第十二話

 豊臣家、跡継ぎのお披露目、秀頼への忠誠の諸大名の誓いの儀も滞りなく済み、ようやく落ち着いた大坂城、奥の淀どのである。

(徳川をはじめ、諸大名、決して 秀頼とわらわに対して安堵はできぬが)

 心やすめに 茶会を開くことになった。

 心やすめとは言っても、淀にとっては退屈なものだった。

 もみじや銀杏の紅葉が あでやかとなった庭に朱い毛氈(もうせん)がところせましと敷かれ、家臣やその奥方が茶を楽しんでいる。

「つまらなさそうだな」

 背後から聞こえた声に、淀どのが振り向くと伊織だった。

「そなたか。今日はまた、城の紅葉もかすんでしまうほどハデななりをしておるな。朱色の小袖とは。まるで下賤のおなごではないか」

「お方さまも、喪中だというのに、金糸銀糸の打ち掛けで、ますます、お美しゅう」

「よけいなことは、よい」

「それより、早う秀頼どのが大きゅうならぬか、わらわは憂えておる。苛立ちがどうにもならぬ」

「天下人のご母堂ともなると、心の荷が重うござるな。ましてや、秀頼君はニセ……」

「しっ!!声が高い」

 淀どのは 慌てて伊織のひざ元に扇を投げつけた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「あの子の産みの母親は、そなたと近しいとか、風の便りに耳にしたが」

 淀どのの顔色の奥に、伊織には少女のようなヤキモチの色が見えた。

「ご自分のお子の心配かと思えば、かような~~」

 投げられた扇を拾い上げた伊織の口元に苦笑が浮かぶ。

「わしの周りには、貴女さまのような高貴なお方から、町人の娘、女将、農民の娘、透破、乱破(しのび)の女や、尼、遊女、女武者、数えきれん様々な女がひしめき、たまには、わしの手となり、足となり、役に立ってくれておりまする。たかが、ひとりの遊女なんぞ」

「まことか?そのナギサという女も、数に入らぬ 女のひとりか?」

「これは、名まで調べて~~」

「連れてきた子の父親は そなたではなかろうの?」

 伊織が弾けたように 高笑いした。

「もし、そうなら、わしの子が、秀頼君として豊臣家の跡を継ぐというわけか。これは面白い!!」

 本当に愉快、と言わんばかりに膝を打ち、満たされた杯を飲み干した。

「とんでもない戯れ言を」

 淀どのは ツンと、顔を背けた。

(このような得体の知れぬ者が秀頼の父とでもウワサがたてば、面倒なことになる)


 部屋に下がり、

(出自の知れぬ者……)

「治良(はるなが)」

 乳兄弟の名を呼ぶと、後ろに控えていた大野治良が にじり寄った。

「あれから、なんぞ、分かったか」

「は、某(それがし)より、三成どのの方が、直江から上杉家のことについて、何かご存知かもしれませぬ」

「何年か前に、三成に聞いたことがあるが、はっきりしないままじゃ。ましてや、今の三成は秀吉公が亡くなられて以来、忙殺されていて、かような事に時をさいておられぬ」

 淀どのは何か思い直したようだ。

「こうなれば、わらわの実の子の預け先を探ってまいれ」


 治良(はるなが)配下の者が、京、嵯峨野の慶春尼の庵をつきとめるには時間はかからなかった。

 そして、慶春尼とは、どういう女なのか、伊織とはどういうつながりがあるのか、調べにかかった。


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