第16話 ダークエルフ
「きゃあ!」
ニポポ山の中腹にあるいつもの平地に遅れて着くと、レイレイが何かを見ながらじっと香箱座りのまま気を抜かずに何かを見ていた。
(なんだ?)
レイレイの横まで駆け寄って見やる――――と凍太と同じ年齢くらいだろうか
一人の幼女が腰を抜かした状態で震えていた。
「こないで・・・」
腰を抜かしたままで必死に逃げ出そうとするが、足が震えて力が入らないのか、幼女はそのまま手の力だけで地面を押して、目の前にいる虎との距離をすこしでも離そうとしていた。
「レイレイ。下がって」
レイレイにお願いする。
と ナァウ と鳴いてから雪虎は2歩後ろへと後退した。
「・・・・・」
幼女はポカンとしたまま、反応がしばらくなかったのだが――――
「大丈夫?」
と問いかけたらやっとこっちのほうを向いてくれた。
「・・・・・誰?」
「僕は凍太。僕の虎が怖がらせちゃったみたいで、ゴメンなさい」
まずは謝罪をしておく。
「あなたの虎?」
「うん。レイレイっていうんだ」
ナァーウ そうだと言わんばかりにレイレイは後ろで一鳴きして見せた。
「わたしは、イリスって言います」
胸の前で手を組み――――防御反応だ――――挨拶を返してくれた。
長い銀髪にヒスパニック系の褐色の肌。身体はやせぎすで、耳は人間の物よりも長く尖っていた。
(
口には出さなかったが――――直感する。
瞳は茶褐色で、武器の類は見たところなさそうだった。が、用心だけはしておいた方がいい。
この間の尻尾さんのときのように、いきなり攻撃されるなどどいうことも在りうることだから。
「ここで何してたの?」質問をしてみると、
「薬草をとってたの・・・」
小さな声でそんな答えが返ってきた。
「ふーん」
(薬草なんてあるのか・・・・知らなかった)
生返事をしながら、そんなことを考えていると、
「あの・・・あなたは何しにここに来たの?」
「? 僕たち? いつも通りここの広場に少し休憩しに来ただけだよ」
本当の事は言わなかった――――のだが。
ナウウ とレイレイが唸ると、何故だか――――ぶんぶんと、幼女は頭を振って見せた。まるで違うとでも言いたげに。
「森の精が、あなたがいつも違うことしてるって言ってる・・・」
「?」
「貴方たちはいつもはここにきて、虎と遊んで――――ううん、戦ってるって言ってる」
(なぜ知ってる?・・・・敵か?それとも、特殊な能力か・・・・)
言い当てられて、一瞬意識がこわばった。臨戦態勢を取ろうとしたが――――やめる。
(先読みか、予知か・・・・どちらにしてもいったん今は逃げたほうが良さそうだ)
「レイレイ。帰るよ」
今度はお願いではなく命令する。レイレイもそれは了解しているようで、すっくと立ちあがると、先に立って、もと来た道を戻りだした。
(本当のことを言い当てられた。悟りって妖怪がいるってむかし、本で読んだことがあるけど)
「悪い。用事を思い出したから帰るね」
凍太は、そう言って今日ところは、町へいったん引き返すことにした。
「あ・・・」
男の子は、
「用を思い出した」
と言って森の中へと消えていった。
(・・・・精霊が教えてくれてる。あの子は悪い子じゃないって)
確かに私の耳元で小さな精霊が教えてくれていた。
この森に棲む精霊でいつもあの子と、虎の事を見ていたのだという。エルフやダークエルフには精霊の加護がある。それはずっと昔からの契約で――――ハイエンシェントと呼ばれている「契約魔術」のおかげで、ずっと昔の「契約」が続いているから、私たちには精霊が見えるし、声が聞こえるのだと、そう、お父さんは教えてくれた。
(戦ってるのは間違いない。けど、どうしてホントのことを言わなかったんだろう?)
不思議だった。私は精霊の言葉を嘘だとは思わなかったし、精霊の言葉をそのままいったつもりだったのだけれど――――あの男の子トウタにはそうは受け取ってもらえなかったみたいだった。
「とりあえず、戻ろうかな」
散らばってしまった薬草を背中の籠に入れていく。
草のあたりを精霊さんたちが、くるくる、ふわふわ飛んでいて----時たま私の手の上でダンスを踊ったりするのが見えた。
「人間はこれが見えないんだよね・・・・」
ちょっとかわいそうだった。こんなにきれいな光景や、精霊さんのおしゃべりが聞こえないのは。
「ん、っしょっと」
籠を背負って立つと、がさりと中の薬草が動く。背中にも薬草の重さが伝わった。
結構一杯とれたし、お母さんも喜んでくれるかもしれない。
そんなことを考えながら----私は町へ続く一本道を引き返し始めた。
「おかえり」
お母さんが出迎えてくれる。
「お疲れさま。イリス、荷物を置いて、ご飯にしましょ」
玄関先で、お母さんは私を待っていてくれた。
「お母さん。寒かったでしょ?」
周りに雪の精霊が舞跳んでいる。相当に寒い筈なのにお母さんは外で、私を待っていてくれた。
「大丈夫よ」
雪花国は寒い。
南の大陸とは違って、気候は一年中寒く、資源は少ない。
そんな雪花国が、ここ最近、難民を募集しているとの噂を聞きつけてきたのが3か月前。
仮設住宅に移ったのはつい一か月前の事だった。
住宅のつくりは、ローデリア風、月狼国風が半分づつ。職人さんたちがいろんな国から来て作っていってくれてるから、みんな自分たちの知っている工法で作っていくのだと大人たちは言っていた。
イリスが住んでいるのはローデリア風のレンガで出来た仮設住宅の一つで、ここ第二難民特区はローデリアの職人の受け持ちが多く、レンガで出来た建物が多かった。
中に入って、コートを脱ぐ。暖炉で暖まりながら、朝ごはんの準備を待った。
お父さんの姿はない。たぶん、仕事場に行ったのだと分かっていた。
雪花国は雪人の長が修めている町で、君主制を敷きながら、法で整備されているところなのだとお母さんは教えてくれた。つまり、君主様は法律によって悪いことが出来ないようになっているのよ。とお隣の獣人のお姉さんは教えてくれた。
この国は珍しいことだらけ。
まず、人種によって差別がなかった。雪人も人間も、エルフも私たちダークエルフも、獣人も。みんな同じように扱う。人種が違うからいける場所が制限されたり、もらえるお給金が違ったりすることがないんだそうだ。お父さんはこの制度が画期的だとも言っていたが、いづれ戦争の種になるんじゃないかと心配していた。
「はい。どうぞ」
お母さんがライ麦でできたおかゆを出してくれた。きょうはお野菜があって少し食卓が豊かになっていた。
「いただきます」
ゆっくりと匙でおかゆを口に運ぶ。温かいご飯は胃を元気にしてくれそうな気がした
ローデリアの一部の王族がダークエルフのすむ森を狙ってから1年。今でも森は戦争を続けているらしい。
お母さんとお父さんは小さい私をつれて、難民となってまずは、南の大陸と東の大陸をつなぐ航路がある
交易都市フレーメルを経由してそこからまた船で、ここ雪花国へと渡った。
お金はほとんど使ってしまったけれど、安心して、お父さんとお母さんと暮らせるのは何にも代えがたかった。
「ごちそうさまー」
食べきってお祈りをする。
温かいミルクを飲みながら、お母さんに、今日あったことを話し始めた。
「じゃあ、怪我はなかったのね?」
お母さんは話を聞いて心配そうな顔で言った。
「平気だったよ。でも」
「でも?」
「あの子のことが気になるの」
私はちょっと気になっていたことをいった。あの子が使っていた場所だったのに、追い返すようなことをしたことが少しだけ心に引っかかっていた。私のせいじゃないにしても、もう一度会って見たかった。会って「変なこと言ってゴメンね」と一言謝りたかった。
「じゃあ一緒に行こっか?」
すべてを、うんうんと聞いていた、お母さんは、私の顔を覗きながら問いかけて来てくれた。
「うん」
こうして私は再びニポポ山のあの広場へと向かうことになったのだった。
次の日は良く晴れていた。
まだ、明け方の薄明りの中、お母さんと二人で山道を登っていく。
昨日もこれくらいの時間にでて、あの子とあったのだ。運が良ければ会えるだろうと思った。
しばらく山道を進む。と後ろから、足音とがさがさという物音が聞こえてきた。
あたりはすでに明るく、日の光が森の中まで届いている。
「イリス。おいで」
お母さんが私を抱きかかえて、木の後ろに隠れると同時に「契約魔術」で姿を森に一体化させた。
これで私のたちの位置はすぐには分からない。
がさがさ・・・・ 音がする。見ると大きな雪虎せっこがすぐ目の前を通り抜けていった。
次いで、昨日の男の子が同じくらいの速度で雪虎せっこを追いかけて行く。
音がしなくなったのを見計らってから、お母さんと顔を見合わせて
「あの子が昨日会った子ね?」「うん」
すぐにあとを追いかける。お母さんにおぶられたまま、広場を目指すと、すでにあの子と虎がお互いに向き合って立っているところだった。
やがて、男の子が構える。分かっていたように虎も体制を低くした。
男の子が頷くと、虎は男の子に飛び掛かって躱された。2撃目は男の子の番だった。
勢いをつけて前進すると、虎に飛び掛かって----正確には足で蹴りかかって行って、躱されたのだが、次の瞬間、氷の精霊がざわついた。見ると、虎の右前脚の下の地面が凍っている。少しだけど棘のようなものが氷から生えている。
虎は後ろにいったん距離をおいて----ナァウ。と甘えているような声を出した。
まるで、男の子とのやりとりが楽しい、みたいに。
「すごいわね・・・・」
お母さんが、茂みに隠れたまま隣で唸っていた。
「イリス。精霊の言っていたのはきっとこれのことだわ。彼はたぶんずっとこれをやっているに違いない」
お母さんはそう教えてくれて、それから、
「彼に謝ったほうがいいわね」と教えてくれた。
それから、街に戻った私とお母さんは、町の大門の近くで彼を待った。----久しぶりに朝に出ている屋台で温かいご飯を食べながら。暫くすると外套を頭からすっぽり被った男の子と虎が、大門に現れた。
大門の看守さんに手を振って、看守さんも振り替えしているのが見えた。
「来たわね」
お母さんが、立ち上がるとゆっくりと男の子に向かって歩いて行った。
レイレイが立ち止まった。
右斜め前の屋台から誰かが近づいてきた。
外套をきて、やがて5歩くらい前で立ち止まってフードを外す。中から銀髪の長い髪を持ったきれいなダークエルフが姿を見せた。
「おはよう。坊や。立派な雪虎せっこね?」
町の難民の人だろうとは、思ってはいたが----あいにく初対面だったので
「おはようございます。はじめまして凍太です」と最近よく言う挨拶を言ってみた。
「あら。いい返事だわ。私はイアンナ。イアンナ・ブロンシュ。難民で雪花国にきた者です」
相手は名乗りを上げると、にっこりと笑って見せた。
「実は、あなたに謝らなきゃいけないことがあって、おばさんはここで娘と待ってたの」
「?」
凍太は首を傾げた。
「謝る?娘?」理解が追い付かなかったのだが、とりあえず道の真ん中でいるのも邪魔かなと判断して屋台側にレイレイと移動する。と、屋台の一角に温かそうなスープを飲んでいる見覚えのある顔を見つけた。
向こうの見覚えのある顔がこちらに気づくとこっちに歩いてきた。
「おはよう」
相手が切り出してきた。
「おはようございます。ええと・・・」
名前が思い出せなかった。昨日たしか名乗っていたはずだったが。
「イリスです。イリス・ブロンシュ」
イリス。目の前の5歳ほどの女の子は自己紹介をした。耳はやはり尖っていて銀髪にチョコレート色の肌。
横に立っている母親とみると、ミニチュア版の人形に見えた。
「あ・・・あの。昨日は・・・・ごめんなさい!」
思いっきりお辞儀をしながら、イリスは謝ってきた。
「?}何のことか身に覚えがなかった凍太は、ハテナ顔だったが、イアンナさんが後をつづけた。
「昨日この子が、変なこと言ったみたいでね?どうしても謝りたいっていうから」
ああ。なんとなく思い出す。
確か、「嘘をついている」言われたんだったと思って「大丈夫だよ」と返しておいた。
そんなことを気にしていたのか。と凍太本人はかるーく考えていたのだが、確かに昨日は相手に心の内を見透かされて、怖くなって撤退したのは確かだった。それをイリスは、なぜか気にしていたらしい。が、親が出て来るような問題とも思えない。
ともあれ----くう----とお腹が鳴るのが聞こえて、凍太はそういえば、と我に返った。
(そうだ。早く帰らないと)
紗枝の笑った顔が脳裏に浮かんで----ぶるっと身を震わせた。
「寒いの?」
イリスがそう聞いてきたが、「ううん」と頭を横に振った。
「お母さん。凍太ちゃんを家に呼んであげようよ?」
イリスがそんなことを言ってくるのが聞こえたが、
「ごめん。家に帰らないといけないんだ。また、こんどね」
と断って、レイレイに手招きをして離れようとすると、
「今度ゆっくりお話でもしましょうね?」
後ろからお母さんのイアンナさんが手を振ってくれていた。
屋敷につくと、すぐさま、レイレイを獣舎へと戻し、藁を敷きなおす。
獣舎の中をあっためるべく、備え付けの暖炉に火の妖石を入れて暖めてやると、
レイレイが丸まって藁へと寝そべった。
「すぐにご飯持ってくるから待っててね」
凍太が告げると、レイレイは嬉しそうにナアゥと鳴く。
さぁ、これから朝の食事と、おばあさまとの手合わせがある。
凍太の一日はこうして始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます