第13話 ここにありて思うもの

 ガタガタと揺れているのは座席でしょうか? それとも、新幹線自体の振動か。難しいことは私には分かりませんが、姉さんが起きてしまうような強いものにならなければいいと、願います。

 三輪町で発生した、アンティークによる事件。それはハーメルンの笛吹き男の物語が展開されたことによる、怪事件。普通の警察では手に負えない可能性が高いからと、私達姉妹が呼ばれることになりました。

 正直なところ、行方不明になっているだけなら無事に帰ってこられるのではないかなんて、甘い考えを抱いていたのは事実です。酷いことになっているというのも可能性の話でしかなかった為、姉さんから聞いた時も事件解決に必要そうな部分しか見ませんでした。だから、あのような結果を招いてしまったのでしょうか? みなさんの努力は報われることなく、悲劇を押し付けられるような結末を迎えたのでしょうか?

 窓の外を流れる風景は暗闇の中に沈み込んでいます。それはあの町を出る時に見た、みなさんの眼の色のよう。どんよりと沈み込んで、明日が来ることなんて信じていない色。自分自身のことさえ支えられず、目の前にある現実を受け入れるのさえ困難。いつ倒れてもおかしくはなくて、実際に何人もの人が現実を拒否するかのように気絶しました。

 子供達の最後を見届けることなく、処理状況を知ることもなく、別れることになったのでしょう。

 田中さん達の配慮により私達姉妹はもう一泊することなく、岐路につきました。まぁ、実際のところは何も出来ることがないのだから、火種を作りかねない者を退場させただけなんでしょうけどね。助かりました。

 姉さんは人の心の動きに機敏ですから、こちらの言いたいことを汲み取ってしまうような、繊細な人間だから。必要以上にあの町にとどまっていた場合、大きな悲しみを抱え込んでいた可能性があります。みんなの発する負の感情を吸い込み過ぎて、パンクしていたかもしれません。

 本来であれば、その可能性を考慮して早期撤収を提案するのが妹の役目だというのに、情けない限りです。自分が平気だからと、忘れていました。あの日を境に心を凍らせる、感情を動かさないようにする癖をつけ、必要に応じてその状態へ移行出来ます。人の命を使い捨てるような提案をする時、誰かに死を迫ったりする時。私の心は凍り付くことを選び、それ以上の傷を負うことを拒否します。

 姉さんにはそんなスキルがありません。目の間で起きていることをそのまま、受け入れてしまう素直さを持ち合わせています。それはとても貴重なものであり、いつか失われてしまう可能性のあるものです。姉さんの可愛らしさを担っている、とても大切な感情です。妹としては出来ることなら、ずっと失わずに持っていて欲しいもの。いつか姉さんが私の傍から離れてしまうその時まで、なくさずにいて欲しいものです。

 それにしても、今回も外れでしたね。この世界にはたくさんの物語があり、そんなに都合よく遭遇できるとあ思っていませんが、こうも外れ続きだと嫌になってきます。私個人としては人助けなんてものはどうでもよくて、姉さんの症状を改善させるために人魚姫を止めてしまいたいだけなんですけどね。解体されることなく物語を無事に終演させたアンティークは、他のものよりも強い力を発揮するようで、後遺症という形で残り続けています。終演してしまった物語だからこそ、それによってもたらされた効果は消えることがないようで、非常に厄介です。

 どれだけ謝罪したところで許されない傷。それを姉さんにつけてしまったのは私だから、ちゃんと後始末もつけないとね。田中さん達の情報網。それをどこまで利用するのか、算段をつけておかなければなりません。単純に頼ってばかりいると、こちらが使いつぶされてしまう結果へと繋がることでしょう。彼らは国の機関であり、個人ではないのですから。どれだけ注意したところで、注意しすぎるということにはならないでしょう。

 互いを利用しあっている状況を維持しながら、情報収集の為に事件解決を請け負う。ただで動くようなことはせず、必ず見返りを求める。それを忘れないようにするのが、今の私にとって大切なことです。姉さんにはこういった、腹芸的なものをお任せしたくありませんから。交渉関係は、全て私の方で取り持ちます。

「おはよう、可奈ちゃん。おうちは、まだかな?」

 そんな下らない感傷に浸っている間に、姉さんが目を覚ましたようですね。余程疲れていたのか、ほとんど動くこともなく眠っていたはずですが、寝ぼけている様子はありません。さすがに、新幹線での熟睡は難しかったというところでしょうか?

「おはようございます、姉さん。良く眠っていましたね」

「うん、お陰様ですっきりしたよ」

 温かく優しい笑顔。目の前にあるその笑顔は、どれだけ私の心を助けてくれているのでしょう? そして、私の心にどれくらいの影を落としているのでしょうか? 憧れて、手を伸ばして、触れてはいけないと気付きました。姉さんの笑顔は私ではない誰かのためのものであり、どれだけ望んでも私のものにはなりません。それをちゃんと理解しています。求めてはいけないものだと、きちんと理解しています。

 私に与えられているのは、誰かに渡すその日まで、姉さんの笑顔を守り続けること。これ以上陰らないように、くすんだりしないように守ることです。そして、出来ることなら人魚姫の呪縛から解き放つこと。背中に残っている傷跡を、どうにかしたいです。

 私を助けたことで追ってしまった傷があります。それはずっと姉さんの体に残り続けており、侵食している可能性もあります。痛みがどの程度残っているのか、その傷が原因で我慢していることがないか、姉さんは私に教えてくれたりはしません。お姉ちゃんが妹のために頑張るのは当然だと、笑顔で断られてしまいました。妹でしかない私には、踏み込める場所ではないと言われました。

 きっと、私が弱いから心配してくれているのでしょう。私が傷つかないように、守ろうとしてくれているのでしょう。まったく、迷惑な話ですよ? 私は姉さんの症状をどうにかすると、既に決めているのですから。どれだけ気を使ってもらったとしても、その全てが無駄になることでしょう。隠そうとしてくれているところにも、私は踏み込みますから、姉さんの気遣いが実ることはありません。それを、分かっていて下さいね?

「お姉ちゃんの顔に何かついてる?」

「別に何も。ただ、疲れた顔してますよ」

 不思議そうに私を見つめる瞳には、感情らしきものに揺れている様子はない。姉さんは今回の事件で何を感じ、何を得たのでしょうか? それは同時に、何かを失うものだったのでしょうか?

 姉さんは私に付き合う形で、事件へと関係しています。私が行くから、放っておけないからと付いてきてくれていますよね。それは、本心なのでしょうか? 姉さんが求めている物は事件には関係なく、私がいることで危険にさらしているのでしょうか?

「可奈ちゃんが難しいことを考えるの止めてくれたら、お姉ちゃんは疲れないよ?」

「今は何も考えていませんよ?」

 難しいことなんて考えているつもりはありません。姉さんのことについて、私達の関係性について考えるのは大切なことであって、難しいことではありません。ただ一人、お互いにとって最後の家族なんですから、真剣に悩むこともありますけどね。その程度でしかありませんよ。

 それを難しいことと表現するのは、どうなんでしょうか?

「今回は怪我をすることもなく、大きな危険にさらされることもなく、順調に終われたなと。ただ、道のりとしては満足のいくものではありませんでしたから、研鑽をする必要があると感じました」

 今回の物語、そして事件そのものについて、大きな視点で見られていたのであれば、もっとスピードを持った形で解決出来たはずです。初日に到着して、やったことは現状の確認と物語のアタリを付けただけ。もちろん、私達が巻き込まれる可能性も十分にありえたので、あれ以上の対応をしていた場合は危険にさらされていた可能性があります。

 続く二日目は、午前中を全て顔合わせに消費してしまいました。田舎であることを考えると、仕方のない部分であったことは理解しています。けれど、その時の会話の流れにおいて改善出来た部分があるのではないでしょうか? 諏訪さんを通じる形で会話していたのは、賢い方法だと言えるのでしょうか? 大きく問題であったとは感じていませんが、もう少し主導権を持つ形で話を進めても、問題にはならなかったはずです。今後かかわる事件においては、今回とは比べ物にならないほどに危険で、早急な対応が望まれるものがあるでしょう。その時にまで今回のような対応を取っていた場合、誰かが死ぬ結果を引き寄せることになります。誰も望んでいなくても、ポンと当たり前のように死体が増えるのでしょう。それは避けたいものです。

 二日目午後は役所へと出向き、過去の事件や町の変化についての資料を集めました。正直なところ、この行動の前に山中の調査をしていれば、一日早く解決出来たことになります。それによって救えるものがあったのか、今回のように被害が少ない状態で解決出来たのか。そういった、たらればの状況は想像の中にしか存在しませんが、それでも考えるだけの価値はあるでしょう。

 そこから繋がるものが反省であり、想像の中に逃げ込まないのであれば、意味を求めても間違いのですから。担当している役割的に、この思考には意味があるはずです。大体、無意味であることを確認するために町の中を歩き回ったのは、諏訪さんに状況を理解してもらうためのサービスに近かったわけで、私が推測を立てるのには役立っていないのだから、目的がブレていますね。

 そして、解決解体に至ったのは三日目。これは前日の夜に姉さんのアドバイスを頂けたお陰で、山中への調査を試みたにすぎません。もちろん、検証はしました。検討もして、推測を立て直す形で実行に移しました。

 しかしながら、そこに大きく存在しているのは姉さんの意見であって、私の意見ではありませんでした。これについては、正直に悔しいです。自分の役割だと思っていたところを、勝ち誇ることもなくさらわれたのですから、姉さんが相手だとはいえ、悔しくないはずがありません。

 私が自らの考え方にとらわれて、陣頭指揮を執るような形にしたから、遅れた部分があります。そうでなかったとしても、私が決めて動いてもらっていたのだから、全てにおいての責任は私にあるはずです。到着する前のこと、既に起きていたことに関してはどうしようもありませんでしたが、少なくとも私が到着してからの三日間で進行した内容は、私に責任があるんです。

 まぁ、大人たちがその全てを私に押し付けるような真似をしないことくらい、もう分かってはいますが。それでも、納得は出来ません。

「失敗は次に繋ぐことでしか返上出来ません」

 アンティークの起こした事件は必ず爪痕を残します。今回も事件に巻き込まれた全員に、余すことなく爪痕を残しました。それによって受ける影響の大小があるのは、今までの経験によるものです。何度もアンティークの事件に関わっている、私達や田中さんはもっとひどい事件を知っているから受ける被害が少なくて済みます。今回初めて巻き込まれた人達は、人生においてもまたとない大きな事件だったでしょう。だから、大きな傷を抱え苦しむことにもなります。自らが巻き込まれることになった事件について、トラウマを抱えることになります。

 今回の事件、死傷者の数としては大したことがありません。しかし、だからといって無傷で済むようなものではありませんでした。そこについて、何も考えないというのは難しいことですよ。別に、町の人達に恨みがあったわけではないので、助けられるものなら全員を助けたかったです。それが望まれていることであり、それを望んでいるからこそ私は考えているはずなんですから。

 それを達成出来なかった、失敗してしまった。助けられたかもしてない、もっと早く解決できたかもしれない。そう考えるのを止めてしまうようでは、意味がなくなります。

「可奈ちゃん自身が反省するのは、お姉ちゃんにも止められないことだけど、悩むくらいなら考えちゃ駄目だよ? 落ち込んでも良いことなんてないし、囮役を引き受けてくれた人達が無事でいられたのは、間違いなく可奈ちゃんが考えれくれた結果なんだから。駄目なところばかり見るんじゃなくて、良かったところもちゃんと見ようよ」

「姉さんは優しいですね。けれど、あの状態を無事と呼んでいいのでしょうか?」

「感染者に近付いて怪我をしていないのなら、無事みたいなものだよ。心の傷は避けられないから、そこまで考えていたら何も出来なくなっちゃうよ」

 確かに、怪我をした人はいませんでした。アドバイスの内容について、お礼までもらいました。

 私は欲張り過ぎなんでしょうか? もっと上手に出来たはずだと、自分を買いかぶっているのでしょうか?

 己惚れているつもりなんてありませんでしたが、いくつかの事件を解決出来たことで、良くない方向へ自信を持ってしまったのでしょうか? それは、困ったものです。自信を持つことは危険に繋がるというのに、分かっていたはずなのに理解していなかったようですね。

 事件の早急な解決というのは、いつも望まれることだだから、それに応えようとしてしまたのでしょう。荒い推測のまま固めてしまったから、失敗した気分にもなっているのでしょう。これこそ、危険ですね。

「諦めるのも大切ということでしょうか?」

「んー、諦めるのとはちょっと違うんじゃない? ほら、今の可奈ちゃんに出来ることと、出来ないことがあるでしょ? それをちゃんと理解していることは大切で、出来ないからこそ努力する。そうやって考え方を変えていくのだって、立派な努力だよ?」

 自分に出来ないことを認め、自分に出来ることをちゃんとやる。言葉にするのは簡単で、理解しているつもりになっているけれど、行動として示すのは難しいこと。自分の無力さを認めるというのは、本当に難しい。

「重たい、努力ですね」

 自分に出来ないことを認める。けれど、落ち込んではいけない。

 自分がやれないことを認識する。けれど、悲観しては意味がない。

 前に進む為の手段として、把握するのは中々出来ないことですよ。

「可奈ちゃんはいろんなことが出来ちゃうから、難しいのかな? お姉ちゃんなんて何にも出来ないから、結構簡単なんだけどなぁ」

 不思議そうに首を傾げこちらを見つめる瞳には、どんな私が映っているのでしょうか? その瞳に映る私は、どんな顔をしているのでしょうか?

 どうにか考えをまとめようとしながらも、何も出来なくなってしまった、弱い私が映っていたりしませんか? 誰にも見せたくない、姉さんには見られたくない私が映っていませんか?

「大丈夫だよ。可奈ちゃんなら、すぐに出来るから。難しく考えるくらいなら、お姉ちゃんと一緒に寝よう?」

「姉さんが眠いだけでしょ?」

「えへへ。だって、新幹線の中って暇なんだもん」

 照れたように笑いながら目をこすっている様子は、年上には見えませんね。

 それに、通過した駅と残りの所要時間を考えれば、そこまで長くは眠れないはずですが――まぁ、ここらへんで考えるのを止めてしまうのも一興なのでしょう。私は頭が良い方ではないので、あまり長時間考えごとをするのは向いていません。一人で考えていても煮詰まるだけで、最後には誰かのアドバイスを求めようとする。

 その相手が眠たいと言っているのなら、ご一緒するのも悪くはないでしょう。

 瞼を閉じ、感じてい振動はそのままに意識を手放す。どこかへと沈み込んでいくような感覚に飲み込まれる頃には、聞こえていたはずの音は消えてしまいました。それなりには疲れているのでしょう。難しいことは、起きてからにします。

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マウスマウス 雨宮由紀 @rasa_panic

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