第14話 はじめてのお使い

 馬車乗合駅で紗枝さんが作ってくれた、お手製のドリンクを水筒から直接口を付けて飲む。

 蜂蜜の甘い味と、柑橘系の汁、それに良く冷えた氷水が合わさって、トウタの喉を通り抜けていった。

「ぷはぁ」

 息継ぎをして、水筒の口に栓をして再びカバンに戻した。

「いい天気だなあ・・・・」

 馬車の乗合駅でベンチに腰掛け、ぼーっと景色眺める。3年前に強盗事件が起きた場所なんて信じられないくらいにのどかで、いい風景だった。

 待つこと、1時間ほどだろうか、遠くからごとごとと音が聞こえてくる。

(おっ来た来た)

 用意をして待ったのだが、その馬車は速度を落とさずに、乗合駅を通りすぎた。

(あれ?)

 まるで手を上げていたがタクシーに無視されたそんな感じで再び、乗合駅のベンチに腰掛けて待つことにする

 陽光が降り注いで、あったかい。寝てしまいそうにもなっていたのだが、そうもいかない。

 そんな心持で、しばらく次の馬車を待って----一台の馬車がやがて、凍太の前に停車した。

 今度の馬車は幌付きで何人かの乗客がすでに乗っている。馬車は二頭引きで御者は一人。前に通りすぎた馬車よりも一回り大きかった。

「僕?乗るかい?」

 御者が聞いてくるので、行き先を聞くと、「北央」だというので、乗せてもらうことにした。

 値段は銀貨で2枚。前払いで御者に払うと「小さいのにえらいな」と言われてしまった。

 馬車の中には老人が1人。子供連れの母親とその子供が1人。6人は乗れる程度のスペースに3人が座っている計算だった。

 凍太は老人の横にちょこんと胡坐をかいてすわり、小さな声で「失礼します」と断りを入れた。

「坊や一人かね?」

 老人がそんなことを聞いてくるので、「うん」と答えた。

「そうか、偉いねぇ」優しそうに老人は笑うと何も話してこなくなった。


 ごとごと・・・と馬車が揺れる。

 いくつかの乗合所を通過し、「北央」へと到着すると、みんなゆっくりと、馬車から降りて行った。

 大門を通過し、街へと入る。人々の活気があふれる大通りが目の前に広がった。

「おお・・・前に来た時より大きく感じる」

 人の多さと、活気の多さに圧倒されながら、まずは落ち着くためにどこかで休憩することにしようとして

 どんっ

 人にぶつかられた。

「おっと」

 大した衝撃はなく、少しよろけた程度だったが、ぶつかった人は「平気かい」と手を差し伸べてくれた

「大丈夫だよ」

 凍太は返事をしてにっこりと笑い返すと、「わりいね」などと言いながらその人は歩いて行った




 凍太様がぶつかられた。

 相手はあまり悪びれず、二、三、言葉を掛けて歩き去ってしまった。

(ああ、もう・・・・心臓に悪い)

 私は肝を冷やしながら一軒の屋台で串焼きと蜂蜜酒を買って、凍太様の尾行をしていた。

 三歳半になった凍太様は雪乃様の言いつけで、「北央」の賢狼飯店に品物を受け取りに来ていて、ついさっき大門をくぐったばかり。人の多さに圧倒されて注意が散漫になった所に、さっきの男にぶつかられたというわけだ。

 と、凍太様が進みだす。まだ小さい身体が移動するのが確認できた。

 蜂蜜酒を飲み干して代金をおく。おつりはいらないと言い残して、その場を去った。串焼きは手に持っていたが。

 大人の足元を器用に縫って、歩く。

 日頃、雪乃様と鍛錬されているためか、身のこなしは三歳半の子供とは思えない軽やかさを見せていた。

(あんなに動けるようになってたんだ・・・)

 内心、握りこぶしを作った。

(おっといけない。見失うわ)

 危うく、見失いそうになって、私は速足で再び移動を開始した。



 おっきい耳、ちいちゃいたれ耳、ながーい尻尾もあれば、ふさふさの尻尾が前を通り過ぎる

(目の前に尻尾がいっぱいだ。なんだ?ここはパラダイスか?)

 凍太は転生前にペット好きだった。耳も好きだが、どちらかと言えば尻尾派だった。特にふさふさの尻尾や猫のようにながーくくねくね動く尻尾がお気に入りで道端にいる猫の尻尾を触って悦に入ったりする少し変わった人間だった。

(オッといけない。いまは目的地に行かないとな・・・・)

 目的地は賢狼飯店。前は馬での移動だったが、今回は徒歩で移動であるためにかなりの移動時間がかかる道のりだった。

 大通りを一本入った裏通り----通称-----二番通り----に賢狼飯店はある。

 大人の足では大門から徒歩10分と行ったところだが、3歳児の足では倍の20分はかかる道のりなのだが----

「あったあった。賢狼飯店」

 凍太は大人とほぼ同じ時間で苦も無く到着をしていた。

「すいませーん」

 門をくぐって中に入る。すぐにカウンターに並ぶ3人の受付嬢が目に入った。

「いらっしゃいませー」

 受付嬢の一人が気づいてこっちに近づいてきてくれ、しゃがんで、挨拶をしてくれる。

「こんにちわ。おねーさん。雪花国の町長、雪乃の使いで来ました。凍太です」

 おねーさんに挨拶をし、おばあさまから復唱させられたセリフをよどみなく伝えた。

 一瞬、おねーさんがびくっと耳を立てたのが見えたので伝わってはいるのだろう。すぐにおねーさんはハンドサインを後ろの二人に送った。一つは上をさすようにして人差し指を突き出し、そのまま今度は親指を下に向けて。後ろにいたウサギ耳のおねーさんがハンドサインを見て取ったのか親指を立てて、すぐに伝声管に向かって何かを話しかけた。すこししてから、たたたたたっと階段を駆け下りる音がしたかと思うと----

「フェイ・ブラウンでございます」

 賢狼飯店のオーナーであるフェイ・ブラウンが目の前で執事のような礼をしながら俺トウタの前に立っていた。



「こんにちは。ブラウンさん。おばあさまの使いできました。凍太です」

「はぃ。存じております。この度は、雪乃様のご使者、大変でしたね」

 ブラウンさんはそういって席に案内してくれた。

「それで、この度はどういったご用件で?」

「おばあさまが発注していた、絹の反物を受け取りに来たんですけど、わかりますか?」


 3歳児が普通に敬語を話していたのを聞いて、アタシは少しめまいを覚えた。

 前よりも少しはましだが、どうやら、着実に成長しているらしいことは一目でわかった。

 汚れていない子供用の漢服をきて、肩から袈裟懸けに下げているのは鞄。雪花国からここまで乗合馬車を乗り継いでくるのに約3時間。普通の幼児なら心が持たないはずなのだ。なのに、目の前にいるこの子は、涙の後もないし、

 服の裾も汚れてはいない。転んだ形跡もないし、さして苦労もしていないように、笑っている。

「ご依頼の品はすぐに用意させましょう」

 アタシはこえがうわずるのを自覚しながら、従業員の一人に依頼の品を探して持ってくるように指示をした。

「ありがとうございます」「いいええ」

 凍太様が丁寧にお辞儀をしてくれた。アタシは愛想を振りまいてお辞儀を返すのだった。



「賢狼飯店」の中がぎりぎり見渡せる屋台の一角の椅子に座りながら、凍太様を監視する。

 串焼きとお茶を注文して長く座っていても大丈夫なように、準備をしながら横目で監視をしつづけた。

 中では、凍太様とフェイがまるで大人のするような会話で笑いあっていて、周りの人間は少し驚いている風だったが、さして問題にもなっていないようだった。

(あれくらいの会話なら、貴族の子供であれば普通にいますしね。すこし流暢すぎる気もしますが)

 おおむね、問題はないだろうと判断し、串焼きを租借しながらお茶に口を付けた。

 まだまだ、監視は続く。



 2階の特別席の窓から下をのぞく。

 店の主人が呼ばれて、席を立ってものすごい速度で下に降りて行った。

「まったく、何をしているのかしら」

 下の階では店の主人が私とさして歳の違わない一人の男の子と笑いあっているところだった。

 おもしろくない。自分でふて腐れているのがわかったが、貴族の子としては、恥ずかしいところを曝したくはなかったので、がまんした。

「お茶入れてちょうだい」

 召使の一人に命令すると、茶碗に入ったお茶が適温で出される。

「ありがと」お礼をいって受け取ると、気持ちを落ち着ける為にお茶を含む。

 茶葉のいい香りが広がって、ちょっとだけささくれた心を静めてくれた。

 尻尾と耳が垂れるのが分かる。リラックスできているのも感じていた。のだが、そう長くは続いてはくれない。

 お茶を飲み終わると、私は再び不機嫌になった。もう一度、窓の下を眺めると席に移った女主人と男の子が絹の反物を渡しているのが見えた。

(きれいな反物・・・)

 薄い桃色の反物をひろげて、確認をしているらしいが、一目で高級品だと私にはわかった。

 が、待たされているのにも限界だった。

(私をほおっておいて、どういうつもりなの)

 イライラがつのる。尻尾が少し膨れ上がった。目も険しくなっているのだろう、周りの召使たちが少しざわついた

「お嬢様・・・もうすこし、もうすこしです」

「何がもう少しなの? ずっとほっとかれてるじゃない! あの女主人、甘く見てるんだわ」

 椅子から、下りて召使に向きなおる。

「そんなことありませんよ。お嬢様は上顧客なのです。甘く見るなんて」

「ううん。ぜったい甘く見ているわ! さっきのものすごい速さで降りて行ったじゃない。私のときはあんなことしなかったもん」

(無性にむしゃくしゃするわ・・・・・)

 何か言ってやりたい。あの女主人とあの男の子にどっちが先だったかわからせてやりくなって----私は部屋を飛び出していった。

「大変!お嬢様!麗華リーファさまが!」

 召使の横をすり抜けて、階段を駆け下りて行く。少し階段は急だったけれど、止まらなかった。

 そして、私は降り立つと、女主人に向かってとげとげしく言ってやった。

「ずっと、上でまっているのだけれど!いつまで待たせるつもりかしら?」と。

「お嬢様!」

 後ろで召使がわめいているが、私は気持ちがよかった。注目されている。やっぱりこうでなくちゃ。

 私は鳳麗華ファン・リーファなのだから。



(誰だこの子)

 最初浮かんだのはそんな疑問 つづけて

(狐だ)

 相手を観察して、目にみえて目立つ尻尾で狐だと直感した

 ただ、もっと疑問なのは目の前の尻尾さん(仮)がどうしておこっているのかまでは、理解できなかったがーーーー

「ごめんなさい」

 とりあえず謝っておいた。

 尻尾さん(仮)がいぶかしんで、こっちに向き直りこっちに指を突きつけて、「何であなたがあやまるのかしら」と矛先を変更したところでーーーー

「申しわけありません。ファン様」

 フェイさんが即座に詫びを言った。だが、それで尻尾さん(仮)は収まる様子もなく、こう続けた

「ふん。顧客をほったらかしにしておいて、ごめんだけですまそうっていうのね。ほんとに悪いと思っていて?フェイ。」

 何を言い出すかと思えば、チンピラまがいの論法でフェイさんにくってかかる尻尾さん(仮)それはないだろうとは思ったが、特に何も言わないでおいた。だが、尻尾さん(仮)は

「悪いと思っているのなら、、、そうね。その反物を寄越しなさい。それで許して上げる」

 そんなに要求を突き付けて----

「できません」

 二人----俺とフェイさんが断るのは同時だった。

「なんですって?」

 尻尾さん(仮)が腰に手をあててふんぞり返る。

「いかに上顧客であるファン様であっても、他のお客様の物を渡すわけにはまいりません」

 ブラウンさんは下げていた頭を上げて、毅然とした態度で告げる。どうにも、ここは商人として引けないボーダーラインぎりぎりのとこなんだろう。相手がどんな小さな客であれ、顧客の一人には変わりない。かといって、フェイさんにこれ以上は出来ないだろうな・・・と思っている時だった。

 尻尾さん(仮)が反物に手を伸ばしてくるのが見えて----ぱんっ----俺トウタは咄嗟に下からその手を足で弾き上げてしまっていた。

「あ・・・!ごめん・・」

 即座に誤ったが、相手はびっくりして、蹴られた手を擦っているだけで、なんの反応もない。

(まずったなぁ・・・)

 普段足ばっかり使っているせいだろうか、手でやるよりも足で弾いたり、受けたりする事が多い----のだが、今回ばかりはまずかった。これでは、相手の心証はますます悪くなるし、態度も硬化する。

「やったわね・・・・!」

 キッとこっちを睨み返す目。相当に怒っているのが分かった。



「もう許さないんだから!!」

 叫んだ瞬間、相手の構成が凍太には読み取れた。

(火が来る)

 4つの拳大こぶしだいの鬼火が、襲い掛かってくる光景が頭に浮かぶ。---瞬間、幼女の周りに4つの鬼火が出現し、4つが別々に凍太へ飛んで行った。

(消してやる)

 凍太は一瞬で頭のなかに構成を展開した。

 冷気。触れれば凍るような冷気を手首、肘、足から膝まで、に纏わせるイメージを編みながら一歩後ろへと下がりすぐに----手先足先に冷たさを感じた。

 一つ目の火は冷気を纏った手刀で上から叩く。瞬間じゅぅっと火が掻き消えた。2つ目は左前足で、内から外へ弧を描くように回しながら、足のアウトサイドをぶち当てる。じゅっ---と音を立てて火は消えた。

 3つ目は、すぐ近くにあって危なかったが、掌で包むように左右から掌を叩きつけて、4つ目は後ろから飛んできていた為、ティッチャギ (後ろ蹴り)を放って足の裏を鬼火に当てた。これも、水蒸気が一瞬上がって蒸発する。

 とんっ---と上げていた足を元に戻す。と店内は静まり返っていた。外の往来する音が聞こえるほどに。

「お嬢様!おやめください!」

 メイドが遠巻から、必死に声を上げているが当の本人には頭に血が上っているのだろう----効果はなさそうだった。

 相手はまだあきらめない。

「こんの!」

 今度は大きな火を作ろうと構成を編み上げるのが見えたところで凍太は、一回転するようにクルリとターンをしながら跳んだ。

 斜め前上に跳びながら前向きになる瞬間には----振り上げていた足が----相手の頭に落ちる。

 ぱあんっとひときわ大きな音が鳴って、幼女の脳天に綺麗な ネリョチャギ (踵落とし)が決まった。

 一撃をまともに食らった幼女は一瞬動きを止めた後、膝から崩れる様にして、床に倒れたまま動かなくなった。

(きれいに決まったぜ。ティミョ・パンテ・ネリチャギ(跳び反転踵落とし))

 凍太の得意技であり、びっくり技の一つで間合いを詰めながら相手を奇襲出来る物の一つだった。

 脳震盪を起こしたのだろう、幼女はぴくりともしない。

 だが、この状況はまずいと悟ったのだろう。すぐ、隣にいた女主人のところに代金を多めに払って反物を受け取り、耳元で「ごめんなさい。あとはおねがいします」と言って大急ぎで裏口から脱兎の早さで逃げてしまった。



 ぱあんっ

 何かを打った音がなった時には----凍太様が相手の子の頭に足を載せているところだった。

(?!----)

 次いで、どさっと相手の子供が倒れて動かなくなったのが見えた。

 凍太様の少し嬉しそうな満足した顔が浮かぶが----すぐにはたと何かに気づいて、店主に何かを告げた後、反物をもらって代金を渡して、消える様に足早に裏口から出ていくのが見えた。

(止めに入ったほうがよかったのかしら?)

 相手がまだ倒れているままだったが----おつきの召使い達が寄ってなにやら介抱しているのが見えたので----ほおっておくことにした。

(それにしても----すでに、魔術を使いこなしていますね)

 構成は遠目だったが把握できた。恐らくは、防御の為に、冷気を纏わせて火を消すだけだったのだろう。だが。

 相手は2撃目を放とうとした。だから、魔術を編むよりも、体術の方が早いと考えて蹴った。そういうことだろう。

(氷を凍らせず、冷気のままで維持しながら展開させる。ですか・・・・面白いですね)

 普通なら氷の壁で防ぐか----氷の矢で迎撃するのが一般的な対応だった。

(被害を抑えるためにあえて、あの形をとった?)

 可能性がいくつか考えられたが、答えは出ない。

 裏通りを足早に追いかけながら、凍太様を追い続ける。

 大門を出たところで、やっと――――息を整えて居るようだった。

(おっと。危ない)

 私も気づかれないように人ごみに身を隠す。

 あとはここから少し行ったところに乗合馬車の停留所がある。そこまで行ってしまえばもう心配はない。

 あとは馬であと追いかけながら、町へ戻るのをゆっくりと見守れば、私の監視は終わりになる。

(とはいえ・・・・雪乃様になんと報告すべきでしょうか・・・・)

 私は報告でまたひと悶着ありそうなことを予感しながら----凍太様が馬車に乗るのを見届けるのだった。

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