第一部:悲運の劫火 編

第1話《その兄弟、超能力者》

その1


 広々とした畳の間に、朝日が差し込んで来る。

 部屋いっぱいに並べられた四つの布団のうち三つからはまだ安らかな寝息が聞こえて来る。残りの一つは、丁寧にも畳まれている。つまりはここで寝ていた人物はもう起きたという事だ。


 時刻は七時より少し前。学生ならば既に起きていてもいい時間だが、今日は誰もが待ちわびた日曜日である。もう少しだけ寝ていたって、お天道様もきっと見逃してくれる。

 だが、そんな静かな朝を打ち破るように、リビングと寝室を隔てていた襖が勢いよく開かれた。


「おっはよー!朝だぞ!さぁ起きろ俺の愛しのブラザー&シスターズ!今日は華の日曜日だぞっ。出かけたいなら俺に申し出ろ!どこにでも連れてってやろう!」


 早朝からやかましく妹達を起こしに来たのは、エプロン姿でお玉を片手にした、見て呉れは完全に肝っ玉母さんといった感じの輝之だった。


 東雲四兄弟長男、東雲 輝之。かつて桜子に救出されたあの日から十年、彼は立派に成長し、研究所にいた頃は失いかけていた活気を取り戻していた。

 現在はキャンパスライフを謳歌する輝かしい大学生だ。元の勉強好きも相まってか、成績は優秀で、社交性にも秀でている。長男であるが故、桜子に一番念強くものを教え込まれ、そこで取り入れた様々な知識こそが彼を優秀たらしめている。

 しかし、人格は桜子の影響もあってか風変わりになってしまい、俗にいうシスコン・ブラコンという類いの人間となってしまった。近頃お目にかかる事があまりない良い兄貴であることは間違いないが、そこが欠点といえば欠点だ。


 そんな彼の呼びかけで始まる東雲家の朝。

 他の三人はまだ眠いという意思表示か、もぞもぞと少し体を動かすだけで起きようとしない。

 確かに今朝は少し寒いので、なるべく布団から出まいとするのはもっともだ。


「なんだよ、お前ら…。ったく、ノリ悪いなぁ」


 エプロンに描かれた可愛げなニコちゃんマークとは裏腹に、困ったような表情をする輝之。だが、困っていたのは起こされに来た兄弟たちも同様であった。

 大学生である彼以外はまだ中高生だ。大学生活に比べて、中学・高校生活というのは様々な事に体力を使う。一週間、勉強したり友達と戯れたり、疲れがたまるのも無理はない。三人としてはこのせっかくの休日をゆったりと過ごしたいのである。

 輝之はお玉を適当な場所に置き、再び妹達の前に現れた。


「おーい、起きないのか?ん?」


 今度はなんのリアクションも示さない三人に、輝之はため息をつく。

 こうなれば、別のアプローチをしていくしかない。

 まずは一番左端の布団で寝ている青葉に近づき、


「……今日の朝ご飯はホットケーキです」

「わー!本当!?本当なの、お兄ちゃん!」


 さっきまでのローテンションが嘘のように、青葉は掛け布団を投げ捨ててまで起き上がった。


 東雲家次女、東雲 青葉。現在は誠と一緒に近所の中学校へ通う中学二年生であるが、精神年齢はおそらく小学校中学年に相当している。とにかく元気で、年がら年中バイタリティに溢れている。これでも、輝之があった頃はもっと大人しめな子だったのだが……。まぁ、研究所から連れ出された直後は大人しいというよりも、心に傷を負ったせいで塞ぎ込みがちだったので、こうして朝から太陽のような笑顔を見せてくれるのは青葉の成長も感じられて、輝之としては嬉しくもあった。うるさくなりすぎるのが玉に瑕だが。 


「……おはよう。青葉」

「ねぇ、本当なのってば!」


 まるで応援していたプロ野球チームが総合リーグ優勝したという一報を受けたかのごとく、輝之の手を取りしつこく確認して来る青葉。ホットケーキが好きなのは微笑ましいことであるが、それよりも兄の出かけの誘いが青葉にとって下だったという事が輝之にとってショックだった。


「そうだよ、今日はホットケーキだ」

「本当の本当に?」

「本当の本当に!」

「やったーっ!」


 朝っぱらにも関わらず両足を揃えて飛び跳ねる青葉。今時幼稚園児でもここまで大仰なリアクションはとらないだろう。


「じゃ、準備してくるねー!」

「その前に顔洗っとけよー」


 キラキラと目を輝かせながら走り去ってゆく青葉を横目に、次は誰を起こそうかと輝之は考えた。


「……あ、もうすぐナントカ戦隊が始まる時間だなー」

「なんで俺を起こさない!!」


 輝之の大根役者も聞いて呆れるような棒読みの台詞を耳にして、誠が布団から飛び起きた。

 我が弟ながらちょろ過ぎて心配になる。


「おはよう、誠」

「なんだよ兄貴、まだ三十分前じゃねーか……」

「こらこら、二度寝しようとすんな!お前も青葉と一緒に顔洗ってこい!」

「へいへい……」


 誠は渋々といった感じで頷いて、洗面所へ向かっていった。


 東雲家次男、東雲 誠。青葉と同じ中学へ通う中学二年生。こちらは青葉とはまた違った方向で精神年齢が幼く、良く言えば少年の心をいつまでも忘れない、特撮ヒーローに憧れる十四歳なのであった。輝之も昔はそういう番組を見ていたのであまり否定は出来ないけれど、中学生にもなってヒーローにお熱なのは少し不安になる。だが、それ故に正義感も強く、困ってる人を見捨てる事が出来ない性格であり、そこは兄として誇れるところであった。なんだかんだいって頼りになるところがあるのも、誠のいいところだ。


「あー!ちょっとー!」


 さて、残りの一人、玲奈を起こそうとしたその時、洗面所の方から叫び声があがった。


「それアタシのタオルだってば!使わないでって言ったじゃん!」

「タオルなんてどれ使っても同じだろーが」

「同じじゃないよぉ!誠のバカ!」


 もはや毎朝恒例である、誠と青葉の口喧嘩が始まったらしい。

 青葉と誠は東雲家で一緒になる前から親戚同士だったようで、東雲兄弟では唯一、血縁関係がある。そして同い年ということもあってか、彼らはお互いに遠慮することを知らない。一日に三回は喧嘩をしているだろう。まぁ、放っておけばすぐに仲直りするのであまり口出ししたりはしない。

 どうせ、たったいま勃発した言い合いもすぐ収まるので、輝之は次の行動に移った。

 輝之は玲奈の布団のすぐ傍まで近づき、彼女の寝顔を覗き込んだ。


 東雲家次女、東雲 玲奈。市立の高校に通う現役女子高校生だ。セミロングの黒髪、長いまつげ、白い肌、彼女の容姿は東雲家でも群を抜いて整っている。背もそこそこ高く、性格も明るいので学校では男女問わず人気があるようだ。


 しかし、ちょっとした問題点がひとつ。それは、兄に対してあまり心を開いてくれないことだった。数年前までは輝之の事を慕って、何かあれば「お兄ちゃんお兄ちゃん」とはにかみながら話しかけてくれたものだが、高校に入ってからは態度がどうも素っ気ない。俗にいう反抗期というやつだろうが、それが無かった輝之にとってはどう対処したらいいのか困っている。大学の友達には構いすぎてるのがダメだと指摘されたが、そうは言われても目に入れても痛くないほど可愛い妹に構うなという方が輝之にとっては無理な話だ(ちなみに、輝之のシスコン・ブラコンは大学の仲間内でも有名である)。

 そして、さらに困ったことに玲奈は東雲家でも群を抜いて寝起きが悪い。なので、起こす際には細心の注意を持って、彼女を刺激しないように起こさなければならない。

 輝之は玲奈の枕元近くにしゃがみ込み、彼女の耳に顔を近づかせ、そしてそっと囁いた。


「襲っていい?」

「いいわけないでしょうがぁ!!」


 朝一番とは思えない重みのある右ストレートが間髪入れずに輝之の頬を捕らえた。数秒だが宙を舞い、綺麗な半円を画いて畳に打ち付けられる輝之の体。

 彼は一撃もらっておきながらも、妹に対する朝の挨拶を忘れたりはしなかった。


「おはよう。玲奈……」

「おはよう。アホ兄さん」


 一見、失敗にもみえるが、玲奈を目覚めさせる事には成功したので、結果オーライ。

 これが東雲家の朝である。

 非凡アブノーマルな兄弟たちの、普通ノーマルな日々の幕開け。

 今日も家族四人で他愛ない休日が始まる——はずだった。

 彼らの足首に纏わり付く、忌々しい過去さえなければ。

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超能力者の東雲四兄弟 水無月 @yokomoji

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