第4話 ちょっとした事

「だぁう・・・ぁう」

 生後5か月で何とかイエス/ノーの区別は伝えることができるようになった

 ただし、喃語なんご(あー とか うー)でだけど。


「凍太さまー 紗枝でございますよー。おしめは大丈夫ですねー」

「あー!」(YES)

「うふふ。元気ですね。おねむですかー?」

「うぁー」(NO)

 乳母であり、監視役でもある紗枝さんが最初気づいて

 雪乃おばあさまに大急ぎで知らせに行ったのが約1月前かそこらだ。


「大変です!トウタさまが!」

「どうしたのです。角でも生えてきましたか?」

「言葉をしゃべられておりまして」

「? まだ4か月ですよ。早すぎるのではないですか?」

「喃語ですが肯定と否定と取れるような・・・・」

「ふむ。見てみるとしましょうか」


「おはよう。トウタ。よく眠れましたか?」

 茶の間に呼び出され、凍子さんに抱かれて向かい合う。おばあさまそして凍子さんと俺。

 乳母の紗枝さんはおばあさま側に陣取っている。

(おっと、誘導尋問だね。ほんとは快眠だが、わかってないふりでノーだ)

「うぁー」

 ぼんやりした風で、小首をかしげる。足をばたばたさせてフェイクを入れながら。

「おや・・・随分と反応が鈍いですね・・・」

 袂で口元を隠しながら、目だけでにっこりと笑ってくる。優雅だが逆におっかない。

(・・・・ビビったら負けだ。頑張るぞ)

「凍子、トウタをこちらへ」

 おばあさまが凍子さんへ指示する。「はい。優しくお願いします」

 そう言いながら、ゆっくりとおばあさまへ譲渡される。俺。

 その時だった・・・・一瞬、おばあさまが腕をひっこめた気がした。一瞬の浮遊感。とっさに頭を守ろうとして。腕で頭を抱えるような動作をしようとして・・・・できなかった。俺はしっかりとおばあさまの腕の中に抱き留められていた。

「あ!」

 まわりにはちょっと揺らいだぐらいにしか見えなかったらしく。凍子さんが声を上げたのしか異変はなかった。

 ただ一人を除いてだったが。

 町長である雪乃だけがのんびりとした口調で

「おやおや・・・・歳をとったせいかねぇ」そんなことをいいながら、頭では分析を開始していた。

(この子・・・確かに頭を守るようなそぶりを見せましたね・・・通常の赤子であれば、知覚もできず何も気づかないはずの動作です。それをこの子は弱いところをとっさに守ろうとした・・・偶然か・・・)


2


(うぉーこえー。この婆ぁ マジで落そうとしやがったぞ・・・とっさに頭を防ぐように抱えたつもりだったがばれてないよね?)

 一瞬だったが、にんまりと、おばあさまの口元が笑っていた。

(あー。なんか感づいてらっしゃるな。この笑い方はヤバい奴だ)

 今までの経験からわかるのだ。

 転生前の怖い大人たちを何人か見てきたから。取引先の上役、いじめっ子、弱みを握っているもの。またはそれに類する悪い顔だ。ネズミのしっぽを捕まえて、目をひからせているトムみたいな感じだ。

 まぁ最後はジェリーにやられるわけだけど。


 なんにせよ。ここは自衛のためにできうる限りのことをしておく。

 赤ん坊にできる対抗手段は今のところ2つ――――そう、泣く、か、だんまりかだ。

 だんまりはいい手だと思うが、相手が悪いような気がする。勘繰られて下手を打ってはいけない。

 普通の子供に見えるように。どうすればいい? 

びっくりした風を装って大声で泣きわめくのが一番。そう考えた。

泣くぞ。そう決めた。悲しいことを記憶のそこから引っ張り出す。

振られた。試験に落ちた。試合に負けた。etc、etc。

そんなことを考えていると、自然に涙が目がしらにあふれてきた。



 凍太が泣いていた。

 何かにびっくりしたのかそれとも、むずがっているのか。

 しばらく聞かない大きな声で元気よく泣いていた。雪乃様の腕の中でいっぱいに泣き叫んでいる私の子供。なんだかうれしくなって、けどすぐにあやそうとして雪乃様が高い高いをしながら、凍太にむかって何かを小声でつぶやいたようだった。



 泣けていた。

 おむつ、ご飯、不快以外で。

(ふふん。泣いてやったぞ)

 俺はちょっと鼻が高くなった。自分の体が制御できていることを実感できたのと、やっぱり自分の身体なんだと思ったのと、そして目前のおばあさまを出し抜けた、そう思っていたからだ。

 だが、それも長くは続かなかった。

 高い高いをされる。それはどうということはなかったーーーのだが、降ろすときに一言小声でおばあさまはこう言ったのだ。

「わかっています。そこまでにしなさい。ね」と。

 背筋が凍った・・・心臓をつかまれたような・・・・感じがした。

 それを受けて、ぴたりと俺は泣き止むしかなかった。



「大奥様!凄いですね!どうやったんですか?今の」

 紗枝が必死になって聞いてきていますね。どうやったもなにも、ちょっとしたブラフだったのですけどねぇ・・・。

(まさか黙るとは思いませんでしたよ・・・・しかしこれではっきりしましたね。この子は「私たちの言葉を認識でき来ている」ということが。普通なら訳もわからず泣くでしょう。しかしこの子は「黙った」いや「黙ってしまった」のね。言葉の意味が分かって、命令されたとわかったのだわ。まったくどういう理屈かはわからないけれど。言葉を理解しているに違いない)

 そんなことを考えながら、凍子に子供を返しました。

 やれやれ、この年になってこんな面白い。・・・・いや、面倒なことにかかわるなど。

「ふふふ・・・・」

 思わず、口元を隠してしまいます。きっと下卑た笑いが張り付いているでしょうし。

 きっとこの先もっと面白いことがあるのでしょうね。いやはや長生きはしてみるものです。

 この寂れた雪花国でこの子供はきっと何かを見せてくれるはずです。ああ、楽しみ、楽しみ。

「私は自室に戻ります。あとのことは任せましたよ」

 そう言って私は自室に戻ることにしました。 

 さて、おいしいお茶でも入れるとしましょうか。

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