戦場に、雲は流れる

芍薬

プロローグ

 武骨なブーツが荒れ地の土を蹴りあげる。

 乾いた風が僅かな砂埃と硝煙の 匂いを運ぶ。

 足が大地を蹴れば呼応して主張する心臓は、今確かにこの場所にあることを実感させてくれる。

 数少ない、彼女が生を実感する瞬間だ。

 ユーニャは1人感慨に耽ったが、駆け抜ける足音は1つではない。


「おいユーニャ! 考え事とか余裕だな」


 隣で喚かれてユーニャは顔をしかめた。

 鮮やかな碧の瞳で隣を一瞥する。

 隣を走るのは短い白髪の少年だ。実際年齢はユーニャの2つ上だが、精神年齢は十歳くらいだろうとユーニャは思っている。


「うっさいわね。エイヒドこそ全力出してんの? 全力でこれとか笑える」


 ふんと鼻を鳴らすと、分かりやすくエイヒドの顔が歪んだ。鼻の上に皺を寄せて怒る。


「ふざけんな。これはお前に合わせてやってんだよ。お前こそこれが全力とか片腹痛いわ」

「あーら、本当に遅れだしてるわよ。トシなんじゃない?」

「まだ成人もしとらんわボケ!」


 たちまち罵り合いが勃発するが、2人とも走る足が止まることはない。

 むしろどんどん加速していくが、息を切らすこともない。

 何しろ2人を追いかけてくるのは人生の終焉である。

 足を止めたら即、死。

 二人の駆ける道を機銃の掃射が追いかけてくる。

 二人とも防弾の兵服を身に付けているが、そんなものはあくまで気休めであって、銃弾が脳をぶち抜けば全ておしまいである。

 時々乾いた木が生えているくらいで殺風景な荒野は、隠れ場所すらない。

 くすんだ空色の兵服という非常に目立つ服装の二人は、狙い撃ちにされていた。

 装甲の分厚い戦車がキャタピラを高速回転させながら追いかけてきている。しかし、あれのメリットは砲撃の威力であり、機動力はそんなにない。

 自由に走る二人を、しびれを切らせた狙撃手が直接ライフルで狙っているのが現状だった。


「……ねえ、これ本当に迎えが来るの?」

「そういう約束だろ」

「遅いでしょ、いい加減」


 ユーニャがぼやくと、今度はエイヒドが鼻を鳴らした。


「じゃあ足を止めれば? すぐに迎えが来るぜ地獄のな」


 にらみ合っているうちにエイヒドが何か見つけた。

 罵倒を引っ込め、遠くを見るように琥珀色の瞳を眇る。


「来たぜ」


 二人は打ち合わせもせずに方向を変えた。

 エイヒドの示した方向に向かって全力で走る。

 ユーニャの目にもその姿が見えた。見慣れた装甲トラックが砂塵を巻き上げてやってくる。

 待ちに待った迎えである。

 トラックはみるみるうちに接近し、二人に迫った。


「うお!?」


 避ける気が皆無の爆走トラックに突っ込まれ、二人はすんでのところで左右に別れて飛び退いた。

 固い路面ならタイヤから軋みが上がりそうなハンドルワークで、トラックが九十度回転する。

 どすんと停車したそれに二人が駆け寄ると、荷台側面の入り口がガチャリと開く。


「おつかれ~」

「ざけんなデュー。轢く気か?」


 中から金髪の少年がにっこりと現れた。それを押し退けて乗り込みながら、エイヒドが運転席に怒鳴る。


「遅い」


 ユーニャも唇を尖らせながら身軽に乗り込だ。

 その間に、戦車側に向けたトラックの側面は集中砲火を食らっている。

 銃撃を食らう鈍い音と衝撃が社内を揺らした。

 装甲車なので、そう簡単に貫通したりはしないと知っているので、全員落ち着き払っている。

 素早く入り口をもとに戻し、金髪の少年が運転席を振り返る。


「デュー出発ー」


 答えるように一気にアクセルが全開になる。

 急発進したトラックは、荒野に轍の跡のみを残してすっ飛んでいく。

 ついていけずに置いていかれる戦車を金髪の少年が覗き穴から確認して、面白そうに笑った。


「気持ちいいなー。もっとやろうよデュー」


 強烈なGを食らったユーニャは眉を寄せる。


「相っ変わらず運転荒いわね! こんなの喜ぶのルイアくらいでしょ」

「えー楽しいじゃん」

「安全運転って言葉を知らないの?」

「ユーニャには言われたくないんじゃないかな」


 優しい茶色の髪と目をした少年がのんびりと会話に加わる。彼の場合、本当に性格がのんびりしているわけではなく、そういう話し方が癖になっているだけだが。


「失礼ね。私はいつでも安全運転よ」

「定義が間違ってんだろ」

「なにおう」


 エイヒドが混ぜ返してきたので言い合いになる。

 いつものことなので誰も突っ込まない。

 金髪の少年ルイアと茶髪の少年ハウィムが見ているくらいである。


アエスダン国少年特殊兵団、第二隊。

隊長のデュー以下四名は優秀な兵士であったが、任務中でも今一つ緊張感に欠けるのはいつものことであった。

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戦場に、雲は流れる 芍薬 @1992

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