日曜日の午睡 - Winifred Bierce (4)
「……ル……シスル!」
「あ?」
「やっと起きた! ダメだよう、腕もげたまま寝たりしたらあ」
甲高い声は、夢の中で聞こえていた女の声と同じもの。思わず、ミラーシェード越しの視界に揺れる赤毛を捜してしまうが、視線が捉えたのは、胸の上に鎮座ましましている、ショッキングピンクを基調とした鸚鵡だった。
「ああ……フロックス」
「きちんとグレゴリーのところに行くのー。寝るのはそれからそれからっ」
「むう、あと五分……」
無意識に左腕を庇いつつ、ごろりと寝返りを一つ。そのまま布団代わりのタオルケットを引き寄せようとしたが、その手をフロックスがてちてちとつついてきた。
「ダメダメー! 寝たら死んじゃうぞー!」
「もう、おいちゃん疲れたよ……」
「ぴちぴちの二十歳がそんなこと言わなーい。ほら起きた起きたあ」
あまりに耳元でうるさく喚かれるものだから、渋々体を起こす。まだまだ脳味噌は休息を欲しているようだったが、それでも少しは眠れたからか、少し首を動かしたところで暴力的な眠気からは解放された。
しかし、懐かしい夢を見たものだ――そんなことを、思う。
ウィニフレッド・ビアス。
あの女についての思い出は、シスルのただでさえそう長くない人生の中で、決して多いものではない。それこそ……この、姦しく騒ぐ鸚鵡を置いて、消えてしまうまでの一年間。それが、彼女についての記憶の全てだった。
奇跡のような技術と、それと同じかそれ以上の火種を振りまくだけ振りまいて、気づいたら姿を消していた天才。彼女がそこにいたと証明できるものは、シスル自身を含めいくらでもあるというのに、その後彼女がどこに、どうやって消えたのかは何一つわかっていない。
あれから四年が経過した今も、なお。
唇に手袋をしたままの指を当てる。彼女が最後に与えてくれたものは、親愛の口付けだった。その熱を、抱きしめた腕の細さを、もう感じることはできなかった、けれど。
「フロックス」
「なあに?」
振り向いた鸚鵡の目の色は、かんらんの緑。もう、永遠に会うことはないであろうあの女と、同じ色をしている。
けれど、何故だろう。つくりものである鸚鵡の瞳の奥で、ウィニフレッドが今も嬉しそうに笑っている気がして。シスルは、口元にふと笑みを浮かべてみせる。
「いや、なんでもない。行こうか」
「そうそう、素直は大事っ」
どこか見当違いなことを言う機械の鸚鵡を連れて、シスルは部屋を後にした。最近新たに選ばれたという《歌姫》エリザベス・カーシュの歌声が流れる街路を、ゆっくりと歩み出す。
思考回路の片隅では、生きたい、と叫んだあの日に見た真紅の花が揺れている。
その花の名は、わかりきっていた。ウィニフレッドが一番好きだった花であることも、知っていた。
本当は、そんな色で咲くはずもないということだって、知っていた。
そんな、すっかり聞き慣れてしまった花の名を、歌うように呟いて。黒衣を翻した青年の姿は、外周の雑踏の中に消えていった。
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