第50話 交渉

ウェルデンベルグは飛び込んできた凍太からの手紙を読みながら――――

「全く。とんでもないことを考えおるわ―――じゃが、ローデリアにはちと仕置きが必要な時期であることも事実か」

最近のローデリアのやんちゃぶりは、世の中の平穏を乱している。

ウェルデンベルグはそう考えていた。

10年前の辺境府への強制侵攻。再征服。――――そして搾取。

他国のやり方があるのだろうと多めに見ていたのだが、そろそろ実質的罰を下す必要があるだろう。ウェルデンベルグにそう確信させるに十分な、理由が手元の手紙には書いてあった。

(7歳にして、商会が書くような文章を書くとはな)

トウタの経歴が気になったウェルデンベルグであったが――――すぐに呼び鈴をならし、使者を呼んでこういった。

「ただちに、十人委員会を招集せよ。これよりローデリアに罰を下す」



「では、ローデリア辺境府、アポトリアの商会に手を回すというのですか?」

「左様。この一手によって、ローデリアの資金経路の一つを潰すことが出来る」

「恐れながら、そんなことをしては、戦端を開くきっかけとなるのでは?」

「もちろん、その危険性はある。じゃが、先に行ったリヴェリ復興国債の肩代わりで戦端はすでに出来上がっておる。ローデリアに戦を起こす気があるならその動きを見せる筈じゃ――――じゃが、今のところそれもない」

「確かに「王国」にとってローデリアの資金源を潰せるのはおいしい話です。

ですが、たかがリヴェリの街の為にそこまでする必要があるとは思えませんが」

「手紙には「リヴェリを農耕都市にし、出来た食料で外貨を稼がせるため」とある。これは即ち、リヴェリを復興のみで終わらせぬ。と言う事じゃとワシは思うがね」

十人委員会で様々な意見がでる。

四角いテーブルの両サイドに5人づつ。少し離れたところに総長、ウェルデンベルグが座し、事の成り行きを黙って聞いている。

会議が始まって、徐々に成り行きは、アポトリア商会の抱え込みを行う「賛成派」に傾き始めていた。

「反対派」は今の体制を保持し、もうしばらく様子を見るべきと言う穏健論が主流で、「賛成派」は今のうち資金源を断ち、商会を王国側へとつかせる方が得策と主張する意見だった。

「もうそろそろ――――よいかの?」

ウェルデンベルグは静かにつぶやくと、委員会の誰もが静まり返った。

「採決に移ります――――商会を抱え込む案に賛成の方は挙手を」

さっ――――と6人ほどが手を上げるのが見えた。

「6。よって、この案にて可決をいたします。一同、よろしいか?」

テーブルの一番端に腰掛けていた女が十人委員会を見渡す。

「異論なしと認め、ここに可決を宣言します」

ここに――――アポトリア商会を抱え込む一手が可決された。

「一同、即刻、各方面に通達をせよ。これはウェルデンベルグの名において命ずるものである」

「「王国に栄光を」」

ウェルデンベルグの指示が下ると、十人委員会は口をそろえて決まった言葉をいい、この場は閉幕となった。

(さぁ――――ローデリアよ。どう出るかの)

ウェルデンベルグは一人椅子に座りながら、内心でひとりごちた。



「代表!王国から使者が!」

「はぁ?王国?――――なんでそんなところがこんな辺境に」

「王国の使者が応接室にてお待ちです。お早く支度を」

「分かっているよ。全く何の用だというんだか――――」

アポトリア商会の代表アードルフ = エアハルトは支度を急かさせながら、考えを巡らせる。

(王国が何の用だ?まさか月狼国との密輸がばれたのか?いや・・・・無いな)

アポトリア商会がローデリア傘下でありながら、月狼国との密輸で儲けていることは商会内でも一部の関係者しか知らない。いままでローデリアは旨くだませているし、

『世界の調停者』を名乗る「王国」が出てくる意味が分からない。が、

「まぁ、会って見ればわかるか」

アードルフはしれっと商人の顔に成って見せた。

(このお方はどこまで面の皮が厚いんだ?あいては王国だぞ?)

後ろでその光景をみていたデニス = トルブニコフは内心でひやひやしながら銀縁メガネを掛けなおした。

「なに死にそうな顔してるんだい?デニス。「王国」と言えどもお客様の一人にはかわりなし。だろ?さぁ――――思う存分ふっかけてやろうじゃないか」

アードルフはそう言って応接室へ続く廊下を悠々と歩いて行った。



「つまりあれですか?――――我がアポトリア商会にローデリアを裏切れと?」

「ええ。今、ローデリアの財政は混乱しているわ。沈没する前に助けてあげようと言っているの」

アードルフは応接室で、一人の女と面会をしていた。

モーリーン = ラスキン。王国の外交官を務めるヤリ手で、歳は40過ぎに見える。

長い髪を一つ団子シニョンでまとめた、いけ好かない女。それがアードルフのモーリーンに対する評価だった。

「「調停者」の外交官殿がそんなこと言っていいんですか?問題になりますよ?」

「問題になんかならないわ。だってこれは「王国」の総意だもの」

「ほう?アポトリア商会を手にいれるのが、「王国」の総意ですか。これは面白いことをおっしゃるもんだ。こんな辺境府の港湾都市の商会に「王国」が本腰を入れているというのですか?」

「そうよ。これは総長 ウェルデンベルグ様からの要請。あたし。モーリーンは総長様の代理よ」

「それが、ブラフじゃないと確約する証拠は?」

「そういうと思ったわ」

モーリーンは鞄から布に包まれたモノを取り出した。

「それは?」

「総長様からあなたに届ける様にとの事よ。何かは知らないわ。魔術的なロックがかかっているから、総長様と届け先の相手しか開けられない。もし開けようとすれば、死ぬ仕組みになってるわ」

魔術封印が最高の強度で掛けられている。その言葉をきいてアードルフは眉をひそめた。

「随分な念の入れようですねぇ。手が震えてしまいますよ」

言いながら、アードルフは布を取り、中身を確認すると、中から木箱が姿を現した。

王国の焼き印が入った木箱。それだけで証拠になることも多いが――――アードルフは用心深い。

恐る恐る、木箱を開けようとして手を触れる――――と

《アードルフ = エアハルトを確認》

木箱から老人の声がして箱のふたが横に少しだけスライドした。

「成功してるわ。確認して」

中身を確認すると、一本の短剣と書簡が入っていた。

「王国の契約の短剣。それを使って血判を押したら、正式に王国との契約を交わしたことになるわ。もちろん魔術的に血判を押した人間は魔術によって縛られるわ。この場合はアタシ。と貴方ね」

魔術的に縛られるということは――――命を握られるということに等しい。

「―――――王国は貴方の命を証拠として差し出している。――――確かに本腰を入れているみたいですね。しかし、王国に乗り換える利点があるとは思えません」

アードルフは難色を示した。が、モーリーンはさらに続けた。

「月狼国との取引。今秘密裏に行っている密輸がアタシたちの方に着けば、密輸じゃなくなるわ。これに加えて、王国との契約料はローデリアに払っている上納金の半額でいいわ」

「な――――」

アードルフは密輸の事を言われて何も言えなくなった。

「なんで知ってるって? ここに来たってことはすべてお見通しだわ。知りたいことは知っているの。その上で――――私たち王国はアタシの命を懸けて契約の為にここに居るわ」

モーリーンは目をさらに細めて、

「さぁ決めてちょうだい。この上まだ不満だというなら、外交官権限の許す最大まで譲歩してあげる。ローデリアはここまでしてくれないわよ?」

小声で静かにしかし、冷たく言った。

「ローデリアをとるか王国をとるか」

「ま―――まってくれ。いくら何でも話がデカすぎる」

ふんだくってやろう。どころの話ではなくなってしまった。この目の前の外交官は、自分の命を、さらに王国の命令を一身に受けて目の前にいる。

アードルフの要求など、ほぼのまれてしまうに違いない。ならば――――取りつけておく必要のある事は――――

「商会全員の身の安全は保障してくれるんだろうな」

「保証するわ」

「どうやって保証する?ローデリアが攻めて来るかもしれませんよ」

「そうねぇ。市長に掛け合って、街の外れにでも「王国」の支部を作らせてもらうわ。魔術士をそこに何人か派遣する。そうねぇ。手付金として、アタシが貴方を守ってあげてもいいわ」

「貴方は外交官では?」

「「王国」で役職に就くってのは、力の証明でもあるわ。アタシも元、特務の役にあったもんよ。それなりに遣れるわ」

アードルフは開いた口を閉じる。

これ以上は食い下がるだけ無駄だ。なら、交渉事はスピードが命だ。

「負けました。いいでしょう――――王国と契約いたしましょう」

アードルフはこれ以上反抗するのが無駄と判断したのだろう。首を縦に振った。

「ありがとう。ああ―――それとね。契約は短剣を使わなくてもいいわ。契約書にサインをくれれば、命までは掛けないでできるから」

「――――はぁ。分かりました。降参ですよ」

アードルフは手をモーリーンに向かって差し出した。

「いい御商売を」

モーリーンも手を握り返してきた。

「ええ。いい御商売を」

この日、昼下がりの応接室で秘密裏に、アポトリア商会のローデリアからの離反が決定したのである。



次の日、『海のアシカ亭』へ、アードルフとモーリーンが訪ねて来て、こう言った。

「商会は王国の側に着くことになった」と。

それを聞いた凍太達3人は目を丸くした。

(いくらなんでも動きが早すぎる。特権とはいえ――――ここまでされたらエステルさんの顔を潰すことになる)

そう、いまエステルは町の顔役に商会を説得してもらうよう頼んでいる最中なのだ。

「まって。この案は予防策のはずだよ。いまもう一個の策で動いているから――――」

「心配いらないわ。もう顔役に話は通してきたところよ。よく頑張ったわね」

頭を撫でられる。

「違うんだ!エステルさんにせっかく動いてもらったのに、台無しにしちゃう・・・」

「そんなことないわよ。顔役はエステルに何も言わないと約束してくれたわ。そうよね?アードルフさん」

「ええ。顔役のフレデリックさんは、笑って快諾してくれました。あの人ならエステルさん以上に腹芸が出来る人です。バレやしませんよ」

「もう頑張らなくていいの。あとはしっかりリヴェリに種を持って帰って復興に尽力してあげて」

「はい・・・・ご迷惑おかけしました」

頭を下げると、モーリーンは笑ってくれた。

「もう。貴方がしっかりしたプランを立てたのがすべての始まり。ちっちゃいのにこんなことを考えるなんて――――正直意外だったわ。将来は王国の外交官として活躍してみない?優遇するわよ?」

「だから自信を持ちなさい」

モーリーンは最後にしっかりとそう言って、あとは笑って『海のアシカ亭』を出て行った。

「これでよかったのかなぁ」

「坊ちゃんはいいことをしたんですよ。なぁにこの町の奴らはみんな感謝しますよ。きっとね」

エラルクは温かいお茶を出しながら、そっと呟く。

「ローデリアは圧政を敷きすぎた。民心は離れておる。良い機会じゃて」

老いたエルフはそう言ってにこやかに笑っていた。

かと言って――――契約を結んだその日から劇的に変わるわけでもない。

ひとまずは、ローデリアにはいつも通り接しておくようアポトリア商会には言っておいた。徐々にローデリアとの付き合いをへらし、かわりに王国との商売を増やす。そしていつかは、ローデリアの資金源の一つは王国の持ち物となる。

正式な商取引を装った、裏取引の図式がここに完成していた。



「では、野菜類の苗と、種の業者はエステル=ルンヴィクの店でよろしいのですね?」

「はい。エステルさんのお店がいいです」

「しかし、もっと大店のほうがよろしいのでは?」

「ううん。エステルさんの目利きは確かだからね。信用してます」

「次に、薬などですが――――」

商会の受付で、種と苗の業者をエステルの店に選定して、他の物資も、商会の応接室で取り決めを行っていく。

復興に必要と思われる、医薬品、建築材料なども手配をしていった。

勿論、エステルの店とはちがう専門店にだ。

「リヴェリは随分荒れましたからねぇ。でも、王国の援助があれば栄えるかもしれませんね」

「早く栄えて、大きな都市になってほしいです」

凍太はにこやかにそう言ったが、アードルフは引きつった笑いを浮かべていた。

7歳のこどもが自分と同じ目線で商談をしているなど信じられなかった。

信じたくない。と言うのが本音だった。

しかも、その子供が王国の特務員を正式に名乗っているなど――――悪夢にしかおもえない。

逆らうことは、王国反逆罪になるし、アードルフは消し飛ばされて終いだと良く分かっていた。

(心証を良くしておかねば。笑顔。笑顔)

アードルフは始終笑顔を顔に張り付かせて、交渉が終わるまでそれを崩すことがなかった。

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