第15話「翔べ、シュタディオン」
突然、爆発音が機体を襲う。
なんだ、なにが起きた。頭がクラクラする。コクピット内が暗くなった。モニターの画面がフラッシュでチラつく。とても大きな爆発音・・・音、いや、音だけじゃない。機体が揺れた。雷でも落ちたか?火事でも発生したか?
―パニックだ。何が起きているのかわからない。
あたりを見回す。これは・・・コクピットに電源が来ていない。スイッチがあるとしたら切れている状態だ。先ほどまで鮮やかな3DCGを投影していたモニターも今は真っ暗だ。
痛っ!
ふと気づくと、身体中が痛い。ムチ打ちにあったようだ。
暗いモニターに僕の顔が映る。額から何か・・・血だ、血が流れている。そうか、僕は頭を打ったのか。どうして、何が起こったんだ。
「綾菱さん?・・・綾菱さん?」
応答がない。
何が起きた。これは正常な状態なのか?
スピーカーから辛うじて何か聞こえてくる。
"何が起きたの?!"
何かが起きたことは間違いないらしい。
何人かの人間の声がスピーカーから漏れていたが、声が遠く途切れ途切れで言葉として捉えられない。
"戦闘配備!パイロットの生命を第一に!"
パイロットのイノチ?僕の?
「綾菱さん?!綾菱さん?!」
だめだ、回線が繋がっていないらしい。
さて、どうしたものか。
モニターは真っ暗。機体の状況はわからない。指揮官とは連絡がつかず。
"ヴーーーーーーン"
コクピットに明かりが戻った。
機械が起動して、システムが立ち上がるような音がしている。
「牧村さん!牧村さん!・・・返事をして!」
綾菱の声だ
「綾菱さん!」
「牧村さん?!大丈夫ですか?!無事ですか?!」
「ええ、僕は大丈夫です。少し頭を打ったみたいですが意識ははっきりしています」
スピーカーから綾菱のため息が聞こえてきた。安心したのだろうか。
「何があったんですか?」
モニターが復活し、再び映像が表示される。
さあ、さっきの続きといこうってか。
・・・・いや、なんだよこの画面。おかしいだろ。
「綾菱さん!これはどういうことですか!」
「ごめんなさい牧村さん!」
ごめんなさい?いや、そんな言葉が聞きたいんじゃない。いま何が起こっているのか状況を説明して欲しいんだ。あなたが謝ることと何の関係があるんだ。
「今までのは!・・・全てトレーニングモードの一貫でした」
「今までのが?あのトラブルも?」
「そうです。本番に耐えられるよう、あえてトラブルを仕込んであったんです」
なんでそんなことを・・・。
―そうか。
「基本操作を覚えた後、指揮官と緊張感を持ってタッグを組むため、ですか」
「はい、そうです」
じゃあ、これもそうなのか。
いや、きっとそうではない。
訓練で血が流れるわけがない。
それに、この映像は今までのものとは全く違う。
これは、CGじゃない。リアルだ。現実世界そのものの映像だ。
「この映像は・・・」
「それが、本当の本番の映像です。つまり、本物のエネミーが来襲しました」
なんてこった。あの最新鋭のCGすらトレーニングだったのか。そして、この場で本物のエネミーが来襲するとは。ついてないにも程がある。嘘から出た誠ってのは、こういう時に使う言葉なのだろうが、できることなら使いたくない。スケールが大きすぎる。・・・ってそんなことを考えている場合ではないのでは?なぜ僕はこんな被害を受けたんだ。それは、攻撃してきた奴がいるからだろう。レーダーマップが映っていない。どこだ、どこにスイッチがある。
「レーダー!!!」
「ダメです!牧村さん、ここは逃げてください!」
「なぜ!ここで戦うために僕は呼ばれたのでしょう?!」
「本当はトレーニングのまま終わるはずだったんです!まだ慣れていないのに、怪我をしている今の状況では危険すぎます!」
何を言ってるんだ。
ここで引いたら、事故が起きるんだろう?
そんなこと言ってる場合か。
なんのための戦闘兵器だ。なんのためのパイロットだ。
「僕は大丈夫!早く指示を!」
「ダメです!これは、指揮官命令です。戻ってください。戻りなさい!」
確かに、この状況では分が悪い。だいたい、敵が視認できない。どこにいるのかもわからない。ということは、いつ次の攻撃が来るのかもわからない。
「わかりました。指示に従いますから、レーダーを映してください」
"ポーン"
モニターの右上にレーダーマップが表示された。
1、2、3・・・5体もいるじゃないか。
そのときだった。
白い閃光が視界に入る。
咄嗟に左のレバーを握った。
爆発音とともに機体が揺れる。
「牧村さん!大丈夫ですか?!」
とっさに盾で防いだ。直撃はまぬがれた。
「大丈夫です。揺れただけで、これぐらいどうってことはないです」
嘘だ。本当は気が動転していた。日頃気まぐれに訪れる地震の揺れなんて比べ物にならない。これは、この揺れ方は大震災のレベルだ。
「機体の損傷が激しいです!牧村さん逃げて!ポイントA5までなんとか逃げてきてください!そこでシステムを終了してコクピットを回収します」
なんとかここから逃げろってか。
5体もいたら・・・ちょっとつらいですわ。かといって、このまま命を諦めるわけにも。・・・ちょっと待て、命?なぜ僕は血を流している?なぜ頭を打った?さっき、なぜ揺れた?
おいおいおい、想像の遥か上を行ってくれるじゃないか。
「牧村さん、早く!」
いや、その前に確認をしなければならないことがある。
「綾菱さん、正直に答えてください」
返答がない。
「この機体、コンピューターの中での戦いといえど、衝撃はそのままコクピットに受けるんですね?」
少しの間が、二人の間に痛々しい時間として横たわる。
「・・・・すみません。それも本来であればトレーニングモードを終了したあとにきちんと説明する予定だったんです。でも、まさか、こんなことに・・・」
今にも泣きそうな声だった。
泣いている場合じゃないだろう。まだ何も始まっていないしそして終わってもいない。僕はまだピンピンしているし、逃げるにせよ、泣くほどのことではないだろう。
そのとき、トレーニングモードの前にした話を思い出した。
『タッグが解消されたら、失敗に終わったらどうなるかわかりますか?指揮官は降格、他の指揮官にチェンジです。次のチャンスがまわってくるまで他の仕事にまわされます』
このまま僕が帰還すればどうなる。きっとこのタッグは失敗の烙印を押されて解消されるだろう。そうすれば、彼女は二度とここには戻ってこれなくなる。せっかく、千載一遇のチャンスを得てタッグを組んだというのに、このままどこか地方へ飛ばされるのか、民間企業にでも天下りさせられるのだろうか。
―ふざけるな。
勝手に人を呼んでおいて、僕はそんな役目を負わされるのか。
やってられるか。システム開発だろうが戦闘兵器だろうが地球防衛プロジェクトだろうが知ったこっちゃない。僕が絡んだのに失敗プロジェクトで終わらせてたまるか。
「綾菱さん、僕、行きます」
「どこにですか?まさか・・・」
「戦いますよ」
「何を言ってるんですか!上官命令だと言ったはずです!戻りなさい!逃げなさい!逃げて!」
「どのみち、この状態じゃ逃げられません。相手は5体もいて、囲まれています。背中を見せたら攻撃の嵐でしょう。機体が揺れてしまったら、今の僕ではまともに操縦できません。戦うしか無いんですよ。もうここまできたら」
返答がない。
黙っていちゃわからないよ。
「綾菱さん!」
まだ黙っているつもりか。黙っていても何も変わらないよ。
進もう、指揮官。
「・・・わかりました。戦いましょう。ただし2つのことを約束してください。一つは、とにかく攻撃を避けることを最優先に行動する。もう一つは、逃げる隙ができたらすぐに退却してください」
1つ目はともかく、2つ目は受け入れがたい。
が、ここで言っても平行線だろう。
「了解。では、指示を下さい」
ため息が少し聞こえた。いや、これは呼吸を整えたのか。
「では、聞いてください。その前に一つ。敵からの攻撃はいまからずっと意識してください。指示の途中でも遮って構いません」
「了解」
"ポーン"
再びレーダーマップが音を立てて再起動した。注目させるために鳴らしたのか。
「いま牧村さんの位置はD10です。エネミーは周囲に5体。残念ながら3体もレーザー光線を持っているエネミーがいます。姿かたちは5体ともトレーニングモードの3体と似たようなフォルムをしているので目視すればすぐにわかるでしょう」
チラッと何かが光った気がした。
レーザーだ!
そう思った瞬間には右にサイドステップをしていたが、間に合わなかった。大きな爆発音を立てて被弾した。いや、しかし正面ではなかったようだ。ちょうど盾に当ってくれたおかげで致命傷にはなってない。
「大丈夫ですか?!!!!」
「大丈夫です。ちょっとラッキーもありましたが・・・続けてください」
「囲むようにエネミーが5体います。まずこの陣形を崩しましょう。幸いチームワークがあるようには見えません。右側1時の方向にいる2体が、比較的近い距離にいます。このうち手前にいる1体をライフルでも、盾を使ったタックルでもOKです。吹き飛ばして2体のエネミーをもっと近づけてください」
これはまた、大胆な作戦をくれる指揮官だこと・・・。
「吹っ飛ばす?狙いは?」
「少しでも敵をまとめて、両者を盾にしながらまとめて撃ちぬく作戦です」
なるほど。大胆だが、考えていないわけじゃないのか。
「その二体を倒したら、その先にある岩を打ち崩してください。一気にその向こうにいる一体も撃破します」
ちょっと射程距離が長い気がするが・・・、いや、おそらく届くのだろう。
「その後の指示は追って出します。戦況がどうなるのか見たいので」
リアルタイム戦況分析ってことか。
「了解。ところで、このシュタディオンとやらは、あと何発レーザー光線に耐えられる?」
「持って・・・3発でしょうね」
「被弾は2発まで・・・か・・・なかなか厳しいですね。ま、なんとかなるんじゃないですか」
「なぜそう思うんですか?」
「根拠なんかありませんよ。僕はなんとなく、いつもそう思うだけです」
「不思議な人ですね」
あなたもね。
と、悠長に会話を楽しんでいる場合じゃない。
「綾菱さん、会ってからそればっかり。さあ、行きますよ」
「それは、私の言葉です」
ちょっと怒っている。
若い女はこれだから・・・。
さて、華麗に舞うとしますか。ゲーム感覚でどこまで対抗できるかはわからないけど。
「じゃあ、ほら。掛け声」
「え、あ、はい。そうですね。・・・牧村さん」
まだ質問ですか。
「はい」
「まだ、タッグは解消させませんよ。必ず生きて帰ってきてください」
「了解」
「では、検討を祈ります」
スピーカーから、息を大きく吸う音が聞こえる。
1日に三回も聞くもんじゃないな。
「グッッドッ!!!!!!!!!!!」
さあ、僕も大きな声で返しますよと。
だんだん、恥ずかしさもなくなってきたな
「ラッック!!!!!!!!!!」
――どうしてそんなことになったのか、今でもわからない。僕が、こんな大きなものを操縦することになるなんて。平和であることは確かに大事な事だけど・・・。
でも、やってやろうじゃないか。
32歳のリアルロボット操縦士。
見てやがれよ、コノヤロウ。
さあいくぞ、シュタディオン。
今日からお前も僕の相棒だ。
30代からはじめる”リアルロボット操縦士” 清永啓司 @kiyonaga
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