第3話 浩太から凍太へ

「おはよう。凍太トウタ

 朝目が覚めると、布団の中で挨拶をされた。

 昨日の女の人が一緒に横で寝ていて、ほほえみながらこっちに挨拶をしていた。

(・・・・言語も理解できてる。なんでだろう。それに凍太って・・・)

「あなたは今日からうちの子になりました。名前は凍太。私、凍子の一字をとって凍太と名付けました」

(ああ・・・・名前か)

 どうやら、名前を付けてくれたらしい。

(トウタか。まぁいい名前なんじゃないか)

 そう思えた。

「私は凍子。トウコです。雪人ですが、あなたのお母さんです。一緒に頑張っていきましょう」


 目の前の女の人は、トウコと名乗った。長い髪のちょっとキツそうなタイプの美人だった。

 それに雪人ユキビトともいった。そして、お母さんとも。

(この人が親代わりか――――ちょっと怖そうだけど、まぁ仕方ない)

 僕、凍太はこうして、正式に浩太から凍太へと名前が変わり、親代わりの雪人に拾われることになった。


 とはいえ、昨日の今日である

 起きても赤子のままなので、自分一人では何もできない。仕方なく、凍子さんにされるがままである。

「お乳は出ないから、誰かにお乳をもらわないと・・・」

 思案している凍子さん。ややあってから、僕はだっこをされて出かけることになった。

 行き場所は町長の屋敷。ややおおきめの屋敷で庭が立派な感じのそんなお屋敷だった。

町長まちおさ様はいらっしゃいますか?」

 トウコさんは玄関からなかへと呼びかけた。呼び鈴なんてものはないらしい。

 シーン・・・

「町長さまはご在宅ですかー」

 もうすこし大きめな声で呼びかけるトウコさん。

 三度目をよぼうとしたその時だった。


「はいはい。私は後ろにおりますよ」

 後ろから唐突に声がした。

 トウコさんが後ろを向くと、大きな白虎に横ずわりでほほ笑む、老婆の姿があった。


 ギョッとした。

 目の前に現れた猛獣に。

 ヒっっと声をあげそうになって、上げられずに、僕にできたのは泣くだけだった。

「あぎゃぁ――――」(助けてっ助けてっ食われるっ)

 必死になって泣きづづける。というより、怖くて怖くて仕方なかった。

必死に凍子さんにしがみついて大声を上げる。

「あらら・・・・怖かったねー凍太」

 凍子さんはよしよしといいながらゆすったり、頭を撫でてくれるが、恐ろしさが勝ってしまって泣き止めない。

「元気な子だね。何処の子ですか? 凍子」

 白虎の上から声がする。

「はい。町長様。昨日付けで私の子としました凍太です」

 見上げるようにして、凍子は答えていた。

「ほう。お前の子ですか。誰との間の子です?」

「父親はありません。捨て子でした」

「・・・・ふむ。それをお前が拾って育てるつもりですか?」

 やや、硬いが優し気な言葉が響く。

「はい。この子は私が一命に変えても、育てる所存」

「・・・・やれやれ。事情は中で聞きましょう。お上がりなさい。お茶でもないと聞けなそうだわ」

 そういうと、老婆はひらりと白虎の背から華麗に舞い降りた。



「事情はわかりました」

 通された先の客間でお茶をだされたまま、凍子は正座状態で固まっていた

 一方の町長、名を雪乃という。は、にこにことほほえんだまま。

「その子をお前の子とするのは良いのです。父親がいないのもしかたない、ですが」

「・・・・」

「人族ですよ。分かっているのですか?」

「はい」

「賢しく、傲慢で、人族は戦をしてばかりと聞きます。そのような種族をこの雪花国せっかこくにいれるなど私は恐ろしいのですよ」

「分かっております。・・・・ですが、育て方によっても人はいかようにも変わります。どうか、どうか、

 私にこの子をお任せください。お願いします」

 凍子は礼をしたまま、動かない。

 しばらくして、町長、雪乃が口を開いた。

「仕方ない。お前だけでは手も足りないでしょうし。今回はこの私の監視下に置くものとしてと、条件を付けますが、それでも良いなら。育てることを許します」

「監視下ですか?」

「そうよ。うちの屋敷で暮らしてもらうの。もちろん、凍子おまえも一緒にです」

(・・・・うっわぁ。あの婆さん。見た目はミスマープルみたいなのに・・・・中身は、ただもんじゃあない。怖いくらいだ)

「畏まりました」

 トウコさんは再び伏したまま、「ありがとうございます」とだけ付け加えた。

 ちなみにミスマープルとはアガサ・クリスティの著書に出てくる探偵の名前だ。




 その日のうちに引っ越しが始まった

 とはいっても簡単なもので、町長の使用人達の手をかりて、お屋敷にその日の夜には引っ越しは終了した。

 凍子自身一人くらしで、荷物も少ない。大きな葛籠が10個ほどで荷物が収まってしまった。

 一方僕はというと、乳母がわりの人から授乳を受けていた。

 初めての栄養補給。意識があるので多少恥ずかしいが、飲まなければ生きていけないし、凍子さんはお乳は出ない。

「・・・・ぷぁ」

 乳母さんのお乳でおなかが一杯になり、変な声と共にけふっとげっぷが出た。

「よく飲まれましたね」

「まぁ赤子ですからね。それと・・・乳母として監視役としてよく務めるのですよ。何かあれば逐一報告するように」

 雪乃婆さんはそれだけ言うと、僕をのぞき込んで、それから抱きかかえる。

「それにしても、お前は本当に不思議な子だね。私の言うことを理解でもしているかのように」

 にやりと笑う。

「本当に、静かなお子です。滅多に泣きませんし。手のかからない子です」

 乳母さんも、首をかしげている。

 聞いていた僕は抱きかかえられたまま不安に駆られる

(もっと泣かなきゃいけないの? 下のお世話と、ご飯の時とかだけじゃダメなのか。でも・・・・いきなり泣くようになったりしたら変に思われやしないだろうか)

「まぁ、この子は今日からこの屋敷の子です。凍太や。いい子に育つのですよ」

 雪乃婆さん 改め、雪乃おばあさまの笑顔がとってもおっかないが、それは仕方ないんだろう。

 自分でそう思うようにして納得したのだった。

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