第53話 水道整備とコンクリート
「リヴェリでは畑の土壌改良が行われてるみたいだね」
アポトリアからリヴェリへの帰りの馬車の中で、ヨセフがハンナからの書面を読み上げながら呟いた。
「魔食植物を使って土を柔らかくしてるみたいだ」
「随分、金のかかる方法選んだわよね。魔食植物はなかなか手に入らないからすごく貴重なのに。お金平気なのかしら?」
ローラ = ムニスがあきれた感じでつぶやくのも無理からぬことだった。
「帰ってきたわね」
リヴェリの領主、マデリーネ ・ベルクシュトレーム邸の居間で休憩を取っていたハンナが居間に入ってきた3人を見てほほ笑んでいた。
「うまく行ったの?」
「うん。種も持ってきたよ」
「今回は南の大陸原産の害虫や日照りに強い作物を選んでおいたわ。感謝しなさいよ?ハンナ」
「十分感謝してるわよ。科機工課の協力があってこそだものね。ヨセフ君も頑張ってくれたみたいね?ありがとう」
「いえ。僕は――――」
ヨセフが否定しようとする。が
「今回はヨセフさんが一番はたらいてくれたんだ」
凍太はそれを否定した。
「アポトリアから種を卸すけど、卸し先はエステル・ルンヴィクさんのお店を使います。ちなみに僕の叔母さんに当たる人です」
「それと、アポトリア商会がローデリアを裏切って「王国」側に味方することを契約したわ。これでリヴェリはアポトリア商会を通じて「作物の売買」が出来ることになるわよ」
「それじゃ――――」
「そう。リヴェリは自分たちの手で作物を造る。アポトリアはリヴェリから作物を買い、儲け率を付加した値段で売ることで、外貨を稼ぐ。もうローデリアに上納金を払う必要なんてないのよ」
「――――!」
領主、マデリーネ =ベルクシュトレームは口を押えて嗚咽を飲み込もうとしたが、
目からは涙が流れることになった。
「良かったわね」
ハンナが笑いかける。周りにいた王国の騎士課の面々も「おめでとう」の言葉を送った。
ローデリアからリヴェリを切り離し、外貨を獲得させる算段は整った。あとは、種を植え、実際に農作物を売り出すところまでもっていかなくてはならないが、ひとまずはうまく行ったと言っていいだろう。
上納金をローデリアに払わないことで、儲けはそのまま復興に使用できるし、復興のための外貨は「王国」が肩代わりをしている。しかも貸し付け時の利子はリヴェリの財政が安定したときより発生することになっており、実質的にゼロと言ってよかった。
後は、騎士課、科機工課の生徒を長期に渡ってリヴェリに派遣し復興の手伝いを魔術を使用して行わせることで、工費や期間の短縮も図れる手筈は済んでいた。
一つ懸念があるとすれば、ローデリアからの宣戦布告と言う形でのリヴェリへの侵攻だが、これに関しても、いざとなれば騎士課50人がリヴェリの街の護衛を務めるため、生半可な兵力では足りない。
もし攻め落とすなら、騎士課50人科機工課20人を相手取り戦わねばならないが
魔術士一人で一般兵士100人程度なら足止めできると言うのが常識の中で単純計算で7000人ほどの兵力を集める必要あるのだが――――リヴェリの街の為だけにそれだけの兵力を割くなど無駄でしかない。
「まあ、あと2か月しかないけどだいぶ病人も減ってきたし、畑の土壌改良も始まってる。後は衛生管理だけど、そこらへんもローラさんの案で上下水道の分離を考えてるからだいぶましになるんじゃないかな」
凍太はローラにニコリと笑いかける。
「そのことだけど、ココからはアタシとヨセフが説明するわよ」
そう言ってローラはテーブルに一枚の紙を広げた。
「これは?」
ハンナが疑問符を浮かべる。何か図のようなものが書かれてあった。
上水道と下水道の設計図だった。
「街の井戸からくみ上げ式で上水道をひいて、下水は畑の土へと戻すことにするわ」
ローラはそう言ってヨセフに後を続ける様に促した。
「これによって、今までいままで汚水は各家の側溝に流していましたが、これからは下水を引き直し、角度を付けて、自然と畑へと誘導する仕組みを考えています。また、魔石を使用し排水を洗い流す仕組みも考え中です」
「へー。魔石を使うの?」
「はい。この案は凍太クンの発案です」
「雪花国では排泄した物を魔石を使って流してます。これで清潔さが保たれるんだ」
「へぇ。王国ではそのまま、魔術で自分で洗い流してるけどな」
騎士課の一人が言った。
「王国は確かにそうだね。でも、リヴェリは魔術師の街じゃない。いづれ僕たちは居なくならないといけなくて、魔術を使える人はいなくなるでしょ?」
「まぁなぁ」
「その点魔石なら、一般の人でも使えるし、もし壊れた際にも交換が効くから安心だわ。いい案だと思うわ」
ローラは凍太を撫でながら言った。
その日から、科機工課20人と騎士課20人を動員して科機工課のローラ=ムニス陣頭指揮の元、水路建設が着工された。
まずは汚水を凍太とタチアナ =ソコロフの二人の特務員が氷雪魔術で凍らせてから、ゴーレムたちに畑まで運搬させることで処理することになった。
「凍らせればいいのね?」
「そうみたい」
二人並んで水路の脇を歩きながら、側溝にたまった汚水を凍らせてながら歩いていく。凍らせることで臭いはほぼなくなり、その後から騎士課がスコップで氷を引きはがしてリヤカーに積み込むのだが――――
「剥がれねぇぞ」
ガッチガチに水路ごと凍った氷はなかなかに硬く、はがすのに難儀した。
「なぁ?もうちょっと出力弱められないか?」
そう言われて、タチアナと凍太は少し魔力を絞って凍らせることで、格段にスコップの刺さりが良くなった。
「おっ?まだ硬ぇが、この位ならイケるゼ」
一旦スコップが刺さってしまえばもう力が自慢の騎士課の独壇場だった。
凍らせた汚水をスコップで砕いて次々とリヤカーへ詰め込む。
そうして半日も立たずに町中の汚水がきれいに取り除かれることになった。
明くる日から、上下水道の整備が始められた。
先ずは科機工課10人と騎士課25人とに分かれ上水道をひくチームに。
そしてもう片方は下水道を設計、施工するチームへと別れる。
当初は井戸が使えると算段を立てていたが、どうも近くの丘に湧き水があるらしいということで上水道はそこから引いてくること、丘の場所は街のすぐ近くにあり上水道を建設して街へとつなげることになった。
方針が決定すると、後は早い。
魔術を使用して、モノの重さを半分以下に減らし、ゴーレムを使って組み立てを行うことで、大幅に工期を短縮できる。
通常、半年は架かるだろうと思われていたこの上水道の工事も約半月で終わるとの試算がローラの手で行われていた。
その間、凍太とハンナ、街の住人とで畑に魔食植物の種を撒き、育つのを待った。
魔食植物は撒いてから2日で目が出ると、地中に在った魔素を吸収しあっという間に他の作物に狙いを変更しだす。
その時を見計らって、魔食植物をすべて除去し、代わりにアポトリアで仕入れた種を撒くことで一通りの準備は整得られた。
「――――王国って何でもできるんですね・・・・」
住人は日に日に上下水道が引かれていく様を見て、唖然としていた。
それどころか、ハンナの治療でほぼ怪我人と病人は居なくなり、街は活気を取り戻していった。
「今日は病人来ないわね」
「いいことじゃない」
街の食堂で冷えたお茶を飲みながら、ハンナとアリシアは気の抜けた様子でつぶやいた。
「ヒマね」
「畑でもいこっか?」
「見回り?今騎士課が回ってくれてるわよ。アタシたち特務は待機だってさ」
隣の机では凍太がテーブルに座ってお絵かきを楽しんでいるようにも見えた。
「凍太ちゃん。お絵かきしてるの?」
「ううん。後、造るものは無いかなって考えてるトコ」
アリシアがなんとなく聞いてみたら、帰ってきたのはそんな答えだった。
「そう――――いいもんが出来るといいわね・・・・って・・・ハンナ?」
ハンナが席を立って、凍太の隣に移動した。
「んぅ?ハンナさん?」
「ちょっと見せて」
そこには、街をめぐる様に城壁の絵が描かれてあった。
「まだ何かやる気?」
「まぁ、一応の防御策は必要かなって」
現在町は板塀で垣根が作られ街を囲ってはいるが、凍太はそれを石造りへと変えたいと言っている。
「駄目よ。人手が足らないし、そんな大量の石はないじゃない」
「石じゃなくてコンクリートでも作ろうかなって思ってさ」
「コンクリート?」
「うん。石の自然積みじゃなくて、コンクリートっていう接着剤を使ってレンガを積み上げていくの」
凍太の頭の中にあったのは「ローマンコンクリート」と呼ばれる古代の建設様式だった。
ローマンコンクリート――――石灰と火山岩を混ぜたコンクリートである。
ローマ人は石灰と火山岩を混ぜてコンクリートをつくった。その建造物は中に鉄筋等は使用していないが1000年を超す時を耐え抜いて現存しているものさえある程。
凍太はこれを大学時代に文献で知っていた。周りに石がふんだんにある土地なら石壁でもいいと考えてはみたが、リヴェリの街は海が近い。おまけにアポトリアの街から石灰を輸入できる。残るは火山灰だがこれをどこから持ってくるかが一番の課題だった。
「さて、話をしましょ」
夕食の席でローラ=ムニスは凍太をテーブルに付かせたうえで、こっそりと話を持ち出した。
ローラも聞いたことがない工法で大いに知識欲がくすぐられたために二人だけで夕食を取ることにした。誰もいないところで二人だけで話を聞くために。
「石灰と火山ねぇ・・・・残念だけどローデリアにも、王国にもないわね」
「でも、南の大陸には火山地帯があるし、石灰は君の故郷のある月狼国から輸入できると思うわよ」
「やった」
「でもね?ここで一つ考えてみてほしいの。リヴェリにそんな投資してどうするの?あとから寝首をかかれるおそれだってあるのに。その――――コンクリートだっけ?試して見たければ、王国に帰ってからでもいいじゃない」
「いま、必要なんだよ」
「どうして?」
「僕しかこの方法は知らない。だから残り一か月ちょっとで少なくとも方法だけは町の人たちと、騎士課、科機工課の皆には伝えておかないと」
凍太にはここにきて焦りがあった。
「それに、ここまで作った街をローデリアに取られたくないし」
只のレンガの壁を補強し、硬くするには接着剤がいる。ただ積んだだけのレンガ壁では籠城するには少し頼りない。
リヴェリの街を守るためには、少なくとも街を守る城壁は欲しかった。
「あのねぇ。ここに何人の魔術師がいると思うの?守るだけなら今の半分――――
ううん。1/3でいいのよ」
「でも――――」
「不思議そうね?いいこと?大体、魔術士1人が相手取ることが出来るのは一般の武装兵が50~100と言われているわ。これは知っているかしら?」
初耳だった。ローラはさらにワインを飲み干しながら続けた。
「リヴェリの70人の魔術師。防衛に23人。まぁ指揮官を入れて25人かしらね。
それと切り込み役として10人を3部隊。これで55人。後はもしもの交代要員として15人ほどを置いておくわ。
さて――――まぁ状況にもよるけど、魔術士一人が相手にできる最低人数50を相手に戦える前提条件を持って戦闘を仕掛ける場合――――凍太クンなら最低でもどのくらいの兵力をぶつける?」
「最低でも倍。いや―――2倍の7000人くらいは用意します」
「7000ねぇ――――いまのローデリアの軍にそんなに騎士団は居ないの。いても5000ってトコかしらね」
「それって――――」
「そう。ローデリアがそんな国を空っぽにしてまで、リヴェリを攻め落とすとは思えない――――ましてや、そうする理由がないわ。それにね?」
「アタシたちには魔術があるじゃない。これで壁を作ればいいのよ」
ローラはそう言って、にたりと笑った。
「でも――――君が教えてくれた「コンクリート」とやらはイイと思う。王国の研究所に言って研究所で分析してみるわ。もし、使えるものだとわかったら、王国い掛け合って城壁を作らせるわ。それでどう?」
しばらく考え込む凍太。
「わかったよ。この件はローラさんのいうとおり研究してからで構わない――――
でも、使えるって分かったらぜひ使ってほしいんだ。きっと良い城壁が出来る筈だから――――おねがいします」
そう言って、凍太は頭を下げた。
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