第51話 東の仙人

「凍太ちゃん。うまくやってるかしら」

ハンナ=キルペライネンは日差しの中、麦藁帽を被りながら日差しを睨みつけた。

今日はリヴェリの土壌探索と言うことで、町の外れにある休耕地を訪れている。

人員は町から選抜した男女50人と科機工課の10人である。

「随分荒れてるわよね。長年使われてないのかしら」

ハンナは土壌を手で救い上げて、土に栄養がないことを見るや、科機工課を何人か呼んで何かを話し始めた。

「ハンナさん。なにしてるべぇ」

「土っこさ、弄って農地として使えるか見てるんだと」

街の女集があつまって雑草取りを行いながら、ハンナを話のネタにしていた。

「あそこらは一回火が燃えたはんで、農地としてはどうだべかね」

「だげっちょ。すんげぇ草だない」

「だんれも使うひとがいないさけ、しょうがねぇ」

「はは。んだんだ」

そんなことを女集が話していると――――後ろからハンナが声を掛けて来た。

「なーんだべぇー?」

「おばちゃんたちそこどいて―――いまから耕すからぁ―――」

手を振ってどくように指示をするハンナの意志をくみ取って女集は農地から退避する。

みやると、科機工課の生徒が農地の両端に等間隔で並んでいる。

科機工課の生徒たちが何やら、二言三言叫ぶのが聞こえ――――

やがて土が盛り上がる。

「なんが、土っこさ。盛り上がってきたど」

「んだ。おっぎぐなって―――――あんれまぁ!」

女集が声を上げる。あっという間に農地の端に5体づつのゴーレムが出来上がっていた。

「始めて!」

ハンナが合図を掛けると、ゴーレムが一斉に動き出し、土を掘り返して進んでいく。

人の手では退かせない大きな石などを除去する為だった。

操つられているどのゴーレムも統率のとれた動きを見せていた。

「あら、あれ。男衆だ」

ゴーレムの後ろから並んでついていき鍬で畝をつくっていくのは町の男衆だった。

暫くすると、荒れた草ぼうぼうの農地は掘り返され、柔らかい土壌が顔を出すまでになっていく。


「しっかし、魔術は便利だない」

「あんれ、おめさん達が動かしてたんか?」

「ええ。あれはゴーレム。魔術で創り出した人形です」

科機工課の生徒が休憩を取りながら、街の人々と昼食をとっている姿はとても和やかで――――ハンナは休憩所の屋根の下で、それを見ながら、休憩をとっていた。

(そんなに土は悪くない。これなら種さえ手に入れば、行けるかもしれないわね)

土壌は決して悪くはない。やせ細っているだけだ。

(アレが使えるかもしれないわね)

ハンナが思いついたのは「魔食植物」だった。


「魔食植物」はもともと荒地などに生きる態勢を持ったモノが多い。

少しの水と空気中に在る「魔素」を吸って体の中に養分を生成する。養分は主に根に蓄えられ、「魔食植物」の体内で、糖分と水に変化する。糖分を蓄えた根は横に長く地中を伸びる性質を持ち、土の中を自力で掘り返していく性質を持っているため、自然と土壌が柔らかくなることが多い。

一定距離を伸びると、「魔食植物」は体内にため込んだ糖と養分を土壌に放出し、他の植物にも吸わせて育生させる。

そして――――他の植物が育ってきた頃合いになってから、再度根を伸ばし他の植物から栄養を吸い取って自分も第二成長段階へ移行する性質があった。

ハンナが狙っているのは、根から養分を放出する段階までで、頃合いをみて

「魔食植物」を抜かなければならないが、短期間で土壌を改良するには効率がいいように思える。

「ねぇ?王国の倉庫に魔食植物の種ってなかったかしら?」

近くにいた科機工課の生徒に聞いてみると

「在ったかもしれませんけど、持ち出すには許可がいりますよ?」

そんな答えが返ってきた。

「許可かぁ。倉庫管理者はカロナール教師だっけ?」

「ええ。あの石頭です」

「カロナール先生かぁ。めんどくさいわね」

カロナール女史は王国の管理局に勤める、ある意味でとして有名だった。

彼女は、目的がなんであろうと、理屈がしっかりとしたものでなければ持ち出しは許さない。

ただ、復興に使いたい、というだけでは無理。期間や数、必要書類を書いて出すなどをしなくてはならない。が―――――今のハンナには時間がない。

「月狼にいる仙人なら、安く売ってくれるかもしれない」

「えー、山の上にいる大仙、鴻偉心玲ホンウェイ・シンリンですか?確かに、カネを積めば大抵のものは売ってくれるらしいですけど。相当、偏屈みたいですよ?」

「平気じゃないかしら。一回会ったことあるし。」

子供のころ、ランドルフに連れられて行ったことがあるのは確かだった。

珍しい薬草や、魔食植物の亜種などを山奥深く分け入っては、みずから採取し、薬として調合、月狼国各地へと売り歩く行商人のようなことをしていたはずだと記憶はしている。

「行くんですか?」

「ええ。少し留守にするわ。みんなにも伝えておいて」

「はい」

ハンナはそう言うと、錫杖に腰掛けるように、座り、浮いて見せた。

「行きなさい」

ハンナが命じると、錫杖は魔女の箒のように、ゆっくりと前に進みだした。



山笠に漢服を身に着けて、心玲シンリンは月狼国の王都――――月の都の門前で市を開いていた。

王都に続く石畳の上に、布を敷いて、竹籠のうえには数々の薬草と丸薬が並べられていた。彼女は王都の中では行商はしない。

今日も炎天下の中、山笠一つで王都の外につづく石畳の上で座り込み行商を行っている。

誰でもが、格安に自分の薬を買えるように、わざと王都の外で市を開くのだ。

「熱いですな」

一人の老人が、心玲シンリンに声を掛ける。

見ると、上等な絹の漢服をまとった文官で、手には水筒をもって立っていた。

「王宮からの差し入れ?」

「いえいえ。わたくし個人からの差し入れでございます」

「ならば、頂こう」

心玲シンリンはニコリとして、水筒を受け取ると蓋を開け、中の水を飲み込んだ。

「売れ行きはどうです?」

「あまりよくはない。まぁ、あまり飛ぶように売れてしまうと、月の都の行政がうまく行っていないのかと、心配してしまうよ」

外見は、40過ぎの妙齢にしか見えない心玲シンリンだったが、すでに300年近くを生きている、東の仙人とも呼ばれる人物でもある。

「なかなかに厳しいお言葉です。肝に銘じておきましょう」

文官は礼をすると、王都の中へと消えて行った。

幾人も、人が行き来するなかで、またも心玲シンリンの店の前に人が止まる。

「いらっしゃい」

心玲シンリンは下を向いたまま、挨拶をする。相手はしゃがみこんで心玲シンリンの目の高さまで目線を下げて来た。

「お久しぶりです。心玲おばさん」

「おや。ハンナかい。久しぶりだね」

心玲シンリンの目の前にいたのはハンナ=キルペライネンだった。

王国のローブに身を包み、錫杖を膝に抱える様に横に持った姿でそこに居た。

周りの漢服姿が多い中、王国のローブ姿は目立つのだが、ハンナはさして気にもしていない様だった。

心玲シンリンはさして驚いた風もなく、しかし、シッカリと笑って見せた。

「相変わらず、外で売ってるのね。儲からないんじゃない?」

「いいのさ。アタシの薬は本当に必要な奴につかってほしい。金は二の次だよ。そういうお前さんだって、王国で治療師なんかやってるそうじゃないか?無償で」

「無償じゃないわよ?ちゃーんと、王国から手当は貰ってるのよ?」

「そうかい。まぁ――――アタシにはかんけいのないことだ。買わないならどいとくれ」

「実は、ここにある商品じゃない物が欲しくて、今日は来たのよ」

ハンナは言う。心玲シンリンはそれを黙って聞いていた。

「魔食植物の種、心玲シンリンおばさんなら持ってるでしょ?アレを分けてほしいの」

心玲シンリンの片眉がピクリと動いた。

「アレを何に使うつもりだい?」

魔食植物はなかなか手に入るものではない。中には禁制指定をされているものもあった。ほいほいと売るものではないのだ。

「リヴェリの土壌を改良するわ」

「へぇ――――面白いことを考えるもんだ。つづきはアタシのうちで聞こうかね」

心玲シンリンはそう言って立ち上がると、荷物を纏めだした。

「もう商いはいいの?」

「もうだいぶ長くいるからね。ここらで終いでもいいだろう」

荷物を纏め終わると――――心玲シンリンは胸の前で手を合掌してパンっと手を打ち鳴らした。

すると、周りに在った風景が一瞬のうちに山小屋の一室へと切り替わる。

月狼国で心玲シンリンだけが使えるという、空間転移の魔術だった。

いまでも、どんな原理で魔術が行使されているのか、ハンナにも謎な術でもある。

(トリガーはあの手よね・・・間違いなく)

「何を呆けているんだい?こっち来な。お茶でも飲みながら聞くとしようじゃないか」

心玲シンリンは隣の大広間にハンナを案内する。

ローデリアや王国とは違った平面だけの空間。

下は板の間にカラフルな絨毯だけが敷かれていてクッションが1つ、2つ置かれているだけ。部屋の真ん中には囲炉裏のような空間があり火が付けられ、部屋を暖めていた。

「好きなとこに座んな」

自分もよっこいせと言いながら、クッションの上に腰掛ける。漢服の裾をまくり上げて、胡坐であった。

流石にハンナはスカートをまくり上げるのは気が引けるのか、胡坐はかかない。

しかし、正座も足がしびれるので、横座りでクッションへと座ることにした。

「お上品だねぇ。昔はそんなことしなかったろう?」

「もう小さい時とは違うのよ」

「アタシから見ればみんなガキさ。おまえの師匠ランドルフもね」

へへんと笑う心玲シンリン。よわい300歳の仙人には、高々、50代のランドルフなどガキ扱いだった。

「で?魔食植物の種が欲しいんだって?」

「うん。リヴェリの復興の為にね」

「金はあるのかい?」

「お金は王国が出すわ。心配しなくていい」

「へぇ・・・剛毅なこった。だが、なぜリヴェリの街なんざ復興するのさ。あそこはローデリアの領内だろうに」

「それはいろいろあって」

「はなしてごらんよ」

心玲シンリンはお茶を自分が作ったカラクリ人形に用意させながら、ハンナに先を進める様に言った。

心玲シンリンは、納得できなければ、種を渡してやるつもりはないのだと心に決めていた。

それを受けて、ぽつりぽつりとハンナは話し出した。

自分たちがローデリアの要請を受けて治療行為を行っていること。

ローデリアの復興国債を王国の介入で「紙同然」にまで価値を下げたこと。

これからの一手として、疲弊したリヴェリの街を回復させねばならないこと。

そして、何より問題なのは―――――わずか二か月と言う、期限の短さの事。

ハンナがすべてを話し終えるころには、手元の乳茶はぬるくなっていて、口を湿らすために、ハンナは乳茶をのみこんだ。

「なるほど。ローデリアの馬鹿どもの考えそうなこった。ウェルデンベルグは良い手を打ったね」

心玲シンリンは言いながら、乳茶を啜った。

「ざまぁみろってもんだね。大体、再征服なんざはやらないってのさ。行くなら「南の大陸」にでも行きゃあいいのさ。ま、おおむねの所は理解したよ。時期が短くて、耕し、肥沃な大地に一刻も早く近づけるために、早く作物を植えたいってのも理解してる。が――――」

「が?」

ハンナは心玲シンリンの反論に身構えた。

「ウェルデンベルグ一人の考えとは思えない。あいつは元来人嫌いだ。それが、他の国に干渉しようなんて、他にそそのかした人物がいるんじゃないのかい?」

(やっぱり気づいちゃうか)

心玲シンリンの反論にハンナは窮した。

「ええ。確かに、この案にはそそのかした本人がいます」

「で、誰だい」

「名前は凍太。雪花国出身の魔術師です」

「雪花国――――か。あの切れ者、雪乃がいるところだね」

「ええ。今は新興都市としてだいぶ栄えているようですが」

「いいだろう。魔食植物の件は了承した。金は後でいいさ。が――――

その、原案を出した「凍太」とやら、アタシが雪乃に聞きに行ってこよう。

「凍太」とやらが安全だとわかれば、快く、魔食植物は売ってやるとしようか」

「でも、それでは時間が」

「なに、一日もあればアタシの術があれば十分。帰るときはさっきの空間魔術で一瞬さ」

こうして、心玲シンリンのトウタの素行調査が始まろうとしていた。

ハンナは「お願いします」といいながらも、

(妙な雲行きになったわねぇ)

と思わざるを得なかった。

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