〈1〉「ようこそ氷の星へ」

【ようこそ氷の星へ】


 降り立ったその星では、そんな看板が待ち構えていた。

 氷——。グラスに入れるとカランと音のする、透明な物質のことだ。つめたく、気持ちがいい。時間が経てば、それは水へと溶け変わる。


 星の名前の意味は、すぐにわかった。


「見てみなよ、ソラ」とテグリは顎で指す。


 彼女の視線の先には、いくつかの氷像が立っていた。

 ある氷像は女性の形をしており、両腕を胸の前で交差させ、やさしい笑みを浮かべて瞳を閉じている。今にも動き出しそうなリアリティがある。像へと近づいて見れば、その精巧さはさらに際立つ。


 テグリは氷像の顔に触れてみせた。


「なんだこれ。緻密ってレベルじゃない、まつげ一本一本すら表現されてる。……ありえない」


 忌々しく言うと、身にまとう黒いレインコートを翻し、彼女は氷像に背を向けた。


 彼女はテグリ。ぼくとは違う星に生まれた女性だ。

 ぼくよりも年上で、態度が大きく、快活に笑い、でもぼくより頭一つ分だけ小さい。世界は楽しいことで満ちていると言った口で、世界は悲しみによってつくられたと口にする。ぼくはまだ彼女のことを知らない。なにせ、ぼく自身のことだってぼくは理解できていないのだ。


「たしかに」とぼくは言う。「ありえないくらいリアルです。氷で像をつくれることは知ってますけど、でもこんな細かくつくれるものなんですかね」


 はっ、とテグリは吐き捨てる。


「違う、違うよ。あたしが言いたいのはそこじゃない。これはそもそもんだ」


 ……?

 

「それってどういうことですか」

「どうもこうもないよ。ソラ、この星に来て、何か異変はなかった?」

「異変……? いや、なにも」

「そうだね、あたしもそうだ」

「それが何か?」

?」


 その言葉に、背筋が凍った。

 凍った、なんて冗談にもならない。

 何しろここは、【氷の星】だ。


「寒くすらないのに、どうして氷像がそれだけの精巧さを保っていられる? まつげすらも氷で表現だって? そんなもん、


 そうだ。

 氷——。グラスに入れるとカランと音のする、透明な物質のことだ。つめたく、気持ちがいい。時間が経てば、それは


「つまりこれが、この星での【死】なんだよ」


 テグリはそう告げるのだった。

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