第52話 仙人の試練

「お前はここで待っていな」

そう言って、雲を呼び出して、飛び乗った心玲シンリンはくもの上から胡坐をかいたままハンナにそう指示をした。

「家の中の者は自由に使うといい。飯もすきに食いな」

それだけ言って、心玲シンリンは颯爽と雲に乗ったまま――――北の空へと消えて行った。

(飛天の術とかいってたっけ・・・・魔導独特の術よね)

消えて行った空を見上げながら、ハンナは心玲シンリンの魔導術に思いをはせた。王国の魔術とは違う。自然の力の助力を得て、事を成すのだという魔導は、

事象を強制的に自分の望む姿へ作り替える、魔術とは違う考え方なのだと改めて思う。

(まぁ、あとは、心玲シンリンさま任せにするしかないか)

こうなってしまっては、ハンナはここで待機する以外にはない。最近ゆっくりも出来ていなかったし、良い休暇だと思う事にして、山小屋で待つことにした。



「町長ぁー。お客様ですぅー」

夕食どきに自宅で紗枝、凍子とともに食事をとっていた雪乃のもとにもたらされたのは町の門番からの間延びした声だった。

「なんです?お客?」

箸を置き、席をたって玄関へとむかうと、そこには見知った顔があった。

鴻偉心玲ホンウェイ・シンリン。『東の仙人』が何の用です?」

平静を装いながら、足に力を込める。何かあれば、一撃を叩き込むつもりで。

「久しいね。雪乃。すっかりおばあちゃんだ」

「あなたに言われたくはありませんよ。すでに相当な歳でしょう」

二人の間に妙な空気が流れ始めた。が――――均衡を破ったのは心玲だった。

「まぁ、それは横においとくとして、今日は「凍太」という人物について尋ねたいことがありましてね」

「ほう?うちの孫がどうかしましたか」

「――――孫?お前、結婚もしていないでしょう?」

「正確には、凍子の子ですが」

「くわしく、聞かせてもらいたいねぇ」

「いいでしょう。上がってください」

そう言って奥の客間へと通す。

夕飯が並んでいる膳をまえにして、心玲は腰を下ろして、しれっと自分の分も要求した。

「厚かましいですね。まぁ、いいでしょう。――――紗枝。東の仙人の分も用意してあげなさい」

「かしこまりました」



「まず、何から話したもんですかねぇ」

客間に通され、雪乃がぼんやりと呟いた。

はい、はい と凍子が手を挙げているのを無視して、雪乃は夕飯を食べながら話を進めて行こうとした。

「彼女、何かしゃべりたそうだけど?」

「よいのです。凍子から話すより、私のほうが客観的にはなせますので」

「そぅ」

凍子は雪乃の発言にぶーたれる。が雪乃は、話を長引かせたくない思惑もあって自分が話すと決めていた。

「凍太は捨て子でした。拾ったのはそこに居る凍子です」

鳥の揚げ物を食べながら、雪乃は説明を始めた。

「種族は人。雪人ゆきびとではありません」

「お前は人を嫌っていたはずでは?」

「凍子がどうしてもと言うのでね」

雪乃はやれやれといった様子で首をふった。

「あの子は、覚えが異常なほどに早かった。何もかも、普通の倍、いや3倍の速度で吸収していきました。子供のころに勉学を教えていたのは、この紗枝です」

「紗枝です。乳母と教育係でございました」

頭を下げて見せる紗枝。

「紗枝さんとやら。率直に聞きますよ?教えていて凍太とやらに危険な思想などは見受けられましたか?」

「いえ。危険な思想などはなかったはずですが、幾分、「聡すぎる」かとは思われます」

「あのですね!凍太はとっても頭がいい子なんです!」

横から凍子が聞かれても居ないのにしゃしゃり出た。

「凍子?」

ギロリ。

雪乃が、睨みつけると凍子は一瞬で黙り込んだ。

「まぁ良いではないですか。凍子さんとやら、母の目線で構いません。凍太について意見を」

「はい!えっとですね!凍太は私が拾って育てたんです。今もとってもかわいいんですけど、昔はもっとかわいくてですね!」

そこから、凍子の子供自慢が続く。

喋れたのはだいぶ他の子と比べて早く、魔術の習得も早かったこと。運動神経もよい。知識の吸収もよかったこと。

「ふむ。相当に能力が高いようですね。ですが、いかんせん早熟過ぎる」

凍子の会話から聞く人物像を想像する限り天才としか思えない子供の姿が

心玲の頭に想像される。分別はある子の様だが。

「早熟。やはりそう思いますか。心玲」

「ええ。悪い子ではないようですが。今一つつかみかねますね」

「まぁ、そうでしょう。どうです?つかみかねているならば、自身で確かめるのが早いのではないですか?」

雪乃が提案する。早く出て行け。と雪乃の目は語っていた。

「それもそうですね。邪魔しました。あとは自身で確かめるとしますよ」

心玲はそういうとすっと立ち上がり、そのまま、雪乃の屋敷を後にした。

(ただの子供でないこと、加えて、親が誇張している可能性はあまりない。こうなると――――自分の目が頼りですね)

心玲は再び雲を呼び出し、飛び乗ると、今度は、一路、凍太がいるという港湾都市アポトリアを目指し飛び去って行った。


アポトリアの手前で雲から飛び降りた心玲は変化の術で、わざと薄汚い老女へと姿を変えて見せた。

(この汚いなりの私にどういう態度を取るか――――見せて貰おうか)

心玲は心中で、凍太を試すことにしていた。

人から聞く人物像はなかなかのものだが、物乞いに化けた自分をどういう風に扱うのか、見てやろうというのである。

実際、心玲の変化した老女はかなり汚い。饐えた臭いもしているし、見かけもかなりひどい。普通の人間なら何も言わないで知らんふりを決め込むだろう。

もしそんな態度を見せれば、ハンナとの話はなかったことにしてやるつもりでもいる。

(合格ラインは――――仁徳(やさしさ)を見せられるかどうか。にしようか)

物乞いに仁徳を持って接するのは、かなり難しい。7歳の子供であれば逃げ出すか――――距離を置くだろう。それが普通なのだが、心玲の魂胆はその先にある。

『己が嫌がるものに対して、どうやって折り合いをつけるか』だった。

自分を律して、仁徳を持ち、弱者に接する人物でなければ、合格と認めるわけには行かなかった。

魔術士または道術師はすべからく、仁徳をもち、自分を律していけるものが成らねばならないと心玲は思っているが、その考えは世間一般には広められていない。

自分の考えと世間の考えの乖離を知ってからは、心玲は霊山「ヒラルクー」へ籠る様になっていた。

(ここらでいいかね)

アポトリアの裏路地から表通りに面する一角に隠形の術をもって忍び込んだ心玲は、周りにいる物乞い達に習って、道行く旅人や、住民にモノを強請り始めた。

「――――お恵みを」

椀をもって、何かが恵まれるのを待つが――――誰もかれもが知らんふりをして前を通り過ぎる。

小一時間も立った時だった。

通りの先から袋に買い物のモノを詰めて歩いてくる子供の姿が見える。

その子供はローブで見は隠してはいたが――――指輪が小さな手にキラキラと光っているのを心玲は見逃さなかった。

(ホウ――――アレかい)

きっとあれに間違いない。あの指輪はハンナの指に在った特務員の指輪と同じものだし、子供がそうそう身につけているものではないから。

心玲は通りに進み出る様にして子供に近づき、何度かやった同じ言葉を子供に投げかける。

「――――お恵みを」

子供は心玲に気が付いて、視認すると、眉をしかめ、鼻をふさいだ。

においがきついのだろう。この対応は仕方ない。

かまわず、心玲はもう一度、同じフレーズを吐き出す。

子供は少し心玲を見て、やがて通りの奥へと歩いて行ってしまった。

(やはり、普通の子供か)

理知的に見えたが、他の子と何も変わらない。普通の取るに足らない人族の子だと落胆していると――――しばらくしてから、さっきの子供がパンを抱えて歩いてきた。

「初めての人だよね?コレあげる」

そう言うと、子供は持っていたパンを心玲の椀の中へと入れ、他の物乞い達にも手に持っていた袋からパンを分けて行くのが目に入った。

「はい。マッコイさんも。今日は寒いから気を付けて」

「はい。そっちのおじさんもどうぞ」

(なんだって?)

それどころか、子供は物乞い達に何かを話しかけ、何かを物乞い達とやり取りをみせた。

周りに居る物乞いは3,4人で、そのどれもに子供は分け隔てなくパンを与えて行った。

(信じられないね。物乞いに優しくするなど何も得がないだろうに)

心玲はまだ、信じてはいなかった。

そこで、もう一押ししてみる。

「お前さん。こんなことをして何の得になりなさる?」

心玲は老婆の姿のままで目だけを陰険にしてすごんで見せた。すると。

「得なんか考えてないよ。言っちゃうとね。いまはみんなの生活を底上げすることが大事だと思うから、出来る範囲でパンを分けてるんだ」

そんな答えが子供から帰ってきた。

「とりあえず、ご飯は大事だよ。お腹膨らましてからじゃないといい考えも浮かばないからね」

(やれやれ、損得は貫きか。こいつは一本取られたね)

心玲は胸中でおてあげだった。

予想でいえば、裏で王国が食料を配給しているに違いない――――が、それは、この子供とは別の話。

子供の心根は真っすぐなもので他意は感じられなかった。

心玲は、目の前の子供の行動を「シッカリと自信を律する」ものだと見て取り、こう続けた。

「お前さん。名前は?」

「? 凍太だよ。おばあちゃん」

「凍太か。いい名前だね。ありがたく、パンは貰っておくよ」

こうして、凍太と心玲の顔合わせはひとまず幕を閉じたのであった。



「なかなか見どころがあるじゃないかあの子」

心玲は自分の山小屋に帰って、ハンナに言った言葉はそれだけだった。

「どうしたんです?一体」

ご機嫌な様子で帰ってきた心玲をハンナは問うたが、心玲は何も答えなかった。

(王国に育てさせるのはもったいない子だね)

心玲はそう思っていた。ウェルデンベルグの下に居させて、魔術一辺倒の王国の手先にしてしまいたくはない。

あの子は自分の下で「魔導」と「道」を教え込み、育っていく姿を見てみたくなったのである。

「こいつを持って行きな」

漢服の袖元から一握りの袋をハンナに渡す。

「これは?」

「お前が欲しがっていた魔食植物の種さ。中に入っている種の半分ほどを使いな。さもないと、畑に植えた植物まで駄目にしちまうからね」

「ありがとうございます」

ハンナは種を受け取ると鞄にしまって魔術で鍵を掛けた。

「さぁ、早く戻ってリヴェリを復興させな。ああそれと・・・・この包みを凍太に渡しておくれ」

中を確認する―――追加で手渡されたのは布で包まれた木簡だった。

「中を確認しても?」

「かまわないさ」

木簡を開く。と中には入山許可が心玲の名義で書いてあり、この者の身分を東の仙人 心玲の名のもとに証明する と書かれてあった。

「何考えてるんですか。心玲様? 彼は王国の特務員ですよ。月狼国の霊峰「ヒラルクー」に入山させるなんて無理です」

ジト目になった、ハンナは木簡を返そうとした。

「そうかい?じゃあ種も返しな?」

心玲はーーーー 木簡を凍太に渡すことが条件だねーーーーと、後付けで付け加えた。

「それに入山を許可するだけだ。来るか来ないかはあの子の自由さね。さ、分かったらとっとと帰りな」

心玲はそう言って木簡をハンナに押し付けると、手を一度だけパンと打ち鳴らす。

一瞬でハンナの周りの世界が暗転し、次の瞬間には、リヴェリの街の入り口に転移をさせられていた。

「はぁ――――全く困った仙人様だこと」

良く晴れた天気の元で、やれやれといった感じでハンナはうな垂れるしかなかった。

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