第15話 町に行こう

「お休みがほしい?」

「はい。今日一日。町を周ってみたいそうです」

「凍太がそう言ったのですか?」

「ええ」

 雪乃に紗枝が朝の報告を行っていた。

 凍太はいつものとおり虎レイレイと一緒に山に出かけて、普通に何も食べずに帰宅したのだが

 紗枝に、『お休みがほしい』とお願いをした。

「ふむ・・・・」

 雪乃が思案する。ややあって許可が下りた。

「ただし、この間のことも在りますし。今回は紗枝お前が隣でしっかりお守りをすること。やれますか?」

 雪乃はこの間の、『賢狼飯店』での報告を聞いて、危惧したのだろう。

 紗枝に凍太のお守りを申し付けた。手綱をはなすなということだろうか。

「はい。畏まりました」

「それと、今日は外食を許します。存分に町を見せておやり」

 雪乃はそう指示をして、にっこりと笑って見せた。



「あたしも行く」

 凍子が凍太を抱きしめながら言った。

「護衛は私が務めます。凍子様はここでゆっくりなさって----」

「いーやーでーすー」

 凍子は凍太を抱く腕に力を込めて、いっそう強く抱きしめた。

「わがままを言わないでください。子供じゃないんですから」

「なにいってんの?またそんなこと言って凍太といちゃいちゃするつもりなんだ」

「何をいってるんですか!」

 紗枝が心当たりがあるのか、語気を強めた。

「何よ!凍太はアタシの子なの!この頃親子の触れ合い少ないんだからね!」

 ぎゃいぎゃい。

 出かけると決まってから、しばらく、こんな調子で言い合いが続いている。

 紗枝が護衛として町に出かけると、凍子に報告して留守を頼もうとしたのだが----

 凍子の寂しさからくるよくわからない理論に、紗枝は口論を続けていた。

「――――お母さんも一緒がいい」

 腕に抱かれたままの凍太が声を上げた。

「!」

 にんまり凍子が唇を歪めて見せた。ひどいどや顔だった。

「凍太様。あんまりお母さまを甘やかしてはいけません。あとで苦労しますよ?」

 紗枝が頭を抱えていた。

「凍太は来てほしいって言ってるんだもん。いいじゃない」

 いきましょうよと強請る、凍子についに紗枝は白旗を上げたのだった。



 町は凍太が来た時から4度目の雪解けの季節を迎えていた。

 東の大陸の北にあって、年中寒いことで有名なこの雪花国が治めるこの町も、最近は建設ラッシュに沸いていた。

「ずいぶんあたらしい家が出来たのねぇ」

 ローデリアからの新しい工法が伝わったおかげで従来の茅葺や板葺きの家だったのが少しずつではあるが、レンガを使ったローデリア風の家が建つようになっていた。

「レンガはね。丈夫で長持ちするし、ここにはないけどコンクリートなんかもいいと思うな」

 凍太が何とはなしに呟く。

「コンクリートってなに?凍太」

「ああ、土とか貝殻を混ぜたものなんだって」

 軽く説明しておく。コンクリートは雪花国にある材料でも十分作れるが----自分が知っている風には言わず、誰からか聞いた風に言っておいた。

「そうなの。凍太は物知りだね。お母さん鼻が高いな」

 凍太の手を引きながら、凍子はうれしそうにしている。

「なかなか興味深いお話です。お勉強の時にでも話していただきたいものです」

 凍太の左手がわからにたりと笑って、紗枝さんが話しかけてきた。

 コンクリートが琴線に触れたらしく、口にはべっとりと技術者の笑みが浮かんでいた。

(リトルグレイじゃないんだけどな・・・・)

 アメリカで撮影された宇宙人の写真を思い浮かべて、まるで今の自分の様だと思った。

 両側に母親と乳母。あまり好き勝手には動けそうにない。

(にしても・・・・ローデリアってのは経済的にも、技術的にも先を行ってるんだな)

 なんとなく思う。新しく建てられた家は、如何にも頑強な作りで雪がおおいこの国でも風雪を通さない壁の厚さが有るという。その隣に立つ家は昔ながらの屋敷で庭が付いた木造の年季の入った見た目だった。

 2年ほど前から、町長である雪乃がやり取りする商人を増やしたのが切欠で、物量が増え、情報もふえ、町に出入りする人数も、移住してくる難民の数も増えつつある。どうやら、長年、戦争のない雪花国はいま、難民の間で安心して住めるようだといううわさが流れているらしい。----難民が増えるということは、いいことばかりでもない。最初のうちは、むしろ厄介ごとの方が多いのだが、情報と財源がほしい雪乃は、ある一定の条件に従うのならば、と、一定数の難民を年ごとに入植させていた。

 数として年100人から200人。

 今年は難民入植の2回目。月狼国民として生きること、雪花国の住人として一定の税を納めること、そして、大きな決まりが「人種によって差別をしないこと」この3つが守れるならば、入植が認められる。もちろん、危険分子は役所の検閲でふるい落とされるのだが、所謂、冒険者、ならず者、傭兵団などの荒事専門の者は一定期間の滞在が雪乃の特権で認められていた。

 雪乃曰く

「あの者らは情報の宝庫です。宿屋に一定期間泊まらせ、酒場で情報と金を吐き出させなさい」

 だそうだ。

 今急ピッチで建設が行われているのは、宿屋に併設する酒場。これも丈夫なものにするため柱とレンガの両方を使ったものを建てている。

 道も4年前とは異なり、大通りは石畳で舗装され、なかなかに歩きやすい道となっていた。

「道がきれいだと歩きやすくていいわね。町長もやるわね」

「ええ。人口の増加で、税収も少しずつですが増えていますし、町の拡大工事も近々行われるとか」

「それで、ずいぶんいろんな人が増えたわけね・・・・」

 みると周りには、犬耳や猫耳、尻尾をもった獣人と呼ばれる種族や、耳のとがった長耳族エルフまでさまざまな種族が見て取れる。一番多いのは雪人であるが、人族も最近は目立つようになっていた。

「あらぁ町長の所の3人じゃないか」

 大通りに面した、公園の一角で一休みしていると、人だかりがあっという間に出来た。

「凍子さん。家に遊びに来なさいよ」

「凍太ちゃん。きょうはレイレイいないの?」

「紗枝さん。今日も凛々しいわね・・・」

 凍子はおばさんたちに人気で、凍太は、子供たちに言い寄られ、紗枝に至ってはファンが群がる始末だった。

 ベンチに腰掛けながら、凍太は言い寄る子供たちと楽しく話していたのだが、

 隣では凍子と紗枝がなにやら、ごにょごにょとつぶやきあっているのが聞こえた。

「ずいぶん人気があるじゃない?お母さん妬けちゃうなー」

「お嬢ちゃん。凍太さまにあまり抱き着かないでくださいね?」

 牽制のように凍太の腕を握っていた幼女に笑いながら言ったりする。のだが、

 幼女もただでは離すつもりがないのだろう----

「凍太ちゃんあっち行こう?」と二人きりに成ろうとする。

「凍太~行っちゃだめよ~?」

 にっこりとほほ笑みながら言ってくる母親に、若干の怖さを感じながら幼女の手を優しく解いて、「ゴメンね?また今度遊ぼうね」そんなことを幼女の耳元で囁いてやる。幼女は手を放すと何やらもじもじとしながら、明後日の方向へと走っていった。

「ナイスです。凍太様」

 紗枝さんがよくやったとばかりに笑い、凍子は

「マセガキめ・・・」

 と軽く憤っていた。



 公園を出た3人は再び大通りを歩き始める。

 大通りの左右には入植者たちが始めた露店や、店舗などが並び賑わいを見せている。どれもローデリアの言葉と月狼語の二つで看板が書かれて新しい住人にも、昔からの住人にも分かりやすいように配慮がなされている。

「ずいぶん変わったわよね・・・昔は何にもなかったのに」

「ええ。これも雪乃様の先見の明あればこそです」

 二人はいろいろな店をそぞろ歩きながら、やがて、一軒の食堂の前で足を止めた。

「雪熊亭」

 そう書かれた看板。木造建築ながらも、風情のある店内。

 店の奥では女主人が鉄鍋を返しているのが見えた。やせぎすの体に糸目の女主人の姿が凍太の目に映った。

「おばさんのお店だ」

 凍太が顔を明るくする。

「来たかったんでしょう?」凍子がそういうと、紗枝が凍太に頷いた。

「おばちゃん。来たよー」

 厨房がのぞける位置まで行って思いっきり手を振る。と

「おや、坊やじゃないか?なんだおっかない、お姉さんもいっしょかい」

 いつぞやの事を言われる。凍子は関係ないのだが。

 けれど、

「まぁいいさ。空いてる席に座っていなよ?今はすこし忙しいから、ちょいと後になるけどね」

 そういって、お玉で空いている席を指し示す。そこに座れということらしかった。

 今はお昼を過ぎた頃だったが、店内はいまだにほぼ満員状態だった。

 相席している客も多く、みな、一心不乱に雪熊亭の飯をおいしそうに胃に収めては、幸せそうな顔で店をあとにする。「おいしかったぜ」「ごちそーさん」そんな声が飛び交う中で凍太は頬杖をつきながら場の空気を満喫している----と、外から喧騒が強くなった。

 なんだろう?――――と外をみると数人の客が何やら言い争いをしているのが見えた。

「喧嘩ですね」「そうねぇ」

 ボンヤリと紗枝と凍子は喧嘩の光景を見ながらなんとはなしに呟いて見せる。人の喧嘩は見ていて面白いし、

 料理をまつ間のいい暇つぶしになるだろうと----思っていたのだが――――

がちゃん、と喧嘩をしていた男がたたらをふんで、凍太の体を押しつぶした。

「うぁ」

押しつぶされる凍太。

「てぇ・・・」

 男は長椅子に座るような格好で、しりもちを軽くついただけだったのだが、たまたま後ろにいた凍太にぶつかった。

男が立ち上がろうと、踏ん張る。とたん、再び男は何かに足を刈られて床に倒れこんだ。

「なにしやがる!」

男が叫んだ。

「何をしやがる?凍太様にぶつかっておきながら、なめた口を聞くものです」

 紗枝がゆっくりと足払いの体制から体を起こす。

「なめた口だぁ?おいね~ちゃん!今なら許してやる・・・ぜっ!」

 男が立ってゆっくり、紗枝に近づいて行く。紗枝を睨みつけながら、膝げりを繰り出そうとして――――

「へぶっ」

代わりに――――ぱあんっと顔に裏拳を食らった。

「ちょうどいい機会です。表に出なさい。チンピラ」

 紗枝は、足早に雪熊亭の表へと場所を移すと、次いで男とその仲間だろう――――2,3人の男が外に出た紗枝を取り囲む。

「さぁ、掛かってきなさい。4人まとめて教示してあげます」

 紗枝が指でと示した。

「このぉ!」

 紗枝の右から男が殴り掛かり、左からは、酒瓶を持った男が向かっていた。

 まず右の男に、指先で相手の目を裏拳気味に叩く。相手が一瞬視界を失ったところで、相手の空いていた腕を後ろに回り込みながら捻りあげ---左から来る酒瓶の盾にした。

 ガチャンっ

 酒瓶は盾にされた男の頭を殴った拍子に、粉々になる。

 殴られた男は、意識が一瞬飛んでいるのか、ふらふらとしていたが---紗枝は邪魔になった男を酒瓶で殴った男に、ドンっと蹴り返してやった。「うぉ」酒瓶で殴った方が蹴られた男の体を抱き留める形で受け止めると

 すぐさま、後ろから迫ってきていた攻撃----店の中にあった2人掛け用の木でできた長椅子に、身体を半回転させて蹴りをヒットさせ、地面へと軌道をずらした。

 すぐに長椅子を持っていた男が再度、長椅子を持ち上げようとして――――出来ない。

 理由は、紗枝が足で長椅子の足を踏みつけて、固定していた為だった。が、今度は紗枝が固定していた足を、膝を上げる様にして、長椅子の片方を跳ね上げた。

 一旦、中空に、長椅子が持ち上がった所で、紗枝は長椅子の片方の足を両手でつかんで相手と対峙する。

 右と左の端をもっている形になった所で、後ろから別の男が動きの止まった紗枝を襲う。

「てぇい」

 持っていた長椅子の足を下から上へ逆にひっくり返すと逆端をもっていた男がこらえきれずに長椅子を手放した瞬間、紗枝は長椅子を半回転しながらジャイアントスイングをするようにして後ろから来ていた男を殴り付けた。

 ぶぅん――――風切り音が鳴ると――――長椅子の先が真横から男の頭へヒットする。

そのまま勢いを殺さずにもとに戻ると――――どんっと椅子を地面へ降ろして、その上に腰を下ろした。

「凍太様~」

 ひらひらと長椅子に座りながら手を振る紗枝。

 それを見ながら、凍子は凍太を抱きかかえたまま、

「相変わらず、武器持たせたら上手いわね-」

 等と感心していた。



 紗枝は技術者になる前は、用心棒に近いことをしていた。

 得意なのは小型のナイフと接近戦と多対一の市街戦。親がわりも暗殺者だったし、技術のほとんどはその人に習ったもので、市街地での戦闘は酒場でよく訓練させられたものだ。ローデリアの場末の酒場で用心棒のまねごとをしながらお金を稼ぎ、習った技術を実践する。

 酒に酔った客は格好の餌食になってくれたのは今でも鮮明に体が覚えていた。

 長椅子や酒瓶などでよく、酔っ払いや傭兵や騎士の相手をしていたし、相手がどのくらいの強さなのか

 判別できる目も養われた。小さいうちからそんなことを、やるにつれて、12歳になるころには、周りからは一目置かれるようになっていた。お金も少しはあったし、夜の仕事に出かけるまでは暇な時間もあった。

 おかげで、昼間は勉学に励んでいったが----とそこまで思い出して、我に返る。

 注意深く周りを見回すと、

 長椅子で打たれた男は倒れて動かないし、ほかの3人も臆しているのかこっちを睨みつけるだけで、何もしてこない。

「どうしたの?もう終わり?」

 凍太様にぶつかった男に、ふふんと鼻で笑ってやると――――

「おいっ行くぞ・・」

 男はやる気をなくし、その場から退散していった。



 さっきから凍太様が笑ってくれない。

 怖かったのだろうか。精いっぱいの笑顔で笑ったつもりだけれど、もしかしたら、昔の癖で怖い顔になっていたかもしれない。

 そう思って、優しく笑ってみたが、結果は同じだった。

「にしても、暴れたわねー」

 隣では凍子が、炒飯を食べながら、そんなことを言ってきた。

「久しびりに見たわよ。あんたの武器術」

 パクリ

 小籠包が一つなくなった。

「紗枝さん、凄いんだね・・・ジャッキーみたいだった」

 凍太様の顔には愛想笑いが浮かんでいた。

「ジャッキー?ですか」

 言っていることはよくわからなかったが----深く詮索するのは辞めることにした。

「うまいかい?」

 仕事がひと段落したのか、女主人が凍太様の横に自分の賄いを持って座る。

「うん。おいしい」

 凍太様は今度は満面の笑みで女主人へ返答して見せた。ものすごく可愛い顔だった。

「暴れてしまって申し訳ありません」

 自分の分を食べ終えて、私は、女主人へと頭を下げた。

「いや。いいんだよ。あいつらこの間から目障りだったのさ。いい薬になったろうよ」

 かかっと笑うと、お茶を私の茶碗に注いでくれた。

「結構できるんだろうなとは思っていたけど----まさかあそこまでできるたぁ、思ってなかったよ」

 いやぁいいもん見たね----と軽い感じで言って----最後に

「また来とくれよ?」

 と私たちをにこやかに送り出してくれた。

 いい人だったんだな・・・・と思わずにはいられなかった。

 割ってしまったお酒の代金と、お詫びの代金も多少払ったのだが----まさか、また来てくれと言われるとは。

 いい店だ。この日を境に「雪熊亭」は私のお気に入りの一つになったのだった。



「それで、私を蹴ったあの男の子の素性は分かったの?」

「いえ。まだでございます。麗華リーファ様」

 目の前に傅く、召使いに調査させている事柄の進捗を聞く。

 召使いからは、いつもの通りの答えが返ってきただけだった。

「下がりなさい。それと、なんとしても、見つけ出しなさい。命令よ」

「畏まりました。麗華リーファ様」

 少しいらいらしながら、私はいつものように告げて、召使いを下がらせた。

 ゆるさない。絶対見つけ出して、大勢の観衆の前で復讐してやる――――そして、必ずかかされた「恥」を注ぐ。私の決意は固かった。

 目の前で鬼火が出現する。まだ気分が高ぶると無意識に鬼火が出てしまう――――狐族の特性らしい。

 が、すぐに気づいて鬼火を消した。

(絶対!絶対!今度は私が勝つんだから!)


 誰もいない部屋で----麗華リーファは決意を新たにするのだった。

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