれるので?」

「だから行くんじゃねぇか。分かってねぇなぁ」

とグレイスは呟いた。

「ツイストは相手が居なきゃ始まらねぇ。久々においしそうな獲物じゃねぇか。食いごたえがあるといいがな」

嬉々として言う黒騎士たちの隊長に、いまさらながら周りはゾッとした。

勝てると思い込んでいる。疑ってもいない。先の戦いで一人のババアを仕留めそこなってからというもの、グレイスは勝つことに飢えていた。

最近は護衛だの小鬼つぶしだのやることはたくさんあったが――――グレイスにとってはちんけな仕事だった。

目がぎらついている。

「「奴隷市潰し」はあたしの獲物だ」

『黒剣』グレイス・ミュラーは、自分の嗅覚を頼りに、フォッサへと向かったのである。



上空に低い雲が立ち込める明け方にトウタ達はヴェロニカとドーラに運ばれてフォッサの上にいた。

「寒ィィ」

上空の温度はいつにも増して冷え切っていて、吹きすさぶ風がトウタ達を苛む。

目を守るために新調した安物のゴーグルが寒さで白く凍っていた。


イリスとシュティーナはフォッサの街の外にノームの作った地下壕を通って待機している。

あとはヴェロニカとドーラがトウタ達を落とし、自分たちもシュティーナの側へ行けばいい。

「そろそろです。準備はよろしいですね?」

「いつでも」

「嫌です――――って言ってもダメでしょう?」

「分かっているではないですか。貴方は王国の貴重な資産であり、一個の戦力です。いまがその使い時。義務を果たしてください」

そう言われてしまっては、トウタは言い返すことができなかった。

「王国入学時の義務」がトウタの頭によみがえる。

「―――ヴェロニカのバカ」

「悪態はそれだけですか?落としますよ。ご武運を」

ぱっと、うでを開き、ヴェロニカはトウタを抱えていたのをいきなり手を離した。

「ぁぁぁ―――――」

見る見るうちにトウタが下に落下していく。

続いて、ドーラに肩をハーピーの鳥足に、つかまれたままの皐月も落とされる。

「しからば――――参る」

同じ落ちるにしても、賢狼族の娘に今日もぶれはなかった。



(下から上へ風を吹かす。そして――――着地点を一瞬軟化させる!)

落下しながら、構成を編み展開すると、意外なほど落下速度は弱まった。しかし、速度が0になったわけではない。下には硬い地面が待ち受けている。

下手に足を着いてしまえば、捻挫どころか、骨折、脱臼をしてしまう。足にダメージを追うことはトウタにとって致命的なことと言えた。

一方、皐月の魔術アプローチは自分の体重を限りなく軽くする。そんな方法がとられていた。

(わが身を羽のごとく軽く――――信じよ)

魔素を通じて自分の体重を羽の様に軽くしていく――――と途中から落下速度が見る見るうちに落ちていった。

隣を、トウタが落下していくのが見える。構成を見るに彼は逆風で落下速度を落としているのだと知れた。が―――風に舞い戻されながら必死に落下地点を、軟化させようと構成を編んでいることも知れた。

(3並列術式でござるか――――拙者には出来ぬな)

3つの構成を並べて、違った事象を起こさせるといった出鱈目な魔術の処理を若干12歳の子供がやってのけている事実を、皐月は受け入れざるを得ない。

(どれだけ頭を使っているのでござろうな。相当に負荷も高いはず)

魔痛症の事もある。皐月は正直トウタの事が心配でならなかった。



――――朝方、酔っぱらった足取りで黒騎士団の屯所へもどる途中で彼女はエミリア・ガレットは同僚二人と戻るところで、突如、足元がぐにゃりとした感触に代わって、彼女と同僚のココットはバランスを崩し地面に転がることになった。

「あるぇ――――痛くない」

ココットが尻もちをついて、不思議そうに地面をなでているのを、横目でエミリアも見ながら、ふと痛くないことに気が付いた。

「ほんとだ。ふかふかしてるぅ」

酔いのせいなのか、それとも本当に地面がふかふかになったのかは彼女たちにはわからない。が。

きゃははは、と朝方わめいている酔っぱらいはすぐに、静かに眠ることになった。

一人は皐月のみねうち、もう一人はトウタにフロントチョークスリーパーホールドを掛けられ完全に意識を失ったためである。

「締め技もできるので御座るな」

「結構、いろんなことができるんだ。この武術はね。なんなら寝技から始めてもいいよ。そこから抜け出す術もある」

(本当にできそうで困る)

トウタのニヤリとした顔に、この時皐月は冷や汗をかいていた。

2人は姿を見えない様に魔術で細工をし、そのまま街中へ歩を進め、まだ夜の明けきらない中を走っていった。


「トウタちゃんたち大丈夫かしら?」

イリスはノームの作った坑道を通ってフォッサの近くへと、伏せていた。

シュティーナも後ろに居て、今は装備を確かめているところである。

今回の「ケンタウロス奪還作戦」に際して、王国から取り寄せたモノが2つある。一つは姿消しのローブ。そしてもう一つは、王国科機工課特製のシュティーナ専用の上半身鎧と装備一式だ。

「軽いな。だが――――強度は申し分ない」

帯剣にランスが一振り。騎乗盾を背中に背負っている。

シュティーナは今回盾役を務め無くてはいけない。その為にと王国から特別に魔術をほどこされた鎧と盾そして、装備を与えられたのだ。

「トウタが上手く中から仲間を逃がしてくれれば、あとは何としても守り切って見せる」

シュティーナは同族を助けられるとあって鼻息が荒かった。

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